化学業界のリーディングカンパニーである三菱ケミカルグループは、デジタル活用による企業変革を加速させている。目指す姿は「デジタルケミカルカンパニー」だ。リアルタイムでデータを捉え、エビデンスをもとに議論しながら、社会や市場の変化に柔軟かつスピーディーに対応できる組織を目指している。

この方針のもとになる戦略を考え、グループのデジタル化を推進しているのが、チーフデジタルオフィサー(CDO)を務める市村雄二さんだ。グループの中核企業である三菱ケミカルを中心に、デジタルチームが部署を横断するプロジェクトを走らせている。

就任してからの2年間で、2000台以上あるサーバのクラウドリフトプロジェクト、営業部門が使用するシステムの改善、工場へのデジタルを活用した技術導入など、企業の価値創出につながる業務改善を実現してきた。

「デジタルには製造、経理、営業などすべての部門の事業モデルを変える力があるんです。我々のチームには社内のデジタルの有識者が集まっています。会社の戦略、事業部門の特性をすべて理解した上で、新しい価値を創造するための先手を打っています」

熱を込めて語る市村さんは、どのように改革を推進してきたのだろうか。

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市村 雄二さん

三菱ケミカルグループ
執行役シニアバイスプレジデント
チーフデジタルオフィサー
NECで国内外の営業・企画・事業開発・ベンチャー投資に携わった後、2012年にコニカミノルタへ入社。M&Aやトランスフォーメーションを進め、デジタル技術とデータを活用した業務プロセス、IT、事業のオペレーションおよび働き方変革などの「DX改革」をグローバルに統括した。

組織体制を整備、目指すは「デジタルケミカルカンパニー」

三菱ケミカルグループは2017年からDXの推進に取り組んでいる。専門の部署を立ち上げ、2021年にはデジタル化に対する投資も発表した。

経営層は予算を投下し、それぞれの事業がデジタル化に向けたプロジェクトを始めたことで、土台は固まりつつあった。ただ、デジタルを活用した事業価値を創出する状態には、新たな戦略と方針を打ち出し、よりいっそうのデジタル変革を進める必要があった。

責任者として白羽の矢が立ったのが、DXに精通している市村さんだ。社内に複数存在しているITやDXの部署を取りまとめるチーフデジタルオフィサー(CDO)に就任した。

就任後、デジタル戦略の策定というミッションを最初に与えられた市村さんは、企業の目指す姿を「デジタルケミカルカンパニー」と定めた。

「デジタルケミカルカンパニーとは、市場・社会・顧客の動きをリアルタイムにデータで捉え、オープンに議論しながら、アジャイルに意思決定できる組織のことです。デジタルを使ったグローバルエクセレントカンパニーを目指すという方針を立てました」

変革を担うのは市村さんが率いるデジタル部門だ。そのミッションは、企業価値をつくるためのデジタル化を主体的に進めること。各事業の課題を見つけ、現場を巻き込みながらプロジェクトの枠組みを決め、推進する役割を担った。

市村さんはデジタル戦略を打ち出した際、プロジェクトの進め方について、経営層とある約束を交わした。それは、市村さんがデジタルケミカルカンパニーの要素としてあげる、以下の3つの領域に関係する。

  • 「Hyper Awareness(ハイパー・アウェアネス)」:市場や顧客、社会の動きをリアルタイムで深く理解すること
  • 「Informed Decision Making(インフォームド・デシジョン・メイキング)」:データと情報をもとに分析したエビデンスに基づいて意思決定すること
  • 「Fast Execution(ファスト・エグゼキューション)」:迅速に行動に移し、レジリエントな企業運営を実現すること

「この3つの領域のオペレーションは各事業や機能部門と共にデジタル部門が担うと説明しました。進行中のプロジェクトの報告はしますが、デジタル部門が予算を投下しながら、主体的にプロジェクトを立ち上げて進めていく、ということです」

部署のスタンスについて事前に合意をとることで、市村さんは慣習的に行なっていた根回しや調整業務の一部を省略し、下請け体質を改めていけるようにした。デジタル部門が事業を手がける部署と直接話を進めることができ、アジリティのある改革を始められるようになった。

また、デジタル化を促進するためにはシステムやアプリの導入が必要になる。しかし、新しいシステムを積極的に導入するには、スピード感に課題があった。

その理由は、三菱ケミカルとIT子会社である三菱ケミカルシステムとの関係にある。

新しいシステムをつくるときには、三菱ケミカルから三菱ケミカルシステムへの発注が必要だ。会社間のルールにのっとり、受発注に伴う業務や決裁を経て契約を交わすため、システムを導入するまでのスピードは遅くなる。

この課題を解決するために三菱ケミカルシステムを三菱ケミカルに統合。半年かけてデジタル化を推進していくための体制を整えた。

工場のデジタル改革に必要なもの

デジタル化により事業価値を創出するには、製造業の中核である工場の改革も重要になる。三菱ケミカルは国内に16か所の製造拠点があり、品質管理や生産管理の部署を中心にデジタルを使った改善活動は約460件にも上った。

しかし、優先順位をつけるための基準が定まっておらず、活動内容を見ても事業価値につながるかの判断はできなかった。「興味深い取り組みはありましたが、その活動がどのような価値を生み出しているのか可視化できていませんでした」と市村さんは振り返る。

関係者が2か月間の合宿を開き、約16項目のパラメーターを設定。基準をオープンにし、すべての案件に点数をつけて優先順位を制定した。これにより100個以上の活動が集約・削減され、効率的にデジタル化へ取り組めるようになった。

また、デジタル化で成果を出したチームへの表彰制度を作って褒賞金を準備した。「この褒賞金の使い道は自由ですが、最も人気なのが他の工場の見学なんですよ」と、市村さんは社員の意識と熱量の高さを語る。

さらに、工場に新しいデジタル技術を導入する際には、デジタルチームがプロジェクトに伴走した。事業所の責任者と連絡を取った上で積極的に本社の予算を投下し、プロジェクトを進めた。

本社の予算を投下しているのには理由がある。

「もし工場の予算でデジタル化を進める場合、失敗への懸念から慎重にならざるを得ません。ただ、本社の予算であれば、失敗への怖さは薄れますよね。その上で、『この技術の導入は難しいし、失敗する可能性もある。でも、やりましょう』と話をします。失敗したとしても、それは組織の経験値になることを伝えています」

このように改革を進めた結果、社員が自分たちで業務改善するためのアプリを開発するようにもなってきた。

「市民開発を推進すると、業務の効率が改善できる便利ツールをそれぞれでつくるようになりました。そうして生まれたアプリの数は200個以上です。課題を認識している現場の人たちにツールをお渡しできれば実績はついてきます。そのためには、変化する勇気を持ってもらうための制度を整えたり、本社サイドから働きかけたりすることが重要です」

オフィスワークのデジタル化は、コストメリットが投資額の50倍に

工場と同時にオフィスワーカーの業務改善も進めた。たとえば、経営層の会議のデジタル化に成功した例がある。

市村さんが入社した当時、経営会議では、それぞれがPowerPointにデータを貼りつけた資料を発表していた。発表するフォーマットは事業部ごとにバラバラだ。それぞれが基幹システムからデータを取り出し、Excelでまとめ、その表をPowerPointに貼っていた。多くの日本企業と同様に、データ作成に何工程も費やしながら発表資料の作成に時間をかけている状態だ。この業務プロセスを改善する必要があった。

解決策として取り組んだのは、いつでもどこでも各事業部がデータを確認できるシステムの導入だ。実現できれば、データを探す工程、それをまとめる工程、別々のフォーマットで発表された資料を理解する工程をなくすことができる。

「パソコンやiPadを使い、ダッシュボードで会議に使用する定量データを24時間見られるようになりますよ」と市村さんは各関係者にデジタル化によるメリットを説明し、プロジェクトをスタートさせた。5か月かけてプロジェクトは成功。パソコンやiPadでいつでも実績データを確認できるようになり、業務のスマート化を実現した。

他には、効率的な購買を実現することを目的に購買材料のデータを一覧化するプロジェクトも実施。日本では扱っている商材が多いというハードルがあったため、アメリカでプロジェクトをスタートし、消耗品や工具といった間接材の価格データを一覧できるシステムを導入した。

このことにより購買先の見直しに成功。そのコストメリットは、投資した金額の50倍以上にもなったという。

経営の重要テーマを進めるにはデジタル化が必須

「社員みんながデジタルを活用できるようになれば、絶対に効率が上がり、実績はついてきます」と市村さんは話す。

社員がスマート人材になるための制度も整備した。その代表的な事例がリバースメンター制度だ。一般的なメンター制度とは異なり、若手の社員が社長などの経営層やベテラン社員のデジタルスキルを教育する。一般的なメンター制度と同様にスキルの評価を150項目で測定し、スコアで評価を進めている。

「経営における主要なテーマは、ここ30年間コストダウンでした。製造業においては改善活動に取り組み、結果を出してきましたが、従来の方法だと限界に近づいています。デジタルを導入するためのコストは下がりつつありますし、利益の改善に繋げられることはまだまだあります」

このように確実にデジタル化が進む三菱ケミカルグループ。2024年11月には新規の経営ビジョンを発表する。「その内容はまだ話せませんが……」と前置きをした上で、今後の目指す方向について語った。

「事業の成長、事業モデルを変えること、カーボンニュートラルの実現など重要なテーマを議論するにはデジタルが必須です。3年、5年先を見据えながら、ロードマップを作成し、手を打っています。今後も手を打ち続け、新たな企業価値を生み出し、グローバルエクセレントカンパニーを目指していきたいです」

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(取材/文:中 たんぺい、撮影:野田涼

― presented by paiza

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