アーティストやクリエイター、あるいは新たな挑戦をおこなう団体・企業にとって、ファンとの交流や支援は欠かせないものだ。すべてのチャレンジャーにとって、自身の活動と並行してコミュニティを形成することは非常に難しい。一方で、有機的なコミュニティをつくり、支援を受けなければ挑戦をし続けることはできない。

これまで挑戦と継続のジレンマによって、日本では多くの挑戦者たちが自身の夢をあきらめてきた現実がある。

そのような中で、コミュニティ専用オウンドプラットフォーム「OSIRO」を提供しているのがオシロ株式会社(以下、サービス名を「OSIRO」、会社名をオシロと表記)だ。先日公開の記事で紹介したテクノツール代表取締役の島田真太郎氏が参加するコミュニティ「アトツギファースト」も、「OSIRO」を利用するコミュニティの1つだ。コミュニティ活動において同社が選ばれる理由にはなにがあるのか、同社リードエンジニアの西尾拓也氏と、同社の技術顧問を務める増井雄一郎氏に聞いた。

(画像左から)
西尾 拓也(にしお たくや)氏
オシロのプロダクトをつくる1人目のエンジニアとして創業前からジョイン。2015年9月~2017年11月までは、唯一のエンジニアとして、OSIROのシステムの土台を担当。会社の成長にともない、別々だったシステムを1つのプラットフォームに統合するマルチテナント化や、iOSアプリのリリースと、さまざまな技術課題や機能改善をおこなう。2019年からリードエンジニアとして現在は7名のエンジニアを育成、統括している。また、エンジニアリングを純粋に楽しむことは何よりも重要だと考え、自分もチームメンバーもエンジニアリングを楽しめるように日々工夫している。

増井 雄一郎(ますい ゆういちろう)氏
「風呂グラマー」の愛称で呼ばれ、トレタやミイルをはじめとしたB2C、B2Bプロダクトの開発、業界著名人へのインタビューや年30回を超える講演、オープンソースへの関わりなど、外部へ向けた発信を積極的におこなっている。「ムダに動いて、おもしろいことを見つけて、自分で手を動かして、咀嚼して、他人を巻き込んで、新しい物を楽しんでつくる」を信条に日夜模索中。 日米で計4回の起業をしたのち、2018年10月に独立し”Product Founder”として広くプロダクトの開発に関わる。2019年7月より株式会社Bloom&Co.に所属。

遠回りしてでもいい道を、みんなが歩きやすい道を。

――さっそくですが、おふたりがオシロにジョインした経緯についてお聞かせください。

(以下、敬称略)

西尾:オシロの創業は2017年ですが、プロダクトの開発自体は、2015年ごろからスタートしていて、代表の杉山とはそのときからサービス開発について取り組んでいました。なので、私はプロダクト開発の最初の段階から携わっていました。

 

増井:私はもともと杉山さんと友人だったんです。それで杉山さんのほうから「こういう事業を始めるんだ」と相談されて、実際に会って話を聞いたのが最初でした。杉山さんとはもう十数年の付き合いで、自著の執筆をしていたときに担当編集を介して知り合いました。そのとき執筆がどうも行き詰まっていたので、最初に会ったときもよく覚えていますよ(笑)。

 

西尾:私も増井さんがジョインされたときのことをよく覚えています。仕事をしているときに私から「増井さんというIT業界で有名な人がいますよ」という話を杉山にしたら、「あ、その人友だちだよ」って(笑)。

「OSIRO」がコミュニティを活性化させる仕組み(提供:オシロ)

――開発スタート期のエピソードも、人が集まるサービスをつくるオシロらしさが出ていますね(笑)。それでは「OSIRO」の開発と成長の歴史をお聞きしたいです。まずは初期の開発構想についてお聞かせください。

増井:「OSIRO」は最初に明確な開発コンセプトを掲げるというよりは、杉山さんの考えや思いを実現するためには「なにからやれるか」に重きを置いていました。人が潤沢にいたわけではないので、そういった中で、できることを探して実行していったイメージですね。

 

西尾:そうですね、そもそもプロダクトを開発することになった背景からお話しすると、 クリエイターがお金とエールを得られる仕組みをつくりたいという杉山の想い・ビジョンが一番のきっかけになっています。2015年ベータ版の開発中に、オンラインコミュニティを運営していた当社の共同創業者から「自分専用のプラットフォームとして使えないか?」という相談がありました。の際はFacebookグループとPayPalや銀行振込などでコミュニティを運営していたため、非常に労力がかかり困っていたのです。

当時は300人ほどのコミュニティの運営や会員管理をやっていました。しかし、FacebookグループとPayPalなどの決済を結びつけるシステムがない状態だったので、メンバー管理や入金管理などはすべて手作業。とにかく属人的にいろいろなことをやる必要があり、とても大変でした。

それに加えて、デザイン的にも見づらい点がありました。こうした点をシステムで解決していくためには、どのようなシステムをつくって、どのような機能を実装していけばいいのか。そういったところから始まっていきました。

なので、最初は作り上げたいプロダクトのコンセプトと、「目の前の課題をなんとか解決したい。そのためにはどうするべきか」という2つの想いが並行してありました。

 

増井:「OSIRO」の場合、ビジョンとイシューが先にあったんですよ。つまり、クリエイターが食べていける仕組みづくりと、「人が集えて、それをリードする人がいて、しっかりとお金を払ってその人を応援できる。そのようなコミュニティがほしい」という想いです。しかし、当時は必要な仕組みがなかったから、手作業でこなしていくしかなかった。

「まずはオシロとしてできることから解決していく」という話が第一歩として進みました。なので、「そのイシューをどうにかして解決しよう」という意識が強かったです。しかし、イシューへの解決という意思が強いからこそ、現在の成長につながっていると思います。

「OSIRO」の導入事例(提供:オシロ)

――イシューの解決という点では、開発から成長していくにしたがって、新しいイシューが見えてくることもあったと思います。

西尾:そうですね。内部的な話でも非常に変わっています。たとえば、もともと「OSIRO」は1つのサービスというSaaS的なあり方というよりは、どちらかというと一つひとつのコミュニティに、専用のシステムを提供していくイメージでした。

しかし、それだと新機能を反映させるのにも、個別にリリース作業する必要があり、それが何百というコミュニティになってしまうと無理が生じてしまいます。そういったところを刷新して仕組み化していくなど、目に見えない機能でもサービスの性質や成長に合わせて改善していきました。

やはり「イシューとその解決」には重きをおくところです。たとえばコミュニティを運営していくにあたってなにがあると便利か、どのようにすれば見やすいかといったユーザビリティは追求し続けています。そういった点がユーザーからご評価いただいている点だと思っています。

現在では「コミュニティマネージャーAI化」という、コミュニティ運営支援の自動化にも取り組んでいます。このような形で、ユーザーが持っているイシューに対してベクトルを変えてアプローチして、課題解決をし続けているのです。

 

増井:私のほうから補足すると、さきほどの通り「OSIRO」には大きなイシューがあって生まれたプロダクト。そのイシューの登り方には2通りあって1つは「大きなイシューに向けて、最短でまっすぐ登ろうぜ」というやり方。もう1つは「もしかしたらいったん下がってしまうかもしれないけど、遠回りしてでもいい道を、みんなが歩きやすい道を探しましょう」というやり方があるんです。

「OSIRO」は後者なんですよ。大きくコミュニティという軸はあるとしても、たとえば最初に何千万人が使うシステムをつくることが目標ではなく、まずは今近くにいる人たちが便利に使えるシステムをつくっていく。ときには特定のコミュニティにのみ必要なことかもしれなくとも、まず1回それをやってみて、バックステップしてでも新たな道を模索してみる。

to B向けのサービスのように、わかりやすいゴールがあるビジネスもあります。しかし、コミュニティは運営する人、集まる人によって本当にさまざま。そこにまっすぐ道があるかといえば、私はないと思っています。しかも、時代によっても変わります。それこそAIやVRなどが出てきた今、2015年ごろに考えていたゴールがあるのかといえば、おそらく違うものになっていると思うんですよね。

なので、「OSIRO」ではしっかりと大きなイシューを見据えつつも、そのときにある課題を見て技術を選定し、スピード感をもって実装するというスタイルが合っていると思っています。

資金調達で見えてきた開発者としての「未来への責任」

――「OSIRO」ではコミュニティプラットフォームというユニークなサービスを提供していますが、開発面での独特の難しさやおもしろさはどのような点なのでしょうか?

 

西尾:さきほど増井さんが話していた内容と重複しますが、一般的なベンチャー企業やSaaSが提供するプロダクトは、1つの課題やイシューに絞って明確なゴールに向かってサービスを構築していくのが一般的です。

しかし、コミュニティに必要な機能はとても多いんです。イベントやブログ、メッセージのやり取りなど、ただ運営するだけでなくコミュニティとしての盛り上がる運営をするためには、1つのプラットフォームでより利便性の高いユーザー体験を提供しなければなりません。そういった機能をいかに複雑でないようにユーザーにお届けできるのかという点は、課題でありエンジニアとしておもしろいところでもあると思っています。

現在では機能を減らすことでわかりやすさを追求することが正義になっていると思いますが、それをやりすぎてしまうと、会社として、プロダクトの売りが失われてしまうとも思います。とくに「OSIRO」の場合は、ユーザーによって形成したいと思うコミュニティのあり方は千差万別で、求められる機能もさまざまです。たとえば昔のSNSにあったちょっとしたゲームのような機能があると、それがおもしろくてコミュニティにアクセスすることもあります。そのような遊び心のあるような機能も、コミュニティに必要なときもあるのです

「OSIRO」に実装されている機能(提供:オシロ)

増井:「場所」に求める価値観は一人ひとり違うと思います。たとえば服だってそうじゃないですか。機能性でいえば、別々の服を着る必要はないわけで、生産効率上もそのほうがいい。けど、私たちは毎日、それぞれが違うデザインと機能のある服を着て、それによって自らの趣味を表しています。

やはり場所もそういうものなので、B to Bに見られるような「シンプルな答えをシンプルに解く」ことに価値が高いのかといえば、そうではありません。そうできる世界はある種美しいけど、コミュニティという枠組みの中では美しくないんです。右を見ても左を見てもみんな同じ服を着て、同じように喋っているという世界はあまり気持ちのよいものではないと思うので。

そういった意味ではコミュニティという千差万別の世界で、コミュニティに必要な機能を実装し続けて、ユーザーがそれを選択できるのはとても重要であり、開発としておもしろいポイントです。「OSIRO」というサービスを使うという意味では共通ですが、中にいる人にはそれぞれ違って、違うことに価値があると考えています。

「OSIRO」のPC・スマホの画面(提供:オシロ)

――西尾さんにお聞きしたいのですが、開発当初からサービスの成長を見て、現在ではリードエンジニアを務めています。当初と比べて心境の変化はありましたか?

西尾:当初は、開発に必要なことは基本的になんでもやろうという精神で、杉山と一緒にサービスをつくってきました。サービスの最初から携わっている身としては、このサービス・プロダクトがこれほどに大きくなるとは、正直思っていませんでした(笑)。

しかし、こうして増井さんに携わっていただきながら成長していき、多くのユーザーに使っていただくようになりました。そして今は、VC(ベンチャーキャピタル)の方々からもご支援をいただけるほど、社会的な期待も高まっていると感じています。

現在では、リードエンジニアとして、このような期待に応えていきたいという意識が強いです。そのような周囲の期待と、それに応えるプロダクト開発をおこなっていくという意識は、チーム全体に共有していきたいです。

「OSIRO」の開発をスタートしてからもう8年が経ちます。そのときに比べてサービスに対して「当たり前に」求められる体験価値や品質は非常に高くなっています。それこそユーザーであるクリエイターやアーティストの方々は、普段から各種SNSなどの利用者。機能の比較対象は、そのような特化した機能で利便性を追求したサービスです。開発ではスピード感も求められる一方で、そのような機能実装における質という面にも意識を向けて、チーム内でも発信しています。

シリーズA資金調達時の出資先一覧(提供:オシロ)

――2023年2月にはシリーズAとして5億円超の資金調達をしましたが、今回の資金調達に関してプロダクト開発者という立場ではどのような考えをお持ちですか?

西尾:私はエンジニアという立場なので、対外的な面ではなくサービスについてお話しさせていただきます。私たちと「OSIRO」が評価いただいているのは、プロダクトとしての自由度がとても高く、加えてコミュニティを盛り上げる機能や、コミュニティの中でユーザー同士が仲良くなる機能にあると考えています。コミュニティを自由にカスタマイズできる点に加えて、コミュニティを活性化させる機能があるというのは、他社にはない強みです。

実際、他のサービスから「OSIRO」のサービスへと移行していただいた方も多くいらっしゃいますが、そのような方々からも利便性には満足度の高い声をいただいています。そのような評価やサービスへの共感、そして現在取り組んでいる「コミュニティマネージャーAI化」へのご期待が結びつき、今回のような資金調達に結びついたのではと考えています。

 

増井:私は起業やCTOという立場を通して、何度も資金調達を経験していろいろとやってきましたが、資金調達のメリットはやはり、未来に対しての先行投資ができること。プロダクトはつくらなければ売れないので、どうしても開発は先にお金がかかるものです。現状は資金調達によって未来への先行投資ができるようになった状態であり、開発としては非常にやりやすくなります。お客さんの期待にも応えやすくなるし、お客さんがコミュニティ運営で行き詰まりやすいところを事前に開発し、そもそも行き詰まることのないような機能を追加することもできる。このような状況は開発にとっては非常にハッピーです。

ただし、資金調達をおこなったということは、未来に向けた先行投資であると同時に、未来への責任も生まれます。今後は機能実装に向けたスケジュール感やスピード感が重要になってきます。現場にとってはハッピーですが、マネジメント以上の層にとってはそういった期待に応えていくこと、そしてスケジュール感を重視することはよりいっそう重要になっていくと思います。

 

西尾:そうですね。今回の資金調達を通して、ステークホルダーからの期待に応えていくことや、期限への意識はいっそう強まりました。今後の機能実装や強化、開発などは経営層とディスカッションしながら進めていくことも重要だと思っています。

しかし、そういったことも今まさに成長している「OSIRO」というプロダクトが新しい段階へと進んでいるステージであることの証だと思っています。プロダクトチーム全体として、新たなチャレンジをしているという状況は楽しんでいきたいですね。

オシロという組織があり「OSIRO」というプロダクトが生まれる

――オシロではエンジニアの採用も強化されているようですが、今後「OSIRO」の開発展望とあわせて、どのような人材を求めているのかについてもお聞かせください。

西尾:まず第一には、今後のサービスを向上しつつも「OSIRO」の良さを消したくはないと考えていて、さきほど話した通り、機能をそぎ落としたおもしろみのないプロダクトにはしたくないなと思っています。「OSIRO」のよさを活かしながら、よりよいユーザー体験ができるような機能を実装していく。そのためには、やはり複雑なプロダクトに対応できるエンジニアリング力や、UI/UXデザインに関心のあるメンバーを増やしていきたいですね。加えて、個人的な想いとしてはやはり、技術が好きな人であってほしいとも思っていますね。

また、オシロは対話やコミュニケーションをとても大切にしているカルチャーがあります。私はリードエンジニアというポジションですが、エンジニア同士ではお互いにリスペクトし合いながら対話して、コードレビューもフラットな立場でし合うようなチームにしています。そういった点で言えば、寡黙なエンジニアよりも、話好きなエンジニアのほうがオシロで働きやすいです

 

増井:エンジニアの世界でよくいわれる「コンウェイの法則」というものがありますね。組織の体系とシステムの構造はすごくよく似るという法則があるんですよ。私はプロダクトの構造も似てくると思っています。「OSIRO」というプロダクトが提供しているのはコミュニティのサービス。もしもオシロが上下関係の強いトップダウンの組織体系であったら、「OSIRO」のコミュニティ内でもユーザー間でヒエラルキーが生まれていたのかもしれませんね。

しかし「OSIRO」のコミュニティを見てみると、集まるユーザーは自由な関係にありながらも、みんながしっかりとリーダーの方向へと向いている。会社としてのオシロも、そういうあり方なんです。会社という枠組みの中で自由に活動しながらも、みんなで対話を重ねて大きなイシューと今解決すべきことを確認し、前に進んでいく。そういうカルチャーにマッチしたエンジニアが向いていると思いますね。

 

――「OSIRO」というサービスにおいてはユーザー体験の向上を意識していますが、エンジニアにとってのそれは開発者体験であると思います。最近ではエンジニアのAIツール活用も話題になっていますが、オシロとしてはどのような点を意識されていますか?

西尾:GitHub CopilotやChatGPTなどを含めて、プロダクトチーム内ではいろいろと検証しています。使ってみての感想ですが、やはり生産性が上がるだけでなく、課題解決への解像度を早く上げることにも役立つものになると考えています。当然、それを生かすにもスキルは必要ですが、AIツールは最初のとっかかりのコードはたくさん書いてくれるので、まずはそういったところを積極的に活用していくことになるでしょう。

ただ、AIツールに触れていて思うのは、開発者体験という以上に、エンジニアとして「使っていておもしろいな」や「新しい技術を使ったほうがモチベーション上がる」と感じていますね(笑)。

 

増井:生産性を飛躍的に向上させるツールの出現は昔から起こってきたことです。そういった中で、それを真っ先に活用するのはスタートアップであり、オシロでも取り入れています。開発の効率もかなり向上していくだろうなと思います。 

ただし、やはり長期的に考えればエンジニアが少ない組織であっても、より快適で生産性の高い環境でプロダクト開発が可能になってくると思っています。そうなったときに、オシロのような組織でよりおもしろいサービスが効率的に展開可能になる。そう言った意味では、これからのエンジニア組織やAI活用のあり方については考えていく必要がありそうです。

 

西尾:実は、これは宣伝のようなかたちになってしまいますが(笑)。そうした中で、私と増井さんの二人が直近でAIツール関連のイベントに登壇することになりました。今回のイベントでは私たちのほか、グロービスのVPoEを務める末永昌也氏、そしてSun AsteriskのCTOを務める金子穂積氏が登壇。今回は各社でのChatGPTの活用にテーマを絞り、その事例からプロダクトや組織に対してどのような影響があるのかを議論していきます。もしご興味があれば、ぜひご参加ください!

 

ChatGPTによってエンジニアの開発体制はどう変わるのか?

【イベント概要】

日時:2023年6月23日(金)19:00〜21:30(18:45受付開始)

※オンラインは20:00終了となります

詳細・申込:https://gcp-tech.connpass.com/event/286732/

 

(取材/文/撮影:川島大雅

― presented by paiza

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