経費精算システムの「楽楽精算」や請求書発行システムの「楽楽明細」などのクラウドサービスを展開する株式会社ラクス(以下、ラクス)。創業から25期連続増収、年平均成長率30%(2019年以降)と、国内屈指の成長企業として注目を集めている。

近年、ラクスでは、CAIO(Chief AI Officer/最高AI責任者)のポジションを新設し、AIを活用した取り組みが積極的に進められている。どのようにしてプロダクト開発や業務の効率化にAIを活用しているのだろうか。

会社の設立初期からラクスの成長を支えてきた、上級執行役員 兼 開発本部長の公手 真之さんに話を聞いた。

公手 真之さん プロフィール
株式会社ラクス 上級執行役員 開発本部 本部長。グラフィックデザイナー、WEBデザイナーとして活躍後、WEBエンジニアに転身。2002年ラクスに入社し「メールディーラー」「配配メール」などの開発を担当。2016年より開発部門全体のマネジメントに従事。

成長を続けるラクスの開発組織体制と生成AIの活用

2002年に入社し、約23年間ラクスで仕事をしてきた公手さん。現在は、上級執行役員と開発本部長を兼任している。楽楽クラウドやラクスクラウドなど、多くのSaaSを開発・運用しているラクスは、どのような開発体制なのだろうか。

「事業ごとに専門の開発部門があり、それぞれにマネージャーを配置しています。開発本部には約400人が在籍していて、東京と大阪、そしてベトナムの2か所に開発拠点があります。日本には320〜330人、ベトナムには70〜80人が在籍しています」

海外開発拠点とのやりとりでは、必要に応じて英語やベトナム語が使われる場面もあり、その際には生成AIが活用されているそうだ。

「日本で採用しているベトナム人の方は日本語がわかることを必須条件にしていますが、現地採用では日本語がわからない方もいます。通訳もいますが、業務のなかでは生成AIも活用しています。たとえばRAGを活用し、日本語で書かれたドキュメントにベトナム語で質問すれば、ベトナム語に翻訳して回答することが可能です。生成AIによって将来的には言語の壁はほぼなくせるのではと感じていますし、実際に壁は低くなってきています。」

近年、AIの進化により、エンジニアの仕事にも変化が起きてきた。なかには自分の仕事がなくなってしまうのではないかと、漠然とした不安を抱く方もいる。AIによってITエンジニアの仕事はどうなっていくと考えているかを公手さんに聞いた。

「超汎用的なAIが登場したらどうなるかわかりませんが、少なくとも今後数年の間は、AIに仕事を奪われるということはないと思います。開発には設計や実装、テストなどの各工程があるなか、手作業で進めていた部分がAIによって効率化されます。ただ、いまのところは完全に取って代わるものではありません」

ただし、一部の業務に関しては生成AIに置き換えられる可能性があるとも話す。

「コーディングだけしかしない人は、生成AIに置き換えられてしまうかもしれません。ただ、当社にはコーディングだけを担っているITエンジニアはほとんどいません。仕様書に書かれたことだけをコーディングするのではなく、顧客や事業ドメインを理解し、設計やレビューもしています。定義にもよりますが、コーディングにかけていた時間が30%から、多いところでは90%ほど削減できる部分もあるので、その空いた時間をどう活用するかが重要です」

AI活用によって生まれた時間を、ラクスではどのように活用しているのだろうか。

「事業ドメインの理解や上流工程に使うケースもありますが、それほどシンプルなものでもないと思っています。開発で必要なことは多岐にわたるので、さまざまなアプローチがあります。全体の効率を高めるために活用していく予定です」

VUCAとも呼ばれる不確実な時代であるため、特定のことに時間を使うのではなく、状況に応じて必要なことに時間を割く柔軟性が求められる。

プロンプトエンジニアリングは「マネジメントスキル」

現在と将来を見据えて、とくに若い世代のITエンジニアは、どのように生成AIと向き合っていけば良いのだろうか。

「生成AIは単なるツールというより、自分を助けてくれるパートナーのような存在です。たとえば仕様を理解する際、以前であればドキュメントやコードを読み込んで、全体把握するまでが大変だったと思います。生成AIが要点をまとめてくれるようになり、理解するスピードが向上し、質問すれば回答も得られます。わからないことを教えてくれたり、作業をお願いしたりできるパートナーです」

公手さんによれば、生成AIをパートナーとして活用するうえで重要なのが「マネージメント力」だという。

「整理してプロンプトを入力しないと、良い回答は得られません。マネージメント力を身につけて、生成AIを活用することで自分のパフォーマンスを高めることができます。これはITエンジニアに限らず、すべてのビジネスパーソンが意識したほうがいいと思います」

生成AIをマネージメントしながら活用することで、自分自身のパフォーマンスを高めて、生産性を向上させられる。今後は「AIエージェント」と呼ばれる、自律型のAIが広まっていくと予測されている。これまで以上にマネージメント力が重要になっていくはずだ。

AIが書いたコードを “審査” する力が問われる

生成AIやAIエージェントが普及する時代に、ITエンジニアの役割はどのように変化するのだろうか。「あまり変わらないと思っている」と公手さんは話す。

「AIが進化しても、これまでと同様に自分たちがつくるシステムは深く理解する必要があります。そうしないと、生成AIにコードを書かせても正しいのか判断できません。システムを構成している技術スタックについても同様です。むしろ、生成AIによって学びやすくなっているため、これまで以上に質の高さが求められてくるかもしれません」

現在のAIでは難しい部分については、人間が担う必要があるという。

「ゼロイチでサービスを立ち上げる際にはアーキテクチャの設計が必要です。ただ、まだ生成AIでは難しいと思います。いろいろと複雑に絡み合うものをどう整理していくかが重要になるので、そこを深くやっていく必要があります。ほかにもテストの領域など、専門的に深く取り組まなければなりません。あとは、生成AIの活用方法を考えることに特化した人材も重宝されると思います。生成AIは短期間で進化するので、それをうまくキャッチアップして、より良い活用手段を考えられるテックリードは貴重な存在です」

AIの進化により、将来的には誰もがコードを書けるようになる可能性がある。公手さんは「フルスタックな部分が増えると思う」と話す。

「生成AIを活用することで自分の専門領域がより深くなると同時に、それ以外の領域も広くなっていくと思います。そのため、さまざまな業務の境界線が曖昧になっていくのではないでしょうか。たとえば、コードを書けない人が生成AIを活用し、プロトタイプを作成することも可能です。実際に当社でも営業チームがお客さまに要件をヒアリングしたうえで生成AIを活用し、プログラムをつくって設定することもあります。ただ、生成AIで結構いいものはつくれますが、最終的に使えるものにするにはITエンジニアの力が必要です。そういった意味では、専門性は貴重ですし、豊富な知識や経験を持つ人は、さらに重要になると思います」

すでにラクスでは約98%の従業員が生成AIを活用しており、業務効率化を進めている。ほぼすべての従業員が生成AIを活用している状況だ。どのようにして活用を推進したのだろうか。

「会社として『生成AIを積極的に活用しましょう』と、大号令をかけています。CAIOを設置し、全社的な取り組みがおこなわれている状況です。新しく入社した人には『NotebookLM』を活用するための講義を受けてもらっていますし、プログラミング経験がない人たちにも自由参加の講座を開いています。チャットツールのチャンネルでは、生成AIをどのようなことに活用しているか、各部署から情報共有がされています。まだ十分に活用できていない社員に対しては積極的に支援し、全社的な底上げを図っています」

ラクスでは2025年7月11日にCAIOのポジションを新設し、顧客への価値提供の強化や社員の生産性向上など、AIによる全社的な変革を推進してきた。その成果が現れていると言えそうだ。

(ラクスにおける生成AIの活用シーン)
引用:ラクス、生成AI活用に関する社内調査を実施 日々の業務における生成AI活用率は97.9%

ラクスでは文章・資料の作成や情報収集に生成AIを活用しているだけでなく、先進的な取り組みをしているそうだ。

「先進的な取り組みについては、会社主導というよりも生成AIを好きな人たちが主導しています。その人たちが新しい方法を試して情報を共有し、それを見た人が実践してみるというアプローチが多いです。組織として、こうした取り組みを推奨するカルチャーが根付いているため、みんなが自然に取り組んでくれていますね。生成AIサービスの利用ガイドラインは整えていますが、あまり細かいことは決めずに試してもらうようにしています。そのほうがスピード感も出ると思います」

先進的な取り組みの1つとして、開発プロセスのなかでAI活用を実践する「AI駆動開発」を推進している。品質をより高め、価値提供のスピードを、より速くするためにAIを活用している。

フルスタック化する組織でエンジニアが握るべき “主導権”

将来、IT開発の環境はどう変化していくのだろうか。公手さんに聞いた。

「将来のことは読めないので、現状をしっかりとキャッチアップして、いまできる最善を尽くすように動いています。MicrosoftのCTOは『5年以内にコードの95%がAIによって書かれる』と、AnthropicのCEOは『12か月後にはほとんどのコードをAIが書くかもしれない』と言っていますよね。近い将来、コードに関してはそのような時代が、おそらく来るのだと思います。そうした時代に取り残されないように、最大限の取り組みを進めていきたいと考えています」

生成AIとITエンジニアは共存できるのだろうか。

「共存の定義にもよりますが、ITエンジニアが不要にはならないと思います。ITエンジニアの価値は、技術を活用して人々の役に立つものを生み出すことにあります。そのためには、事業ドメインの知識やお客さまの理解が必要です。それはこれまで以上に重要になってくると思いますね。あとは、自分たちのシステムをきちんと理解することは、これまでと同様に必要です。大きく変わるポイントとしては、生成AIをうまくマネージメントする能力が求められます。人間もそれぞれ個性があって違うように、生成AIもプロンプトの内容や与える前提条件の情報で動きが変わるので、どうすれば成果を最大化できるかを考えることが重要です。生成AIをパートナーと捉え、共創しながら創造していくようになると思います」

最後に、今後のキャリアに悩むITエンジニアに向けて、公手さんからメッセージをもらった。

「AIの進化に関して、悲観的になる必要はないと思います。むしろ、AIを活用することで成長しやすくなります。変化が激しい時代なので、まずはトライしてほしいです。昔は新しいプログラミング言語が登場した際には、まずは『Hello, World』を表示したり、簡単なプログラムを書いたりといろいろと試していました。こうしたマインドは、持っておいてほしいです。新しいものや技術が出てきたら、まずは触れて試してみる。そのうえで良いか悪いかを考えて判断できるようになれるといいと思います。あとは、自分が働く環境は非常に重要です。たとえば、AIを積極的に推進している会社にいれば、周りが当たり前のようにAIを活用しているので、自然と自分も活用するようになりますよね。そこは意識してみるといいかもしれません」

変化を恐れずに新しいことへ挑戦し続けることが、AIと共存するためのカギになる。そのためには、働く環境も重要だ。AIをパートナーと捉え、共創することで新しい価値を創造できるように、今後のキャリアを考えてみてはいかがだろうか。

Share

Tech Team Journalをもっと見る

今すぐ購読し、続きを読んで、すべてのアーカイブにアクセスしましょう。

続きを読む