「DeNA在籍時、もしかしたら自分は非IT企業でITを牽引することにより、一定の価値を出せるかもしれないと思いはじめたんです」
柔らかい口調でそう話す成田 敏博さん。新卒でアクセンチュアへ入社し、DeNAやメルカリといったメガベンチャーを経て、2019年から日清食品ホールディングス(以下、日清食品HD)に参画。執行役員・CIO(グループ情報責任者)として、日清食品グループ全体のデジタル施策に取り組んでいる。
これまでのキャリアで学んだことや仕事の進め方などについて、成田さんに話を聞いた。
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成田 敏博さん プロフィール
日清食品ホールディングス 執行役員・CIO(グループ情報責任者)。1999年アクセンチュア入社。DeNA(ディー・エヌ・エー)、メルカリなどでIT部門のマネージメントを歴任し、2019年日清食品ホールディングス入社。2021年より現職。
目次
日清食品HDにデジタル活用のポテンシャルを感じた理由
成田さんはDeNAに在籍していたころ、自社の課題に対して向き合うだけでなく、他社や他業界のことを知ったうえで自社が取り組むべきことを考えたほうがいいのではないかと思い、社外に対する情報収集をはじめたという。
「最初は近い業界の方々と意見交換をしていたのですが、そのうちに他業界の方々とも意見交換をするようになりました。いろいろな会社のIT部門長やCIOとお話をしていくなかで、『もしかしたら自分は非IT企業でITを牽引することにより、一定の価値を出せるかもしれない』と思いはじめたんです。かつ、そうした貢献ができるとしたら非常にやりがいがあるかもしれないと思いました。
なので、いずれは非IT企業で働くことも選択肢としてはあり得ると考えていました。そんななか、いまから約5年前に、日清食品HDの前CIOである喜多羅(滋夫)さんが熱心に誘ってくれたことをきっかけに、転職を決めました」
成田さんには、日清食品HDに関して印象に残っていることがあるという。それが日清食品HDの掲げるスローガン「DIGITIZE YOUR ARMS(デジタルを武装せよ)」だ。このスローガンとビジュアルを見て、「デジタル活用に対する経営陣の強い想いが伝わってきて、非常におもしろい会社だなと思った」と成田さんは話す。

「非IT企業であっても、デジタルを最大限に活用していかなければグローバルカンパニーとして生き残っていけません。こうしたことを、安藤 徳隆COOが社内に対するメッセージとして発信したスローガンが、『DIGITIZE YOUR ARMS(デジタルを武装せよ)』です。経営トップがデジタルを活用していくべきという意思を持っており、デジタルを活用していくポテンシャルがある会社だな、と思ったことを強く覚えています」
ITメガベンチャー企業と共通する物事の進め方
成田さんにこれまでのキャリアで学んだことを聞くと、次のような答えが返ってきた。
「アクセンチュアでの経験は直接的に活きています。個々のITに関する施策というよりも、もう少し上段から取り組みを俯瞰することを覚えました。また、ウォーターフォール型のプロジェクトを着実に進めるプロセスを学べたことはポジティブでしたし、いま働いているうえでの基盤になっています。
ただ、DeNAに転職した際に、アクセンチュアで学んだ業務の進め方は完全に捨てました。なぜかというと、スピード感が合わなかったからです。メガベンチャーと呼ばれるような会社では、朝に決めたことを状況によっては夕方に覆すこともありえる環境でした。それ以来、私自身はつねにアジャイルに物事を進めており、方向性が間違っていたと思えばその場その場ですぐに変えるようにしています。この方法が日清食品グループとも合っていました。
日清食品グループは、巨大なベンチャー企業のようだと感じています。非常に強力なリーダーシップを持つ経営トップが走りながら考え、条件が変わったら方向転換をします。失敗してもそこから学べばいいといった考え方を持っていて、別の取り組みを進めるための糧にする価値観があるんです」
DeNAやメルカリで培ったアジャイルな物事の進め方が、日清食品グループでも同じようにできるという。ITメガベンチャー企業と根底にある物事の進め方や考え方は近い、と成田さんは話す。
「日清食品グループには『日清10則』という行動規範があり、そのなかに『ファーストエントリーとカテゴリーNo.1を目指せ』があります。これは非常に勇気のいる行動ですよね。ほかにも『迷ったら突き進め。間違ったらすぐ戻れ』や『不可能に挑戦し、ブレークスルーせよ』という言葉もあります。まるでベンチャー企業で掲げられているような行動規範が、もともとある会社です」
「トップダウン」と「ボトムアップ」の両軸が重要

日清食品HDへ入社後、社内を広く見たうえで、デジタルを活用してよりよくできるところを自分で発見して進めてほしい、と言われた成田さん。どのように課題の発見と改善をしてきたのだろうか。
「いろいろ話を聞いたり調べたりして、いくつか改善したほうがいいところが見つかりました。まず取り組んだのがペーパーレス化の施策です。最初は1人で現場に入り込んで、現場の方々と課題を共有し、連携して進めていきました。当時、自分では現場との連携で物事を進めていくことが向いているとは思っていなかったのですが、実はそれが得意であることに気づきました。
そのころ実施していたことを、現在はデジタル化推進室という新しい組織に託しています。しっかりと現場に入り込み、協力しながら同じ方向に向かうことはとても重要です。この会社に入って気がついたことですね」
もう1つ、気づいたことがあるという。
「DXのような施策を進めるときの普遍的なコツがあることに気づきました。1つは、経営トップが明確に方向性を発信し続けること。われわれの組織はこういった状態を目指すという方向性を示し続ける、トップダウンの働きかけです。でも、これだけではうまくいきません。特定の現場にフォーカスし、そこをサポートして短い期間で成功事例をつくるんです。
こうした『スモールサクセス・クイックウィン』を実行して、社内に広げていきます。社内に広げる手段として、日清食品グループの社内報も活用します。これがボトムアップの取り組みです。
トップダウンによる働きかけとボトムアップによる働きかけの両軸で挟んでいく。これにより組織が変わっていくことを、この会社に入社した5年間で実感していますね。たとえば生成AI活用のプロジェクトでは、トップにメッセージを発信してほしい場合には私から依頼します。現場でいい取り組みがあれば、社内報で取り上げて広げていきます。つねにこの両軸で取り組むべきアクションを決めて、プロジェクト推進していく形になっています」
マネージメントするうえでの「鉄則中の鉄則」

これまで長年にわたり、チームマネージメントをおこなってきた成田さん。大事なことはメンバーと向き合うことだという。
「まず、各メンバーの意向を確認します。それぞれがなにをやりたいのかをできる限り明確にしてもらい、実際に関与できる状態をつくりだせるかどうか。これが鉄則中の鉄則です。ただ、必ずしもその状態をつくれるとは限りません。そのときは、いまの仕事が将来的にどのようなストーリーでやりたいことにつながるのかが大事です。どうしても結びつかない場合はアサインメントを変えたり、組織を移ったりすることを促すべきだと思います。
その人がなにをしたいのか、それといまやっていることや今後やろうとしていることに関係性があるのか。この状態をつくり出せないことは、マネージメントをするうえでの非常に大きな欠落だと思います」
こうした考えは、成田さん自身の経験からきている。
「同じ人でも環境によって発揮できるパフォーマンスは大きく変わってきます。これは、私自身が経験していることです。やりたくないことや得意ではないことを悪循環の環境のなかでやることにより、非常にパフォーマンスの低下につながったことがあります。メンバーが仮にそのような状態になっているのであれば、まずは環境を変えて本人たちがやりやすい状態にすることは重要です。
新卒採用では採用プロセスの段階で本人のやりたいことを聞き、どのチームにアサインしてなにをやってもらうのが適切なのかを考えています。なので、新卒採用の最終面接は相手の意向を理解する場です。適した環境が当社にあれば後押しします」
メンバーの意向を確認するために、1on1の機会を意識的に設けているという。さらに成田さんは「任せること」を意識している。
「メンバーに任せるために、どのような状態を目指すのかを合意します。進め方だけではなく、場合によっては優先順位も任せます。進めていくなかで、なんらかのひずみが出てしまったときに調整するのが私の役割です。
こうすることで、自分が手を動かさなくても回る組織ができます。日清食品HDに入社して5年が経ち、ここ半年くらいでこの状態になってきていると感じます。自分がやることはどんどんなくなってきていて、それはいいことだと思っています」
うまくいかなかったらその都度マイルストーンを変えればいい

これまでにさまざまなプロジェクトに携わってきた成田さん。プロジェクトを成功させるために必要なことを聞いたところ、実例を交えて紹介してくれた。
「不確定要素があるなかでも、『このタイミングでこうするんだ』と無理にでも決めて、それを関係者といったん合意することです。一度決めたタイムラインや状態にこだわりすぎず、つねに柔軟な進め方を許容できるのであれば、ざっくりで決めてしまっていいんですよね。
このやり方で進めたのが、生成AIを社内導入したプロジェクトです。4月の入社式で経営トップが自らChatGPTを使い、『こういったものが世の中を変えていきます』と話しました。これをきっかけに、できる限り早いタイミングで生成AIを社内で使える状態にしようと思い、その日のうちにプロジェクトを立ち上げました。
なにをするのかも決まっていない状態でしたが、リリース日を4月25日と決めたんです。そのとき、プロジェクトメンバーは『なにをどうするのかも決めていないのにリリース日だけ決めて、本当にできるのか』と言っていました。
でも、やってみてうまくいかなかったらマイルストーンを変えればいいだけです。このように方向性を決めて動き、他社の事例を調べながら社内調整をしていき、4月25日に『NISSIN AI-chat』を公開しました。しかもリリースをしてからの障害はゼロでした。これは開発してくれたエンジニアを褒めたいですね。約3週間でこうした動きができたのは、不確定要素があるなかでも共通認識を持って進められたからだと思います」
コンサルティング企業やITメガベンチャー企業を経て、日清食品HDという歴史のある企業に参画した成田さん。これまで培ってきた経験と、日清食品HDで気づいた強みを活かし、グループ全体のデジタル施策を進めていく。日本のDXが遅れている理由の1つに、IT専門人材の不足が挙げられる。成田さんのようなIT専門人材が非IT企業に参画することで、DXは加速していくのかもしれない。
