チェコを訪れたことはあるだろうか。日本において「行ってみたい海外旅行先ランキング」上位に入る国ではないが、豊かな文化と景観、美麗な建築と芸術、おいしい料理やビール、ワインなどがあり、旅行先として非常に魅力的な国だ。

そんなチェコのよさを日本人に知ってもらおうと奮闘しているチェコ人がいる。チェコ政府観光局日本支局局長のシュテパーン・パヴリーク(Štěpán PAVLÍK)さんだ。チェコはどのような国なのか、政府観光局とはどのような組織で何をおこなっているのか、話を伺った。

若い国だが、長い歴史と豊かな文化を持つチェコ

筆者訪問時に撮影

チェコは中央ヨーロッパに位置し、ドイツ、ポーランド、オーストリア、スロバキアと国境を接する内陸国だ。国の面積は日本の約五分の一で、北海道の広さとほぼ一致する。

チェコでもっとも有名なのは中世の趣をそのまま残す首都プラハだろう。歴代の王の居城であるプラハ城、聖ヴィート大聖堂、モルダウ川(チェコ語でヴルタヴァ川)にかかる石造りのカレル橋、市庁舎や天文時計のある旧市街広場、オレンジ色の屋根の家々が連なるおとぎの世界のような街並みといった景観の美しさは、世界中の旅行者を魅了してやまない。

筆者訪問時に撮影

国内には16のユネスコ世界文化遺産と9のユネスコ無形文化遺産があり、画家のアルフォンス・ミュシャ(チェコ語でムハ)、作家のフランツ・カフカやカレル・チャペック、作曲家のスメタナやドボルザークといった偉大な芸術家を輩出していることでも知られる。

「チェコ共和国はたいへん若い国ですが、チェコそのものは6〜7世紀から存在しており、長い歴史と豊かな文化を持っています。

長きにわたりチェコは神聖ローマ帝国の領邦として栄え、ドイツやオーストリアの文化的な影響を多大に受けました。その後、オーストリア=ハンガリー帝国の一部となり、第一次世界大戦後(1918年)にチェコスロバキア共和国として独立、1993年にチェコとスロバキアに分離して、今のチェコ共和国ができました」(シュテパーンさん)

十何世紀も周辺の諸勢力の影響を受けてきたチェコ。文化としてはドイツやオーストリアに近いが、チェコ語はロシア語やポーランド語、スロバキア語、ウクライナ語などと同じく、スラブ語系である。領土は大きく3つの地域(ボヘミア、モラヴィア、シレジア)に分かれており、実際に旅してみると、同じ国とは思えないほど雰囲気が違うことに驚く。

「オーストリア=ハンガリー帝国時代の産業の7〜8割をチェコが手がけていたため、帝国の解体後も、そうした産業がチェコスロバキアに残りました。チェコスロバキアと日本の関係はこのころから生まれ、シュコダ(Škoda)というメーカーの自動車や工業製品などが日本に輸出されていた記録があります。

チェコスロバキアがナチスに占領されたり、共産主義政権になったりした時代もありますが、その間も日本との関係は良好で、チェコ人と日本人はお互いに好意を持ちつづけてきました」(シュテパーンさん)

日本からの直行便はなく、大部分の日本人にとってはあまりなじみのない国であるチェコ。しかし、歴史をたどれば、日本とチェコの間には浅からぬ関係があるとわかる。

ミッションは、観光地としてのチェコのプロモーション

チェコ政府観光局(CzechTourism)はチェコ共和国地域開発省を母体とする政府組織で、チェコを観光地としてプロモーションすることを主たる目的としている。なお、チェコ共和国大使館は外務省が管轄する別の組織だ。

チェコ政府観光局は、プラハ本部のほか世界中に17〜18の支局を持つ。観光局全体の業務は、チェコ人の国内旅行を目的とする国内プロモーションと、外国人にチェコに訪れてもらうことを目的とする海外プロモーションの2つだ。マーケティングだけでなく、インフラ整備のような観光産業の環境発展や改善などのマネジメントもおこなう。

「誤解されやすいのですが、観光局の仕事は単にチェコを訪れる人の数を増やすことではありません。もちろん旅行者数も見ますが、それ以上に、どのような旅行者が、チェコのどこに行き、どのように過ごし、何をおこなったかを重視しています。たとえば、50人のグループ旅行客が1日だけチェコに来て、プラハ城の前で記念撮影をしてすぐに次の国へ行く……。これは我々が求めているものとは違います」(シュテパーンさん)

こうした団体向けパッケージツアーで訪れる人たちは、短時間しか滞在せず、現地であまりお金を使わず、チェコの文化を深く知ることもない。「チェコを訪れた人数」は増えるかもしれないが、一部の観光スポットに観光客が集中して混雑が生まれ近隣住民に影響を与えるオーバーツーリズムの問題や、自然環境や治安にもネガティブインパクトが起こりえる。

チェコの見どころは、プラハやSNSで有名になった世界遺産の街・チェスキークルムロフだけではない。チェコ政府観光局が目指すのは、チェコの文化や歴史、景観、芸術に興味を持つ旅行者に来てもらい、好きになってもらい、再訪してもらうように働きかけることだ。

「キーワードはサステイナブル。インスタントに消費される旅行ではなく、サステイナブルな旅行をしてもらい、チェコのファンになってもらうことが大切です。そうしたスタイルの旅行は、旅行者だけでなく、チェコの人々にもポジティブなインパクトをもたらします」(シュテパーンさん)

双方にメリットのあるアウトソーシングのかたち

チェコ政府観光局日本支局は、日本マーケットに向けてBtoB、BtoC、PRメディアの三本柱でプロモーション活動をおこなっている。前述の通り、チェコ政府観光局支局は十数か国に置かれ、各々チェコの観光情報を発信しているが、マーケットの特性によってアプローチの方法はさまざまだ。

たとえば、近距離のヨーロッパにある支局ではFIT(Foreign Independent Tour)と呼ばれる個人旅行者をターゲットにBtoCモデルを採用するが、ロングホール(長距離)である日本マーケットでは、BtoB、すなわち旅行会社や航空会社に向けた働きかけに力を入れている。2023年7月からチャイナエアラインの台北(桃園)-プラハ線(直行便)が就航したことにあわせ、九州・沖縄地方の旅行会社に対して台北経由のチェコツアー造成を提案したこともその一つだ。

「国内外の航空会社、旅行会社、代理店、観光局といったステークホルダーにヒアリングし、彼らの思いやビジョンを理解して、どのような施策であればお互いの利益が一致するのか、どういうやり方であればゴールに向かって進んでいけるかを考えるのが私たちの役割です」(シュテパーンさん)

外務省が管轄するチェコ大使館とは別系統の組織だが、協力体制にあり、共通の目的に適うイベントやセミナーなどは役割分担をして開催することもあるという。費用を支払って業務を割り振る一般的な外注とは異なるが、これも一つのアウトソーシングだ。

「イベントやセミナー、地方出張を除けば、私は基本的に毎日オフィスに出勤し、本国とメールや電話でやりとりをしています。チェコと日本の時差は現在8時間ありますが、時間をあわせてオンラインミーティングをおこなうことも多いです」(シュテパーンさん)

観光局というと大勢のスタッフが働いているイメージがあるが、チェコ国外の支局はどこも2〜3人体制だという。本国の観光局がいわゆるバックオフィスとして各種キャンペーンの準備をしたり、ステークホルダーとの契約をもとに実務をおこなったりしている。

日本支局には、本国から赴任している局長のシュテパーンさんと、今回の取材で通訳をしてくださった日本人職員の麻生さんの2人しかいない。そのため、組織マネジメントを語る上では、日本支局内というより、本国とのコミュニケーションが重要になってくる。

「ここには2人しかいないので、本国のヘッドクォーターにいる職員をどうマネジメントするかを意識しています。また、チェコインベストチェコセンターといった組織にアウトソースしている業務を滞りなく進めていくこともマネジメントの一環です」(シュテパーンさん)

一例を挙げると、日本にチェコの文化を紹介する組織であるチェコセンターが展示会をおこなうときに、観光局がそこに観光のパンフレットを置く。展示に興味を持って会場に来た人がパンフレットを持ち帰り、それをきっかけにチェコ旅行をしてくれるかもしれない。

また、チェコセンターがイベントを開催するときに会場費を出し、政府観光局が食事を出す、と予算分担をすることもあるそうだ。潜在的にチェコに興味を持っている人たちに向けて、文化と観光の交点でプロモーションができれば、双方にメリットが生まれる。

職員が2人しかいないと現実的にできないことも多いだろうが、こうしたアウトソーシングの仕方は実にユニークだ。なお、シュテパーンさんの母国語はチェコ語だが、仕事上で使用するのは英語が60%、中国語が30%、チェコ語が9%、そして日本語が1%だという。

未来を見据えて想像力の幅を広げていくこと

ここまで話を伺って、観光局のKPI(重要業績評価指標)はどのようなものか疑問を持った。一般的な企業なら組織の目標を達成するための定量的な指標となるKPIは必要不可欠だが、政府組織である観光局の場合はいったい何を指標にしているのだろうか。

「実は、チェコ政府観光局全体のKPIというものは存在しません。目指すものはマーケットごとに異なっており、日本支局には日本支局のKPIがあります。

本年のKPIは2つあり、一つはチェコ国内にある新しい旅行先を日本人に開放することです。新しい旅行先といっても、新たに観光地を作るという意味ではなく、まだそれほど知られていない魅力的な観光地の存在を知ってもらい、実際に訪れてもらえるようにします。

もう一つは、日本からチェコへの旅行者数をコロナ禍前の40〜50%に回復させることです。2019年の日本からの年間旅行者数は147,000人でしたので、約7〜8万人を目指しています。ただ人数を増やせばいいのではなく、サステイナブルな旅行者を増やすことが重要です」(シュテパーンさん)

筆者訪問時に撮影

政府組織である観光局支局には、十分なスタッフもいなければ、潤沢な予算があるわけでもない。自分たちだけで完結させられることは多くないだろう。しかし、ステークホルダーと交渉し、お互いの利益を最大化させながら着実にゴールに近づいていく姿勢からは、「ないものを嘆いても仕方がない、手持ちのカードでどうやったら実現できるか考えよう」という意思を感じた。

計測できない/しにくいものに注力することは簡単でないが、何年もにわたる多方面への地道な根回しがじわじわと効いて、大きな成果につながることもある。取材中に何度も登場した「サステイナブル」という単語からも、シュテパーンさんが見ているのは目の前の数字ではなく、数年後、十数年後のチェコの姿なのだろうと思った。

雨垂れ石を穿つ。未来を見据えて想像力の幅を広げていくことは、忙しさゆえに近視眼的になりがちな私たちにとっても大切ではないだろうか。

チェコ政府観光局

(取材/文/撮影:ayan

― presented by paiza

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