世界中に料理研究家は数多くいても、「地域料理専門の料理家」は、世界に1人しかいないのでは?それが今回ご紹介する、「名古屋めし料理家・Swindさん」です。

名古屋料理といえば、かつては、「味噌カツ」や「ういろう」など一部のモノしか知られていませんでした。それが2000年代に入って「名古屋めし」と呼ばれるようになり、がぜん脚光を浴びはじめます。

SE経験もあるSwindさん。作家&名古屋めし料理家への華麗な転身と「名古屋めし」の魅力についてうかがいながら、「天職の見つけ方」について考えてみました。

Swind(神凪唐州)さんプロフィール

名古屋めし料理家・小説家・ライター・YouTuber。名古屋生まれ名古屋育ち名古屋在住。「異世界駅舎の喫茶店」が第4回ネット小説大賞受賞作に選出され、2016年小説家としてデビュー。
小説、漫画原作、レシピ本、コラム、エッセイなどの執筆を中心にマルチに活動。これまでに開発した名古屋めしのレシピは300以上。
NHK「あさイチ」、フジテレビ「99人の壁」、日本テレビ「スッキリ」をはじめ、TV・ラジオ・その他メディア出演多数。

※文芸作品は「神凪唐州(かんなぎからす)」名義。このインタビューではSwindで統一。

小説家&名古屋めし料理家になったきっかけ

――小説家になったきっかけは「ネット小説大賞」とのことですが、どういった経緯で?

8年ほど前の2015年ごろ、前職の出張で、1年ほど愛媛の松山市に滞在したんです。名古屋以外で暮らしたことがなく、馴染みのない土地で長い時間を過ごすのは初めてのことでした。

名古屋と松山を往復する間の時間つぶしに、友人からすすめられてWebの「小説家になろう(以下、なろう)」を読むようになったんです。もともと「ミスター味っ子」などのグルメ漫画が好きだったので、『異世界居酒屋「のぶ」』にはまって。

前職について詳細は話せませんが、SEなどエンジニアの経験もあります。業務上、いわゆるビジネス文書を書くことも多かったのですが、周りからは「まとまってるけど、いつもちょっと長いよね」とよく言われていました。

待てよ、この「長くなりがち」なことって、小説ならむしろ合っているのでは?と考えたんです。絵は描けませんが、小説なら書けるかも?と、短編を書いて「なろう」に投稿を始めました。

文芸のペンネーム「神凪唐州」の元になった名古屋市中区の老舗喫茶店「珈琲処カラス」さんでお話を伺った

――それまでにも小説は書いていたんですか?

いいえ、まったく書いたことありません。プロになるなんて考えていなかったので、気軽に始められたんです。

2作目がのちのデビュー作の原型となる作品で、これはかなり反応があったので、シリーズ化を考えました。

――2作目でシリーズ化!これはどのような着想で書かれた作品ですか?

料理ものを書きたかったので、なじみ深くオリジナリティもある「名古屋めし」の登場する小説に決めました。時代設定は「イギリスの産業革命期」のイメージで「異世界もの」に。「異世界×料理」の組み合わせはそれまでにもあったので、もう一つ要素を加えようと考えて、思いついたのが「駅舎」です。

「異世界もの」は中世ヨーロッパが舞台の作品がほとんどで、それまで鉄道が登場するものはあまりなかったんですね。「駅舎」にしたのは「松山駅」をぼんやりながめていて浮かんだからです。この中に出てくる喫茶店のイメージは、今お話ししている「珈琲処カラス」さん、駅のイメージは「松山駅」から採りました。

――それでいよいよ「ネット小説大賞」を受賞されてデビュー。この作品はコミカライズもされていますよね。

「ネット小説大賞」を受賞して、宝島社さんから小説を出版することになったんですが、ある日「小説の発売日が決まりました」と連絡があり、続けて「コミカライズも決まりました」と言われたんですよ。最初は何を言われているのか、すぐには飲み込めなくて。

わたしの作品に興味を持ったKADOKAWAさんから宝島社さんにコミカライズしたいとお申し出があったそうで。小説家のデビュー前にコミカライズが決まったのは、当時は「おそらく初めてのことではないか」と言われました。これで、小説家デビューと同時に漫画原作者としてもデビューしたことになります。

小説デビュー作『異世界駅舎の喫茶店』(宝島社刊・2016年) 同時にKADOKAWAでコミカライズ(右:作画・神名ゆゆ)。

――名古屋めし料理家にも同じころに?

もともと料理は好きで、デビュー作の書籍化に当たって、書き下ろし作品と一緒に「レシピを載せたい」と担当編集に相談したらOKが出たんです。初めてレシピを作ってみたら、スルスルできて、「これなら普通に書けるな」と。それならレシピづくりも仕事にしたいと考えて、続けるうちに料理家になりました。

料理家を名乗るからには、レシピ本を出したかったので、とにかくたくさんのレシピを生み出そうと頑張りました。なので、2018年にレシピ本が出たときはうれしかったです。

レシピ本デビュー作『でらうまカンタン! 名古屋めしのレシピ』(新紀元社刊・2018年)

狙っては起こせない「バズ」~「99人の壁」「YouTube」で起きた奇跡

――デビューと同時に「コミカライズ」の奇跡を起こしたSwindさん。そのあとも、いろいろ奇跡を起こしてらっしゃいます。「99人の壁」(フジテレビ)は、一般応募で出演されたんですか?

はい、普通に一般応募で出演しました。なので交通費などはすべて自腹です。番組が大好きで出てみたくて、「名古屋めし」で勝負したらオーディションに通過したんです。宣伝したい気持ちは少しだけありました。

――オーディションがあるんですね?どのようなことを聞かれるんですか?

質問は仕事内容やクイズをよく見るか、など。あと、MCの佐藤二朗さんとうまくトークでからめるかどうかも見られていたようです。

当時は、一度オーディションに通ると、センター(100万円に挑戦するステージ)に出るまでは、何度でも挑戦できるシステムでした(※)。わたしは2019年4月、通算5回目でセンターに出たので、そこで終了です。(※現在はシステムが変わっているそうです)

――センターまで進まれた時は、わたしも拝見していました。ものすごくうらやましい展開でしたよね。

「99人の壁」は、センターに立つ人が100万円をかけて、自分の得意テーマのクイズにチャレンジします。まわりの99人が先にクイズに答えるとそこでチャレンジは終了し、答えた人が次にセンターに立つシステムです。

わたしがセンターに出ることになった問題のテーマは「お寺」でしたが、答えが「愛知県」で。その質問自体がまず、ものすごくラッキーでした。

センターに出た時間が20時またぎの一番いい時間帯で。しかもわたしの著書や大須(名古屋の人気商店街)ロケまで放送していただいたんです。

二郎さんが名古屋ご出身で、フリートークでスガキヤ(名古屋のラーメンチェーン)が好きだとおっしゃった直後に、スガキヤが答えになる問題が出て盛り上がりましたし。

何よりうれしかったのは、この日のTwitterのトレンドに「名古屋めし」が入ったことです。100万円は取れませんでしたが、それ以上に「名古屋めし料理家」として、価値のある出演でした。

――そのあと二郎さんのドラマにも出演されましたが、あれは偶然?

「佐藤二朗と斎藤工が行きたくない街No.1名古屋のドラマに出演するにあたり色々考えてみた」(テレビ愛知)ですね。あれはまったくの偶然です。局も違いますし。

でも、二郎さんに会った瞬間に「名古屋めしの人だ!」と言ってくださって。覚えていてくださったのがうれしかったです。

――二郎さんと会えたのは偶然でも、ドラマに声がかかったのは、「99人の壁」が、まったくの無関係ではなさそうですよね。

――映像といえば、現在はYouTuberとしてもご活躍中ですね。

YouTubeは、デビュー作(小説)のPV制作をきっかけに始めました。今はおもに「名古屋めしのレシピ」のメインチャンネルと、そのほかの「雑多なネタ」を投稿するサブチャンネルの2つを運営しています。

――YouTubeもTwitterも、よくバズってらっしゃる印象ですが、バズは狙ってできるものなのですか?

バズは、狙うと99%ははずしますね。ただ、「コメダ(名古屋から全国展開している喫茶チェーン)ネタ」はなぜかよくバズってくれます。

Twitterは1,000RT以上をバズととらえていますが、5,000RT~1万RTまで行くのは、いろいろなタイミングがバシッとはまったときですね。

来てから「今回ハマったな」と感じますが、投稿前にはわかりません。「この時間なら必ず伸びる」時間はないと思います。その日はそれほどでなくても、5~6日後に伸びることもありますし。

――今までにバズったものにはどのようなものがありますか?

そこまでバズってはいないので恥ずかしいのですが・・・名古屋めしでは、冷凍きしめんを使ったレシピで、「1分でわかる レンチンde カルボナーラ」がYouTubeで68万回再生です。

【1分で分かる】超簡単!レンチンだけで出来る絶品「なめらかカルボナーラ」の作り方 (名古屋めし料理家・Swindちゃんねる)

でもそれより圧倒的にバズったのは、サブチャンネルの方なんですよ。

名古屋市科学館の休憩室で、職員の女性が「フーコーの振り子」を動かしていたんです。その様子を撮影して流したら740万再生行っちゃったんですよ。TikTok、インスタ含めると1,500万回行きました。

――それは、狙っていたんですか?

いえ、まったく。

たまたまそこが休憩室で、寝ている人がいたり、ウチの嫁が映り込んでいたり、何より、動かしている職員のお姉さんがキレイだったりと、いろいろ要因はあるかと思いますが・・・

「名古屋めし料理家」「小説家」「YouTuber」など、いくつもの顔を持つメリットは?

――「名古屋めし料理家」「小説家」「YouTuber」「取材ライター」「noter」と、ざっと上げただけでもいくつもの顔を持ってらっしゃいますが、メリットや相乗効果はありますか?

わたしにとっては、表現が違うだけで、すべて「名古屋めしをアウトプットする手段」なんです。思いついたことを発表するのに、これはこの形がいい、と選んでやっています。

とりあえずヘンなことをやってみたい時はYouTube、語りたい時はnote、といった感じですね。あとは、「自分が商品」でもあるので、「Swind」のブランディングの向上に繋がっているとは感じています。

Swindさん的「名古屋めしの定義」とは?

――ここからは、「名古屋めし」についてお伺いします。名古屋めしは、「味噌味が多い」「茶色い」「味が濃い」といったイメージですが、やや漠然とした感じです。中には名古屋発祥のモノではないものもあります。どこまでを「名古屋めし」と捉えるかは、意見が分かれるところです。

そういった点も踏まえて、Swindさんの考える「名古屋めしの定義」を教えてください。

まず一番のポイントは、「名古屋育ち」であることです。

名古屋めしは、ほかの地域のいわゆる「郷土料理」のように、地元の食材を使った地産地消の料理ではありません。また、名古屋めしには名古屋が発祥ではない料理もあります。それでも「名古屋の人に広く食べられており、愛されているもの」であれば名古屋めしと呼べるというのが私の考えです。

たとえば、。「ういろう」は中国が起源で、日本全国各地にあるものです。それを名古屋の青柳総本家さんが「日持ちのするお土産物」として発展させたことから、「名古屋銘菓」として知られるようになりました。。「台湾ラーメン」も、台湾人の方が名古屋の中華料理店「味仙」のまかないで作ったものが最初で、本国台湾には「台湾ラーメン」は存在しません。

名古屋めしは「組み合わせ」から生まれた料理が多いのも特徴の一つです。、付け加えると、名古屋の人が好んで食べたことに加えて、名古屋で「独自進化」を遂げたものであると、より名古屋めし度が強まるかなと考えています。。

たとえば「ひつまぶし」。鰻の蒲焼の発祥は名古屋ではありませんが、鰻の切れ端を無駄にせず利用したことや、だし(お茶)をかけて食べることは名古屋のオリジナルですよね。

Swindさん、名古屋めしの一つ、小倉トーストの普及活動・小倉トースト部・部長でもある。

赤だしは「味噌汁」ではない?

――中日新聞Webで連載中の「おうち名古屋めしの教科書」では多くのレシピを発表されていますが、一番の自信作は?

赤だし(味噌汁)です。常々、赤だしは、名古屋めしの基本だと考えていますが、ほかの地域の方から「おいしくできない」という声をよく聞きます。それもそのはず、「普通の味噌汁のレシピ」で赤だしを作ると、うまくできないんです。

理由は「味噌が多すぎるから」。実は赤だしは「味噌汁」ではなく「お吸い物」の一種と考えた方がよくて、しょうゆの代わりに赤だし味噌を使って味を調えるものなんです。

味噌はちょっぴり、ダシはたっぷり入れるのが、赤だしをおいしく作るコツです。

赤だしは味噌汁ではない!? 本当においしい「赤だし」のレシピ
https://plus.chunichi.co.jp/blog/swind/article/765/9822/

――目からウロコです。生粋の名古屋人でも知らない人が多いかもしれませんね。では逆に、苦労されたメニューは?

実は苦労したメニューはないんです。自由にテーマ設定できるので、苦労しそうなものは最初から採用しません。

「何も思いつかない」ことはよくあります。そういったときは、とりあえず、スーパーに行きます。旬の食材や新商品を見ていると、ヒントになって新しいレシピを思いつくんです。

――新しいメニューを考えるときに、注意するポイントは?

ほとんどが「アレンジ名古屋めしレシピ」なので、「どのあたりが名古屋めし」なのかをキチンと説明できるようにしています。

わたしのレシピは「おうち名古屋めし」なので、「味の再現性」より、「家庭にある材料」で、「簡単・手軽」に作れることを大事にしています。そもそも、家庭によって、調味料のメーカーが違いますから、同じ味にならなくて当たり前なんです。

どこのお宅にでもある「味噌だれ」ひとつとっても、ナカモさんやイチビキさんなど、いろいろありますしね・・・えっ?

「味噌だれがあるのは、名古屋人の家だけ?」そ、そうだったんですね、初めて知りました(笑)

さらに進化する「名古屋めし」とSwindさんの目標

――Swindさんといえば、「名古屋たこ焼き」など、「埋もれていた名古屋めし」の発掘でもご活躍ですね。

「名古屋たこ焼き」は、テレビ局のオファーがきっかけでした。おもしろいネタだったので、自分でも調べてみたら、発祥は大阪ですが、名古屋で独自進化したものであるとわかりました。

これは「名古屋お好み焼き」や「名古屋カレーうどん」「汁なし担々麺」などにも共通する要素です。名古屋の人にとっては「当たり前」すぎて、名古屋めしだと「気づいていない」んですよね。とくにカレーうどんなんて、よその地方のものとわざわざ比べたりしませんから。

きっと掘り起こせば、まだまだこうした「名古屋の人が気付いていない名古屋めし」があると思うんです。実は今も、一つ調べているものがあります。きっとこれも名古屋めしです。

――この先の目標などはありますか?

名古屋めし料理家として、東京キー局もほとんどのテレビ局に出演させていただいたんですが、TBSさんだけは、まだ出演していないんです。

なので、ぜひ出演できたらと思います。とくに『マツコの知らない世界』に出演するのが目標です。

――それ、わたしも見たいです。マツコさんにSwindさんの作った名古屋めしを食べて欲しい!

ですよね。それが叶ったら、言うことありませんね。

「できること」をとことん楽しめば、「天職」に出会える

ここまでの経緯をお聞きして、「名古屋めし料理家」&「作家」は、Swindさんにとって「天職」だと感じました。

Swindさんのスゴイところは、何より自分に「できること」と「できないこと」の「切り分け」ができていること。そして、「楽しい」を追求していること。

たとえば、どれほど漫画が好きでも、「絵が苦手」となれば、そこに執着せずに「小説家」に切り替えたところは大事なポイント。「長文になりがち」な自分の弱点も見極め、むしろ弱点を生かしていることも、結果につながっているのではないかと思うのです。

できないことを「マイナス」と捉えるのではなく、得意なことを「プラス」と捉えて、そこを「楽しみながら」伸ばしていく。その先に「天職」が待っているかもしれません!

唯一無二の存在「名古屋めし料理家」の誕生は、Swindさんの「得意」を「楽しんだ」先にあった、そう感じます。

(取材・文:陽菜ひよ子 / 撮影:宮田雄平)

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