ユーザベースが大切にする「The 7Values」の一つ「迷ったら挑戦する道を選ぶ」。言葉にするのは簡単だが、実行するのは難しい。メディアの世界で長年活躍し続けている金泉俊輔さんは、この言葉の体現者だ。当時としては珍しい雑誌社によるWebニュースサイトを立ち上げたり、45歳でスタートアップへ転職したりしている。そして、いまはNewsPicks StudiosのCEOとして、世の中に影響を与える動画コンテンツを生み出している。

メディアの世界で挑戦を続ける金泉さんのCareer Decisionとは――。

金泉 俊輔さん プロフィール
NewsPicks Studios代表取締役CEO。雑誌ライターとして活動後、女性情報誌・女性ファッション誌編集を経て、週刊誌編集へ。『週刊SPA!』編集長、ウェブ版『日刊SPA!』創刊プロデューサーなどを務める。株式会社ニューズピックスへ移籍し、NewsPicks編集長、プレミアム事業担当(編集部・パブリッシング・ソーシャル編集部)執行役員を経て、2021年1月より現職。

情報に飢えていた少年が社会を知るためにメディア業界へ

金泉さんは1972年に東京で生まれたが、小中学生時代は福島県南相馬市で過ごした。当時はインターネットがまだ普及していない時代。現代よりも都会との情報格差があるなか、情報に飢えていた。

世の中や社会はどうなっているのだろうか? それを知る手段として、必然的にメディアを求めた。いつしか自分自身もメディアの世界に入り、知る立場になりたいと思うようになった。雑誌の編集者やテレビのプロデューサーが子どものころに目指した職業だ。

「僕は母子家庭で育ち、親父の背中をあまり知りません。中学生のころは喧嘩ばかりしていたし、勉強も嫌いでした。親戚から『このまま俊輔を福島に置いておくと、取り返しがつかなくなるから東京に来い』と言われ、中学3年生のときに東京へ引っ越しました」

荒れていた中学生時代に触れたメディアで、金泉さんの印象に残っているものがある。

「『朝まで生テレビ!』(テレビ朝日系)に衝撃を受けました。僕が15歳のころに番組がスタートしていて、何時間もかけて討論することには驚きましたね。雑誌も黄金時代で、よく読んでいました。インターネットが普及する前は、雑誌が情報の発信源でした。私が9代目編集長を務めた『週刊SPA!』も、そのうちの1誌です。高校生のときに新装刊した『週刊SPA!』はカルチャー発信の媒体で、いまとは違って若い人に向けた総合情報誌でしたね」

東京へ移り、勉強もするようになった金泉さんは立教大学に入学。大学在学中に、雑誌『ホットドッグ・プレス』のライターをはじめた。そのまま就職せずにフリーライターとして活動しようと考えていたが、自分よりいい原稿を書くライターが多く、競争に勝てないと思った。企画を立てたり何を取材するかを決めたりする編集者のほうが向いていると考え、1996年に出版社の扶桑社に入社。営業の仕事を経験したあと、女性誌の編集者となった。

2001年からは『週刊SPA!』編集部に配属され、2011年にはWebニュースサイト『日刊SPA!』を立ち上げた。現在では雑誌がWeb上に記事を公開することは、よく見られる光景だ。しかし、当時はまだ珍しかった。先駆け的な存在に思うが、金泉さんは10年遅れてしまったと語る。

「僕がライターをしていた1995年のとき、つけてもらったペンネームが『AI』なんですよ。当時からデジタルライターを名乗っていました。『週刊SPA!』の編集者時代には、デジタル担当としてインターネットやヒルズ族の取材をしていて、ひろゆき(西村博之)さん最初の単著『2ちゃんねるはなぜ潰れないのか?』の企画編集も担当しました。『日刊SPA!』の立ち上げは、もっと早くできたと思いますね。2001年には『ウェブSPA!』というサイトがあって、ブログという言葉ができる前からデジタル日記を書いていましたから。10年は遅れてしまった感覚です」

『WIRED』や『STUDIO VOICE』を読んでいた金泉さんは、これらの雑誌の情報をもとに、これからはデジタルの時代に変わっていくと予見していた。しかし、自身の知識や経験も足りず、経営層の意思決定が遅れたこともあり、時間がかかってしまった。

「ライブドア事件」で担当書籍が出版中止に

金泉さんのキャリアのなかで、ターニングポイントに大きく関わる出来事が「ライブドア事件」だ。社名がオン・ザ・エッジの時代からライブドアを取材していた金泉さんは、堀江 貴文さんの本を出版しようと考えていた。しかし、ライブドア事件が起きて出版中止となってしまう。

「2002年ごろから堀江さんを取材していて、2006年1月に『嫌われ者(きらわれもん)』という本を出版する予定でした。ただ、ちょうどそのタイミングで東京地検特捜部がライブドアの捜査に入ったんです。その数日後が本の発売日だったんですけど、出せなくなっちゃったんですよ。というのも、扶桑社はフジサンケイグループの傘下なので、堀江さんと対立していた側でしたから」

親会社の意向もあり、完成していた堀江さんの本を出せなくなった当時、編集者を辞めて友人と一緒に起業しようと考えた。しかし、編集者や取材者であることを諦めきれず、起業はしなかった。そこで腹が決まる。これが金泉さんのキャリアにおけるターニングポイントとなった。

フジサンケイグループで自分自身が「嫌われ者」となってしまったが、周りの先輩にいい人が多かったことやSPA!編集部が好きだったことを理由に会社へ残った。扶桑社で仕事を続け、2013年からは『週刊SPA!』の編集長を兼任するようになる。

しかし『日刊SPA!』の編集長となって7年、『週刊SPA!』の編集長となって5年が経ったころ、やり終えた感覚が生まれ、後進に席を譲ろうと考えた。「17年間、SPA!に関われたことはとてもよかった」と笑顔で語る金泉さんからは、SPA!への愛を感じた。

そして20年以上勤めた扶桑社を退職し、株式会社ニューズピックス(当時。現在は株式会社ユーザベースに法人統合)で働きはじめる。

「『NewsPicks』の初代編集長を務めた佐々木(紀彦)さんとは昔からの業界仲間で、ニューズピックス社のことも聞いていました。佐々木さん以外にもメディアのあり方を変革していこうというマインドの強い人たちが集まっていたので、2014年の立ち上げ期から注目していましたね」

転職時、金泉さんは45歳だった。転職することに不安はあったが、迷ったら挑戦する道を選ぼうと思い転職を決断する。金泉さんの決断は、『週刊文春』の記事「私たちがミドル転職した理由」で代表格として紹介されるほど、業界で驚かれた。

45歳でスタートアップへ転職し、大きなキャリアチェンジ

出版社からメディアのスタートアップへと転職した金泉さん。新しい職場は何もかもが違った。忖度がなくオープンでフラットな組織やSlackを活用する文化など、以前の職場とはまったく異なる。そのなかでも金泉さんがとくに違いを感じたのが「スピード」だ。

「経営スピードの違いは大きいですね。Slackのやり取りだけで話が進みます。ある新聞社が新しいネットメディアをつくる際、サイト名を決めるのに3か月かかったそうですが、スタートアップなら数時間で決まります」

金泉さんはNewsPicks編集長を経て、2021年1月にNewsPicks StudiosのCEOに就任した。NewsPicks Studiosは「モバイルファースト」と「クリエイターファースト」を掲げ、動画を中心としたポストテキストコンテンツの企画や制作、プロデュースをおこなう会社だ。雑誌のライターからキャリアをスタートした金泉さんにとっては、大きなキャリアチェンジといえる。

仕事の進め方も当然変わってくる。CEOでありながら、動画コンテンツではファシリテーターも務める金泉さん。プレイングマネージャーとして、会社の価値を最大化するにはどうしたらいいかを考えながら役割をはたしている。

「前提として、僕はカメラも回せなければ動画の編集もできません。ただ、動画制作の近くにはずっといました。扶桑社時代には、映像のテキスト化や原作の映像化もしましたし、ニコニコ動画と協業して『SPA!生ちゃんねる』というチャンネルの企画やプロデュースもしていたので、もともと興味がある領域でした。テキストと比べて、動画は共同作業だと感じる機会が多いですね」

テキストは修正がしやすくて少人数で進められる。動画は出演者や制作者など、多くの人が関わるため修正は大変だ。制作プロセスもまったく異なる。テキストと動画、異なるコンテンツだが、どちらも支えているのはクリエイターだ。

「メディアを変えたい」クリエイターの活躍できる世界へ

長年メディア業界に携わってきた金泉さんに、今後チャレンジしたいことについて聞くと、「メディアを変えたい」という答えが返ってきた。その先には、クリエイターの活躍できる世界が待っている。

「制作や取材、調査報道などができるクリエイターが、いまの構造のなかで活躍しきれません。もったいない状況になっていると思っています。僕にメディア全体を変える力はありませんが、NewsPicksの周りからだけでも変えていきたいですね。この5年くらいが勝負だと思っています」

これまでにも、NewsPicksの影響でメディアが変わった例もある。NewsPicksでは、記事に対してピッカーと呼ばれる読者がコメントできるようになっている。以前は一方通行で情報を伝えるだけだったメディアが、双方向でコミュニケーションをはかれるようになった。よりメディアが近い存在になったといえる。また、プロピッカーと呼ばれる専門家によるコメントによって、ニュースを多角的に、より深く理解できるようにもなっている。大手新聞のWebメディアでも似たような取り組みが進んでいる。

さらに、テレビでは見られないコンテンツも世の中に発表していきたいと金泉さんは語ってくれた。

「最近、北野武さんがNewsPicksの番組『HORIE ONE』に出演してくれました。あまりWebメディアに出ない武さんが出てくれて、とても話題になりました。テレビでは見られない、キレッキレな武さんを世の中に見せられたので、まだ5年から10年はこの領域でやることがあるなと思いましたね」

テレビではなく、Webメディアだからこそ伝えられることがある。以前は起業も考えた金泉さんだが、いまのところは考えていないそうだ。これからも、見たことのない新しいコンテンツを生み出してくれるだろう。

(取材/文:川崎博則、撮影:野田涼

― presented by paiza

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