株式会社MIXI(以下、MIXI)が提供する、子どもの写真・動画共有アプリ「家族アルバム みてね」(以下、「みてね」)。2015年4月にリリースされたこのサービスは、2023年11月には利用者が2,000万人を突破。現在は7言語・175の国と地域で利用できるグローバルなサービスとなっている。
「みてね」の開発組織で取り組んでいるのが、アジャイル型文化の浸透だ。浸透させるための施策として研修に力を入れており、16時間のプログラムを内製している。研修を進めてきた平田さんと賀茂さんに話を聞いた。

平田 将久さん(画像右)プロフィール
株式会社MIXI Vantageスタジオ みてねプロダクト開発部 部長。
2011年にミクシィ(現:MIXI)に新卒入社し、エンジニアとしてSNSの「mixi」を担当。2013年に転職し複数企業でエンジニアとしてプロダクト開発、チームのスクラム導入、組織変革などのマネジメント業務に携わった。米国シリコンバレーのスタートアップ企業でプロダクト開発やDX変革のリードを経て、2022年12月にMIXIに再入社。現在、みてねプロダクト開発部部長として「家族アルバム みてね」におけるエンジニアリング組織全体のマネジメントに従事。
賀茂 慎一郎 さん(画像左) プロフィール
Vantageスタジオ みてねプロダクト開発部 アジャイル変革グループ。
2016年 TISにエンジニアとして入社。入社当初はシステム開発における設計〜実装工程を担当。 その後アジャイル型の開発手法であるスクラムに魅力を感じ、スクラムマスターとして活動。主に新規サービス開発案件でスクラムマスター としての経験を積む。2020年 株式会社ビズリーチに入社。スクラム・アジャイルを専門にチーム支援に従事。2023年9月 MIXI入社。
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不確実と戦うためにアジャイルを強化
平田さんは2011年にミクシィ(現:MIXI)へ新卒入社し、2013年に転職。9年ぶりにMIXIへ戻ってきた際、みてねプロダクト開発部の全メンバーと1on1を実施した。そのなかでエンジニアやデザイナーなどが分業体制のような働き方になっており、そうしたカルチャーにメンバーも違和感を抱いていることを知る。これが、アジャイルを強化する1つのきっかけとなった。
といっても、それまでもウォーターフォールで開発していたわけではない。もともとアジャイルの考えの素養は組織内にあり、より効果的なアジャイルにしていくことを平田さんは考えた。

「『みてね』の事業が不確実なことはわかりきっていたので、それと戦うためにはアジャイルの考えが絶対に必要でした。アジャイルの強化方法を考えたときに、知識レベルを揃えることが基本的かつ重要であると思い、研修に取り組むことを決めました」(平田さん)
当時のみてねプロダクト開発メンバー全員に対しては平田さんが一人で研修を行っていたが、賀茂さんが入社後は研修を引き継ぎ、研修カリキュラムを一新。受講者の募集から運営まで、研修のすべてを担当している。賀茂さんは平田さんから誘われ、2023年9月にMIXIへ入社。スクラムマスターとして、前職でもアジャイルを専門にチーム支援をおこなってきた。研修の重要さを次のように話してくれた。

「共通言語を醸成するための手段として、研修は投資効果が高いと捉えています。なにかしらの文化をつくったり、変えていったりするときには共通言語とそれに対する認識を揃える必要があります。研修によって、みんなが同じ場所で同じ体験をすることで、そうしたことが実現できるのは意義があると考えています」(賀茂さん)
こだわりの詰まった16時間におよぶ研修の中身
現在、研修は3日間で計16時間おこなっている。遠方に住むメンバーも参加できるように、オンラインで開催している。アジャイルの組織論からスクラムの詳細、シミュレーションまでをサポートし、ワークショップもおこなう。そこには2人のこだわりがある。
「座学だけであれば、トータル3時間くらいで終わってしまうんですけど、それだと身につきません。体験や議論、シミュレーションをし、人に教えるといったステップを経ることで徐々に理解と習熟が高まります。なので3日間で16時間の研修にはこだわっていますね。さらに長くてもいいかもしれません」(平田さん)
研修に参加するのはエンジニアだけではない。デザイナーやPdMなども含めたエンジニアリング組織全体のメンバーが受講している。具体的にどのようなことを研修で伝えているのだろうか。

「アジャイルの概念と、それを実際に体験するための手法であるスクラムをメインに扱っています。いきなり手法の話から入ってしまうのは危険だと考えているので、まずはアジャイルの考え方や価値観をしっかり伝えたり、考えてもらったりしています。
そのうえで実施しているのが、ワークショップです。具体的には家をつくることをテーマにして、アジャイルな進め方を体験してもらいます。その体験をもとに実際の手法として落とし込むとどうなるのか、スクラムを使って説明する流れです」(賀茂さん)
家をつくるワークショップでは、自分たちが家族として希望する間取りを考えてつくっていく。図面上の2Dだけではなく、立体的な3Dで家をつくることにこだわっている。まさにそれがアジャイルの考えにつながってくるからだ。
「2Dだけではわからないことが、3Dにすると見えてきます。たとえば、2Dではいい動線だと思っていても、3Dにすると使いづらいことがあります。図面だけでは気づけないことに、立体的に動かすと気づけるんです。アジャイルでは、動くものを小さくつくることを大事にしています。その考えがなぜ大事なのかが、このワークショップを体験することで腹落ちしやすくなります」(賀茂さん)
座学だけでなく、ワークショップを通じて実践的な経験を積める。研修は目的ではなく、あくまで手段だ。2人は、顧客に価値を提供するために研修を通じてアジャイルを強化している。
MIXI全体に広がるアジャイル研修

研修を受けたメンバーからは、好意的な声が多いという。具体的には、どのような声があがってきているのだろうか。
「『みてね』の開発組織だけでなく、全社に展開したほうがいいという声がありました。その声をきっかけに、研修を全社にオープンにしました。メンバーが外部メディアで取材を受けたときに、研修の話をしてくれることもあります。そのなかで、『社内でこれほどの研修を受けられるのは、このうえない福利厚生だ』と発言してもらえています。こうした声をいただくことで、よりいっそうアジャイルに関する取り組みに自信を持てるようになっていますね」(平田さん)
「みてね」事業部以外からの研修参加者も増えており、現在は3-4割がほかの事業部からの参加になっている。研修は16名定員で月に1回のペースで開催しており、キャンセル待ちが発生するほどの人気だ。
「みなさん研修を好意的に捉えてくれています。認定スクラムマスターの資格を持っているメンバーも参加してくれました。そのメンバーからも『知識の再構成ができてよかった』という声をもらっています。また、参加してくれた新卒入社のメンバーは、『新卒メンバー全員で受けたほうがいい』と人事の方に掛け合ってくれました。アジャイルカルチャーを広めることに寄与できていると感じています」(賀茂さん)
こうした研修を外部委託している会社も多いなか、すべてを内製していることも特徴的だ。世の中にあるアジャイルの知識を集約したうえで、自分たちの組織に最適化された研修にカスタマイズされている。
さらに、研修だけで終わりにしない工夫もしている。
「2つ意識していることがあります。1つ目が資料づくりです。実務で悩んだときに立ち戻ってもらえるように、学習資料のなかに参考文献をすべて提示するようにしています。この分野で迷ったらこの本や記事が参考になる、と共有しておくんです。そうすることで、研修後にも自分たちで学び続けられます。
2つ目がコミュニティづくりです。いろいろな人が集まって相談し、自律できる組織文化をつくっていこうと考え、迷ったときに相談できるコミュニティをつくりました。様々なチームが現場での悩みを相談したり自分たちの事例を共有しあっています」(賀茂さん)
賀茂さんは研修以外にアジャイル支援の業務も担っており、これまでは1人で支援をおこなってきた。しかし、「みてね」の事業部は現在100名近い組織となり、1人で支援するには限界がある。資料やコミュニティがあることで、賀茂さんのサポートがなくても、自律的にプロセス改善が進んでいる。
研修によってスクラムマスターがリーダーシップを発揮

研修を受けたメンバーから好意的な声が多く、部署を越えてMIXI全体に広がってきているアジャイル研修。これまでに感じている研修の効果について、平田さんは次のように話す。
「研修を終えた直後に、ある参加者が習ったスクラムのやり方と自分たちのやり方にギャップがあると気づき、変えていこうと自律的に動き出しました。そこに対してサポートで入ってほしいと要望をいただきました。スプリントバックログやプロダクトバックログをつくるなど、基本的かつ大きな動きをチームが自律的におこなっています。これは研修の効果と言えますね」(平田さん)
研修によってチームが自律的に動けるようになった。加えて、チームにアジャイルカルチャーが醸成されたことで、スクラムマスターがリーダーシップを発揮できるようになった。
スクラムマスターの役割と重要性は、スクラムを学ばないと伝わりづらい。研修を通して、スクラムマスターは真のリーダーであることが伝わったようだ。研修以前にはあまり自信のなかったスクラムマスターが自信を持って推進し、チームメンバーからも信頼されるようになった。「研修の効果だけではないかもしれないけど」と平田さんは話すが、大きなきっかけにはなっているだろう。
また、平田さんが研修で伝えていた格言がチームの日常会話に取り入れられた。研修を通してアジャイルがチームに根付いているのだろう。
「『自律的組織に必要な条件の1つは、0.1秒以内に現状を把握できること』という格言があります。これは僕が考えたわけではなく、以前に僕自身が受けた研修で教わりました。この格言を僕の開催する研修で伝えるようにしています。とあるチームでプロダクトバックログをつくろうとしていたときに、『0.1秒で現状把握できるようにするためにこうしましょう』という会話を聞いてうれしく思いましたね」(平田さん)
研修が終わっても自律的に議論を進め、実務に活かされている。アジャイル型文化の浸透を進めるためにおこなった研修の成果が出ていると言える。
よりよい研修にするために考えている2つの施策

今後、研修をよりよいものにしていくために考えていることについて、賀茂さんは次のように話す。
「2つ考えていることがあります。1つ目が私以外の方もアジャイルリーダーとしてレベルアップできるような場をつくることです。すでにスクラムマスターの役割、またはその思考を持っているメンバーたちのコミュニティを形成しています。そのなかで、どうやって改善活動を進めるか一緒に作戦を考えたり、メンバーがよりレベルアップできるための方法を考えたりしているところです。
2つ目が考え方だけではなく、実務で活かせる能力を向上させていくことです。問題を解決するうえでは大事なテーマなので、そのためのトレーニングをいずれは提供できればと考えています」(賀茂さん)
「みてね」の開発組織からスタートし、MIXI全体に広がり成果が出ているアジャイル研修だが、彼らはそれをよりよいものにするために改善し続けている。研修自体もアジャイルに、素早い仮説検証と事象からの学びを活かして次につなげている。
