SES企業で多くの経営者を悩ませる課題の1つが、エンジニアリング組織のチーム運営です。
どうしても客先常駐業務が多くなるため、社員同士でのコミュニケーションがとりづらい、常駐先がバラバラで同じ課でも集まれない、自社への帰属意識が希薄になって離職が増える……など、構造的に抱える問題をどう解決すればいいでしょうか。定着率を上げ、社員が継続的に成長できる組織づくりをするために何ができるのでしょうか。
「人財×デジタル」で企業の課題を解決に導くコクー株式会社では、「アメーバ組織」という組織構造を導入することで、こうした問題の解決に取り組んできました。
今回は同社でITインフラ事業本部 エデュケーションサービス部 部長を務める越野雅規さんに、コクーにおける組織づくりの概要や定着率の向上につながった取り組み、社員のキャリア形成などについて解説していただきます。
コクーを支える「アメーバ組織」
当社のようなSES企業は、客先での常駐業務がメインとなります。そのため、どうしても社員間のコミュニケーションや縦横のつながりが減ってしまい、社員の自社に対する帰属意識が薄れてしまうという課題があります。
この課題を解決するために、当社では月に一度全社員が集まって近況報告や勉強会、懇親会などを実施する「Tsuki-Ichi(ツキイチ)」を実施してきました。ただ、社員数が少ないうちは問題なく集まることができても、事業が大きくなり人数が増えてくると、現実的に全員が同じ場所・時間に集まるのは難しくなってしまいます。
また、組織が大きくなってきたことによって、社員一人ひとりが自分のキャリアパスや将来像を想像しづらくなってしまうという新たな課題も生じていました。
自分自身もITインフラの事業部に所属している身として、部署内の離職率が上昇傾向にあることを認識しながらも、個々をフォローしきれなくなってきていると感じていました。月に一回集まれば、それだけで全員と適切なコミュニケーションを取れるわけではありません。細かなコミュニケーションの一つひとつが難しくなっていて、それが積み重なって離職率の増加につながっているような状態になっていました。そこでコクーを「もっと個々が目指す姿や方向性を体現できるような組織体」にするために、「アメーバ組織」という組織構造を取り入れることにしました。
コクー株式会社の「アメーバ組織」イメージ
当社のアメーバ組織では、上図のように5人から10人程度を1つのチームとし、それらが集まって、各事業部を構成しています。事業部の人数が増えても、それによって大きな組織ができるのではなく、アメーバが増えていくというスタイルです。アメーバ組織では、自分の組織内であればメンバーに決定権があり、各アメーバごとに独自の戦略を持てるようにしています。そうやって各社員が当事者意識を持ちながら働けるような体制づくりをしています。
たとえば、私自身の話ですが、アメーバ内に新たに「チームリーダー」という役職を作るといったことをしました。それまで当社では、1つの課の中には、「課長」と「PL」と「メンバー」という3種類のポジションしかありませんでした。段階的にマネジメントを育成することで個の成長を促すとともに、明確な役割ができることでアメーバの成長と当事者意識の醸成が可能になると考え、自分の裁量で新たなポジションを作り、運用していった結果、現在では全社でもチームリーダーがポストとして確立されました。
さらに、アメーバという細かい単位でマイクロマネジメントをするので、社員の悩みや課題もキャッチアップしやすく、定着率の向上にもつながっています。また、全社的な理念や行動指針、「なぜ我々がそれをやるのか」といったことも社員間に浸透させやすくなりました。最近はアメーバ内で1on1を実施して、社員一人ひとりと向き合う時間も設けています。
アメーバ組織の導入にあたって大変だったこと
アメーバ組織を取り入れた当初は組織の移行に苦労しました。
当社の事業はSESなので、メンバーによっては自社のための取り組みについての時間を作るのも大変でした。通常業務を終えたあとに、時間を作って進めていたメンバーも多かったです。もし彼らに何のケアもしなければ、当然「何のためにやっているのだろう」と感じて、やらされている感を覚えるメンバーも出てきてしまいます。
当時課長だった私は、「自分の課はこんな方向性でこんな課を目指します」という3カ年計画を作り、その実現を目指して課全体で協力して進めていくようにしました。まずはメンバーに「何のためにこれをやるか」「それによって自分の将来にどんな影響があるか」を腹落ちさせて、各々に自分ごととしてとらえてもらう。さらに「3年後の目標はこういう感じで、その過程としてまずはこれをクリアしていきましょう」といった形で課の方向性を指し示していきました。
スタート直後は、慣らし運転のような期間と位置づけていました。社員の負荷を上げすぎないように気をつけつつ、自分が率先して何でもやって吸収するような形でした。特に最初の一年は、「私たちはこういう目標を目指していくよ」という意識づけを重視して、無理をさせずにじっくり進めていきました。
その最初の1年を経て、2年目から本格的にドライブをかけていくような流れでした。実際、その段階を踏んだことでメンバーたちからも「こんなことがやってみたいです」「これをやってもいいですか」といった発信が増えたように感じています。
社員がやりたいことを支援するための取り組み
アメーバ組織の導入とともに、社員がやりたいことを実現するための施策も実施しています。
たとえば「社内FA制度」。やりたいことがあって「課を異動したい」と思った社員は、自分で「私はこうなりたいのでこの課に異動させてください」と宣言できるようにしています。当社には「社員の意思を尊重する」考えがあり、もし宣言をされたら基本的にNGを出すことはありません。
極端な話、配属された初日からでも宣言できます。実際に異動が発生する場合は、本人としっかり面談をして方向性のすり合わせをした上で実施しますから、社員にとってもより自分の成長につながる選択ができると思います。課長たちも、自分たちの課が他の課からうらやましがられて「ぜひ異動したい」と思われるくらい魅力的にできるように、さまざまな取り組みを進めています。
もちろん各課は競い合うだけの関係ではありません。横のつながりを作って相互理解を深め合うための取り組みも実施しています。たとえば事業部や課をまたいだコミュニケーションや勉強会「コクーアカデミー」などは、盛んに開催されています。
さらに横のつながりでいうと、社員専用のSNSがあって、各自が自由にコンタクトをとれるようになっています。「コクーアカデミー」用のプラットフォームも設けていて、社員が勉強会を企画したら、すぐにそのSNSで発信できて、興味を持った人は誰でも参加できます。最近は6〜7割の社員が在宅勤務をしており、なかなか直接集まりづらくはなっているものの、リモートだからこそ異なるアメーバ間でリモートランチ会が開かれるなどしています。
現在社員数は約370名です。アメーバ単位では1カ月に一度は集まるようにしていますし、決算月の7月には全社総会があります。そのほかにも3カ月ごとに全社、その他の月は各事業部による「Tsuki-Ichi(ツキイチ)」を実施し集まるようにしています。集まったときにはMVPの人を表彰したり、スキルアップに取り組んだ社員を紹介したりすることで、社員の中に「自分がやりたいことをしてもいいんだ」という意識を浸透させたいと考えています。
「Tsuki-Ichi(ツキイチ)」のようす。(※現在はオンラインで開催しています)
多様性を受け入れる組織
もちろん将来の目標やキャリアパスについては、明確に「こんなポジションにつきたい」と考えている人ばかりではありません。でも、彼らに無理やり会社に迎合した目標を考えさせたりはしません。
私の課では、多様性の観点から「否定しない」というルールを設定しています。組織の中にはいろいろな考えを持った人がいます。「ぜひこのアメーバに所属したい」という人もいれば、「どのアメーバにも当てはまらないけど、あえて選ぶならこのアメーバかな」という人もいるでしょう。そういったさまざまな考えを否定しない組織運営を心がけています。そして彼らが自走できるようにするために、「まずは一緒になって考えてみる、何を考えていてどうなりたいのかを知るために会話する機会を増やす」ということを意識してやってきました。
たとえば、「45歳で早期退職して田舎で自由気ままな暮らしをしたい」という人もいました。その人にとっては、IT技術職はあくまで生きるための手段であって、それ自体をすごくやりたいからやっているわけではありません。この場合は、本人が望む「早期退職して暮らしていけるようにするにはどうしたらいいか」について、毎月まじめに話していました。
そのとき自分が考えることは「マネジメント職につきたい」という人に対するときと同じです。目的を達成するにはどんな取り組みが必要で、実現できたら自分はどうなるのかまでを一緒に考えて、イメージができるように手伝います。
他にも、「地元の離島に家を建てて、そこからリモートワークがしたい」という社員もいます。「リモートでできる仕事って何だろう」ということは、私も昔から考えています。この社員も、目的達成のために場所にとらわれない技術について考え続けていて、現在はクラウド系の案件をばりばりやってもらっています。
どんな考えの社員がいても、会社として「そんなキャリア設計じゃ困るよ」といった対応は絶対にしません。むしろ、会社として重要なのは「みんなの目標をどうすれば会社が実現させてあげられるか」だと思っています。
「魅力あるチーム、新しい働き方」を目指して
前半にお見せしたアメーバ組織の図にも記載している通り、「魅力あるチーム、新しい働き方」が当社の目指しているビジョンです。当社で用意しているキャリアパスは、大きく分けると最終的なキャリアとしてマネジメント領域かエキスパート(スペシャリスト)領域を選べるようになっていて、それぞれでグレードも決まっています。しかし、現状の制度で完璧なキャリアパスを用意できているとはもちろん思っていません。業務内容でもキャリアでも場所でも、それぞれが目指す働き方を選択できて、実現できる。そんな多様性のある働き方ができる環境を作っていきたいと、会社全体で考えています。
たとえば、会社全体で女性の活躍推進、活躍しやすいステージづくりへの取り組みを進めています。当社は役職者の比率が、男性が5割強で、女性も4割ほどいます。さらに全体の男女比においては、現在女性が7割を超えています。
いろいろなライフステージを経たのち、「完全復帰してしっかりと働きたい」という人もいれば、「働きたいけれど稼働時間は減らしたい、自分のペースで働きたい」人もいます。当社ではさまざまな希望を持つ人が働き続けられるようにしたい。もちろんこれは女性だけではなくて、男性に対してもあてはまります。
いろいろな方向性や多様性を考慮すると、新しいキャリアなんていくらでも生まれてきます。これにはゴールはないと考えていて、会社全体で常に取り組み続けていきたいですね。ですから新しいキャリアパスもどんどん作っていくつもりです。