日本最大規模のオーディオブック配信サービス「audiobook.jp」を提供し、国内の音声コンテンツ業界を牽引している株式会社オトバンク。
今回は、VPoEの北川徹さんにインタビューを実施しました。
現在進行形で、単なる個の集まりを超えた強い組織づくりを目指している北川さん。紆余曲折な人生をたどった北川さんだからこそ見える、チームの考え方についてお伺いしました。
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目次
いろんな道を通ってたどり着いた「好きなこと」
──北川さんがオトバンクにジョインするまでの経緯について教えてください。プログラマーとして働くようになったきっかけは何だったのでしょう?
北川:20代の頃、音楽好きが高じて、音楽イベントのフライヤーや、Webサイトをつくる手伝いをしていたんです。そのタイミングでPCを購入して、本格的に触るようになりました。触っているうちに楽しくなってきて、未経験でもプログラマーとして雇ってくれるところを探して就職をしたのがプログラミングをはじめたきっかけですね。
──未経験スタートだったんですね。
北川:そうですね。そこからいろんな会社でチームリーダーやプレイングマネージャー、開発部長などを経験して、最終的にCTOになりました。前職ではとにかく自分のできることの幅を広げたくていわゆるCTOとしての役割よりもかなり幅広い業務、それこそマーケティングや分析、事業開発的なことも担当してました。ただ、社長直下の位置付けだったこともあって1人で動くことが多く、自分だけでできることに少し限界を感じ始めていて。また、扱っていたサービスの対象がブランド品で、正直に言うとそこまで興味のないジャンルでした。
コロナ禍を経験し、東京から神奈川へ引っ越して生活スタイルも変わってきた時期でもあり、「そもそも自分って何がしたかったんだろう」と、改めて考えるようになりました。そのタイミングで出会ったのが、オトバンクだったんです。
──オトバンクに入社を決めた理由を教えてください。
北川:自分の得意なことを活かして好きなことに関われる、と感じたからです。DJをやっていたくらい“音”が好きだったし、昔は自分でアニメのセル画を描いてるくらいアニメも好きでした。そういったサブカルチャーへの共感もあって、現社長の久保田さんと意気投合し、最終的に「現組織にいないキャラクターを積極的に採る」という採用方針にひかれ、オトバンクへの入社を決めました。具体的には「ネアカな盛り上げ役として活躍してほしい」という久保田さんの言葉が決め手でした(笑)。
──自分の好きなものが、オトバンクにはあったんですね。
北川:そうですね。オトバンクで働いていると、好きなことに関わることは重要だなと感じます。好きなものを扱っているサービスやプロダクトの方が活かせるし、気の合う仲間も集まってくるので。また、音楽イベントに携わっていたころから、人と関わりながら何かを成し遂げるということも好きなんです。今は、「自分が好きなこと」と「組織を作る」という2軸で動いているので、すごく楽しいです。
──多くの経験をしてきた北川さんから見て、オトバンクではどのような人材が活躍できると考えますか?
北川:サブカルチャーやコンテンツに興味があって、多様性を歓迎する人が合うのではないかと思います。僕自身そうだったのですが、会社が扱っている領域にある程度の興味があった方が楽しめるし、自身の成長にもつながりやすいかなと思います。あと、オトバンクはいろんな価値観を持つ文脈の違う人たちが集まっている組織なので、その多様性を前向きに捉えられるかどうかは大事ですね。
──オトバンクには、さまざまな個性を持った人が多いのでしょうか?
北川:自社で制作も行っていることもあり、まったく違うタイプの人たちが集まっていますね。満遍なく80点を出せる人というよりは、苦手なことは本当に苦手だけど、得意なことではホームランを連発するような、尖った人が多いと思います。それぞれが違う要素を持ちながらも1つのチームになっているので、雑多感がありつつもなぜか全体的に統一感もあるという、不思議な会社です(笑)。
相互理解を組織に根付かせるために
──入社した当時、北川さんはオトバンクをどのように分析しましたか?
北川:オトバンクには「audiobook.jp」という長く続いているメインサービスがあります。制作スタジオも持っていて、自社でしっかりとしたコンテンツをつくれることは強みだと感じました。ほかにも社内向けの業務ツールを含めサブシステムが複数あるのですが、それぞれ用途に合わせて最小限かつ合理的に構築されていて、運用もかなり整備されているのは、すごいなと感じましたね。
──エンジニアチームは、どのような組織形態だったのでしょうか。
北川:オトバンクの開発本部はサーバーエンジニア6名、アプリエンジニア3名の計9名で構成されており、少人数でのスピーディーな開発が求められていました。また、1つのプロジェクトを1名のエンジニアが担当する形だったので、1人ひとりの技術的なカバー範囲も広い状態でした。
当時も全体として組織内の連携は上手くできていたのですが、日常的なやり取りや個別の話ではお互い遠慮しあうような状況も起こっていました。そのため、個々人の相互理解をもっと深めることでより大きなチャレンジやコラボレーションが生まれ、より強い組織チームとして機能していくことができるのではないかとも感じました。コロナ禍前から始めていたリモートワークも一因としてあったと思います。
──たしかにリモートワークだと、深い相互理解を実現するには難しい環境かもしれませんね。
北川:はい。リモートワークは、合理的に個別の業務を進められることが大きな利点ですが、ある種ドライにお互いの立場を表明しあって議論が平行線になってしまうことも加速しているなと思っていました。
同時に、日々起こる問題・課題は全員でスピーディーに解決していかないと、今の規模の会社で大きな成長をしていくのは難しいとも考えていました。お互いの状況や背景にある考え方も理解したうえで、目標に向かって全員で同じ方向を見るというスタンスが、もっと必要だと感じました。
コミュニケーションを活性化させる2つの取り組み
──相互理解を組織に根付かせるために、北川さんが行った取り組みについて教えてください。
北川:「相互理解の必要性」についてはボードメンバーでも度々議論していたのですが、少し抽象的な言葉であるがゆえに、ゴールイメージやアクションをどのように言語化・具体化し、全社に広めていくか、思い切った施策ができていない状態でした。
そこで、思い切って全社のOKRのKRとして取り上げ、推し進めていくことにしました。
まずはリモートワークによって薄れている他者認識を強めるため、既に導入されていた「Unipos(ユニポス)」を活用して、その利用率をKPIに置き、他者認識の向上を図りました。
「Unipos」は、他のメンバーに向けて「ありがとう」や「あの仕事はすごかった」などのコメントと一緒に感謝や奨励のチップを送り、貯まったチップをギフトカードなどに交換できるサービスです。
このサービスをもっと活用してもらうために、専用のハッシュタグを用意し、そのタグでの投稿数・被投稿数が1番多かった人には、希望に応じて僕がセレクトしたワインやカレーを贈呈するというプレゼントを用意しました(笑)。そういうちょっとした楽しみがあるくらいな感じで、気軽に取り組んでくれたらいいなという思いがあったんですね。社内で行うコミュニケーションの取り組みって、強制的に導入すると気持ちが冷めてしまうこともあるじゃないですか。その温度感というのを意識して、運営しました。
結果、KPIもほぼ達成し、一定の手応えがありました。ただ、今度は「社内のコミュニケーションを盛り上げる」とはまた別に、各職種が置かれている状況などを背景に生まれやすいチーム同士の「溝」を埋める別のアプローチも必要だと感じるようになりました。
その時、ボードメンバーの1人から『他者と働く-「わかりあえなさ」から始める組織論』という本を紹介されたんです。本に登場する「技術的問題と適応課題」や「ナラティブの溝に橋を架ける」といった考え方にとても共感し、「今までの延長線上ではない新しい考え方」として、あえて一般的ではない「ナラティヴ」という言葉を全社に浸透させていくことにしました。
詳細な説明は割愛しますが、目の前で起きている事象を既存の方法で解決できる問題(技術的問題)としてのみ捉えるのではなく、それぞれの関係性などで生じる複雑な課題(適応課題)として捉え直すというスタンスや、個々人の職業倫理や経験・組織文化に起因する物事の「解釈の枠組み」を「ナラティヴ」ということが説明されており、それらの隔たりが「溝」と表現されています。また、適応課題に真正面から向き合い、相互に今までと違った新しい関係性を継続的に築いていくことを「ナラティヴの溝に橋を架ける」といっています。
そもそも新しい言葉や考え方の浸透には理解が必要なので、まずは、『他者と働く』を題材に「ABD(アクティブ・ブック・ダイアローグ)」を行うことにしました。これは、1冊の本を複数人で分割して読み、各自読んだ箇所を要約して、発表するという読書方法です。その発表をもとに、参加者で対話を行います。この対話をすることによって、本の内容の理解に加え、新しい学びや気付きを得たり、相手のことをより深く知ることができるとされています。
──「アクティブ・ブック・ダイアローグ」を行ってみて、どうでしたか?
北川:ちょうど1回目が終わったところなのですが、普段業務で関わらない人の意見や考え方が聞けたこともあり、当初の開催目的である「新しい概念の理解」以上に、「楽しかった」、「一人で読むよりも勉強になった」と評判も良く、少しづつ全員のコミュニケーションやスタンスが変わってきていることが見えてきています。
次のステップとして、具体的に「それぞれの現場にある溝に橋をかける」という取り組みを計画しています。例えば、CMRチームとPRチームのそれぞれが置かれている状況や背景などの「ナラティヴ」を理解し合うためのチーム間の対話の時間を設ける、などです。
──コミュニケーションの基盤づくりを行っているんですね。
北川:全社の取り組みとして、社内のコミュニケーション活動をエンジニア組織の部門長がリードすることはあまり多くはないと思います。一般的には技術的な解決策をとりがちなイメージのあるエンジニアが率先して取り組むことで、受け手としても「今までと違うことをやっているのだな」という認識を作りやすいかなと考えました。「盛り上げ役」としての責任もありますし(笑)。
──これからの組織の目標について、お伺いしたいです。
北川:ごく普通のことですが、個人が自己実現をしながら、チームとしても成長して事業の成功につながる状態を目指しています。個人が自分のスタイルをしっかりと持っていることはオトバンクの強みなので、その個性は保ちつつ、単なる個の集まりの「集団」ではなく「強い組織」になることが目標です。
──最後に、オススメのオーディオブックがあれば教えて下さい。
北川:「組織が変わる――行き詰まりから一歩抜け出す対話の方法2 on 2」がオススメです。
本日ご紹介した『他者と働く-「わかりあえなさ」から始める組織論」』著者の宇田川元一さんの2作目です。対話についての深堀と、具体的な実践方法として2 on 2という手法が詳細に説明されていて、前著で実践が難しかった点などが補完されています。『他社と働く』の読者の方にもおすすめです。
(取材・文:はるまきもえ)
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