コロナウイルス感染症拡大によって、エンターテインメント業界では積極的にデジタル化の方針を打ち出す企業が増えた。松竹芸能では最新のデジタル技術をミックスしたコンテンツを基盤に、さまざまなIT戦略に取り組んでいる。
歌舞伎の他にも映画や、人気テレビタレントなどを擁する松竹芸能。今回はそんな松竹芸能のIT戦略について、常務取締役の小林敬宜さんに話を伺った。AIが参入し始めた今の時代にこそ重要視されるエンタメ業界の在り方について、小林さんの言葉から紐解いていく。
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各タレントにブランディングをある程度任せたほう
──エンタメ業界のIT戦略として、マーケティングの部分ではSNSの活用が時代の主流となっています。松竹芸能では、マーケティングにおいてどのような戦略をとっていますか?
小林:まず大枠の仕組みで言うと、全タレントをブリッジする形で、松竹芸能の公式ブランドとしてYouTubeとTwitterの運用を行なっています。そしてその下に、よゐこさん、クロちゃんや、ヒコロヒーさんなどの各タレントのチャンネルやSNSがあるわけです。基本的に彼らは個人事業主なので、自分のブランディングに関してはある程度任せていますね。でも、強制的に(SNSを)やらなければならない、というわけでもありません。
──各タレントにブランディングは概ね任せているとのことですが、ディレクションが入るケースもあるのでしょうか?
小林:もちろんそのケースもあります。タレントさんだからといって全員が全員、SNSが得意と言うわけでもないですし。例えば、「駆け抜けて軽トラ」の持田コシヒカリさんのチャンネルでは、ディレクターさんに入ってもらっているはずです。持田コシヒカリさんのチャンネル以外の例としては、FIREBUGさんやUUUMさんに力を借りて、演者や共演者を応援するようなコラボをする場合もあります。
──時にはプロの視点も借りながら、各タレントのブランディングを確立しているわけですね。
小林:それこそ、みなさんご存知のクロちゃんのブランディングなんかも面白くて。クロちゃんの新刊のタイトル、凄いんですよ。「日本中から嫌われている僕が、絶対に病まない理由」です(笑)。彼の場合、キャラとして反感を集めた結果、一周回って愛されキャラに変わってきているような気がします。
クロちゃんのエピソードだと、地方の握手会での面白い話がありまして。中学生くらいのファンの方が、お土産を持って「Twitter、いつも本当に楽しく見てます!」って熱心にクロちゃんにお礼を言っていたらしく。ところが、後でクロちゃんが教えてもらったアカウント名を確認してみたら「この人、いつも俺の悪口書くやつ!」って(笑)。本当に、強靭なメンタルを持ってますよね。
コロナ禍をきっかけに見えたテレビ以外の新たな道
──松竹の公式サイトでは、YouTuberやインフルエンサー、VTuberの方のお名前を見かけました。松竹芸能にも地上波のチャンネルでの活動場所を持つ方が新しく参入されるようになってきたと思うのですが、プロダクションとしての動きに変化はありますか。
小林:プロダクションとしての役割は大きく変わっていませんが、時代の変化は感じています。
これまで、“芸能界といえば”という部分では、テレビの流行が約70年続いてきました。さらに、各プロダクションをまとめている協会が今年60周年を迎えます。つまり、これまでの時代はテレビとプロダクションが一緒に育ってきた時代なんですよね。持ちつ持たれつの関係で、テレビを媒介して動かしてきた時代。ところが、ここ数年でSNSやYouTubeへの注目度がぐっと上がった。会社としては、テレビではない新しい流れに乗っていくのは、なかなか踏み出しづらかったはずです。
それを結果的に打ち破って進めたきっかけは、やはりコロナ禍だと思います。さまざまな問題がある中で、タレントの視点から見れば、「自分たちの芸事をどこで活かせばいいのか」という葛藤があったはず。テレビではなかなか生放送ができないとか、番組の枠がだんだん減ってくるとか。
本来だったら、HIKAKINさん、はじめしゃちょーさんやを筆頭にYouTubeが流行り出したブルーオーシャンの時代に、テレビで活躍している第一線の人たちもYouTubeに乗り出せればよかったのですが……。そうすれば芸能界における人気タレントが、YouTuberとしてもさらに成功するきっかけが生まれたのではないかと思います。
──オンラインイベントでのタレント起用を促すための動線も見受けられました。こちらも同じくコロナでのオンラインイベントの需要からでしょうか?
小林:これもどちらかといえば、コロナで需要増えたというより(タレントの)出る場所が限られてしまったからです。ただ、これは結果的には、社内のITリテラシー的にもポジティブな変化に繋がりましたね。
今までは劇場で配信するといっても、設備にどの程度費用が必要なのかがわからないからできないケースもあったんですけど、それがもう(配信を含めた)セットになって出回っているわけです。経営層からのトップダウンで動いていた部分が覆った瞬間でもありました。社内全体として「配信やってみよう」と前向きな風が吹き始めたきっかけです。
──近年では、すでにYouTuberが飽和状態とも言われ始めています。数多くのタレントを見てきた小林さんですが、このSNS戦国時代でこの先も活躍できるキャストはどういう人材だと思いますか?
小林:そうですね。YouTubeやSNSが流行り始め「ただ面白ければ良い」時代はもう終わったと思っています。『中田敦彦のYouTube大学』みたいに、タレントの光るものを表現する場としてのYouTubeが理想ですよね。面白いのは当たり前で、プラスでもう1つでも2つでも光るものを乗せなければならない。クッキングが得意、ゴルフが得意、投資のノウハウがある……内容はなんでもいいんじゃないかな。
大事なのは、ニッチなものがどんどん出てくる環境で、自分のニッチさをちゃんと追い求めていけるか。ひたすらそれを本当に好きでやっていけるか。そこだと思います。
──SNSならではのコンテンツのニッチさは、テレビにはない魅力とも言えるのかもしれません。
小林:テレビとSNSの2つが並び、最近は流行の追いかけ方が変わったなと思いますね。今って、テレビがネットで流行ってるものを取り上げて、放送するケースもあるでしょう?
新しいものが生まれる場所が、少しずつ変わってきている気がします。昔は、“新しいものが生まれる場所”といえば劇場だったんですよ。演芸場からラジオへ。その後が長い長いテレビの時代。それが今は、新しくて面白いものやバズったものを今度はテレビが追っかけるようになった。凄まじい変化です。
これからの時代は最初から世界を見据えていく視点が必要となる
──新しさといえば、松竹公式の動画配信サービス「歌舞伎オンデマンド」では在留・訪日外国人向けに歌舞伎公演映像の英語副音声付き配信をしています。このようなエンタメのデジタル化のメリットと課題を教えてください。
小林:こちらのプロジェクトは直接的な担当ではないので客観論にはなってしまいますが、今おっしゃったような海外へのアプローチには、デジタル化は向いていますよね。(コンテンツの届く範囲が)シームレスになりますし。あとは、言葉の壁を乗り越えればいいわけです。エンタメ業界にコンテンツのデジタルがもたらす恩恵は、非常に大きいんじゃないかなと思います。
ただし日本のエンタメは、日本のマーケットだけで生きていけちゃう前提があると思うんですよね。例えば、BTSさんに代表される韓国のマーケットを見てみると、最初から世界戦略で物事を考えているじゃないですか。アーティストで複数言語を話せるメンバーを取り入れたり、そうでなくても共通語に加えて中国語、日本語、韓国語……と話せる言語を担当制にしたり。グローバルな世界で戦う姿勢が標準装備されているわけですよ。このやり方が韓国では生まれて、なぜ日本では生まれていないのかは大事だなと思っていて。
これからの時代に必要なのは、最初から世界を見据えていく視点。ここはデジタル事業の課題でもあり、日本のエンターテインメントに関わる人間みんなで考えていくべき問題でもあります。
──世界に広く届けられれば、日本以外のマーケットで人気に火がつくこともありますしね。
小林:そうなんですよ。まさにその例でいうと、弊社所属のお笑い芸人の大林ひょと子さんがインドネシアでバズりまして(笑)。「なぜインドネシア?」と最初は我々も驚いたのですが、動きがノンバーバルだからそこを面白いと思ってもらえたみたいです。ノンバーバルの笑いに言語はいりませんからね。
他の例だと、過去に所属していた芸人のゆんぼだんぷさんも、アメリカでの人気が根強い芸人です。『アメリカズ・ゴット・タレント』に出演もしていました。彼らもまた、裸でお腹を使ったパフォーマンスをするというシンプルな笑いを売りにしていて(笑)。うまくマネジメントしたいと思っていたのですが、彼らが見据えるのは先ほど話したように最初から世界だったんですよね。ここでも、やはり世界的な視点の重要性を痛感しました。
“動画コンテンツの再生回数は準備が鍵となる
──国内外問わず、“動画コンテンツの再生回数”を伸ばすという視点で効果的だった施作などはありますか?
小林:事前のコンテンツの準備は、やはり大切だなと。この場合の事前とは、番組の放送前日から直前の動きです。エンタメのWebメディアと同じで、放送に合わせて、前もって関連するコンテンツを作って公開しておく。ヒコロヒーさん、紺野ぶるまさんなども数字が出ていたコンテンツはこの準備が鍵だったと思います。
──こちらの“準備”は社内のWeb担当の方が中心に取り組まれているのですか?
小林:そうですね。正確には弊社では“Webコミュニケーション”という呼び方をしているのですが、基本的には純粋なWebの取り組みよりももう少し横断的なものを考えています。Webで買えるチケッティングやファンクラブ、ゲーム……そういったアイデアの窓口がWebコミュニケーション担当の仕事です。そこでの判断を経て、各タレントのマネージャーに(企画を)落としていきます。反対にタレントのマネージャーからの企画に対して、Webでできる要素やプラスの部分を提案するケースもありますね。
──現在様々な業界にAIが参入していますが、小林常務のAI活用法を教えてください。また松竹芸能の常務として、AI参入とエンタメ業界のこれからをどうみていますか?
小林:社内での活用法としてはタレントのプロフィール情報の要約などには、かなり役立ってます。指定した文字数で情報をまとめる力と速さは魅力ですよね。あとは簡易的な企画書の形式の枠組み作りだけAIにやってもらって、そこに自分のアイデアをのせるとかもいいと思います。
タレントのAI活用法の視点では、ネタを育てる視点でも使えそう。AIを使って出した話にツッコミを足してみるとか。ネタのシチュエーション出しは、AIの得意とするところですから。笑いの発想は豊かだけど、文章を書くのが苦手な人にもうまくマッチしそうです。マネージャー視点では、AIを使いながら「このタレントでこういう形でプロデュースするには?」と考えるための整理に使えると思います。とあるお笑いコンビのネタを「昔のやすきよ漫才(横山やすしさん・西川きよしさん)っぽく調整するには? 」とかも出来るかな、と。
でも、どんなにAIが業界に参入してきても、「場」はなくならないと思っています。これは、エンタメ業界に限らないかもしれません。コネクション、紹介、人脈……さまざまな表現があると思いますが、何かの縁で人があつまる場所。そういう場を人が作る役割は、絶対になくならない。場を作るって勇気がいるし、もちろん失敗もする可能性もある。
それでも、仕事をするときに「みなさんはAIに集められたメンバーです」と言ったって、説得力に欠けるでしょう。人だからこそ作ることができる場が、必ずあると信じています。