これまでにで数多くの人材と向き合ってきた2人。松竹芸能でさまざまなタレントやスタッフの育成に関わってきた小林常務取締役。paiza株式会社で国内最大のITエンジニア向け転職・就職・学習サービス「paiza」を開発・運営している片山社長の対談が実現した。
今回は「持続・成長可能な組織づくり」をテーマにマネジメント側の視点で見た人材育成と活用方法を語り合う。2人の対談の中で、それぞれの組織が大切にしている“人との向き合い方”やこれからの時代に求められる人材の色が見えてきた。
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常に目的意識を伝え続けることで足並みを揃える
──今回の対談の最初のテーマは「持続・成長可能な組織づくりについて」です。それぞれ異なる業界でご活躍されるお2人ですが、組織づくりの上で意識されてることはありますか?
片山:弊社は設立から10年ぐらいしかまだ経っていないスタートアップなので、最初の数年は、まずビジネスモデルの確立に注力していましたね。組織ももちろん大事ですが、初期は“ビジネスとしてどう回すか”を特に優先的に重視していました。
ただ、途中からは組織にとって「人」の大切さに比重が傾くようになってきたタイミングがあって。自分たちの仕事の社会への繋がり方や(それぞれの社員が)どこを目指してるかをすり合わせるようなコミュニケーションは意識していたかもしれません。月に2回、僕が30分から1時間話す全体会議を実施しているんです。そこで「僕たちはこういう目的があって、そのために日々の仕事では具体的にこういうことやってるんですよ」と伝えるようにしていますね。
会社がまだ小規模な頃は、みんなで昼になるとご飯を食べる中で喋ることもできたのですが……。50人を過ぎてくると、意思の疎通が難しくなっていって。そんな背景で始まった会議でのコミュニケーションですが、ある程度続けていくと会社の文化とか目指してるところが見えてくる。そこで、関係してくるのが組織の持続性ですよね。
会社の方針が固まってくるにつれて、ある人たちにとっては良い組織だけど、また別のある人たちにとっては良い組織じゃない部分が出てくると思います。だからこそ、合わない場合には面接の中で違うなと感じてもらった方が良いのかもしれません。入社後のミスマッチも早めに気がつくに越したことはないのかな、と。
小林:確かに、目的意識は重要ですよね。僕らの関わっている芸能プロダクションという領域になると、「ビジネスとしてガツガツやるぜ!」っていう人たちよりも、「このタレントが好き!」「応援したいから」という想いの延長上で来てくれる方が多いんです。
それ自体が悪いことでは決してないのですが、好きなものに携われなかったときに「何のためにやってるんだろう」と考えてしまう方もいますね。だから特にこの業界では、まずはアルバイトから挑戦してみてもらうことが長く続けるための第一歩かなと思っています。夢や憧れだけが先走ってしまって、結局1、2年でやめちゃうともったいないじゃないですか。
ただ、最近実際に長くアルバイトとして頑張ってくれていたメンバーが何人か抜けてしまい、いろいろ考える機会もあって。やめた理由を聞くと「コロナ禍で20代で本当にこのままで良かったのか、やり残したことがないかを考えるきっかけがあった」っていうんです。
そのとき、企業と従業員が持ちつ持たれつの関係を築く重要性を感じましたね。「やめます」と言われた瞬間、今後直接その人のキャリアに携われなくなるでしょう? 時間をかけて接すれば、従業員が伸びる可能性もありますし。それって、会社としては大きな機会損失だと思いますよ。
とはいえそれぞれの生活や幸せがあるから、「働き続けてください」と縛ることもできませんし。(企業と従業員が)互いに共存しながら、やめる一歩手前できちんと気づけるような仕組み作りをしなければならないと思っています。
──ありがとうございます。片山さんのお話の中で「面接の中で、応募者に企業を判断してもらう」というお言葉があったかと思うのですが、お2人が採用の場面に携わるときに離職しない人材を採用するために具体的に見ているポイントはありますか?
片山:そうですね。IT業界では、業界的にも3年から5年ぐらいでの転職は珍しくないですし、現状弊社は中途採用のみを行なっているので、前提が何社か経験を積んでいる人材であるケースが多くて。面接では、今までの会社を選んだ理由とやめた理由を聞けば、ある程度軸が見えます。その軸が何か、何を探求してるのかを突き詰めた先に、paizaがあるかどうかは一旦考えますね。
しっくりこない場合は「うちではなく、こういう企業に行った方があなたがやりたいことできるんじゃないですか」って、お聞きさせていただくこともあったり。“その人が探求してることを、うちの会社の中で提供できるかどうか”が、採用のポイントかもしれません。
小林:面白いですね。僕らの業界の視点から見ると、3年〜5年のスパンで見る発想は珍しいなと思いました。(エンタメ業界は)「やるなら最後まで積み上げてよ」って感じです(笑)。
ただ、それがマイナスに働くこともあるので、イン・アウトのアウトの方の壁は低くしていきたい。やめたいと思う人が、出戻りもできるような選択肢や(出戻りの)マインドを持ってもらえるような環境づくりは必要だと思っています。
面接で具体的に見ているポイントは、片山さんのおっしゃる通り“一貫性”です。過去の会社の離職の理由がふわふわしていたり、他人のせいにする姿勢が目立つ人だと、採用してもまた離職の可能性があることはよぎりますね。
片山:芸能プロダクションの採用において、前職は何をしていた方が多いのでしょうか。
小林:ずっと芸能関係のお仕事をされてきた方もいますし、本当にさまざまです。「マネジメント業務に興味があります」っていう方であれば、タレントのマネジメントにもスキルを活かせますしね。
業界によって異なる人材採用の現状
──芸能事務所のエンジニア採用の現状を教えてください。
小林:実は、プロンプトエンジニアリングを勉強しようと思ってるんですよ。Gmailで来てる問い合わせの件数や、データから売り上げを抽出する作業はまだAIには難しい領域ですよね。そういう知識に強い人材が欲しくて、エンジニアを採用したいなとは思っているのですが、正直なところ、今は人を入れる余裕がなく……。
業界としてもまだ紙(媒体)が中心にあるような業務も多くて。ひとまず自分で勉強しています。プロンプトが書ける人がいて、業務改善やマーケティングに活かせたら面白いだろうなとは思っているんです。
──一方で、エンジニアの求職サービスを提供している企業のエンジニア採用は?
片山:paizaって、エンジニア向けのサービスじゃないですか。だからこそエンジニア採用においては、paizaを使ってる人たちからエンジニアを採用するため、“サービスのことを全員が理解している”というアドバンテージはあります。とはいえ、やっぱり僕たちも採用では苦労をしていて。エンジニアの採用は、すでに持っているスキルを活かしてくれる人たちを探すような形になるケースが多いので。今は企業がみずからスカウトを打たないと採用ができないない時代のため、採用の工数をどれだけ取れるかは考えますね。
──業界ごとに、さまざまな方が採用面接を受けられると思います。芸能事務所、IT/求職会社のそれぞれの採用・離職の特異事例があれば教えてください。
片山:エンジニアの採用でいうと、遠距離での採用事例が当てはまるかと。paizaではスキルチェックとしてプログラミングスキルがランクで表示される機能があるのですが、Sランクの方を探していたんです。そこで、該当の方にご連絡をしたら実はフィンランド在住ということが分かって。当時まだZoomがなかったので、Skypeでやり取りをして、採用しました。
小林:その人は今、日本で働いてらっしゃるのですか。
片山:はい、今はご家族で日本にいらっしゃいます。最初の半年ぐらいは業務委託とかでフィンランドと日本でやり取りをしながら業務をしていただきました。
あとは離職の事例だとエンジニアは人材不足もあって、ここ10年ぐらいでグッと年収が上がったのではないでしょうか。200万〜300万ぐらいの上がり方で引き抜かれた事例もたまに見かけますね。新卒の場合、平均年収って大体300万くらいだと思うのですが、1年〜1年半で500万前後まで上がることも多い。この点は、業界的な特徴とも言えると思っています。
小林:なるほど。最近のChatGPTの参入によって、(エンジニアの転職市場における年収の)変化はあるのでしょうか?
片山:そうですね。でも、逆にできる人は、ChatGPTでよりできるようになると思っています。より生産性が上がるので、できる人はもっともっと単価も上がっていく可能性はあるんじゃないでしょうか。
小林:プログラムの仕組みをすでに理解できている人であれば、「書く」作業だけをAIにやらせればいいということですもんね。
片山:その通りです。エンジニアならではの事例だったかなとは思いますが、エンタメ業界はいかがでしょうか?
小林:うーん。人にもよりますし、すべての人が当てはまるわけではない前提の上でですが、女性が増えてきた印象です。30年前くらいのエンタメ業界ではどの現場も男性ばかりだったんです。重い照明を持つ方も含めて、現場でも女性がたくさん活躍していらっしゃる。エンタメ業界は特にクリエイティブが重要視されますので、男性以外の視点が加わったことは、とても良い流れだと思っています。
昔は「エンタメ業界で一旗揚げたい」ってマインドの人も多かった印象です。それが今は、時代が変わって「一旗上げる=起業」というイメージに変わったのかもしれません。自分のクリエイティブがアプリになったり、会社になったり……広告もInstagramで出せる時代ですもんね。業界的にエンジニアは男性が多いのでしょうか?
片山:そうですね。エンジニアは男性の比率の方が多いです。その他だと、ゲーム業界も同様かと思います。
心理的安全性のゴールは仲良しの組織を作ることではない
──組織における人材育成の場では「心理的安全性」についてよく耳にします。社長・役員の考える会社と個人の「心理的安全性」を教えてください。
片山:“心理的安全性”という言葉は、数年前からIT業界を中心にさまざまな業界に浸透していきました。ただ、この言葉には少し誤解が生まれやすい側面があると思っていて。個人から考えると心的に安全だということで、プレッシャーがなく安心して働けることを意味するイメージを持たれることが多い。
でも実際にエイミー・C・エドモンドソン著書『恐れのない組織――「心理的安全性」が学習・イノベーション・成長をもたらす』を読んでみると、心理的安全性があるからといって、結果を問われないわけではないし、期待に応えていないという業績評価を受ける、あるいは役割を果たす能力がないために職を失う可能性もあって。それらと心理的安全性は区別されているんです。
じゃあ“心理的安全性”の“安全性”は何かっていうと、仮にミスを犯したときに、それを素直に話せる関係性になっているかどうかであったり、企画に対して活発にアイデアを交換できる場であるかという話なのです。例えば、新しいキャンペーンに多大なコストをかけたのに、どうしようもなく失敗したとしましょうか。心理的な安全性がある組織であるなら、その失敗から何が学べるんだろうかとか、次の方向性はどうするのかと話をするのが定石です。
でもそのためには、まず上司が責めない姿勢を見せると同時に、その企画をした人が失敗から何かを学び取る姿勢じゃなきゃいけません。「なんで失敗したんだろう?」とチームとして失敗に向き合う必要があって、そのためには企画者として不愉快な内容も含まれるはずなんです。それを全員が許容できる、というのが心理的安全性がある組織なのです。
心理的安全性という言葉を誤解している組織では、失敗に対して委縮させない、攻めないことに重きが置かれすぎて、振り返りをまともに行えず、結果として組織としての貴重な学びの場が失われてしまいます。
元々心理的安全性って、みんなで仲良しの組織を作ることがゴールではないので。会社の業績を上げるとか、会社の社会に対するアウトプットをどう上げるかを考えるためのツールとして、厳しさも持ち合わせている必要があると思っています。
小林:うちの会社で心理的安全性にまつわる施作といえば、一つしかないですね。うちでは弊社が他社に販売している「笑育(わらいく)」を取り入れていて、漫才づくりを通して、チームを形成してるんですよ。もうここ10年くらい続いてるプログラムです。プログラムが始まったときは、漫才師からレクを受けても「できるわけないじゃないか」って思うんですけど、最後1時半ぐらいにはみんな楽しんでやってますね(笑)
それこそ、新入社員が社長と漫才をやるケースもあるし。お互いの信頼関係ができてるかどうかは心理的安全性がある組織のベースだと思うので、組織運営上、「笑育」はプラスに回ってるはずだと思います。
片山:僕もお互いの信頼関係ができてるかどうかは、大事だと思っています。根底にはやっぱり信頼がないと、どんなことを言ってもなかなか通じない。
小林:ですよね。そういう意味では、周りとの関係値に不協和音を立ててしまう人材の扱いも難しい。数字としては結果を出していても、実は蓋を開ければクレームの嵐だった、なんてこともありますし。うまくいき始めた途端に変わるタイプの人もいるから、意外と採用の段階でそういう人をパッと見抜くのは難易度が高い気がします。
片山:わかります。僕は採用のときにはその人が個人に向いているのか、チームに向いているのかは見ています。特に個人に向いてる人ほど組織を壊すリスクはなきにしもあらずなので、そこは見るようにしていて。実績を語ってもらうときの話し方にも出ますね。成果の話し方、失敗の話し方……どう切り取るかによって全然印象も変わるじゃないですか。
極端に個人の話ばかりする人はやはり、入社後の不協和音の種になるリスクもあるんじゃないかなと。
──それぞれの業界でこれからの時代に求められる人材について、どのように考えていますか?
片山:エンジニアの場合は、次々と新しい技術が出てくるので、常に学ぶ姿勢がある人はどこに行っても求められると思っています。学びに対して感度が高いかどうかは、面接で見ているポイントの一つですね。
小林:片山さんがおっしゃる通り、エンタメ業界も変化への柔軟性は大切ですね。YouTubeは後追いで勢いを増してきたメディアですが、今はもう主流のコンテンツですし。今はタレントさん自身の情報のアンテナも相当広い。芸能プロダクションが持っている情報はすでにタレントさんも持っていることが前提です。
例えば、弊社には戸村光さんという若手起業家タレントが所属しているのですが、彼に会社の投資について聞いてみると、人脈、ノウハウが抜群でしてこちらがいつも勉強させて頂いています。芸能プロダクションの人間は、タレントさん以上に物事を理解していく人間じゃないといけないと考えさせられます。
まずは“与えられたもので結果を出す”に注力する
──特に若手人材の場合、キャリアプランの立て方に悩むこともあると思っています。お二人のキャリアを築く上での指針を教えてください。
片山:とりあえず、まずは目の前にあることをやり切る。キャリアプランに縛られすぎてしまう人たちを見てきたこともあって、まずは与えられたもので結果を出すことの大切さに気がつくべきなのかなと思います。
憧れから入りすぎちゃうと、自分に向いてないことにずっと憧れてしまうこともあるじゃないですか。そうじゃなくて外から与えられる「君にはこれができそうだよね」って部分で結果を出すと信頼が得られて、より内部の面白い仕事ができることがあるから。
信頼を稼いだり、目の前にあることに真摯に取り組んだりすることは意外とないがしろになるケースが多いのですが……。まずは足元のことをきちんと見てみると、意外と次に繋がったりしますよ。「これは無駄」だと視野を狭めないことかな。
小林:僕が思うのは、とにかくやり続けることです。芸人さんでも「何年やってんの?」と思う方、いるじゃないですか。でも何事も「やめる」って言った瞬間に、もうその道はなくなる。だから自分はやめないことが大切です。一方で、片山さんがおっしゃったように、他人から方向修正の指示が入ったらすんなりやめるべきだとも思っています。
「絶対僕は有名になってみせる」って意気込んでいるのに、体は全然違う方向を向いているのって最後は辛くなるんじゃないかな。誰かがそれに気づかせてあげて「裏方でやらないか」とか、新しい道筋を差し出してあげることができる業界だとも思いますしね。
片山:難しいところですよね。会社もやり続けてるところは残るし、成功します。「成功するまでやれば成功、途中で止めれば失敗になる」みたいな話もあるくらいですし。やっぱり胆力を持ってやり続けることは、大切ですよね。
一方で、例えば「バンドマンになりたい」と言ってまったく集客ができない状態で続けることの厳しさもあると思うので。もちろん、本人が幸せならそれで良いという考え方もあります。だから、やめどきは本当に考えるべきポイントなのかなって。
小林:そうですね。だからこそ、周りからストップがかかったときには考えるってことだと思うんですよね。周りから言われた時に、素直に聞けるかどうか。たとえやめたとしても、いずれ何か違う形で自分の経験は活かされますから。
あとは仕事における、“楽しい”気持ちは大事ですよね。台本読むのが楽しい、番組を作るのが楽しい、テレビドラマについて語る人たちが一緒にいて楽しい……いろいろあります。エンタメ業界ならそういうことに、楽しい気持ちになれることは大事です。
片山:そうですね。僕は仕事を趣味にしています(笑)。視点を変えてみて”仕事を趣味にする”というのは、万人におすすめできることではありませんが、仕事を好きになってしまえば勝ちなので、一つの方法としてはありだと思っています。