「お坊さんの役割は?」と聞かれてぱっと思い浮かぶのは「お葬式」でしょう。でも、お坊さんの役割として古来から重要だったのは「教え」を伝えることです。現在も、お坊さんのなかには「法話をすること」をお仕事の軸にしている方も大勢いて、そういう方を「布教使(布教師)」と呼びます。

香川県丸亀市で住職をつとめる三原貴嗣さん(「へんも」という名で親しまれているため、以下「へんもさん」と表記)は、その布教使と講演者を探している人をマッチングするサイト「布教使.com」を運営しています。

サイトを制作するきっかけや、サイトに対する想いなどをうかがってきました。

三原貴嗣(みはらたかつぐ)

香川県丸亀市にある真宗興正派善照寺21代目住職。先代住職(祖父)が亡くなったことをきっかけに24歳でお寺を継ぎ、26歳で住職に。住職のかたわら、フットバッグの選手として7度の日本一となる。

2015年に「へんもぶろぐ」を開設し、仏教の教えや作法をわかりやすく伝える。2020年に法話のできるお坊さんを探せるサイト「布教使.com」を開設。Yahoo!ニュース エキスパートのライターとして丸亀市の情報を発信中。

「布教使.com」を制作した理由

――布教使.comはどういうサイトなのでしょうか?

へんもさん:布教使.comは、法話や講演活動をされているお坊さんのプロフィールをまとめたカタログサイトです。法話を専門にされるお坊さんを「布教使」もしくは「布教師」と呼びます(宗派によって漢字が異なる)。

このサイトの目的は「講師を探している人」と「お坊さん(布教使・布教師)」をマッチングするサポートです。「宗派」や「地域」「話のテーマ」などからお坊さんを検索でき、講師の依頼が直接できます。紹介料や仲介料もいただいていないので、誰でも無料で使えるのがポイントです。

――なぜ「布教使.com」を制作したのでしょうか?

へんもさん:コロナ禍で講演活動が難しくなったお坊さんを応援するためにつくりました。コロナが広まりはじめたころに、あるお坊さんのツイートを見たことがきっかけです。その内容は「コロナで布教の予定の9割がキャンセルになりました。誰か私を布教に呼んでみませんか?」というものです。

そのツイートを見て、住職の布教や講演活動によって成り立っているようなお寺は、コロナで活動が制限されると経済状況が相当厳しくなるだろうと感じましたね。そのツイートをされた方から頼まれたわけではありませんが「なにか力になれることはないかな?」と考えはじめました。

オンラインで仕事の受注ができたり、講演活動のPRにつながる手助けができればと思った瞬間、サイト構造や設計のアイデアがどーんと降ってきたんです。「これだ!」という確信があったので、即座に制作を開始。

このサイトがうまく機能すれば、仏教界がかかえる課題のいくつかを一気に解決できるという展望が見え、睡眠時間を削って制作しました。3日ほどでサイトが完成。知人のお坊さんに初期メンバーとして登録をお願いして、1週間ほどでサイトを公開できました。

――仏教界にはどういう問題があるのでしょうか?

へんもさん:とにかく、ネット上で連絡のとれないお坊さんがかなりたくさんいるんです。スマートフォンで検索するのがあたりまえの時代なのに、ホームページがないお寺も多く、ネット上に情報が存在しないお寺やお坊さんが多すぎます。

もちろん「お寺の名前」と「場所」はGoogleマップなどでわかりますが、そのお寺の詳細情報や、どんなお坊さんがいるのかまではわかりませんよね。住職の名前すらわからないことも実に多いです。そして、そのことがいかに機会損失になっているかを理解できていないお坊さんが多いと感じています。

「布教使.com」の存在意義とは?

――「布教使.com」には、どういう手順でお坊さんが情報を登録できるのですか?

へんもさん:人前で講演できるお坊さんであることを条件に「布教使・布教師・講師登録フォーム」から登録し、写真を送っていただくだけです。その情報をもとに私がプロフィールページを作成します。

とはいえ、送っていただいた情報をそのまま載せるわけではありません。文章は誤字脱字の訂正はもとより、内容が伝わりやすいように構成を変えることもありますし、スマートフォンで読まれることを想定して読みやすく調整しています。写真も、ほぼすべて色味・明るさ・傾きなどを調整しています(素材写真の画質が悪く、どうしようもない場合もある)。

こんな感じで、一人ひとりのプロフィールを編集するために時間をかけているので、わたしが「布教使.com」というメディアの編集長のようなものですね。

――登録することによるお坊さん側のメリットはなんでしょうか?

へんもさん:お坊さん側にとっての最大のメリットは無料で公式プロフィールページが作成できることでしょうね。必要な情報が構造的にまとめられているので、お坊さんのお名前で調べたときに検索結果で上位にくるはずです。

プロフィールページには名前、写真、資格や過去の実績などが掲載されており、ご本人が講演先に提出する資料を作成するときにも役に立ちます。実績情報だけでなく、個人の趣味や、オススメ本の紹介など、その方のパーソナリティが少しわかるようなページ構成になっているのもポイントです。講師を探している方に親近感をもっていただけるとうれしいですね。

実際に登録されているお坊さんからは「布教使.comのURLを送れば自己紹介がすむので、打ち合わせが楽になりました」というお声もいただきました。当サイトに登録していることで「この人には布教や法話を依頼してよい」という前提が担保されるのもメリットです。新たな仕事につながった方も多くいらっしゃいます。

――お坊さんを探しやすくするために工夫されていることはなんでしょうか?

へんもさん:探すときの条件として、地理的に近いことや特定の宗派を指定できることが重要です。そのため「場所」や「宗派」でお坊さんを検索できるようにしています。ほかにも「オンラインでの講演が可能」や「英語が話せる」といった「対応」から探せたり、「アウトドア」「子育て」のように「得意な話題」からも探せますよ。

よく驚かれるのですが、当サイトを介してお坊さんに講演を依頼しても仲介料や使用料のようなものはいただいておりません。そもそも、どなたがどのお坊さんに講演を依頼したのかは私側ではわからない仕組みです(笑)。これは収益化を目的にしている通常の「講師紹介系サイト」ではありえないことだと思います。

ちなみにお坊さんに講演をお願いしたのち、依頼した人が講演についてのパンフレットをつくるときにも当サイトは役に立つはずです。講師の写真や、講師のプロフィールページへのQRコードも載せているので制作の手間がかなり省けます。

――「布教使.com」の運営で困っていることは?

へんもさん:登録に躊躇される方が多いことですね。お坊さんには情報発信に抵抗のある方が多く、また他のお坊さんの目が気になるためか、登録を遠慮される方もたくさんいらっしゃいます。実際に登録していただくと、情報を公開しても特に問題が起こらないことや、メリットが多いことに気づいていただけるのですが、登録する前は気持ちのハードルがあるようです。

そもそもですが、ネット上で情報発信をしたことがない方は「ネット上に情報がないこと」が多くの方にとっての「不便」を与えていることに気づけないんですよね。情報の導線に対して意識が低いわけです。

たとえば、グループでやりとりをするときに「私、LINEはよくわからないんで」といって、LINEを使わない方がたまにいますよね。LINEグループ内で相談すれば、即座に意見を集めたり、連絡したりできるのに、たった1人が導入してくれないためにその方とだけメールや電話で確認をとるという非効率な作業が発生します。でもLINEを使わない本人は、まわりを困らせていることには気づかないままです。

「ネット上にお坊さんの情報がないこと」は、これと同じような不便さを引き起こしていると思います。公式な連絡の受け口を用意していないために、問い合わせたいと思っている方が「問い合わせ場所がわからない」とあきらめ、知らぬ間に機会を損失しているのです。

青い蓮は青く光を放つ

――へんもさん自身は布教使としての活動に力を入れないのでしょうか?

へんもさん:たしかに、まわりからは「裏方の仕事をするより、へんもさんがもっと法話に行ったらよいのでは?」という声をいただくこともあります。でも、私1人の仕事で仏教を伝えるには限りがありますからね。それに、法話を専門的に勉強されている方に比べると教義的な理解や、お話の魅力も遠く及びません。

そう考えると、自分が布教使として法話をするよりも「私だからこそできる仕事」として多くのお坊さんの魅力を伝える仕組みを作ったほうが役に立つと思うんです。

たとえば、仏説阿弥陀経というお経には「青色青光 黄色黄光 赤色赤光 白色白光」という、阿弥陀仏の浄土に咲く蓮の花のありさまを表した一節があります。「青い蓮は青く光を放ち、黄色い蓮は黄色く光りを放ち……」と、その蓮がもっている色や特徴がそのまま存分に発揮される理想の世界を意味するものです。

「青いものが青く光る」のは当たり前のように思うかもしれません。でも、私たちの世界では青いものを赤く光らせようと強制する場面に出合うこともありますよね。そうではなく、自分の個性や能力を光らせたほうが楽しいし、まわりの人にとってもメリットが大きくなります。わたしの場合でいえば、自分が主役になるよりは参謀的な役割が向いているかなと自分で思っているので(笑)。

今は登録をお願いする「案内メール」をお坊さんに送ってもスルーされることも多いです。でも、世代交代が進んでサイトのもつポテンシャルが理解されるようになれば「ぜひ利用したい」と思っていただけるようになると確信しています。なにせ、登録が無料でデメリットがありませんから。

特に、これから法話をがんばりたいと思っている若い世代の方には積極的に利用してもらいたいですね。

――今後の展望について教えてください。

へんもさん:講演活動をしているお坊さんは全国にいるはずなので、なるべく多くの方にご利用いただきたいと思います。登録者が増えれば増えるほどサイトとして便利になるし、多くのお寺を応援することにつながるので。

まず当面の目標は、全県にお坊さんが掲載されている状態を目指します。最終的にはどの県も数十人は登録されているぐらいになれば、かなり使えるサイトになるはずです。

あと、仏教に関する良質なコラム記事を増やしていきたいですね。登録されている布教使・布教師さんによるコラム記事にアクセスが集まれば、ご本人へのPRの機会が増えます。講演依頼者にとっても、コラム記事を読めばそのお坊さんがどんな人柄や考え方なのかわかりやすくなるので、こちらも積極的に拡充したいです。

物質的に豊かな時代ですが、心の問題はなかなか解消されていません。ストレスも多く、メンタルケアの重要性が高まる現代社会において、お坊さんはもっと活躍できるはずです。会社や自治体、地域の集まりなどで、もっとお坊さんを呼んでもらえるようになるといいなと思っています。

(取材/文/撮影:ヨス

― presented by paiza

Share

Tech Team Journalをもっと見る

今すぐ購読し、続きを読んで、すべてのアーカイブにアクセスしましょう。

続きを読む