「明日やろう」は「ばか野郎」ーー。
学生時代の恩師にかけられた言葉(叱咤)を思い出す。スマートフォンを見れば、サブスクに入ったまま放置されている英語学習アプリ。机を見ると、平積みのまま埃を被った書籍の数々。学習は主体的な行為であり、積み重ねが重要であることはいうまでもない。今日までにやるべきことがある。しかし、先送りする言い訳もたくさんある。
こうして少しずつ進捗は滞り、目標に達しない。受験や資格取得、昇進試験対策などで、このような経験をしたのは筆者だけではないはずだ。
そのような中、「学習の可視化」によって受験生から圧倒的な支持を得ているアプリがある。「Studyplus」だ。学習者側と教育者側の両者の変化を敏感に読み取り、独自の価値を提供する同サービスの強み、提供元であるスタディプラス株式会社(以下、スタディプラス)の今後の展望を、代表取締役 廣瀬 高志さんに聞いた。
1987年生まれ。私立桐朋高校卒業。慶應義塾大学法学部在学中の2010年3 月、ネットプライスドットコム(現BEENOS)主催ビジネスコンテストに優勝。同年5月、スタディプラス株式会社を創業、代表取締役に就任。
目次
「学びの変化」がもたらした課題
「EdTech(エドテック:Education【教育】 × Technology【テクノロジー】)」という言葉が普及して久しい。現在では国内外のさまざまなサービスが登場し、市場としての競争は激化している。社会人にとってその領域は、学び直しやリキリングの文脈で語られることが多い。
しかし、Ed(Edcation=教育)の通り、学校教育の現場でも今、テクノロジーを活用した新たな学びのあり方へとシフトしつつある。
とくに文部科学省の旗振りで2019年から始まった「GIGAスクール構想」により、全国の児童・生徒に1人1台のコンピュータ端末(タブレットを含む)が配布され、教育機関の通信環境の整備も進められている。
授業や面談などで共通の指導をおこなう同期型の教育から、一人ひとりにパーソナライズされた非同期型の教育への変化が加速する中で、学習者側と教育者側の両方に課題がある。前者にとってはモチベーション維持と学習の継続性、後者にとっては学習状況を把握しづらい点だ。

「スマートフォンが普及した現在、コミュニケーションは多頻度で非同期的なものへと変わってきています。たとえば高校生の場合、InstagramやLINEで友だちや家族とかなり多頻度でコミュニケーションをとっています。
教育がティーチング(指導)からコーチング(支援)へとシフトする現在、教育の現場でも同じようなコミュニケーションが必要です。パーソナライズされた教育が普及していくごとに、教育者は学校や塾、自宅での学習状況をしっかり集約した上で、適切なサポートをしていくことが求められるためです。
しかし、これまでの教育機関にはそのようなインフラがありませんでした。リアルでのコミュニケーションが基本であり、コミュニケーションツールも導入されていないことが多いです。一方で、教師や塾講師などと私的なSNSでつながるのは、プライバシー面でもリスクになります」
廣瀬さんが指摘するように、学習者と教育者のコミュニケーションの重要性は、以前より格段に増してきている。しかし、口頭やテキストでのコミュニケーションでは、学習状況のすべてを把握することは難しい。学習状況のリアルタイムでの可視化が求められている。

「学習記録」と「コミュニケーション」のプラットフォーム
教育の変化とコミュニケーションの課題、学習状況の可視化を解決するのがスタディプラスが展開するサービスだ。スタディプラスはどのようなソリューションを展開しているのだろうか。廣瀬さんは自社サービスの独自性を以下のように説明する。
「EdTech領域でサービスを展開している企業は数多くありますが、そのほとんどは学習コンテンツを展開しています。私たちのサービスは、学習の記録や管理、共有といった機能をプラットフォーム上で提供することです。まずその点が他社と明確に異なる点です」

たしかに、EdTech領域では特定科目や分野に対してのコンテンツを提供するサービスが多い。いわば「学び方」を提供するソリューションだ。一方で、スタディプラスはそのプロセスの継続性、「学び続ける」仕組みを提供している。
では、具体的にどのような特徴があるのだろうか。スタディプラスのサービスは学習者向けと教育者向けの2つのプロダクトによって構成されているという。
「『Studyplus』は、『学習記録』と『コミュニケーション』のプラットフォームです。このプラットフォーム内では、学習者の日々の勉強量や時間を記録、可視化できるだけでなく、あらゆる教材や学習サービスでの勉強内容を記録できます。プラットフォーム内にはSNS機能もあり、同じ志望校や目標を持った人や教育者とつながり、励まし合うことでモチベーションを継続できるような仕組みになっているのです。
教育者向けのSaaSソリューション『Studyplus for School』では、学習者のデータを一元的に集約し、グラフやヒートマップで可視化させるだけでなく、学習計画や面談記録なども管理できます。上記の通りSNS機能でリアクションやコメントができるほか、プラットフォームから保護者へLINEでメッセージを送ることも可能です」

現在では累計会員数800万人を越え、受験生の約5割が利用するアプリへと成長した「Studyplus」。そのアイデアは、廣瀬さんが高校時代の先輩から「学習記録をつけることで、より効率的な学習を維持できる」とアドバイスを受け、廣瀬さん自身がその勉強方法の有効性を実感したことから始まった。慶應義塾大学在学中の2010年にそのアイデアを発展させ、ビジネスコンテストで優勝。同年にスタディプラスを創業した。
「Studyplus」が評価されている点は、学習記録の一元管理や可視化だけでなく、プラットフォーム内にSNS機能が実装されている点だ。自身と同じ目標を持つ学習者同士がつながり、切磋琢磨することで互いのモチベーションを維持できる。
「起業したのが2010年で、翌年3月に『studylog』という前身のサービスをリリースしました。勉強の記録と自己管理ができるサービスで、コンセプトとしては現在の『Studyplus』と非常に近いものでした。しかし、約1年間ほど運営してみても会員数は1万人ほどで、あまりヒットしませんでした。
ローンチ後、ユーザーの方々からさまざまなフィードバックをいただいたのですが、『アプリ内にSNS機能を追加してほしい』という声を多くいただきました。中には『ソーシャルな場で学習記録を投稿すると、モチベーションを下げるようなコメントが来る』という声も。
当時は他のSNSサービスと連携できる機能を実装していました。しかし、本当にユーザーが求めているのは、勉強をがんばりたいと思っているユーザーが集まるプラットフォームの中で、情報交換ができる仕組みだったんです。こうしたニーズに応えるためにも、サービス自体をピボットさせることにしました。それが『Studyplus』です」
「プロセス」のデータを持つ企業は少ない
では、スタディプラスはどのようにマネタイズを図っているのだろうか。同社では提供する2つのプロダクトを起点に、2つの収益構造があるという。
「1つめはアプリ上に広告を出稿する教育マーケティング事業。2つめは学習塾や教育機関に『Studyplus for School』のサービスをサブスクリプションで提供する教育ソフトウェア事業です。
それに加えて、当社では文部科学省や総務省、経済産業省などが実施する教育関連の実証実験に『Studyplus for School』を提供しています。学習プラットフォームを提供する第一人者として、公共政策にも協力していきたいという思いもあり、私たちのプロダクトを提供しました」
同社は累計800万人というユーザーを擁し、膨大な学習データを集積している。また、受験を控えた高校生や中学生がメインユーザーであり、学習意欲が高いためセグメントもしやすい。広告主の視点に立てば、期待値の高い広告が出稿できるのは大きなメリットだ。
また、SaaS型ソリューションをとる「Studyplus for School」では、生徒のID数に応じて課金されるシステムをとる。試験的に一部の校舎で先行導入し、効果を検証した上で全校導入を決めることが可能だ。
実際、大手予備校の河合塾はこのようなプロセスをとり、生徒の成績向上や生徒とのコミュニケーション向上といった効果を実証した上で、全校導入を決めた。現在では大手予備校や教育機関1700校が「Studyplus for School」を導入している。
しかし、ここで一点の疑問が浮かぶ。廣瀬さんが先述したように、同社のようなサービス、ビジネスモデルを提供する企業がほかにないのはなぜか。「Studyplus for School」は学習塾などでも活用されているが、大手学習塾の場合は、これまでの受講生のデータも膨大にあるはずだ。
「まず、私たちのおこなっているのはto C向けで、アプリを中心としたサービスです。ユーザーが増えてヒットするのは「千三つの法則」のようなものなので、そもそも再現性が非常に低いです。それに加えて、私たちがメインユーザーにしているのは高校生。つまり可処分所得が低いユーザー層なので、収益化の道筋を立てることも難しいです。
また、ご指摘のとおり大手学習塾等は受講生のデータを持っていますが、それは模試の結果など科目ごとの学力の推移です。結果のデータも非常に重要ですが、一人ひとりのプロセスのデータはとりづらいことが課題になっている。これは教育機関にも共通します。1からデータをとるにしても、仕組みづくりは難しく、コストに見合うインサイトが得られるかも不明瞭です。
一方で、私たちは創業から13年、ユーザーの学習プロセスのデータを取り続けています。結果とプロセスそれぞれが持っているデータを掛け合わせた方が有意義なインサイトを取得でき、教育に還元できます。また、SaaSでの提供なので、導入コストを抑えながら短期間で活用できる点もメリットです」
学習者と教育者の新しいスタンダードへ
to Cとto B向けの両面で徹底的な利便性の向上を求めているからこそ、同社サービスは他社の追随を許さない、圧倒的なポジションを獲得している。それを支えるのが、同社開発チームの存在だ。廣瀬さんは創業から一貫して内製開発にこだわっているという。
「現在の開発部はVPoEの下、クライアントサイドとサーバーサイド、そしてSREを担当するエンジニアが在籍していて、プロダクトごとにチームを組成しています。
私たちの事業の中心はto C向け、つまり『Studyplus』が根幹となるプロダクトです。ユーザーのニーズを察知し、定量・定性的なデータも見ながら高速でPDCAを回して対応していくことが重要です。
学習記録は1日に何度もつけるものだからこそ、ユーザー体験は常に向上させる必要がありますが、同時にサーバーサイドでは大量のデータが日々蓄積されるので、大量のデータ処理も求められます。もしも学習記録をつけたときに不具合が発生すれば、それは学習者のモチベーション低下にもつながるリスクとなります。
開発や改修はとにかくスピード感が求められるからこそ、私たちは創業から一貫して、優秀なエンジニアを雇用し、内製で開発することにこだわっています」
少子高齢化を起因とする地方の過疎化や教師の人手不足が懸念される昨今、教育格差は日本の社会課題の1つとして認識されている。スタディプラスが提供するサービスは、まさに教育格差の是正にもつながる。同社は今後どのような展望を描いているのだろうか。
「スタディプラスのミッションは『学ぶ喜びをすべての人へ』。学ぶことは本来、自由で楽しいものだと考えています。このような未来を実現するためにも、私たちの『学習記録』と『コミュニケーション』のプラットフォームである『Studyplus』と『Studyplus for School』を、学習者と教育者の新しいスタンダードにしていきたいです。
実は現在、メインユーザーである受験生以外の、大学生から社会人のユーザーも増えてきています。TOEICや資格取得の学習なども、やはり孤独に学ぶのはモチベーションが保ちづらい。中学生や高校生も、学校や学習塾で人とコミュニケーションをとって学びますが、最も重要でモチベーションが下がる要因も多いのも家庭学習です。
そんなときに、『Studyplus』を経由してオンラインから学習状況を見て、励ましてくれるとモチベーションが上がります。そのため勉強を継続できて、成績が上がった例は非常に多いです。より主体的な学びへのシフトは今後も加速していくでしょう。
つまり、私たちのサービスの価値が大幅に上がるのはこれからだと考えています。よりよいコミュニケーションが取れる、より自由で楽しい学びができるサービスとなるよう、ブラッシュアップを続けていきます」
(取材/文/撮影:川島大雅)