昨秋、第210回国会冒頭の所信表明演説で、岸田総理は、“個人のリスキリングに対する公的支援については、人への投資策を、「5年間で1兆円」のパッケージに拡充します”と、政権としてリスキリング支援に取組む決意を明らかにしました。
リスキリングは、「生涯を通じて、その時代のニーズに応じた知識・能力を学び続けよう」という考えや行動のこと。第4次産業革命が進展し、デジタルを始め新たなスキルに対するニーズが高まる中で、我が国の人材が引き続き国際的な競争力を持ちつづける観点からも、リスキリングに注目が集まっており、2022年の流行語大賞にもノミネートされています。
リスキリングの波が大きくなれば、すでにITエンジニアとして活躍している人たちにとっても、新たな技術の習得や周辺業務の知識を学びやすくなるメリットがあるでしょう。
岸田政権がリスキリングをどのように捉え、また国民に何を求めているのか。内閣総理大臣補佐官の村井英樹衆議院議員に、お話を伺いました。
村井内閣総理大臣補佐官プロフィール
1980年さいたま市生まれ。2003年東京大学卒業後、財務省入省。2010年、ハーバード大学院修了。2012年、衆議院議員。以降、自民党副幹事長、内閣府大臣政務官(金融担当)、国会対策副委員長等を歴任し、現在は内閣総理大臣補佐官(自民党史上歴代最年少)として政権の主要課題に取り組む。42歳3児の父。
※2023年3月現在の情報
リスキリングのターゲット
リスキリングという言葉には「リ・スキル」、つまりスキルを身に付け直すという意味合いがあります。つまり既に何らかのスキルを身に付けた人材に対する言葉という印象を持ちますが、どのような人材をターゲットにしているのでしょうか。
――経産省の発表資料では、リスキリングについて「新しい職業に就くために、あるいは、今の職業で必要とされるスキルの大幅な変化に適応するために、必要なスキルを獲得する/させること」と定義しており、10代・20代といった若い世代よりも30代以上の世代を対象にしていると思われますが、実際はどのような世代を想定しているのでしょうか。
村井英樹 内閣総理大臣補佐官(以下、村井):「特定の年代をターゲットにしたものではありません」というのが公式見解です。現在の技術・能力がすぐに陳腐化してしまう時代ですから、新しい技術・能力を得ることで今とは異なるステージで仕事がしたい、という方はもちろん、将来を見据えて、新しいスキルを身に付けたいと考える人すべてが対象となります。全世代が対象ですよ、というふうに考えてください。
「強く意識している層はどこなの?」ということであれば、既にある程度の技術・能力を習得された方が対象になります。既に働いている方が、問題意識を持って、新しい技術を学び、より生産性の高い仕事・ステージの異なる仕事を目指すという方が典型的な例です。
しかし、新卒の方を排除しているわけではありません。
――海外企業・外資系企業の方がリスキリングが進んでいる印象もありますが、日本での取組みについてはどのようにお考えですか。
村井:
1980年代の日本企業は、社内教育・人的投資に熱心でしたが、現状は、個人ベースで見てもデジタルなど新しい分野でのスキル習得は諸外国と比較してあまり進んでおらず、また、組織全体で見てもデジタル化にしっかり対応できている企業が少ないため、他国に比べて遅れている印象に繋がっています。
どう解決していくかと言えば、それは「企業の取組み」「個人の取組み」「それをサポートする政府の支援」という3つの軸があります。
DXを例にとると、まず、企業ベースでは、DXの取組みの進捗状況は、大企業でも4割、中小企業では1割とまだまだ低調です。取組みを前進させるためには、経営トップが、DXの重要性を認識し、人事制度や教育システムなど組織の有り様を含めた、経営全体をDXにあわせて見直すことが必要です。
個人ベースでは、デジタルに関するスキル習得が、より条件のいい仕事につながったり、自分の将来の可能性を広げたりといったモチベーションに繋がることが大切です。
政府としては、企業・個人がリスキリングに積極的に取組んで頂けるよう、大胆かつ分かりやすく、組織や個人の行動変容につながるよう、支援していく必要があります。
――リスキリングに関するキーワードの一つが、『デジタル人材』ですが、非ITの人にIT・デジタル関連のスキルを身に付けて頂くことは、ハードルが高いのも事実です。どのような仕組み作りが有効でしょうか
村井:
分かりやすく言えば、「IT人材・デジタル人材になったら得だ!」と思ってもらえる状況にすることが大切です。デジタル人材の希望者が増えないのだとしたら、それが魅力的だと思われていないからです。
魅力的だと思える環境をつくるためには、まずDXやITの技術をしっかり評価してもらえる仕組みを、組織の中にビルトインしていただく必要があります。
2023年2月15日に行なわれた「新しい資本主義実現会議 第14回」で使われた基礎資料にも出ていますが、日本の賃金体系には面白い特徴があります。
ひとつの企業の中に様々な業務がありますが、スキルに応じた賃金格差が少ないんです。つまり「スキルの高い人が報われにくい制度になっている」とも言えるんです。

また、下図「職務別の内外賃金格差」を見てみると、日本企業のITの賃金を100とすると、ドイツは155、アメリカは163です。データアナリティクスは、日本を100とするとアメリカは164という数字が出ています。

この表から言えることは、まず日本企業の賃金が全体として他国と比べて低く、やはり賃上げは重要だということ。その上で、もう一つリスキリングとの関係で言えることは、特にスキルの高い職務で海外との賃金格差が大きいということ。日本はメンバーシップ型雇用で賃金は年功序列型と言われますが、スキルアップするインセンティブに乏しい形になってしまっています。
こういう仕組みを、企業サイドが変えていくことこそ重要です。その結果としてデジタル人材になれたら得だという状況ができれば、デジタルスキルを習得しようという人は増えていきます。
例外はありますが、若い世代のほうが新しい技術を吸収しやすいのも事実だとは思います。加えて、若い世代はしがらみが少なく、より合理的に動きやすいと思っています。合理的だからこそ、インセンティブを作って仕組みを作っていけば、若い世代はデジタル人材をより目指していくのではないかと考えています。
やはり、20〜30年、同じ会社にいると、わかりやすいインセンティブだけでは動けなくなります。「こちらの仕事・待遇が魅力的」と思っても、「いやいや、あの人にお世話になったしな」「この会社の名前で仕事をしてきたしな」といった愛社精神も出てくると思います。
整理すると、IT・デジタル人材の高スキル人材になったほうが魅力的だ、という設計をする。すると、若い世代を中心により多くの方はそちらに向かってくれる、ということになるのではないでしょうか。
⇒インタビューは、DX編に続く(近日公開予定)
ITエンジニアはやりがいだけでよいのか、が問われる時代
仕事はやりがいとお金のどちらが大切なのか。こうした議論はきっと大昔から働く人の間でテーマになっているでしょう。そして、いつまで経っても、どちらかが100になるような答えは出ないように思います。
ただ、やりがいは「人と人」「人と仕事」の相性に左右され再現性がない要素なのに比べ、賃金はその数字が上がるだけで人を引きつける、再現性の高い要素であることは間違いありません。全体のレベルを上げる・ボトムアップするという目的を実現させるために賃金の問題をクリアすることは、現実的な解のひとつでしょう。
他国の賃金事情を参考にすることで、日本のITエンジニアが評価される余地がまだあるとわかり、企業・個人・政府がそれぞれの立場で動く必要性が伝わってきました。
国の支援が入り、企業が仕組み作りを進めたときに乗り遅れないよう、個人のスキルアップを欠かさないようにしたいものです。