1987年の「キッチン」での鮮烈なデビュー以来、昭和から平成、そして令和に至るまで、名実ともに一流小説家として最前線に立ち続けている吉本ばなな。「小説家としての生き方100箇条」は、彼女の創作活動に関する貴重な洞察と、作家としての生き方についての具体的なアドバイスを提供し、自身の大切にしている「生きる流儀」を100箇条として記している。
最初に言っておくと、本書は「ものを書く仕事に就いている人」だけに描かれたものではない。作家やライターを志す人々だけでなく、働く全ての人、さらにはまだ社会に出ていない学生を含む働いていない人にも共感できる要素が詰まった100箇条なのだ。
何はともあれ、まずは本書から抜粋した流儀の一部を読んでみてほしい。
目次
“働きたくない”人にも読んで欲しい100箇条
「養うものを持つ。植物でも、犬でも、車でも、金のない仲間でも良い。自分だけだとどんどん視野が狭くなるしケチになる。」
私がたまに奢っているのは、金のないともだち。別にお金があるわけじゃないのです。でも、自分のためだけに使うよりも、そういうお金の使い方の方がいい。(中略)今の世の中、あまりにも世知辛すぎるから。
引用:吉本ばなな 「小説家としての生き方100箇条」 サンクチュアリ出版 2023 p52〜53より
「少しでも「これは魂が死ぬな」と思ったら、全て止める。」
心の自由って、案外、微調整で勝ち取れる。
「もうこんな生活は苦しくてつらい」「通勤が嫌だ」とか言っている人の話を聞くと、意外にギリギリでなんとかできることしてない場合が多い。(中略)色々方法はあるのに、1個も試していない場合が多い。他にも、前後に仕事を頑張って、有給をたくさん取るとか。
「いやいや、でも、みんなの顔色を見たらとても取れない」とか言うのを聞いていると、案外頑張ってないなと思う。じゃあ、会社をやめますとか、学校を辞めます、みたいな極端な話じゃなくて。自由のために、頑張れることがある。
引用:吉本ばなな 「小説家としての生き方100箇条」 サンクチュアリ出版 2023 p62〜63より
これらは、紹介された流儀のほんの一部に過ぎないが、上記の2つからも彼女の独特の視点が見て取れる。実際、本では自分らしく生きるために“しないこと”についても触れられており、それらをすると、“文章が腐る”や“根性が腐る”などの辛辣な言葉も使われている。しかし本書の本当の魅力は、「働きたくない人」にこそ読んでほしいと思えるほどの仕事への前向きなエッセンスを含んだ言葉にある。さすがは吉本ばなな、辛口なメッセージにも愛がこもっているのである。エッセイでもなく、小説でもない本書が持つシンプルな言葉は、不思議と私たちの不安や悩みをスッと断ち切っていく。
私が本書から感じ取ったのは、他者に委ねず自身の軸を持って選択することの重要性だ。お金の使い方、仕事の内容、言葉選びに至るまで、少しでも”違うな”と思ったことは行わない。これは単純にその場のルールに従わないということではなく、自由を守るために「精一杯頭を使って闘うべし」というメッセージの表れのようにも感じられた。
ちなみに本書の中には、文章を書く仕事に従事している人にとっては、つい明日から真似したくなってしまうような、書く行為に役立つ流儀も存在する。小説を執筆するための“取材”に関する考え方や、根本的な疑問である”なぜ文章を書くのか”といった点に触れる内容は、「小説家・吉本ばなな」に憧れたことのあるファンにとってはたまらない。エッセイや小説と照らし合わせながら、吉本ばななの創作論として本書を読み解いてみてもおもしろいだろう。
人生における「自由」とは何か
本書を読んで、仕事における「自由」について改めて考えさせられた。働きたくない、ずっと自由に生きていたい。連休最終日や、月曜からの労働を控えた日曜の夜、そんな願望を一度でも抱いたことのある人もいるだろう。筆者は現在フリーのライターとして働いているが、いわゆる世の「フリーランス」のイメージが持つ自由さとのギャップを感じているところだ。もちろん、就業時間や服装の縛りといった「見える自由」は増えたのかもしれない。
それでも実際のところは、営業や確定申告の作業は増えるし、会社員時代と変わらずに締め切りは追ってくる……と忙しさの中身が変わっただけなのではないかと思うこともある。同業のフリーランスを見ても、場所を選ばない仕事の割には、どこか遠くの南の島で自由気ままにに文章を書いて……というライターはあまり見たことがない(私が会ったことがないだけかもしれないが)。
そんな中で本書と出会い、どんな環境であっても、精神的な自由は自らが創り出すものだと気づいた。勤務形態が自由を生み出してくれるわけではなく、またお金があれば必ずしも自分らしく生きていけるとは限らない。本書を読むことで得られるのは、幸福な生活を送るために必要な“自由の在り方を考える時間”なのだろう。
本書では、仕事だけでなく、恋愛や子育てから得られるものの価値についても説いている。「とにかく仕事が大好きで、本当に仕事に全てを捧げている」という生き方を否定したいわけではない。ただ、多くの人にとってはそれ以外の時間(家族との団欒や推し活、趣味や恋愛に没頭する時間など)も仕事と等しく大切な時間で、それぞれに「守りたいもの」があるのではないか。その自由を守るためにも、必要に応じて“媚びずに戦う”。それはとても難しいことではあるが、この100箇条を通じて私が得た大きな学びである。
その仕事は「誰のため」?
吉本は本書の最後に、小説家という職業のやりがいについて述べている。
「教科書に載ったり受賞するのは全然報われたことじゃない。とてもありがたいし、親戚や年配の人が喜んでくれるのは嬉しいけど関係ない。誰かの自殺を数日延ばせてチャンスが生まれたとか、誰かが親を亡くしたとき、読んでいたらそのときだけ休めたとか、それが報われたこと。」
引用:吉本ばなな 「小説家としての生き方100箇条」 サンクチュアリ出版 2023 p214より
もし私が彼女だったら、手放しで受賞を喜んでしまいそうなものだが、やはりここにも「自分の幸せは自分で定義する」という吉本のマインドが表れているのではないか。人からの評価ではなく、やりがいも自分で決める。今の仕事をする理由、目標、働く意義……その全ては“誰のための選択なのか”を今一度考えてみたいと思った。
(文:すなくじら)