商業出版の書籍は、著者にとって自らの思いを形にして社会に発信する意味がある。重要なのは、伝えたいことを明確にすることであり、これが書籍を書く最初のステップとなる。実際に私は自著『母にはなれないかもしれない 産まない女のシスターフッド』の「はじめに」でこのように書いた。
“このことを、私が書いて良いのだろうか。”
“私はこのテーマを誰に伝えたいのだろうか。”
「長く読まれる本をつくりたい」
打ち合わせで版元の編集者と思いを共有しながらも、無視できないのは「商業」出版であることだ。読者の反響を通して、出版社に収益をもたらさなければならない。それは書籍の価値を高めようとするモチベーションにもなる。
私は本を書くという大きなプロジェクトに携わった。その観点からプロジェクトを成し遂げるための過程と、その後のマーケティングについて考察したい。
目次
「当事者のことだけ伝えれば良い」は違った

未知のプロジェクトにとりかかるとき、多くの人は自問自答をすることになるだろう。
商業出版で本を出すことが決まったころ、私には妙な自信があった。職業がライターだからだ。雑誌で執筆をしたこともあるし、著名人のインタビュー経験も豊富だ。
しかし自著を執筆するうちに自覚したのだが、その自信は、ときに「初歩的なことは聞かないでおこう」という消極性につながった。
私の書籍は、さまざまな背景の女性に対するインタビューと対談、自らが「産まない選択」をしたエッセイで構成されている。産む、産まない、産めない。いろいろな女性がそれぞれの置かれた立場を認め合い、自由意志を尊重する世の中にしたいという思いが根本にある。
産まない選択をした当事者だけにインタビューをするべきだと考えていたが、打ち合わせを重ねるにつれて、自分自身の視野を広げるべきだと知った。不妊治療を経て産まない選択をせざるをえなかった人、産んでから産まない人生を考えた人もここに含まれる。
「当事者だけでも良い」と思い込むと、まずは私が自分の書籍にこめた思いを、読者に伝えることはできない。そして読者も「産まない選択は私に関係ないから」と購入せず、商業性にもつながらない。
また私自身、インタビューを通した学びを得ることもできないままで終わっていただろう。たとえば不妊治療を経て産まない選択をせざるをえなかった人が、こう話した。
“産まないことを決めた女性は、自分に問いかけをしている”
プロジェクトを進める過程で、私は「産めない人は、産まない人を不快に思っているのでは」と不安だった。たしかにそういう人もいるだろう。しかし私の取材した人のように感じている女性もいるのだ。
プロジェクトを進める過程で、私の視野も広がりテーマの説得力も増した。
文章でビジョンを実現するための過程を明確に
今回、商業出版で出した書籍のきっかけとなったのは、私が2022年5月に出したZINEだった。
「自分の意志で産まない女性はいる。彼女たちは孤独感や罪悪感を抱く必要はない」と伝えたかった。
当事者で発信することに迷いはなかった。商業媒体にエッセイを寄稿してオンラインイベントでも話をした。しかし反響は薄い。いったんくじけかけたが、イスラエルの社会学者オルナ・ドーナトによる『母親になって後悔してる』という報告書が邦訳されたころであり、私は執筆したオルナ・ドーナトの勇気によって初心に立ち返った。
自分のビジョンをはっきりとさせよう。そのビジョンを実現するための方法を考えよう。ノートを広げて、まずは自分のことから書き始めた。
結婚していて子どものいない私は、産まない選択について公言することに抵抗はない。それなら自分のような女性がいると伝えたい。
なぜ伝えたいのか?
周りに言えない人は多くて孤独感や罪悪感を抱いているはずだから。商業媒体の記事で伝えているのに反響が薄いのは?
方法を見直すべきだ。もっと多くの人に手に知ってもらう必要があるから。文学フリマというイベントを知っている。自主制作の本も出せる。自由なテーマ、自由な手法で出す本はZINEというらしい。「産まないテーマ」を軸にZINEをつくってみて、文学フリマで頒布してみようか。
書くことは言語化をすることでもある。だんだんと筆は進み、まずはインタビューの対象者を探して、自分のエッセイも載せて……と構想はふくらんだ。
ビジネスで追い求めるビジョンを見失う、もしくはビジョンがありながら具体的な方法を見つけられないとき、人は書くことによる言語化の有効性を口にする。
私もそうしたわけだが、その実感がともない、ZINEをつくって文学フリマに出店したところ、思った以上に多くの人が手にとった。成功体験は思わぬチャンスを呼ぶ。SNSでつながっていた人と大阪の文学フリマで会い、その人の紹介によってこのZINEをベースとしたとした完全に書き下ろしの書籍を出版することになったのだ。
商業出版は、ビジョンを実現するためのもっと大きなきっかけになると確信した。
ワーカホリックならではのプロジェクト管理術

「去年より取材先を少なくしてくれませんか?」
商業出版が決まってから、早い段階で取引先に質問をした。フリーランスのせいかワーカホリックなので、次から次へと仕事を入れるくせがある。結果として書籍の完成度が落ちたら元も子もない。
書籍の編集者から、早い段階で忙しくなり始める時期を聞いた。そこから刊行の予定日までスケジュール帳に丸をつける。毎年、この時期にいただいている案件については、すぐに連絡をした。「もう仕事をもらえない取引先も多いのでは」という不安はもちろんあったが、書籍化はビジョンを実現するだけではなく私の将来を変える可能性の高い一大プロジェクトである。
私はライターの案件で、タスクごとにどれほど時間がかかるのかを考えた。その所用時間に合わせて、どの日にどのタスクをこなすのかGoogleカレンダーに入力する。打ち合わせや取材など、絶対にミスが許されないタスクは、必ずGoogleカレンダーと手書きのスケジュール帳、どちらにも書き込んだ。
大きなプロジェクトのために、余裕をもったスケジュールにすることも欠かせなかった。私は持病がある。そのリスクを想定して、収入が減っても無理をすることはやめようと決めた。
無理をしない、大きなプロジェクトのために何かを犠牲にする。これは会社員でもフリーランスでも不安なことだろう。そんなとき、私は自分の人生を空からみるようにふかんする。私の好きなドラマで「大切な人が明日も生きているのかわからないんですよ」というようなセリフがあったが、そのとおりである。死ぬときに「今はあのことを優先するべきだった」と考えても遅いのだ。
絶対に怠ってはいけないコミュニケーション
人間は生まれながらにして善良であるという性善説を、私は信じていない。信じていないので他人に裏切られても、あまり気にしない。ただそれがプライベートではなく仕事となれば話は変わってくる。
ビジネスの、どのような場面においても大切なのはコミュニケーションである。
「言わなくてもわかる」と思った瞬間、私は相手にそれが間違いではないか確認するようにしている。心配性だとよく言われるが、コミュニケーションを怠ると、信頼関係を構築できないばかりかプロジェクトそのものが破綻する可能性もある。以心伝心など存在しないのだ。
書籍の刊行が決まってから、私はより心配性になり、ことあるごとに編集者と対面やオンラインでコミュニケーションをとるようになった。前述した、ライターとしての経験に由来する自信は、だんだんと崩れていく。そのぶん私は、商業出版においては初心者であると痛感した。
コミュニケーションは仕事でやりとりをする相手だけではなく、友人や知人、同業者と飲みに行ったりするときも大切にしている。同業者の中にはすでに商業出版で著書を発表している人たちがいる。「こんなときはどうなんだろう?」と疑問に感じたとき、相談に乗ってくれる先輩たちの存在は大きかった。
これは多くの会社員も経験があるだろう。コミュニケーションの生み出す力は、後に何倍にもなって返ってきて、自分の身を助けてくれるのだ。
著者もひとりのマーケターだ

完成した初の商業出版「母にはなれないかもしれない 産まない女のシスターフッド」
こうして初めての挑戦でもあった一大プロジェクトは終わりを告げた……わけではない。装丁、装画、編集、そして営業。ひとつの書籍、ひとつのプロジェクトは私ひとりではなしえないものだ。書籍が発売してからもそうだった。今度は書籍を売らなければならないのだ。
とはいえ出版社には営業さんもいる。著者としてどのような営業活動をしても良いわけではない。つど担当編集者に「この販促活動は著者がしても良いのでしょうか」と聞いた。「どんな販促活動をすれば良いですか?」ではなく、自分から「この販促なら私にもできるかも」と思ったことを聞くのが大切だ。出版社にまかせきりにするのではなく、自分もひとりのマーケターなのだと自覚することが必要だった。
私はこれからも商業出版で書籍を出したい。今回は初めてのことで余裕がなく、ひとつ忘れていたことがあった。書籍の完成までの過程を楽しむことだ。これもビジネスにおいて大切なことである。
大きなプロジェクトから、次のプロジェクトへ。しっかりと前を向いて進んでいきたい。
(文:若林理央)
