「案ずるより生むが易し」とは言うが、国レベル(大きさ)のこととなるとそうともいかないこともある。
今回のTech Team Journalは、大串正樹デジタル副大臣と落合孝文プロトタイプ政策研究所所長の対談を敢行。政策を実行する立場と、政策を提言する立場。
それぞれの言葉から、日本のデジタル政策の現在地と未来を考えた。
目次
大串副大臣のプログラミング経験、プロトタイプ政策研究所の役割
ー大串副大臣はプログラミングをされていた経験があると伺いました。

大串デジタル副大臣(以下、大串副大臣):もともと工学系の出身で、そのままプラントメーカーで働いていました。自分でモデルをつくってプログラミングをしていました。当時はまだインターネットが普及していない時代でしたが、ワークステーションなどを使いながら解析をするような仕事をしていました。
情報処理技術者の資格などをとりましたが、当然今のそれとはまったく異なります。ネットワークのない時代の話なので、メインフレームの大きなスパコンの技術の話などが試験問題に出ていたような時代でした。
そのあとは政治の世界に進もうと思って、マネジメントや医療系の勉強をしました。博士の学位を取得したのは北陸先端科学技術大学院大学だったので、情報処理関係の講座も結構ありました。
当時はPerlなどが流行っていた時代です。時代背景によって流行りの言語があるので、そういったものを使っていました。ただ、やはり情報処理の知識ってすぐ陳腐化するんですよね。デジタル人材が不足する課題なども日々考えながら副大臣の仕事をしている状況です。
ープロトタイプ政策研究所について詳しく知らない方も多いと思います。政策提言をされているとのことですが、どのような形でされるのでしょうか。

落合孝文所長(以下、落合所長):プロトタイプ政策研究所は、私が所属する渥美坂井法律事務所の所内の弁護士だけでなく、外部の有識者にも参加していただき、研究活動や政策提言をおこなっています。
企業や団体などに入っていると、どうしてもその中で興味・関心がある話になってしまいます。政府で議論をする際も、アジェンダはだいたい決まっていることが多いので、必要でも十分に議論できないこともあります。ですので、さまざまな場面で先端的な議論に関わっている人で集まって議論して出していくとよいのではないかと思い、活動しています。
過去には電気通信事業法の提言や労働市場に関する提言、中央銀行のデジタル通貨についての提言をさせていただきました。実際の提言の内容自体は公開で出していますが、とくに聞いてほしい方には直接お話をして議論しているという形です。
ーデジタル政策の部分、とくに大串デジタル副大臣とのやりとりはありますか。
落合所長:副大臣とは、デジタル臨時行政調査会の作業部会でご一緒することが多いです。副大臣が座長を務め、とりまとめをしていただいてます。そこでセットされたアジェンダについて議論したり、事前にどのようなことを議論するかを、デジタル庁の職員の方と一緒に検討したりして、副大臣をはじめとするデジタル庁、政府の方々がそこで議論された成果を実行に移していただいているという形です。
AIが普及することにおけるメリットとデメリット
ーデジタル分野の中で、まずAIについて伺います。昨今はAIが非常に注目されていますが、ポジティブ面とネガティブ面、それぞれの現時点での認識を伺えますか。
大串副大臣:AIについては、割と早い段階から、自民党の中でもさまざまな議論がされています。「AI」といっても非常に多義的で、旧来型のAIと今の生成AIでは、少し意味が違うことに留意する必要がありますが、生成AIが出てきたところに、世界中でこれをどう使うか議論になり、禁止しようとする国もありました。日本は割と積極的に使っていこうという議論になっていると思います。

まず、基本的な認識として、さまざまなデータの質を高めれば、AIは有効に使えると実証されつつあると思います。分野を限定すれば、精度は高まります。今までは勘でやっていたところや、限られた情報で人間がやっていたところも幅広く深掘りできる。今までにない最適化の議論ができるという意味では、AIは非常に有効なツールだと思います。医療分野などは、実用化が先に進んでいる部分があるように思います。
ただ、そこに生成AIの話が入ってくると、著作権の問題が出てきたり、フェイクの情報がどんどん氾濫してくるのではないかという懸念があったりします。そのようなデメリットに対処する方法を、利用者側がより賢く持たなければならない難しさがあると思います。
とはいえ、生成AIを活用できる場面はたくさんあると思います。たとえば国会答弁などは、定型的な答弁であればAIで下書きがつくれるのではないか。まずは、限定的な情報の範囲の中で最適化させるような生成AIの使い方ができる気がします。
幅広く一般の情報を取り込んで生成AIでさまざまな問いかけに答えさせるのは、まだまだ未熟なところもありますし、難しいところもあります。さまざまな制度を確認しつつ、段階的に深めていく段階というような気がします。
いずれにしても、非常に大きなメリットがあると思います。ただ、常に裏側にはネガティブな問題があることを意識した上で使う必要がありますね。
落合所長:それぞれ2点ほどあります。
ポジティブ(1)
日本が取り組むべきことに人口減少社会への対策があります。社会に必要な活動、たとえば電気やガス、通信や金融、公共交通など社会インフラとなるサービスが止まってしまうと困りますが、人が減ってくるとそれらの維持がどうしても難しくなってしまいます。自動化や効率化をしないと、社会を回していけません。そこにAIを含むデジタル技術を使えるようにしていくことが大事でしょう。この点は、現在デジタル臨時行政調査会でも取り組んでいます。
ポジティブ(2)
最近は生成AIチャット(ChatGPTなど)も出てきて、インターフェースの改善も進んできています。その影響で、AIツールを使いやすくなっており、利便性の向上を加速させる可能性があると思います。人の仕事でいうと、単純作業や繰り返しの苦痛を強いられる作業よりも、考えたりつくり出したりといった作業に時間を使うことにつながると考えています。

ネガティブ(1)
一方で、同じ内容の仕事をずっと続けていけるのか、働けなくなるのではないかというネガティブな部分が出てきます。ただ仕事については、時代の変遷の中で変わっていきます。
銀行ATMも、最初にできた際は「窓口がなくなるのではないか」といわれていました。しかし、昔より銀行の仕事は増えています。
同じ仕事をやり続けることは難しいので、それで岸田政権でリスキリングなどを推奨している背景もあると思います。働き続けられる社会を維持するために、働く側の社会学習や社会保障も含めて社会的セーフティーネットを知っていくことが大事になります。
ネガティブ(2)
もう一つはフェイクニュースの拡散など、誤った情報が拡散されやすくなる可能性です。この部分は、社会の分断を生んだり民主主義の基礎に関わります。正しい情報に基づいて、さまざまな議論をできるようにするのが重要です。どちらかの間違った方向、誘導された方向に行きやすくなるので、これは重要なリスクだといます。
デジタル技術の革新について
ーデジタル技術の革新について伺います。革新の速度が早い中、駆使できる人材もいる一方で、なかなかそこに理解が伴わない国民がいるのが事実かと思います。その状況が政策実行に与える影響や懸念などはありますか。
大串副大臣:マイナンバーカードもそうですが、新しいことをやろうとするとどうしても世代によって受け止め方が変わってきます。我々の世代はカードが便利ですが、年配の方はやはり紙でないと不安だという人もいます。若い世代は「もう今さらカードじゃなくてアプリにしてほしい」となりますので、世代によって受け止め方が異なります。
電子化・省力化していく方向に、みなさん全体としては賛成なのですが、今、話題になっている、既存の健康保険証を廃止する・しないという件のように、しばらく従来の方式を残してほしいという声が少なからずあります。ただ、そうすると並行して2つのシステムを走らせることになって、かえって負担が増えてしまう面もありますし、移行の過程では一時的に不便を感じる状況が起きることもあり得る。それをどこまで許容するか。
JRも今はSuicaで乗れるようになっていますが、券売機では切符も売っていますし、切符を通して乗れる改札機が設置されています。JRにしてみれば、全部Suicaにできればものすごくコストダウンするけれども、切符を使うお客さんがいる限り、両方のシステムを継続させている。このように、社会全体のコストアップに繋がってしまう面はあります。
一方、デジタルのことはよくわからないという方や、スマートフォンを使うのが苦手な方ももちろんいます。しかし、そういう方にも「孫と写真のやりとりをしていますよね」というと、必ずしているんです。
ですので、インセンティブがあり、自分でやりたいという気持ちがあれば、決して使わないというわけではない。そのくらいのスキルがあれば、マイナ保険証を使うのは難しい話ではないはずです。結局、社会にどうやって利便性を感じてもらうかが大事なのかと思います。
落合所長:年代ごとにリテラシーの違いが大きく出ている感じがします。とくにスマートフォンなどのデジタルデバイスを使っている世代かどうかが大きい気がします。
今だとだいたい70代の途中くらいで崖があると思います。それより高年齢層になりますと、どちらかというと、アナログのほうが利便性が高いと思われてしまう部分があります。
すべての方にとってよい形をつくるのは、なかなか難しいです。副大臣もおっしゃられた通り、ダブルトラックになることも含めて、どうしても一つの方式だけでできないことが難しいと思います。
デジタルリテラシーの格差について
ーでは、行政のデジタルリテラシー格差についてはどうお考えでしょうか。
大串副大臣:扱っている法律の古さなどによって各省庁で異なる部分がありますが、デジタル庁としては、できるだけ各省庁のデジタル化を進めようとしています。
また地方自治体に関しては、たとえばマイナンバーカードの普及のときもそうですが、必ずしも都市部の普及が早かったわけではありません。首長の意識が大きく影響していたように思います。自分の街は先進的にやろうとか、取組の意欲があるところはどんどん進みました。
これからの課題としては、地域間の格差をどうケアしていくか。これはコストも絡む話ですが、重要な課題になっていきます。いずれにしても、基礎的な行政分野でシステムの標準化を進めることですべての自治体が最低限同じレベルのサービスを提供できるようにしていきます。

また、どちらかというと、この仕事で一番遅れているのは国会なんです。いまだに採決(記名投票)では木札を出しますし、江戸時代的な発想が残っています。衆議院はだめだけど、参議院はボタンで投票できる。参議院ができて、なぜ衆議院ができないのか。
あとは、国会からの連絡がFAXで来たりして、なかなか改革が進まないのです。もちろんこれらも変えていかなければならないと考えています。
落合所長:デジタル庁は行政の中では一番進んでいるグループだと思います。
自治体ですと、それこそ東京「都」から「市区町村」まであるわけです。そうすると同じような対応をお願いしても、現実的にはオーバーな要求になってしまう自治体も、どうしても出てしまいます。
北欧などの500万人くらいの国だとかなり広範にデジタル化を進めている国もありますが、数千万人規模になってくるだけで結構厳しく、なおさら1億人を超える日本は、となります。進め方をしっかり考えて、計画的に進めていかなければなりません。
IT人材について
ー我々paizaはITエンジニアが不足している今の社会課題解決にチャレンジしていますが、ITエンジニアを含めたIT人材の不足についてはどういう認識ですか。
落合所長:エンジニアというかIT関連人材にも、さまざまな役割があり、それに応じた人材が十分にいないように聞くことがあります。サービスをつくるという意味だと、たとえばUXデザイナーなどでも、今の時代に合った形で、スキルを持った方が不足しているという話があります。

企業の採用される側でも、評価できる人がなかなかいない課題もあります。そうすると、よさそうな人はいるかもしれないけど、本当によいのかどうかがわからないまま採用されることがあるようすです。
技術の移り変わりが早く、必要なスキルの変化が早いがゆえに起きてしまっている事象ですね。私も大学のときに理工学部だったので、C++などを勉強しましたが、今はそれだけでは仕事ができない場合が多いと思います。
リスキリングもそうですし、デジタルリテラシー協議会やディープランニング協会などが、ITだけじゃなくAIに関する人材なども含めて育成をされていると思います。ニーズをすくって、どのような人たちが必要で、どのように育てていくのかという課題もあると思います。
スキルを見える化したり、マッチングできるようにしていく取り組みができたほうが、より効果的だろうと思います。
研究所で昨年出した労働市場の提言で、デジタル人材についてできるだけスキルを見える化したり、できるところは標準化していったほうが、転職などをしやすくなったり仕事を頼みやすくなったりするのではないか、といった議論をしたこともありました。
大串副大臣:技術が陳腐化するスピードが早いですね。
私も最初のころはアプリなどの概念がなかったので、自分で全部タグをベタ打ちしながらプログラミングをしていました。
その時代に比べれば、今はどちらかというと既存のアプリをいかに上手に使えるかがスキルとしては求められています。もう少し言うと、それぞれの組織でセキュリティをカバーできる人材、リテラシー教育をちゃんとできる人材など、ITという括りの中にもさまざまな役割分担があって、それぞれの分野でどのような人が必要かを、もう少し整理しなければいけません。

リテラシーのレベルでもかなり幅がありますよね。漠然と「不足している」という認識になっていますが、頭数をそろえるだけではなく、リテラシーレベルを引き上げた、活躍できる人材を増やす必要があると考えています。
そして、専門的な部分に関しては陳腐化するのが早いので、柔軟なうちに何度もリスキリングできる機会を用意しておく必要があります。能力の高い人はさらにステップアップする能力も高いはずなので、そのような人にできる限り力を発揮してもらう。
「リボルビングドア」などといいますが、出入りしやすく、新しい技術を学びやすく、あるいは兼業・副業をしやすく、さまざまなダブルワークや仕事と勉強を並行しやすい、そのような柔軟性がないと、今の人材不足には対応できない感じがします。
生産年齢人口は減る時代ですし、IT人材も不足しているという課題に対して、それをやるしかないのはもう目に見えている話です。そのような雇用政策を中心に据えて、もう一度政策の骨組みを変えなければならないと思います。
落合所長:リスキリングや副業などで、リボルビングドアでという店では、省庁の中、とくにIT職で考えると、デジタル庁は一番率先して取り組まれていると思います。
大串副大臣:デジタル庁には民間の人も入っているし、兼業している方も多いです。ある意味デジタル庁の役割は仕事もそうですが、省庁の雇用のあり方のモデルになるべきだと最初から意識されています。これを見習っていただいて、「デジタル庁でできているんだったらうちでもできるよね」と思ってもらえたらいいかなと思います。
落合所長:デジタル臨時行政調査会でしていることの成果などをお話しいただけたらと思います。
大串副大臣:今までは規制改革というと、法案を一個ずつ規制改革していたのですが、それでは間に合わないので、横串を刺して一括で改正する法案を通しました。それもあり、1万項目くらいの規制改革が実現したのですが、このやり方そのものが画期的だったと思います。
それくらいの勢いでやらないと追いつかないくらいデジタル化が遅れています。対面でしなければならない、有資格者を現場に張り付けなければいけない、あるいはフロッピーディスクみたいな話も残っていたりして、それらを逐一委員会にかけている余裕はありません。そのため、横串を刺して見直しを求めるとともに、「代替の技術はこういうものが使えますよ」とデジタル庁から示してもいます。
これは歴史的にも評価されてよい改革だと思います。
落合所長:議論の途中で、オンライン講習などの話も出てきたように記憶しています。フロッピーの見直しも途中から合流したと思います。
大串副大臣:最初は、講習は「やはり対面じゃないと寝ている人がいる」とか、「他のことをしている人もいる」とか、さまざま言われましたが、それも目の動きを追うといった技術でカバーできるはずです。知恵を出せばできることは山ほどあります。
これも、一つの大きな成果かと思います。規制改革の概念も、これで大きく変わったと思います。
落合所長:この前、経済的試算も出ていて、すごい金額になっていました。
大串副大臣:デジタル化のメリットを具体的な金額ベースでも示せるのは、説得力もありますよね。マイナ保険証についても、ここ最近、重複投薬の薬を一個減らせれば5,000億円くらい浮くといった試算が話題になっていましたが、もう少し目に見える形でデジタル化のメリットが見えてきたら、みんながもっとプラスの方向に評価してくれるかなという気がします。
未来・将来へのビジョンについて
ー未来・将来へのビジョンについてはいかがでしょうか。
大串副大臣:今は「アドレス・ベース・レジストリ」という非常に難解な問題にチャレンジしています。複雑な住所の仕組みもその一つだと思いますが、デジタル化を進めると結局、日本のこれまで培ってきたさまざまな歪みや不合理なものがあからさまに出てくるので、なかなか大変な部分もあります。しかし、なんとかしてそれを乗り越えなければならないので、みんな知恵を出し合ってやっているところです。
そして、私が思うデジタル化のゴールは、もっとプッシュ型の支援ができるようになることなんです。

つまり、今までの行政サービスは、申請した人だけが得をするような面がありました。コロナ禍に申請上手な人だけがお金をもらえて、働くのに手いっぱいでそれどころではない、アルバイトを掛け持ちしているような人がなんのメリットも得られないような状況があって、それはよくないなと思いました。
支援の対象になったことにたまたま気づけば得をする、そんなことではなく、対象になった人は行政の側から自動的に教えてもらえる、そういった支援ができたらいいなと思っています。
落合所長:副大臣と異なる点でいいますと、デジタル庁やデジタル臨時行政調査会は国のデジタルインフラを整備しています。
デジタル原則の中でも、できるだけ民間の活力を使えるところは使っていこうという形で、GtoBtoX原則なども立てています。さきほど副大臣がおっしゃられたベース・レジストリも、国の基本になる住所の情報などは、社会で共通して利用される基礎情報でもあるので、国で整備して使えるようにしましょうという取り組みになっています。

法人の情報も、「登記簿の情報を取得してきて法人番号を付けてください」というと、データの処理や加工をするのが一手間二手間かかってしまうので、そこを使いやすく登記簿の情報と「GビズID」を連携させた上で、「GビズID」を利用することでID情報利用できるようにして、データを処理しやすくすることも議論しています。
社会の基本となる情報が行政では紙になるからデジタルが利用しにくくなります。さきほどのダブルトラックの話があるので、もちろんまだアナログでも対応が必要なこともありますが、望む方にとっては、できる限りデジタルで完結できるようにすることが重要だと考えています。アナログ処理が避けられなくなると、効率がどうしても落ちてしまうことがあります。そういった基礎的な目詰まりをなくしていって、使いやすいデータや社会環境を整備していくことが大事だと思います。
国会などでもぜひ使っていただけたほうがいいように思います。せっかくさまざまな方々の話を聞いている副大臣や議員の先生方も、いろいろな作業に時間をとっていただけるようにすることも意味があるように思います。。
利用局面では官や政治の方も同じ部分も多いと思いますが、社会基盤となる部分は官側である程度進めることが大事だと思います。その上で民間側がデジタルサービスで創意工夫をできる領域を増やせるようにするということで、デジタル臨時行政調査会の設置期限の間にとにかくできる限り整理を進められれば、と思います。