ITエンジニアの女性が占める割合は約20%といわれている。過去と比べて増加傾向にあるものの、依然として女性が選ぶ仕事として第一選択肢となっているとは言いがたいのが現状だ。

女性エンジニアがより活躍する未来のために求められることはなにか。東京・渋谷でフロントエンド専門の制作会社である株式会社FLAT(以下、FLAT)の代表サトウハルミさんと、現役エンジニアである浅井 泰名さんに話を聞いた。

サトウ ハルミさん(画像右)
FLAT 代表取締役
受託制作会社でマークアップエンジニアとして勤務後、2016年に株式会社FLAT(以下、FLAT)を設立。フロントエンドやバックエンドのエンジニアが在籍し、WebアプリケーションやWebサイトの制作をおこなう。
FLATではプロジェクトマネジメントとチームマネジメントを担当。エンジニア経験を活かして若手エンジニアの育成にも力を入れている。
実践的なマークアップ技術全般が得意分野。夫とミニチュアシュナウザーのスパン・コロンと仲よく暮らす。
浅井 泰名さん(画像左)
FLAT フロントエンド エンジニア
法律事務所で1年ほどWebデザイナーとして勤務し、マークアップの奥深さに魅了されて2021年10月にFLATへ入社。 主にマークアップとJavaScriptを担当。 アクセシビリティを大切にしていきたいと考え、内側からユーザーに優しいサイト制作を目指す。

エンジニアとして長く働ける組織をつくりたい


ーー浅井さんは社会人になってからエンジニアになったと聞きました。どのようなキャリアステップを歩んでこられたのでしょうか?

浅井:大学を卒業してから法律事務所に入り、最初は弁護士秘書からキャリアを始めました。テックキャンプ(当時:テックエキスパート)でプログラミングを学び、別の法律事務所でインハウスのWebデザイナーとして転職しました。そこではサイトの設計からデザイン、コーディングまでの工程を担当して、1年半ほど働いてからFLATに入社して現在にいたります。Web業界は今年で3年目になりますね。

ーー社会人になってからリスキリングをしてWeb業界に入ったかたちですね。フロントエンドを選んだ理由や、インハウスデザイナーから受託制作専門のFLATに入社した経緯を教えてください。

浅井:プログラミングを学び始めた当初は、フロントエンドとバックエンドのどちらが向いているのかもわかりませんでした。なのでHTMLやCSS、JavaScriptなどと並行して、Rubyなどのバックエンド寄りの言語も学んでいました。フロントエンドを選んだ理由は、私の場合は「自分で作りあげたものが画面として現れ、利用するすべてのユーザーに対してWebサイトの価値を提供できるフロントエンドエンジニアに魅力を感じ、これを仕事にしたい」と思ったのが理由です。

インハウスデザイナーのときは、私が入社後しばらくしてからフロントエンドのエンジニアが入社しましたが、それまでは私一人ですべてを担当していました。幅広い領域を任せてもらえていましたが、その代わり一つひとつのスキルを磨く機会が少なかったです。未経験からのキャリア1年目にも関わらず、自分がやりやすく、すでに持っているスキルだけで対応してしまうことも多かったんです。

ある程度裁量が与えられていたのはよかったのですが、当時の私が持っているスキルでは、今後のライフステージの変化を考えた時に、強みとしては弱いと思いました。そこで、まずはフロントエンドのスキルをしっかりと身につけて、徐々に自分の強みとなる領域を獲得するために転職することにしたんです。そういった思いから、フロントエンドに特化していて、受託開発を専門とするFLATに入社することに決めました。

ーーサトウさんとしては、浅井さんを採用しようと決めた理由はなんだったのでしょうか?

サトウ:浅井さんには採用面談だけではなくて、採用を前提にしたインターンにも参加してもらいました。そのときに1年半ほどの経験の中で、しっかりとスキルを身につけられていることもわかりました。しかし、それ以上に浅井さんの人間性や「フロントエンドのスキルをもっと身につけていきたい」という、強い意思表示をしてくれたことが決め手になりましたね。

FLATでは採用基準の一つに「真面目で素直な人」と掲げています。これは決して「なんでも素直に実行してくれる人」を雇いたいという思いではなくて、やはりスキルを身につけたり、チームとして円滑なコミュニケーションを取ったりするためには、オープンマインドが必要になります。そこにはやはり真摯に相手の話を聞く必要があり、自分の考えもしっかりと伝えていくことも大事です。浅井さんはとても魅力的な人柄で、ぜひ一緒に働きたいと思いました。

浅井:ありがとうございます(笑)。

ーーそれでは、サトウさんや社内のメンバーから見た浅井さんの評価や、浅井さんがFLATに入社してから今までの感想についてお聞きしたいです。

サトウ:FLATのメンバーは口を揃えて「とても丁寧に仕事をしてくれている」といいます。これまでのキャリアで培ったよさだと思いますが、社内外でのコミュニケーションで相手の思うことを先回りして考えて気配りができる点や、スピードも維持しながら一つひとつをしっかりと確認しながら進めてくれる。本当に頼りになる人材ですね。

浅井:もうすぐ入社してから2年経ちますが、とても働きやすい職場だと思っています。やはりサトウさん自身がエンジニアで、組織としてもエンジニアファーストを掲げているので、エンジニアが仕事に集中しやすい環境や制度を作ってくれていることは大きいと思います。

あと、私がFLATで働きたいと思った理由の一つに、経営者であるサトウさんが女性であることも大きかったです。自身のキャリアや将来的な不安を感じているときに、相談できる上司や経営者が同性であるのはとても安心できます。

サトウ:そう言ってもらえるのはうれしいですね(笑)。FLATはまだそれほど人数が多い会社ではないので、制度や環境づくりは性別ではなく、エンジニア一人ひとりがのびのびと働けることを志向しています。

ただ、周りの女性エンジニアがキャリアに悩む姿を見てきましたし、私自身もライフプランとキャリアに悩んだことも多々ありました。女性として、人生としての選択肢も多いのに、エンジニアは勉強し続けなければならないので、辛く思うことも多かったです。

それでも私は、今までエンジニアとして仕事を続けてこられてよかったと思っています。40代になった今でもクリエイティブな仕事を日々楽しくできていることは、とてもありがたいことです。

だからこそ、浅井さんだけではなくてFLATで働くメンバーには、長く一緒に仕事をしてもらいたいと考えています。エンジニアファーストな組織づくりも、それぞれが自身の働き方やキャリアのことを考えつつ、ボトムアップでよりよい会社にしていきたいと考えているからです。もちろん日ごろの仕事でパフォーマンスも意識していますが、個性やそれぞれのよさを発揮できて、長くイキイキと働ける場でありたいと考えています。

エンジニアになることは人生設計でもメリットになる


ーーさきほど周りの女性エンジニアがキャリアに悩む姿を見てきたとお話しされていましたが、サトウさんのキャリアから見ても、女性エンジニアを取り巻く環境は変わっていると思いますか?

サトウ:そうですね。私はまだインターネットが普及し始めたころにエンジニアになっていますが、そのときと比べれば女性エンジニアを見かけることは増えたと思っています。昔はインフラやサーバサイドに女性がいると驚かれるイメージでしたが、フロントエンドやもう少し広義だとWeb制作という分野では女性もいました。Webデザインとセットで仕事をしているイメージですね。

ただ、周囲の人でフロントエンドエンジニアを続けている女性は多くないです。当時はリモートワークというものもなく、定時で終わる仕事もなくて拘束時間も長かったので、子どもができたタイミングで辞めてしまうことがほとんどでした。ディレクターに転向する方もいましたが、やはりエンジニアとして会社で働くことには限界があったんです。私自身も裁量がほしいと思ってフリーランスになり、そこからFLATを設立した経緯があるので、その思いはよくわかります。

ーー今ではテレワークが普及するなど、働き方も大きく変わってきていますね。

サトウ:大きく変わってきていると思います。私は家で仕事をするにはフリーランスになるという選択肢しかなかったので独立しましたが、時代が変わった今では会社員でも自宅で仕事ができるようになりました。FLATでも週に2回、自分の裁量でリモートワークができるようにしていて、ワークライフバランスの調整がしやすい働き方を構築しています。

ーー浅井さんにもご意見を伺いたいのですが、若手エンジニアの目線から見て、働き方についてメリットに感じることはありますか?

浅井:同年代の友人にエンジニアがいないので主観的な話になりますが、エンジニアの仕事はテレワークとの親和性が高いです。時間の融通がきくという点でいえば、女性でもエンジニアとして働きやすい環境ができてきていると思います。

また、さきほど私がFLATに入った理由で「スキルと強みを身につけたい」とお話ししましたが、それは将来的に出産や育児といったライフイベントがあった後を考えてのことです。

やはりそういったライフイベントが起こったときは、一時的に仕事から離れてしまうことは確かです。その後の復職を考えると、なにかしらのスキルを身につけていたり、手に職があったりするとスムーズになります。エンジニアになることは人生設計としてもメリットがあると思います。

ーーFLATは8期目でまだ若い会社ですが、男女問わず若手エンジニアが活躍していますね。採用目線ではどのような点を重視しているのでしょうか?

サトウ:私たちが今まで過ごしてきた環境や働き方は、あくまで過去の事例であって柔軟に考えていく必要があると思っています。それは採用にもいえる話で、私たちのような小さな会社の場合、男性を中心とした組織づくりや採用のあり方をしていては、純粋に人材の母数が減ってしまいます。母数が減る分、すばらしい人材と出会える機会は減ってしまう。

たとえばFLATでは、一時期実務経験が2年以上ある人材しか採用していませんでした。しかし、それでは最初の入り口が狭くなってしまい、そもそも面接を受けに来てくれる人材が集まりませんでした。その中で採用しても、カルチャーマッチしないで早期離職してしまうということもありました。私自身が女性ということもあり、男女で区別するようなことはなかったのですが、プロフェッショナルという自負があったので、スキルという点にはこだわっていたんですね。

それで、スキルや実務経験よりもカルチャーマッチやポテンシャル、人間性を重視する採用のあり方にシフトしました。そうしたら、浅井さんのような優秀な人材が入ってきてくれました。やはり、過去の成功パターンにこだわることはよくないと思っていて、一人ひとりの人間性も含めてしっかりと話し合うことにはこだわりたいと思っています。

組織と環境の整備とともに、働き方の選択肢を


ーーFLATでは業界未経験の人材も採用しているとのことですが、女性が未経験からフロントエンドのエンジニアになるためには、どのようなマインドセットやスキルセットが必要なのでしょうか?

浅井:「新しいことを怖がらないこと」は大事だと思います。フロントエンドの技術は移り変わりがかなり激しく、常に新しい技術に目を光らせて、自分から取りに行く姿勢が問われるためです。今学んでいることが、数年後使えなくなってしまうことはよくあるので、そこを怖がらずに取りに行けるかどうかは重要です。

サトウ:本当に技術の移り変わりが激しい業界ですね。さきほどのライフイベントと復職の話題に関連させると、フロントエンドにかかわらず女性エンジニアの復職の課題は、このような変化のスピードにもあると思います。やはり育児休暇はしっかりとるべきだと思いますが、そうしている間にも技術の進化は止まりません。会社としてそこをどのようにサポートしていくのかも考えていく必要があります。

浅井:結婚に出産、育児と、それぞれに選択肢があって、そのあり方もさまざまで悩ましいですね。そういったライフイベントが起こる前後でマインドセットも変わってくるのではないでしょうか。そのため、私としては最初にお話ししたように、フロントエンドのスキルと「強み」を身につけることが重要だと思っています。たとえばマーケティングやアクセシビリティ、SEOといったフロントエンドに付随する+αの領域に強みを持っていれば、ある程度幅広い視点から復職を考えられるのではと思います。

サトウ:そういった点でいえば、さきほどお話ししたように、ディレクション側に転向することも決してマイナスの選択ではありません。ある程度技術的なバックグラウンドがあるディレクターはプロジェクト進行では重宝するものですし、より仕事の調整がしやすいものになると思います。

ーー最近ではGitHub Copilotなど、コーディングを効率化するツールもあります。そのようなツールが女性エンジニアの働き方にもよい影響があると思いますか?

浅井:そうですね。GitHub Copilotは現在使ってみても便利さを感じています。作業スピードは格段に上がるので、その分できた余裕を+αのことに取り組めるのは、大きなメリットですね。今後の発展も考えると、コーディングの効率化やアシスト機能の拡充は、女性エンジニアの育休後の復職をサポートするものになるとも思います。

ただ、現状使ってみての感想ですが、AIツールが発展したとしてもクライアントのニーズを把握してAIツールをどう使うかは、人間のエンジニアの仕事です。どういう技術があり、どのように活用するのかは、やはり知っておく必要があるとも考えています。

サトウ:私としても積極的な活用は推進していきたいと考えています。効率化できるところは効率化すべきだと思っていますし、正確にコードを書く点では手打ちよりもAIのほうが秀でているでしょう。

ただ、浅井さんがいう通りでさまざまな課題を横断して考え、提案したり答えを出したりといったことは、やはり人間がおこなうべきだと考えています。できるところは効率化し、その分を人間じゃなければできないことに集中する。そうすればより生産性も上がっていくと思うんです。

ーーそれでは、最後に経営者として、現役の女性エンジニアとしての意見をお聞きします。今後女性のエンジニアがより活躍できる企業や職場環境をつくるためには、どういったことが求められるとお考えでしょうか?

浅井:さきほどサトウさんも話していましたが、「女性だから、男性だから」ではなくて、一人ひとりのキャリアやライフプランについてどれほど考えていけるのかが重要だと思います。そういった個人の意思と会社のことをすり合わせしつつ、柔軟に対応できる会社や組織づくりを重視したほうがいいと思います。また、そういったことに理解を示してくれる代表や上層部の方がいるかどうかも、働きやすさに関わってくると思います。

サトウ:FLATの場合、まだ人数も多くないのでリーダー層の育成というのはまだ発展途上な段階です。しかし、リーダーシップをもって仕事をしてくれるメンバーも現れはじめてきていて、少しずつ強いエンジニアチームが形成されつつあります。浅井さんがいうように、現状はメンバーのライフイベントなどを想定して柔軟な対応ができるような組織をつくるためにも、一緒に働く仲間を増やしていきたいです。

同時に、最近ではより柔軟な働き方ができるような施策もおこなっています。それが「branch」という制度で、これは外部人材との長期的なパートナーシップを結ぶため、個別案件ではなく長期的に一緒に仕事をしていくものです。

たとえば結婚後の事情や育児などで、正社員として働くことが難しくなる場合も考えられます。そういったときに完全にエンジニアとしての道を諦めてしまうのはもったいないです。そういった考えから、本人に意思があれば退職ではなく「branch」として、無理のない範囲で働いてもらうことも考えています。

こうした組織と環境を整備していくことも重要ですが、私としてはより柔軟で働きやすい選択肢がある制度設計も大事です。さきほど話した通り、私はFLATに入った仲間には長く働いてもらいたいと考えています。そのためにも、できる範囲でサポート、応援をしていきたいですね。

(取材/文/撮影:川島大雅

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