2023年のエイプリルフール、名古屋工業大学の秀島栄三教授がSNSに以下のような投稿をされました。

「AIが流行し、情報工学と社会工学であわせて募集する6年制コースの面接では、7割の受験生がAIをやりたいという。当方研究室でも3月に修了したY君が、航空写真で人口分布を推定する研究でAIをつかった。某研究室では、ネット上でうまい酒を手際よく見つけるAIソフトの開発をしている。γ-GPTといい、検索の効率化によって肝臓の負担を軽減する効果が認められている。(4月1日)」

「いったい、どこまで本当なのですか?」と尋ねると「上の二つは本当」だとのこと。

……なにはともあれ、(大ざっぱにいえば)イマドキの理系高校生の7割がAIをやりたいという事実は非常に興味深い!と考えた筆者。「お話をうかがいたいのですが!?」と前のめりに伝えてみると、先生も「ちょうどよいです。わたしもお話ししたいことがあります」とおっしゃるではありませんか。

そのようなわけで、秀島先生の研究室にて「社会工学から見たAIと人との関係」「AI時代の学生のキャリア」について伺いました。決して堅苦しいお話ではありませんので、リラックスしてお読みください。

名古屋工業大学の隣にある鶴舞公園は薔薇が真っ盛りでした
秀島栄三先生プロフィール
1966年広島県生まれ、東京都出身
京都大学大学院工学研究科 修士課程修了(1992)・博士(工学)取得(1996)
京都大学工学部助手・工学研究科助手(1992~1998)
名古屋工業大学講師・准教授(1998~2011)
2012年より名古屋工業大学教授(専門:土木計画、都市計画、政策科学)
国交省中部地整南海トラフ地震対策中部圏戦略会議委員、愛知県都市計画審議会会長などを務める。
著書に「土木と景観」(学芸出版社)「環境計画-政策・制度・マネジメント-」(共立出版)など。

AI「を」やりたいのか? AI「で」やりたいのか?

――「名古屋工業大学(以下、名工大)の6年制コースを受験する高校生の7割がAIをやりたい」ことについて、先生はどのようにお考えですか。

秀島栄三教授(以下秀島):
7年前に当大学に6年制コース「創造工学教育課程」ができました。入学できる100人の枠のうち、情報・社会コース(情報工学3分野と建築・土木・経営の計6分野で構成される)の定員は40人です。推薦入試では面接を重視します。18歳の高校生に何をやりたいか聞くと「AIをやりたい」と答える生徒が非常に多いのです。

受験生は、入学後に情報工学・社会工学の6分野のうち、いずれかを選ばなくてはいけません。受験生に希望を出させると、情報工学の3分野が人気があります。AIそのものを研究するなら情報工学が専門です。AIが得意なのは大量のデータ処理で、処理の仕方、いかに高速で処理をするか、といった研究は情報工学の分野になります。

受験生に問いたいのは「本当にAI『について』研究したいのか?」です。きみたちは「AI『を使って』何か別の研究をしたいのではないか?」と。題材ならば、社会工学にいくらでもあるんです。

たとえば、わたしの分野では、航空写真の大量のデータを使います。災害のあとに生じた亀裂から、何を読み取るか?などです。それまで目で見て判断していたものを、AIで処理することが可能になってきたのです。

――AIの研究がしたいなら情報工学、AIで研究がしたいなら社会工学を選ぶべき、でしょうか。

秀島:
実はそうともいい切れなくて。情報工学には縛りがないのです。「AIを研究」も「AIを使って研究」も両方できるのは情報工学です。社会工学においては、AIは研究対象ではなく、「手段」でしかありません。

――情報工学でも、AIを使って研究することは可能なのですね。間口が広い分、とりあえず選んでしまう受験生も多いのでしょうか。

秀島:
たしかに、そういった点も否めません。ただ、広くいろいろできてしまうことは、深く極めるのが難しいことでもあります。情報工学でも土木や建築について研究できるでしょう。しかし本当に土木や建築について研究したいと決めているなら、社会工学のほうが深く研究できます。なので、高校生にはもう一歩踏み込んで進路を考えて、土木や建築をやりたい人はぜひ社会工学に来てほしいですね。

都市計画および防災におけるAIの活用法

――都市計画の分野では、AIは具体的にどのように活用できますか。

秀島:
土木の分野では地形の把握、海の波、川の流れ、構造物の振動などたくさんの巨大なデータを扱うため、大学では昔から最も大型計算機を使う分野といわれてきました。わたしの分野、都市計画の方面であればクルマやひと、建物の分布を把握するために衛星画像や航空写真、シミュレーション解析の出力結果などを用います。

ビッグデータを対象に、深層学習を用いて効率的に解析する方法を開発する試みもなされています。ビッグデータとは、巨大なデータを使い切ることなく、適度に切り取って有効な結論を導き出すデータのこと。このデータの解析にAIが活用できます。

――冒頭に登場する、研究室のY君による「航空写真で人口分布を推定する研究」ではどのように使われたのでしょうか。

秀島:
わが国はこれから急速に人口が減少します。空き家、空き室を把握することが重要になるでしょう。これが意外と難しそうです。人がいるのかいないのか、誰の持ち物なのか。財産として捉えてみるならば、いい加減に扱うことはできません。しかし、都市計画として、地区がどのようになっているかを把握する場面であれば、ビッグデータとして扱うことができそうです。そうした大まかなデータの処理はAIの得意とするところですね。

データと真実の組合せをたくさん確認しておけば、これから調べようとする地区でも同様だと仮定して、効率的にたくさんの調査ができそうです。Y君の修士論文はそのような背景から始まりました。

――土木といえば、防災も含まれますね。災害が多い日本では、年々防災の意識が高まっています。防災の分野でAIは使用されていますか。

秀島:
防災、減災に関わる研究はたくさんおこなわれています。災害が発生したあと、被災地域の地形がどのようになっているかを急ぎ把握する必要があるのです。大災害のあとは測量会社が飛行機を飛ばします。最近ではドローンが多いでしょう。それらで得たデータはとても膨大です。DVD-Rどころか外付ハードディスクにも入らないといいます。

そのような巨大データを処理して、被災状況を急ぎ把握するためにAIは役立つはずです。そうした分析結果は、復旧や人命救助のための対策検討、ならびに災害がどのようにして起きたかのメカニズムを理解するのに役立つわけです。

主題が先か、手段が先か

――現在は学内でAIは導入されていますか。

秀島:
情報工学分野では言うまでもなく、たくさんAIの研究をしています。わたしの専門の土木工学では、まだほとんど使っていないといったほうがいいです。もちろん、AIを使用できる研究はいくらでもあります。しかし、AIは「手段」でしかなく、授業ではあとまわし。論文を書く際に使用したければ、自分で身につけることになります。Python(パイソン)というプログラミング言語がAIと親和性が高いので、AIを使いたいからとPythonを自分で勉強する学生はよくいます。

――学生が自発的にAIを取り入れているのですね。それについて問題はありますか。

秀島:
AIのスキルにすぐに飛びつこうとすることが気にかかります。何かのスキルを身につけたいと考える人は少なくありません。資格を持ちたいという感覚に近いです。しかし「AIや地理情報システム(GIS)を使ってみたいから都市計画の研究をする」というのは、本末転倒ですよね。

「主題(目的)が先か」「手段が先か」という話ですね。手段が先になっては、研究者としておかしいのではないか、と考えますね。

――ほかに、工学の分野でAIはどのように活用されていますか。

秀島:
機械工学では「機械にAIをどう組み合わせるか?」を考えます。わたしは専門ではありませんが、たとえばカメラの研究では、焦点を瞬時に合わせるAF(オートフォーカス)などにつかっているのではないかと。スマートフォンの写真にはかなり加工が入っています。顔の認識などはいかにもAIをつかっていそうですね。

当大学の情報工学で人気の先生が、名工大の公認キャラクター・メイちゃんとタクミくんをつくりました。「双方向音声案内デジタルサイネージ」といって、大型ディスプレイに映し出された等身大のキャラクターです。昨年秋まで正門近くに設置されていて、学内の案内をしていました。「秀島さんはどこにいますか?」とたずねると「24号館219号室です」と答えるといった感じで。大人気だったのですが、維持費がかかるそうで撤去されてしまい、残念です。

――メイちゃんとタクミくんの研究、すごく楽しそうです。このようなことを書いたら、ますます情報工学の人気が出そうです……。

秀島:
そうだと思います。だからちょっと拗ねています。

AIを学問に活用することによるデメリット

――AIが導入された結果、どのようなデメリットが考えられますか。

秀島:
ChatGPTによって、いわゆるレポート課題は死んでいきます。「知識を構築すること」が求められなくなっていくでしょう。しかし、期末試験のように90分間で瞬発力をつかって解答するようなペーパーテストは、まだChatGPTに奪われることなく評価できると思います。

昔きいた話ですが、イタリアの大学の入試では、全員面接するそうなんですね。建築科に限った話かもしれませんが。日本の受験は紙のみ、マークシート式です。この違いがどういった結果をもたらすかというと、「即興」で何を考え、どう考えを組み立てていくか、という部分が育ちにくくなります。少なくとも、日本の大学の入り口ではその力を求めていないんですね。

AIの普及した社会では、反対にそうした「アドリブ」の力が求められるようになっていくのではないかと考えます。その場で考えて意見を述べるようなことはAIにはできません。もともと日本人にとって苦手意識のあった「即興の力」は、AIとの差別化によって、より必要とされていくのではないかと思います。

――AIはプラスかマイナスか、どちらだと思いますか。

秀島:
AIの特性は、すべてを網羅するわけではなく、データのうち「平均的なモノ」を抜き出すことなんですね。データが四角い箱だとしたら、その真ん中あたりが「AIが抜き出したデータ」だと考えてください。AIが抜き出すのは、全体から無難で標準的なデータだけを選んだものです。そこからは、何かに精通した「マニア」はうまれません。

四角い箱の中のデータ、AIが抜き出した真ん中以外の四隅を含むすべて知りたいと考えるのがマニアなんですよね。しかしAIには、重箱の隅をつつくようなことはできません。「何かそそられる」「変わっている」ものを集めるのがマニアやコレクターだとしたら、AIとは真逆です。

AIは広く浅く物事を知っているような、バランスの取れた人間をつくるには最適です。プラスかマイナスかは一概に言えませんが、マニアのいない世界って、おもしろみはないかもしれませんね。

AIによってキャリアはどう変わる?

――AIが導入されると、学生たちの就職活動や将来のキャリアパスに変化・影響はありますか。

秀島:
少し話はそれますが、わたしの教室では採用面接の訓練を実施しています。50人の学生に10人の教授を割り振って、面接のリハーサルをおこなうのです。想定質問にどう答えるか、アドバイスします。ただ、面接の練習をするたび「型通りのつまらない人間を送り出すことに加担しているのではないか」という自己矛盾に陥るのです。

採用する企業が何を考えているのかはわかりませんが、よくいわれるような「スーツじゃないとアウト」を今も続けているとしたら「この国ヤバい」と感じます。このやり方では「既成の枠組みから外れた能力を持つ人」は見つからないし、「見つける能力のある人」も育たないのではないかと。

同様に、現状のAIの弱点は、メタなロジックを理解しない点です。たとえば「1,2,3,4,5,6,7のうちどれか好き?」と聞かれて「Bが好き」と答えるような。数字を聞かれているのに、異質なアルファベットを答えるような、規格外の人間の能力を見つけられないのです。

人智を超えるような発明は、規格外の人間の能力からでないと生まれません。この国に足りていないのはそもそもそういった部分です。人と違うことを考えるような「枠を超える能力」を鍛えることが求められると感じます。AIの発達はその点を阻害する可能性があります。

――たしかに、社会に出るとその場で即座に判断する能力や、今までにないような発想力が求められることは多いです。「とっさに言いわけをする力」なども意外と重要かもしれませんよね。ほかにはどのような問題点がありますか。

秀島:
AIによって「失敗」しなくなります。失敗は「ダメ」ではなく、次にどう生かすかが大切なんですね。1つの軸で見ていたらダメでも、別の軸で見れば評価できることもあります。規制の枠や基準にとらわれ過ぎることなく、異なる基準に変えることも必要です。

即興で「へりくつ」をいう能力も意外と重要なんですね。あるロジックではダメでも、別のロジックでは成り立つような、そういった能力をもっと鍛えるべきです。

――AIによって仕事が奪われる心配はありませんか。

秀島:
現在流行りのAIは、まだ自分で判断するところまで到達していません。たとえば医師は、症状だけでなく加齢などのさまざまな情報を、必要に応じて加味して判断します。AIはどこからか、よく似た症状についてのデータを抜き出してきているだけです。しかし、自分で判断できる「上位のAI」になれば、かなりの種類の仕事が奪われると思います。

――料理人などの仕事は、AIに奪われる可能性がある、ともききます。レシピを忠実に再現するなら現状でも人間よりAIのほうが得意ですよね。

秀島:
料理人は料理をつくる能力だけではなく「おしゃべりがおもしろい」など全人的能力があれば、いなくならないですね。それはつまり「料理+α」の能力が求められるようになることでもあります。

いわゆる「◯◯道」と呼ばれるもの、たとえば茶道なども「お茶を点てる」だけではなく、周辺の能力が必要です。お茶の席ではいろいろなことを考えます。人との間をうまくとることや季節の花、その場に合った話題など。それはAIには難しいでしょうね。

AI時代のキーワードは「即興力」「枠を超える力」

「社会工学」で研究する対象には、広く「社会」や「人間関係」なども含まれます。その視点からみる「AI」は非常に興味深いものです。「AIの発達によって多くの仕事が奪われる」は、よく聞く話です。しかし、AIが普及すると「どのような人が増え、世界がどう変わるか」についてはあまり語られていません。

ChatGPTの登場によって、「なんとなくそれらしいもの」を簡単に生み出せる世界になりました。しかし、現状のAIには明確に苦手なことや不可能なことがあります。AI時代に生き残るためのキーワードは「即興力」と「枠を超える力」。今日から「へりくつ」の練習をしてみようかな、と思います。

専門の土木計画から堀川をにぎやかすためにはじめたSUPはライフワークに。

(文/取材:陽菜ひよ子、撮影:宮田雄平)

― presented by paiza

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