一般社団法人 日本CTO協会(以下、日本CTO協会)は2023年6月14日(水)、15日(木)と2日間にわたり、「Developer eXperience Day 2023」を開催する。AIをはじめとする技術進展が加速する中、企業におけるCTOの位置付けはより重要になっている。現在のCTOに求められる素養やスキルはどのようなものなのか。「Developer eXperience(開発者体験)」にフォーカスした大規模なカンファレンスである本会の開催背景や意義について、日本CTO協会理事である広木大地さんに聞いた。

広木大地さん
2008年に株式会社ミクシィ(現・株式会社MIXI)に入社。同社メディア開発部長、開発部部長、サービス本部長執行役員を務めた後、2015年退社。株式会社レクターを創業。技術経営アドバイザリー。著書『エンジニアリング組織論への招待』がブクログ・ビジネス書大賞、翔泳社技術書大賞受賞。一般社団法人日本CTO協会理事。

CTOへの挑戦は「一方通行」でも「別れ道」でもない

−−現在、CTOをはじめ、エンジニアサイドから経営に参画する人材も増えていますが、相対的に見ればCTOを担う人材は不足しているように思えます。どのような点が課題なのでしょうか?

「CTO人材が不足している」という表現については、わたしの観点からだと異なるように思えます。たとえば「スタートアップの経営者が不足している」ときは、起業にチャレンジする人材が少ないという観点だと思います。ところがCTOの場合、その人材要件に合うか合わないか、という考えになっています。しかし、実際はそうではありません。CTOも「そこに飛び込んでいこうとする機運」を醸成することが重要だと思っています。

 

わたしたちのような現役CTOもそうですが、チャレンジすることで学ぶ機会を得て、徐々にCTOに適う素養を身につけました。 最初から誰しもがなんでもできたわけではなく、飛び込んでみようという人が増えてきたことによって互いに成長し、しだいにCTOを担える人材になっていったのだと思います。

 

一方で、スタートアップの経営者の場合は、投資家やメンターなどの方々が、エンジェルとしてサポートしてくださる場面が相対的に多いと感じています。経営者がフェーズごとに成長しなければ、会社も成長していかないため、経営者自身の成長をドライブしていきます。

 

CTOはあるときは一人のプレイヤーとしてプロダクトをつくる必要がありますが、別のタイミングではプロダクトの要件を定義し、リリースできるように複数のチームをマネジメントしなければならない。さらにフェーズが進むと、プロダクトをより成長させ続けることのできる組織をつくっていく必要もあります。

 

求められることが変わっていく中で、CTOにもサポートがあるかというと、実感としてまだ多くないと思っています。現状、CTOへ飛び込む要素と、飛び込んだ後に成長のサポートが得られる環境の両方が少し足りないと考えています。そのような要因から、結果として「CTO人材が少ない」という表現になっているのではと考えています。

 

−−たしかに、エンジニアから経営フェーズに飛び込むという機運を高めることも重要ですね。そこにはどのようなことが求められるのでしょうか?

実際のところ、日本のエンジニアは技術力やリテラシーに関しても、十分高い水準であると考えています。ただ、環境面で、マネジメントやCTOに飛び込んでみる時間やチャンスがもう少しあると、挑戦する機運が生まれてくるのではないでしょうか。個人的には経営層に参画したら、もう現場に戻れないとは思っていなくて、その経験がマネジメント以外の部分で求められることもあるでしょう。

 

経営層への参画は必ずしも一方通行ではなく、マネジメントとスペシャリストのいずれかという別れ道でもないと思っています。むしろ、両方できるに越したことはない。

 

ただ、マネジメントとしてテクノロジー領域のリーダーシップを担う人材になったときに、とっかかりが少ないより、多いほうがよい。たとえばコンテンツがあったり、コミュニティがあって知り合いを増やしたり、といったものです。

 

わたしたちが日本CTO協会を立ち上げる前も、最初にいろいろな人のツテをたどって会わせてもらったりと、ゼロイチから始めたりしたので、とても労力がかかりました。そういったネットワーキングはとても大変なことだと実感しています。だからこそ、少なくともそれが自然にできるような環境を整えることはとても大切に思っていて、日本CTO協会ではそれを全面的にサポートする運営のあり方をとっています。

「どんな状況にも適用できて、変化できる」組織づくり

(提供:一般社団法人 日本CTO協会)

−−エンジニアのキャリアでは「ジェネラリスト」か「スペシャリスト」の選択がフォーカスされますが、必ずしもその二者択一なものではないということでしょうか?

そうですね、そう思います。あとは何が好きかっていうのも、あると思うんですよね。個人的には「よく定義された問題を解く」パズル的なことも嫌いじゃないんです。paizaのプログラミングスキルチェックのようなものも楽しいと思っています。なので、学生時代には、プログラミングコンテストにも出場しました。こういったスペシャリティを追求していくこともとても楽しく、突き詰めていきたいと思う部分もあります。

 

一方で、曖昧で抽象的な問題を定義していき、問題解決するプロセスも、それはそれで楽しいんです。その延長線上にはさまざまなスキルが求められます。フロントエンドあるいはバックエンドの知識だけでは不十分で、さらに事業とテクノロジーの両面の知識も必要。そういった中で「これが使えるんじゃないか、あれが使えるんじゃないか」というのを学びながらやっていくこと自体が、自分の性に合っている部分がありました。

 

ただし、まだ感覚レベルの表層化していない問題や社会課題を、定義された問題にしていくときに、すべてのスキルが本当に平均点だったらできないかもしれない。問題解決しようと思ったら1、2本の軸があるといいですよね。たとえばインフラの知識や世の中の隆盛への知見だったり、ML(機械学習)の流れだったりがわかっていて、かつ自分ではこういうものをつくれそうというものがないと、ソリューションに至らないことが多い。なぜなら、誰もが思いつくものは誰でもできることだからです。

 

ジェネラリストであっても、T型人材やπ型人材(※)のように、ある領域が得意で、さらに他の分野でも平均点を目指していくと、スキルの「総合格闘技力」が上がるんですよね。なので、完全に1つの領域に特化して他のジェネラルな要素がないと、誰かに問題を定義してもらう必要がでてきてしまいます。反対にジェネラルなものしかないと、その問題を定義し切るだけの専門性がないので、なんとなくのことしかできなくなってしまう。

※T型人材=特定分野に優れた知見やスキル、経験を持ちつつジェネラリストの側面をあわせ持つ人材。
π型人材=2つ以上の分野のスペシャリストでありながら、さまざまな知識をあわせ持つ人材。

 

−−ジェネラリストであっても軸が必要ということですが、その先にあるマネジメント層、さらにはCTOへのキャリアステップとしては、どのようなスキルセットが求められるのでしょうか?

1つあげるとすれば、流動性が高く大きく変化していく世の中で結果を出していこうとすると、自分たちを書き換えていく「自己変革的な文化のある組織を醸成する能力」が必要だと考えています。つまり、いかに早く仮説検証をおこない、問題を白日の下に晒すことで問題点をよりクリアにしていくか。そして、いかに早く市場で実際に飛び込んで試してみるかが重要です。問題点を洗い出すことは嫌なことでもありますが、把握するのが早ければ早いほど、現在の状況がわかるから、直しやすいんです。

 

こういったことはDX、つまりデジタルトランスフォーメーションとは「世の中が変化していくときに生き残れるか」という問いかけの部分だと思ってるんですよ。問いかけだから、答えがない。その問いに対して「どんな状況になっても自分たちが適用できて、変化できる」能力をつけることこそが、ある種の答えになるんじゃないかと考えているんです。この変化に適応して、自分たちが市場や世の中に、正解を確認し続けられる能力というのが、仮説検証能力だと思っていて。これを支えるものこそが、もう1つのDX「Developer eXperience(開発者体験)」です。

開発者体験の振り返り・改善の機運をつくるカンファレンス

−−6月14日(水)・15日(木)に開催される「Developer eXperience Day 2023」はまさに開発者体験にフォーカスした大規模なカンファレンスです。今回の開催の背景や特徴についてお聞かせください。

LLM(大規模言語モデル)やWeb3、メタバースなど技術的に大きな変化が増えている昨今。さまざまな面でテクノロジーを活用する領域が増え、事業環境が変わっていく中、仮説検証能力のあり方や知見はどんどん更新されていると思っています。これを再度みんなで共有し合うことによって、日本全体で「次の当たり前を構築する機運」をつくっていきたいと考えています。

 

エンジニアのカルチャー、そして日本CTO協会のバリューとしても「Give First」という言葉があります。エンジニアは他業種に比べて情報を共有し合う文化があります。これこそがデジタルトランスフォーメーションを支えている要素であり、みんなでコミュニティや技術の進化に貢献していけば、当たり前を一歩先に進められると思っているんです。

 

新しいことを始めるとき、それを実証したり、そのための環境をつくったりと、始めることに対する説得コストがとても高くなってしまう傾向にあります。しかし、開発者体験という概念がスタンダードになり社会的にも受け入れられれば、説得コストは下がっていきます。低コストになればなるほど、みんなの水準は上がっていくわけです。

 

新しい知見やおもしろいと思ったことは隠さずGiveしていくことで、当たり前の水準を1段階シフトするような状況がつくれれば、社会全体がハッピーになると思っています。だからこそ、今回は「開発者体験で世界をエンパワーメントする2日間」をキーワードにしているんです。

 

−−広木さんは「Developer eXperience AWARD 2023の表彰式、受賞者による特別トークセッション」に登壇されますが、本セッションの内容や注目ポイントを教えてください。

さきほどお話したように、開発者体験はいろいろなノウハウを外に出していけるような企業のほうが、Give Firstできていると思います。そういう企業は外部から見ていてもよさそうな会社だと思いますよね。こういった開発者体験のよさというのが、オープンに仕事をしていく文化によって、よい知見が共有されている。そういったカルチャーが外部でも認知されて、その企業の価値も上がっていくサイクルが生まれるんです。

 

それが採用につながって、採用した人材がまたよい知見を共有しアクションを起こして、さらによい文化が生まれていく。そういった好循環をしっかりとアピールできる状況があると、より広がっていくのではないかと考えています。こういったテクノロジーや開発者体験のブランド力は、CTOやVPoEの人たちが頑張って高めようとしていますが、指標は何にもない。一方で、どの会社がエンジニアに人気なのかは、実は採用担当者にとってはなんとなくわかっているものなんですよ。ただ、説明可能なかたちでの羅針盤はほとんどないのが現状です。

 

そこで、日本CTO協会の「テックブランディング」ワーキンググループで、開発者ブランディングに関する指針を作っていくことが決まり、年に1回600人ほどのエンジニアにアンケートを取ることになりました。アンケートでは、その企業を知った接点や具体的なポイントをヒアリング。それを集計して表彰させていただくというのが「Developer eXperience AWARD」です。今回のセッションでは、受賞企業の方々に開発者体験の向上のためにどのような工夫をされているのかという点を含めて話していただこうと考えています。

 

−−それでは、最後にエンジニアの方々に「Developer eXperience Day 2023」の参加意義やメッセージをお願いします。

本カンファレンスは、できる限り、いろんな同僚の人と観に来ていただけるとうれしいです。多くの人でワイワイ参加していただいて、その中から「これって、うちでもできるかも」や「これやったらいいかもね」というムーブメントの機運が生まれるんじゃないかと思っています。自社の開発者体験や競争力の振り返り、または改善点を見つけるヒントになるとも考えています。ぜひお誘い合わせのうえ、ご参加いただきたいですね。

Developer eXperience Day 2023


【開催概要】 2023年6月14日(水)・15日(木)
開催形式:オンライン配信(無料/要事前登録)
参加対象:ソフトウェア開発の第一線で挑戦するエンジニアをはじめ、リーダー、マネジャー、プロダクトマネジャー、CTOなど日々の開発やチーム・組織の課題に取り組む方々

(取材/文/撮影:川島大雅

― presented by paiza

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