わたしはこれまで5,000人以上のキャリア相談に乗ってきました。
5,000人というとその道を極めたように聞こえるかもしれませんが、実際には若い方を対象としたキャリア相談が主だったので、管理職の方からご相談を受けると正直身構えてしまうことも。
そんなわたしがもっと早く読んでおきたかった本でもあり、いつ読んでも、複雑な課題に対応するためのスキルをはかる「ものさし」として役に立つと思う本をご紹介します。
「わかる社会人基礎力:人生100年時代を生き抜く力」(島田恭子編著)
信じられないスピードで変化し、学校で習う勉強だけでは解決できない複雑な課題があふれる現代。われわれに必要なスキルが「社会人基礎力」です。
社会人基礎力とは、3つの能力、12の能力要素から構成されており、「職場や地域社会で多様な人々と仕事をしていくために必要な基礎的な力」として経済産業省が2006年に提唱しました。
本書では、勉強とバイト、部活をしながら就職活動を迎えた基礎まなぶ君が主人公となり、就職して社会人として生きる5年間をみていきます。
多くの人に出会い、さまざまな出来事に遭遇し、時に失敗を通して学び、時に成功体験を通して成長する過程を等身大に描きながら、「社会人基礎力」を分かりやすく説明。具体例やワークを通して、自分自身を深掘りしながら、飽きずに読むことができます。
これから就職活動を迎える学生さんはもちろん、マネジメントのポジションで苦労している方にも役立つ「3つの力」を抜粋してお伝えします。
計画力を身につけると、仕事を楽しめる?!
社会人基礎力として大事なものの1つは「ミッション達成のための段取り力」。忘年会の幹事であっても、その力は試されます。
実際、わたしが以前勤めていた職場の上司Aさんは、仕事ができると評判でありながら、飲み会の準備を誰よりも楽しんでいました。
多忙な仕事の合間を縫って、余興の仕掛けを楽しそうに作っているようすは職場内で話題になり、こちらまで楽しくなってくるほど。それは、会をどのようにすべきかという目的を明確にしていたからこそできていた行動だったように思います。
その職場では正職員と非常勤職員が混ざって働いていたため、飲み会はお互いをねぎらい、垣根をなるべく感じさせないようにするという目的が。実際、Aさんの心遣いのおかげで、立場の隔たりなく、心置きなく楽しめる会になりました。
前提としてスムーズな段取りが必要ですが、会合の目的という本質的な部分を押さえ、楽しむ余裕すらあった上司はさすがだなと、本章を読んであらためて実感しました。
「計画力を身に付けていれば、自分の仕事、チームの仕事がスムーズに進み、働くことが楽しくなります。計画力は、自分をマネジメントすることにもつながります。計画力がしっかりできていれば、行動もしっかりできます。」(p58)
という表現がまさにAさんを表していると思いました。計画力がしっかり身についているからこそ、仕事を楽しめるという好循環だったのでしょう。
マネジメントのポジションにいる方だけではなく、仕事を楽しみたいという方は見直したい力です。
働きかけ力を身につけると、「一緒にいるとほっとする」存在になれる
わたしはキャリアコンサルタントとして、上司との思わしくない関係性からすべてに自信をなくしていたBさんから相談を受けたことがあります。
医療現場で長年管理職をしてきたBさんは、「スタッフとのコミュニケーションは問題ないのですが、師長や看護部長とのコミュニケーションでうまくいかないことがあり、悩みの種」と言います。
人をサポートするのは性に合っているのですが、管理職という立場には、ずっと違和感があったようです。
長女気質もあり、人の世話をするという立場では、これまでもうまく立ち回ってきた自負がある。一方で「人に面倒をみられる自分」という立ち位置がしっくりきていないようでもありました。
そこでまず「師長さんから面倒をみられている自分」という捉え方から、「師長さんを支える自分」という視点に置きかえてみるよう提案したところ、一気に視野が広がったようです。「師長さんを支えるために、自分に何ができるか」という見方ができるようになり、気持ちが楽になったと言います。
具体的には、Bさんの「聞き上手」な点を生かし、相手の立場や気持ちになってコミュニケーションを図ることで、師長さんとの関係性を改善し、協力関係を築けるようになりました。視点を変えて本来のよさを取り戻したことで、「支えるリーダーシップ」を発揮できるようになったのです。
さらに、師長さんの信頼を獲得するためには、スタッフをまとめてよいチームをつくることが一番の方法です。よいチームをつくるには、Bさん自身の得意分野を生かした「支えるリーダーシップ」を発揮し、メンバーとの信頼関係を見直すことが必要になります。
そのためには、「メンバーの意見を聞き、受容、共感するといった良いコミュニケーションをとることが必要」(151p)。
わたし自身も心がけていることですが、
- 方向性を示す
- メンバーの話を受容・共感し、一緒に考える
- リラックスした雰囲気を醸し出す
(152p)
こうした姿勢でいることが信頼を獲得し、ひいては“一緒にいるとほっとする”存在になれるのではないかと思います。
上司との思わしくない関係性からすべてに自信をなくしていたBさんですが、自分を見直せたおかげで、本来のよさを取り戻しました。今では、部下からも上司からも、「Bさんがいるとほっとする」と頼りにされているそうです。
主体性を身につけると、「主人公人生」を生きるようになる
これはわたしがキャリアカウンセリングやコーチングを学ぶ過程で気づいたことですが、人をまとめる立場の方は、自分の言動が相手にも影響があるという自覚がまず必要です。
朝起きて何を飲むのか、朝ご飯に何を食べるのか、服装はどうするのか。自分自身が一つひとつの行動を決めていると自覚することは、「主人公人生」を生きるための一歩であり、周囲によい影響を与えられます。これによって、自分の価値観に基づいた生き方が実現できます。
管理職を例にとると、「部下に何か聞かれたときにどう答えるか」もすべて自分が決めているということです。「ただ答えをそのまま教える」のか、相手の自己肯定感を高めるために「最初は丁寧に教える」のか、「考えてもらうような問いかけをする」のか。
かかわりの前提として、部下の「今」にフォーカスするのか、成長している「未来」を信じて声をかけるのか。視点を変えるだけでも、選択する行動は違ったものになります。
わたしは人とお話しすることが多いので、発言には気をつけているほうだと思います。それでも「あのとき、ああ言ってくれたから今がある」などと言われると、少しドキッとすることも。自分が思うより、相手は自分の言ったことを覚えているものです。関係性もあったとは思いますが、「わたしの今のこの一言が、相手の人生に大きく影響するかもしれない」と思うと、身が引き締まる思いがします。
このように、主体的に生きることは、自分の言動に責任を取ることでもあります。わたしがベンチャー企業経験から学んだのは、自分に足りないものを周りや環境のせいにしないこと。置かれた環境の中でどのように資源を有効に活用し、結果を出していくかという姿勢です。このような姿勢は、自己実現を促し、自己責任を果たせることを示します。
行動を決める前には、「自分が本当はどうしたいのか」という価値観の洗い出しが必要です。自分のことはよくわからないという方もご安心を。本書には「あなたの価値観を見つける4つの質問」(166p)というワークがついているので、4つの質問に答えるだけで短時間で把握可能。
自分が本音で大切なことをみつけるための質問が用意されています。繰り返し出てくる似た回答をカテゴリー化することで、自分にとって優先度の高い価値観を見つけられます。
わたしもワークをやってみましたが、人とつながり独自のストーリーを聞くことに多くの時間を費やしていることが再確認できました。あらためて、好きな仕事に携われていることに感謝しています。このように、“自分の最高価値の領域”では、誰に言われなくても主体的に取り組み、“知識も能力も経験も豊か”になっていく循環ができあがっていくのです。
エピローグ
本書には全部で12の能力要素について解説されているので、自分の知りたい部分から読むことができます。
管理職経験者の知恵や事例をお借りして、マネジメントに必要と思われる3つの力を選んでみました。わたしは長年一般職として社会人生活を送ってきたため、偏った上司像を含んでいるかもしれない点をご了承ください。
自分なりのバランスや成長をみる「ものさし」として、周囲とのよりよいコミュニケーションにお役立ていただければ幸いです。
(文:さつき うみ)