女性がキャリアを築くうえで、一番大切なものは何だろうか。
人生計画をはっきりと決めること。
結婚、出産など、ライフステージに合わせた働き方ができるように環境を整えること。
仕事とプライベートでメリハリをつけて息抜きを忘れないこと。
どれも必要不可欠なワーク・ライフ・バランスのためのポイントだ。
しかし、そのすべての前提となるものを忘れてはいけない。
健康だ。
働く女性たちは日常の忙しさのなかで、つい忘れてしまいそうになる。
キャリアを築くための前提として、心身の調子を整える必要があることを。さらに年代ごとに、女性特有の健康問題が存在していることを。
目次
女性の身体は年齢によって変化していく
いま、私は30代後半だ。
最近は健康診断の結果が来て、「経過観察」の欄にいくつかの項目があっても、あまり気にならなくなってしまった。
「再検査」の欄は「肝臓の数値がおかしいので精密検査をするように」と毎年のように書かれていて、そのたびに内科に行って検査をするのだが異常が見つからず、肝臓の薬を飲んだり、定期的に血液検査をしたりしている。
お酒も半年に1回くらいしか飲んでいないし、喫煙者でもないのに理不尽だなと思うのだが、再検査項目に「肝臓」という文字をみることにも慣れてしまった。
もちろん、最初は「経過観察」の欄にひとつでも何かが書かれているだけでショックだった。
初めて「再検査」を求められたときは、「重い病かもしれない」と震えあがった。
20代まで、毎年、「経過観察」欄にも「要再検査」欄にも何も書かれていなかったからだ。
30代前半はまだ若いと言われる年齢である。
自分自身は20代と変わらないと考えていたのに、明らかに体が変化をしている。
一方で10代のころからの生理不順は治らないどころか、30代になると激しいPMDDと生理痛に悩まされるようになった。
※月経前の不調をPMS(月経前症候群)と呼ぶ。PMDD(月経前不快気分障害)はその諸症状のひとつで、身体より精神が不安定になる特性を持っている。
生理に関することで苦しむたびに、以前、務めていた企業で生理休暇の制度があったことを思い出す。
当時、生理痛がないに等しかった私は、同期の女性が生理休暇をとった翌日、まだつらそうにしているのを見てふしぎな気持ちだった。
生理関連の不調で気絶した、同年代の女性を目にしたこともある。
同僚の男性があわてて助け起こして、彼女はそのままタクシーで婦人科に行って、翌日、午前は休みをとって午後から仕事を再開した。
私が女性の健康とキャリア形成を、意識し始めたのはそのころからだったように思う。
まさか10年後に自分も生理や女性ホルモンに翻弄されるようになるとは思ってもいなかった。
33歳で直面した、女性の健康の大切さ
私はもともと子どもを産むことを望んでいないので、生理不順であっても頻繁に婦人科へ行くことはなかった。
2年に1回、子宮頸がんの検査をするときに、婦人科医に生理不順について話すことはあったが「まだ若いですし、気にするほどのことではないですよ」と言われるだけだった。
33歳になったとき、ニュージーランド旅行の最中に腎盂腎炎という病気で緊急入院をした。
これも女性がかかりやすい病気のひとつであり、放置すると敗血症で死に至る可能性もあるそうだ。
高熱と吐き気で意識がもうろうとして、入院しても睡眠をとることすらほぼできなかった。医療者の英語を聞き取らなければならないのもストレスだった。
1週間経っても、まだ起き上がれる状態ではなかった。しかし熱は下がったので、言葉のとおり命からがら帰国して、飛行機が日本に着くとすぐに、自宅から近い泌尿器科へ行った。
腎盂腎炎は膀胱炎が悪化して発症することも多く、泌尿器科で診てもらう必要のある病気だったのだ。
私はフリーランスなので、その間、仕事もストップしなければならない。
会話ができる状態ではなかったので、取引先に連絡してくれたのは夫だった。
帰国して体調が良くなると、今度は「仕事は大丈夫だろうか」という不安に苛まれた。
幸い、私が回復するまで待ってくれた取引先ばかりだったが、迷惑をかけてしまった罪悪感と、健康でなければ何もできないことを思い知った。
重ねて、もっと心配になるようなことが襲い掛かってきた。
せっかく大病院にきたのだから、とさりげなく立ち寄った婦人科で「排卵していません。多嚢胞性卵巣症候群の可能性がありますね」と言われたのだ。
「仕事より自分の身体のことを考えてください」
レントゲンで卵巣を見ると、小さな黒いかたまりがたくさんあった。
「これは卵胞といって、成長が途中で止まって、卵巣の中にとどまってしまっているんです。生理はいつから来ていませんか?」
初潮を迎えたころから、私は生理不順で毎月生理が来るという経験をしたことがない。
そのため手帳に生理が来た日とその期間をマークするようにしていた。
手帳を見て3か月前に来たことを伝えたあと、血液検査をして、1週間後、再び同じ婦人科へ行った。
私は焦っていた。
入院期間中の仕事を早く済ませたいので、病院になんて行っている場合じゃないと思っていたのだ。
「やっぱり排卵していないようですね」
婦人科医の言葉には「やっぱり」というニュアンスがあった。
以前、ほかの理由で低用量ピルを飲んだとき、激しい吐き気が副作用として出た私は、ピルではなく、排卵誘発剤を注射することになった。
注射してから10日ほど経てば、生理が来るらしい。
PMDDや生理痛で仕事に影響が出たらいやだな。
思わず口にすると、医師に「仕事より自分の身体のことを考えてください」と叱られた。
医師は続けてこう言った。
「子どもを望んでいるならすぐに不妊外来へ行ってください。望んでいない場合、3か月生理が来なかったらまた婦人科に来てください。子どもがほしくなくても、無排卵を放置すれば、将来骨が弱くなったり、子宮体がんになる可能性が高まったりするんですよ」
そのときになって、ようやく私は自分の身体がどういう状態にあるのか理解した。
健康でいなければキャリアは築けない
あの日から5年ほど経ったいま、私は『女性の健康と働き方マニュアル』(NPO法人女性の健康とメノボーズ協会編著・水沼英樹監修/株式会社SCICUS)を読んでいる。
この書籍は「Around 20」から「Around 70」までの章に分かれていて、それぞれの世代でかかりやすい病気や、さしかかるキャリアの不安がフルカラーでつづられている。
2012年に刊行された書籍なのに、女性がキャリアや健康面で悩んでいることは、2023年の今とほとんど変わっていない。
本文もそうだが、私は本書の末尾にある「働く女性の健康意識」に目を奪われた。
20代では自らを「健康である」と答えた女性の比率が高いのに、30代、40代と年を重ねるにつれてその比率はどんどんと下がっているのだ。
「仕事より自分の身体のことを考えてください」と私に告げた医師は女性だった。
「同じ女性で、あなたは健康を維持しながらバリバリ働いているのにどうして」と当時は腹が立ったが、今なら彼女の言葉の意味がよくわかる。
キャリアを築く前段階にあるのは、健康なのだ。
女性の場合、ホルモンバランスの乱れによって心身ともに苦しむことがある。
それを前提として考えながら、仕事を調整したり、フリーランスであっても健康診断を自費で受けたりすることは、キャリア形成を考える女性にとって不可欠なのだ。
私は本書の「Around30」のページからめくってみた。
成人女性の4人に1人が患う、子宮筋腫。
強い痛みを伴う、子宮内膜症。
のどぼとけの下のほうにある甲状腺のホルモンが過剰に分泌されるハセドウ病については、未知の病気だった。女性の場合、男性の4~5倍がハセドウ病にかかっていると言われていて、しかも20代から30代の女性が発症しやすいらしい。
いまの私は30代後半なので、「Aroud40」の章にすぐに映った。
日本人女性のがんでもっとも多い乳がんのことが詳しく載っていて、どきっとした。
乳がんにかかる年齢は30代から増加して、40代後半でピークを迎えるそうだ。
そして身体のことだけではなく、本書はメンタルのこともピックアップしている。
年齢ごとに私たちの背負うものは変わっていく。
キャリアでは出世したり、私のようにフリーランスになったりすることがあるし、プライベートでは結婚や妊娠・出産などでキャリアとの兼ね合いが必要になるライフイベントが訪れる人が多い。
うつは、脳だけではなく、女性ホルモンとの関わりも指摘されているそうだ。
本書によると、女性のうつ発症のピークは25歳から44歳で、ちょうどライフステージが変化する年齢だ。
たとえうつにならなかったとしても、私たちは閉経の前後で更年期障害に苦しむ可能性がある。更年期障害に苦しむ可能性がある。
キャリアを積むために不可欠なのは自分の心身に関する知識
「逃れようがないな」
ついそう思ってしまうが、それぞれ早期に自覚すれば、治す方法がある。
婦人科や精神科は敷居が高いと思われてしまいがちだが、定期的に通うことが必要なのだ。
これは30代、40代に限った話ではない。
一生をかけて、私たちは自分の心身がどのような状態にあるのか知る必要がある。
病気でキャリアが断絶する人も多い。
健康でい続けることは、キャリア形成のためのリスクヘッジなのだ。
「まだ若いから」
「忙しくて病院にいけない」
「大した症状がない」
こういった気持ちは病状を重くするサインである。
現在、NPO法人「女性の健康とメノボーズ協会」は公益社団法人「女性の健康とメノポーズ協会」となり、「女性の健康検定®」を運営している。
公式ホームページにはこのように掲載されている。
女性の健康と特有の疾患についての知識と情報、健康でより良い働き方のための対策など、女性活躍推進にかかせない情報とエビデンスに基づいた知識を、年代ごとに学ぶ検定です。
婦人科に勤務する医療者や企業の健康管理担当者のほか、「自分の身体に気を配りつつキャリアを築きたい」と考える女性たちが受験しているという。
すべての世代の女性が、自分の心身が今どのような状態にあるのかを意識して生きることが、真の意味での「ワーク・ライフ・バランス」につながるのではないだろうか。
(文:若林理央)
参考文献
『女性の健康と働き方マニュアル』(NPO法人女性の健康とメノボーズ協会編著・水沼英樹監修/株『女性の健康と働き方マニュアル』(NPO法人女性の健康とメノボーズ協会編著・水沼英樹監修/株式会社SCICUS)式会社SCICUS)
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