急速に進む少子高齢化と人口減少により、労働人口不足が懸念されています。中でも建設や生産工程など現場を抱える産業で見込まれる人手不足は、特に深刻です。
新規就労者が成長するには、ベテランの知見や技術の継承が不可欠ですが、現場に社員を複数名派遣するコストや負担は組織に重くのしかかります。
こうした課題の解消を目指して開発されたのが、スマートグラスを活用した遠隔作業支援システム 「SynchroAZ(シンクロアイズ)」です。自らも現場作業の経験を持つ開発者の武井理さんに、SynchroAZがもたらすプラスの変化や開発の背景をお聞きしました。
株式会社シンクロアイズ 代表取締役
地域密着型電器店の二代目として家電製品の取付・修理・困りごと対応に奮闘後、再生可能エネルギー事業に進出。理想的な発電監視装置を実現するべく、未経験のシステム開発に取り組む。試行錯誤の末に太陽光発電監視システム「ひだまりeyes」をリリースし多くの発電事業者の支持を集める。
その後スマートグラス活用遠隔作業支援システム「SynchroAZ(シンクロアイズ)」を開発。若手の現場での孤独や不安解消、ベテランの負担軽減による生産性向上を目指す。
目次
SynchroAZの強みは誰でも使える圧倒的かんたんさ
ーーSynchroAZのターゲットユーザーと開発コンセプトをお聞かせください。
SynchroAZは、現場にいる人が目の前にある光景をスマートグラス搭載のカメラで映像にし、ビデオ会議システムで遠隔地とリアルタイムに共有するツールです。作業中の映像を同時に共有することで、離れた場所からのサポートを即時に受けられるのです。こうしたツールは、工場や建設会社といった「現場」を持つ 「レガシーな業界」で特に力を発揮します。使えば必ず現場の作業効率はアップするはずです。 しかし現場の職人さんたちは、往々にしてITに苦手意識があったり新しいことを受け入れるのに拒否反応を持つ方が多く、受け入れてもらうのは容易ではありません。わたしはその壁を打ち破りたくて「とにかく、かんたん」をコンセプトに、SynchroAZを設計しました。その結果、職人さんたちの気持ちに寄り添った、圧倒的にシンプルで、誰でもすぐ使えるシステムができあがったのです。このかんたんさは他社もなかなか真似できず、ユーザーから高評価をいただくポイントとなっています。
ーーSynchroAZはどのくらいかんたんに使えるのでしょうか。
起動時のボタン操作は一切ありません。SynchroAZは、スマートグラスの右側部分が本体で、左側がバッテリーです。この2つをケーブルでつなぐだけで電源ONになりビデオ会議がスタートします。

ーーケーブルでつなぐだけでしたらITの知識はいっさい必要ないですね。
そう、だから現場の方々に、非常に好意的に受け入れられました。線をつなぎスマートグラスを装着するだけで、目で見ているのとほぼ同じ映像がインターネット経由で本部PCのZoom画面に表示されるのです。
また、同じ映像がスマートグラス装着者のグラスの内側にも投影されます。つまり双方で同じ映像を共有できるのです。だから、経験の浅い担当者がひとりで現場に行っても、本部にいるベテランさんから、リアルタイムに指示を受けながら的確に動けます。習熟度が浅いうちに現場に出ても、何とでもなるわけです。
「Zoom」の肩に乗る決断
ーーコロナ禍を経て、Zoomはさまざまな層に浸透し使用経験のある人もグンと増えましたね。
はい、今やZoomは多くの人が慣れ親しんだオンライン会議システムです。わたしも以前からZoomを活用しており、その使いやすさは実感していました。だからSynchroAZ着想時に、Zoomと組み合わせることにしたのです。慣れた使いやすいビデオ会議システムならば、新規導入時の拒否反応も最小限に抑えられるでしょう。わたしは現場あがりの人間なので、使う人の気持ちがわかるのです。現場のユーザーが真に求めるポイントは何であるか、そこに徹底的にこだわり、Zoomで行くことに決めました。

Zoomのメリットは使いやすさ以外にもあります。テレビ会議システムを独自に新規開発した場合、安定性や信頼の担保に莫大な労力と開発コストがかかります。この問題に対応するため、当社ではイチからつくるのではなく、Zoomをベースとすることを選びました。 Zoomのライセンスパートナー代はかかりますが、インフラ維持コストが減りますし、ユーザーにとっては慣れたソフトが使えるメリットがあります。だからこの掛け算でやると決めてプロジェクトをスタートしました。
ーースムーズにライセンスパートナーになれたのでしょうか?
Zoomで行く、と決めた翌日にZoom本社に連絡し、「自社開発の遠隔作業支援システムと組み合わせたいのでZoomのパートナーになりたい」と申し出たのです。
しかしZoom日本法人は窓口機能しか持っていなかったため、すぐには決まりません。紆余曲折ありまして、最後はZoom US本社の担当者と面談になりました。そのときZoomという会社のすごさを実感しました。彼らは相手に対し、法人の規模や知名度など細かいことはいっさい問いません。こちらの熱意を見てプレゼンを聞き、そこだけで判断します。
ーーZoom本社との面談はいつごろですか?
2019年12月です。
ーーコロナが始まる直前ですね。
そうまさに。面談の結果、晴れてパートナーになれましたが、ご存知の通りコロナでZoomが大流行しましたので、ほとんど音信不通になりながら四苦八苦してSynchroAZのシステム開発を進めました。おそらく今ならライセンスパートナーにはなれないでしょう。なれたとしても高額な費用が必要かもしれないですね。
エンジニア人脈・開発スキルゼロからシステムを作り上げるまで
ーー武井さんご自身はシステム開発の経験やスキルはお持ちだったのですか?
まったくありません。わたしはITエンジニアではありません。しかしSynchroAZの要件定義は全部やりましたし、その前に開発した太陽光発電監視装置 ひだまりeys の定義もしています。
わたしはいわば、「コードの書けないIT社長」。社員数名の小さな会社で、社長がプログラミングできないIT企業は珍しいのではないでしょうか。
ーーコードが書けなくても要件定義はできますか?
作りたいものが明確でしたからね。もともと自分自身がユーザーで、既存の状況に不満を持っており、どうすれば解決するかのイメージがハッキリしていました。だからエンジニアリングのことはまったくわからないけど、「こう、こう、こうすればできるだろう」というおおまかな見立てはつけられます。それを言葉にしたのが要件定義書です。 わたしはエンジニアリングの細かいことはわかりません。でも実現したいことを突き詰めると「現場の情報をサーバにアップして、きれいに表示させるだけ」とも言え、それであれば、たぶんできるだろうとの見通しは立てられます。ここまで明確になれば、後は作ってくれる人を探すだけです。
ーー開発を依頼できるエンジニアの心当たりはあったのでしょうか?
これもまったくないのです。エンジニアの知り合いはゼロだし手がかりさえない状態です。ですので最初はスキルシェアサービスのランサーズで探しました。
ランサーズ上で、ITのことを何も知らない社長が、エンジニアと1対1で契約をするわけです。初めからうまくいくわけがありません。
会社と会社のつきあいなら、エンジニアと社長の間に営業担当がいて、窓口やクッションとなり間をとりもってうまくやるのでしょう。が、何にもITのことを知らない社長が「こういうの作ってくれ」と、直接エンジニアに言うわけですよ。それはトラブルになりますよね、今から思えば。
そういうわけで最初につながりができたエンジニアとの間では、さんざん迷惑をかけたりかけられたりしながら、発注者と受注者の関係構築について学びました。「ああエンジニアに対しては、こうやって伝えればいいのか」と。
プロジェクトを成功に導くには、いかにエンジニアに味方になってもらうかが肝心です。エンジニアには職人気質のまじめな方が多く、そういう方々に機嫌よく楽しく仕事をやってもらうにはいったいどうしたらよいのか?を徹底的に考えるようになりました。
そうこうするうちに、2番目に出会ったエンジニアの方に、わたしの最初の開発プロジェクトである、ひだまりeyesを完成形まで持っていってもらえたのです。この太陽光発電監視装置のひだまりeyesをゼロから作り上げたことで、IT業界のお作法を学べました。この経験は大変でしたが、めちゃくちゃ大きな自信になっています。そのとき学んだことがSynchroAZの開発にも反映されています。
SynchroAZはコミュニケーションの解像度を上げる
ーーSynchroAZは現場のコミュニケーションをどう変えますか?
コミュニケーションコストを劇的に減らします。「コミュニケーションコスト」とは、相手とこちらの認識を一致させるために失われる、時間・距離・お金・労力のことです。実際に会って話せば質の高いコミュニケーションができますが、そのために誰かが動けば何らかの資源が使われます。たとえば、若手技師にベテランが現場同行し、現地でていねいに指導すると2人分の移動コスト・時間・労力が使われます。
しかしSynchroAZを導入すれば、コストをかけずにコミュニケーションの質を上げられるのです。なぜなら、リアルタイムに動画を見つつ、双方向に同時に話をすると認識のズレが起きにくいから。映像を共有しながらの会話では情報量とコミュニケーションの解像度が劇的に上がり、互いの認識に齟齬が生まれません。
スマートグラスを使うことで、現場担当者の両手がふさがっていたり、歩きながらだとしても、ストレスなく映像と情報を送受信できます。
ーーSynchroAZを導入した組織にはどんな変化が起きるでしょうか?
SynchroAZが組織にもたらすものは生産性の向上です。コミュニケーションコストを削減し、コストが減った結果、生産性が向上します。SynchroAZは、人手不足に悩む企業の生産性向上のお手伝いをします。
ーー生産性が向上した結果、価値の高いことに集中できますし、新しい領域にチャレンジする余裕も生まれそうですね。今回はありがとうございました!
(取材・文:ちゃんまり)