施行されたときは最新で効率的だった制度も、ときが経ち、技術が変わった段階で古くさく、効率の悪いものになってしまうことがある。時代にあった制度を考え、運用していくのは国の大切な事業だ。

ITを活用した産業革命が起こっている現在、古くなってしまった制度を改革することで、我々にどのようなメリットをもたらすのだろうか。

デジタル副大臣・内閣府副大臣などの経歴を持つ自民党の情報調査局長・広報戦略局長 小林史明議員と、落合孝文プロトタイプ政策研究所所長の対談をお届けする。

前編:行財政のDXがもたらす規制緩和とビジネスチャンスとは

デジタル行財政改革を進めることによる民間の変化

ーーデジタル行財政改革を進めることによって、民間の人々にはどのような変化や効果・恩恵が期待できるのでしょうか。

落合所長:まず、国と地方のルールがバラバラで困ることがあるのですが、これらがシンプルになります。

コロナ禍において、誰が感染症にかかっているかという情報が自治体をまたいでしまうと、ルールが違うことで共有できないことがありました。自治体によって情報を渡せる対象が異なることがあったのです。病院には情報を渡せる自治体もありましたし、範囲を決めれば民間事業者にも渡せる自治体もありました。しかし、情報の利用が限定的となった自治体もありました。

事業者が何かサービスを考えたとしても、1700を超える自治体で異なるルールに対応するのは難しいものです。ルールを確認するだけで時間がかかり、サービスとして展開する前に立ち消えてしまいます。個人情報保護法は改正されてローカルルールが制限されましたが、まだ多くの制度との関係ではローカルルールが乱立している状態にあります。

1つの事象については同じルールでないと、デジタルを活用したビジネスの場では致命的に複雑になり、システムをつくろうとしても費用対効果がまったく合わなくなります。

自治体ごとにカスタマイズするのは大変で、システムをつくる側の負担になります。地方自治の政策判断とは関係ない様式の設定やシステム面での負荷を減らし、ビジネスの方々に入りやすくしていただけるように、全国で同じルールや様式を使える部分を増やしたいですよね。

小林議員:デジタル行財政改革は、人口減少と国民のライフスタイルや事業者の多様化の進行に耐えうる国や地域のあり方に、行政を建て直そうとするものです。行政と財政、特に地方は公務員のなり手不足と業務の多角化で、もう維持が難しいところまで来ています。これまでのやり方を続けていくと、国民や民間事業者の行政サービスの使い勝手は悪くなる一方だ、ということです。

国民生活の観点と、事業者の観点と分けてお話ししたいと思いますが、国民生活の観点でいくと、例えば、児童虐待の相談は、今、自治体ごとが基本です。虐待のように繊細な内容の相談に対応できる人材を複数確保するのは、地方自治体にとってなかなか難しいことで、初歩的な質問や相談は、国が一律相談窓口を用意できれば、地域ごとの相談は、訪問や対面を必要としている対応だけに集中することができ、もっと救える子どもが増えます。

民間事業者にとっては、まずはルールや手続きがシンプルになることで、日本企業の課題とされている生産性の向上が見込めます。

さきほど「自治体ごとにバラバラに判断されると困る」と落合さんがおっしゃいました。たとえば建築物を建てようとすると、消防の基準で安全かどうかを判断しますけれども、これは各自治体の消防本部が判断の権限を持っています。

これだと、ある自治体で下りた許可が、隣の自治体では下りないケースが発生してしまうんですね。全国に商品やサービスを展開したい事業者にとっては、とても不便です。自治体ごとのルールに合わせて、商品やサービスを変えなくてはいけなくなります。

また、公共調達も手続きも効率化したいと思っていまして、事業者にとってはビジネスチャンスに、行政にとっては負担軽減とより良いサービスの導入につながります。

今、水道に関係する大変おもしろいスタートアップが2社あるんですね。

そのうちの1社は衛星から飛ばした電波の跳ね返りの状況で、地質の水分量が多いかどうかがわかる、というものです。すると、漏水している可能性がある場所を見つけられ、水道管の障害を早期に発見できる技術を持っています。

もう1社は、その市区町村で起こっている過去の漏水のデータを集めることで、7~8割の確率で将来の漏水を予見できるという技術を持っています。

非常に優れた技術で、採用したい自治体はたくさんいるようなのですが、今の制度だと彼らは、1,700以上の自治体に個別に説明をして個別に契約をする必要があり、小さなスタートアップになかなかその人手と時間がありません。

一方、水道事業の運営を考えますと、水道をメンテナンスするためのシステムはバラバラである必要はなく、2つ3つほどで十分なんです。これを共通化することで1400億円ほど削減できる算出が、実は出ているんですね。

国と地方で整理をして、全国一体で水道事業をメンテナンス・管理できれば、この1400億円を削減できます。また、これまで一つ一つの入札の手続きをしていた事業者にとっては、1回で全国の事業に対してサービスを提供できるということになりますので、圧倒的に効率が上がりますし、ビジネスチャンスが大きくなると思いますね。

落合所長:補足しますと、消防の件は規制改革会議でも結構問題になっていました。

Tech Team Journal読者の方は、ルールはインターネットですぐ調べられると思われるかもしれないですが、公開されていませんでした。個別の自治体にそれぞれ問い合わせなければなりません。

単純にルールが違うというだけではなくて、ルール自体を探しにいかないといけない、壮大なプロセスになっていることがあります。「ただちに最低限のルールを公表してください!」という話をしました。重要な事業上の負荷が埋め込まれているのが実態なんです。そして、こういう例は1つではありません。

小林議員:リチウムイオン蓄電池の規制もありますね。

蓄電池は電力のピークシフトや再生可能エネルギーの安定化や非常用電源など、今後の電力リソースとして欠かせない設備で、比較的新しいビジネスでもあるのですが、消防法で管理されていて、ある容量以上の蓄電池を屋外に設置する場合は、3メートル距離を空けなければいけない、とされています。

この解釈が自治体によって違っています。

ある自治体の消防に行くと、筐体と呼ばれる蓄電池設備の間隔が3メートル空いていればよいとされるのですが、ほかのエリアではそれぞれ3メートルずつ、つまり6メートル空けてくださいといわれることがあります。1つの法律の解釈・判断が違うことがあるんですね。

そのルールの中で事業をやっている人にとっては、不可解でやりづらいですよ。根本的な原因は、権限が市町村の消防に移っていることで判断がぶれるからです。権限の整理をすることが、早く大きくこの国の制度を良くすることになると捉えて、行財政改革会議をつくっています。

ーー今の例ですと、その3メートル+3メートルで6メートルという最大公約数を取ればいいかもしれませんが、無駄が多く発生してしまいますね。

小林議員:おっしゃる通りです。

デジタル改革を進めるための生活者のITリテラシー

ーー技術をうまく使っていくにあたって、生活者のITリテラシー、民間のデジタルの力をどのように高めていくかといったところについて、思うところをお聞かせください。

落合所長:みんなが高度な専門家になるのは、さすがに難しいと思います。もちろん最低限のウイルス対策など、ある程度基本的なことについてはぜひ学んでいただきたいのですが。

もちろん知識はどんどん普及啓発をしていかないといけないと思いますが、どうしてもスマートフォンに万全のセキュリティ対策をしないとダメなんでしょうか。

そうしないと新しいサービスは使えないとなりますと、下手すると、7割~8割ぐらいの方が脱落してしまう可能性もあると思っています。例えばあるテレワーク整備の基準で、自宅のwifi設定について不自然な変化がないか、定期的に個人が確認するという議論に接したことがありますが、このような基準を設けても多くの方は実際に完全な管理はできないとも思われます。

それではサービス全体としてどう設計をしていけばよいのでしょうか。スマートフォンは攻撃されているかもしれない、もしくは落としてしまって、他人が利用してしまうかもしれません。であれば、それを踏まえたサービス設計をしていくことも必要ではないでしょうか。

たとえばオンライン診療でも、実際にはそこまでの対策は求められませんでしたが、ネットワーク分離と同じ強度のウイルス対策を個人の端末でやってください、というセキュリティ対策を実施するとしましょう。多くの場合はそれではできませんとなって、ではオンライン診療ではなく、病院に行くしかありませんねと話が進んでしまいます。

小林議員:まず、政府としては、国民がデジタルスキルをつけることは重要だという立場です。

デジタル改革は、生活者がデジタルかアナログか、サイバーセキュリティやらAIやらと気にしないで利便性を享受できる社会をつくる、そのための改革です。年齢に関わらず得意不得意はありますし、誰しも年を取るわけで、最新のテクノロジーや情報に常についていけるわけではありません。

そういう社会を一緒に作ってくれる人を、政府は増やしたいと考えていて、わたしが事務局長を務めているリスキリングの政策では、リスキリングの予算を大きく、一気に増やすことにしました。

これまでは、会社で働いている人が企業経由で申請して、初めてリスニングの補助が受けられるプログラムが75%でした。これからその予算をシフトして、50%は個人で自ら望んだものをプログラムで受けられるようにしようとしています。

企業に所属してないフリーランスの方も受けていただけるようなプログラムと支援も始めますので、ぜひ活用していただきたいですね。新しいスキルをつけて、どんどん新しいビジネスチャンスをゲットしてほしいです。

デジタル政策の理想世界

ーー5年程度のスパンで、デジタル政策における理想的な未来をお教えいただけますでしょうか。

落合所長:行政改革を進める先に、日本のデジタルサービスが広がっていくことが考えられます。これは国内だけではなくて、海外にも展開できるようなデジタルサービスができていくのが大事ではないかと思っています。

小林さんがやられているスタートアップの育成とも合わさって、とくにグローバルに通用するようなスタートアップがデジタルの分野からまずは1社でも2社でも出てくるようになり、これが増えてくる。これが目指す姿ではないかと思ってます。

かつて日本の企業の中には、海外進出を実現させて世界的企業になったものがあります。スタートアップではそこまでできている企業は少ないので、環境を良くして、チャレンジする人が増える状況にしたいですね。グローバルに通用する人・企業は、政策に関わってる人が想像もしていないところから出てくるのではないでしょうか。

小林議員:あらゆる個人が、自由で自分らしく意欲的に生きられる社会をつくりたいと思います。そのときにデジタルはとても役立つものだと思っています。

デジタルの良いところは、頑張ったことが記録に残ること、その記録が、困ったときやさらに頑張ろうとするときに自分自身を助けてくれるところです。

小さなお店でも日々懸命に働いて成長していれば、そのデータで、大企業で複数年の与信がなくても融資が受けられる、子どもを産んで懸命に子育てする人が何かの理由で収入が途絶えたときに、「こんな支援のプログラムがありますよ」と国から支援の知らせがLINEに届く。人々が一歩前に踏み出そうとするときに、デジタルが必要な支援との架け橋になります。

あらゆる個人が、自由で自分らしく意欲的に生きられる社会をつくりために、引き続き規制改革と行政のDXに取り組み、日本の変革を一気に進めていきます。

(取材・文:奥野大児 / 撮影:つるたま

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