株式会社ソニックガーデン(以下、ソニックガーデン)は、新しいビジネスモデル「納品のない受託開発」を提供しているソフトウェア開発の会社です。このビジネスモデルは、船井財団の「グレートカンパニーアワード」にてユニークビジネスモデル賞を受賞しています。
コロナ禍以前から全社員リモートワーク、本社オフィスの撤廃を実施しており、働き方でも注目を集めています。
ソニックガーデンの創業者で代表取締役社長の倉貫さんは、2023年6月10日に新著『人が増えても速くならない ~変化を抱擁せよ~』(技術評論社)を出版。エンジニアだけでなく、非エンジニアにもソフトウェアの特性をわかりやすく伝えています。
新著の内容を中心に、倉貫さんにお話を聞きました。
大手SIerにて経験を積んだのち、社内ベンチャーを立ち上げる。2011年にMBOをおこない、株式会社ソニックガーデンを設立。月額定額&成果契約で顧問サービスを提供する「納品のない受託開発」を展開。全社員リモートワーク、オフィスの撤廃、管理のない会社経営など新しい取り組みも行っている。著書に『ザッソウ 結果を出すチームの習慣』『管理ゼロで成果はあがる』『「納品」をなくせばうまくいく』など。2023年6月10日に新著『人が増えても速くならない ~変化を抱擁せよ~』を出版。
ブログ https://kuranuki.sonicgarden.jp/
目次
新しいビジネスモデル「納品のない受託開発」
――まずはじめに、御社が提供している「納品のない受託開発」について教えてください。
倉貫さん(以下、倉貫):
ソニックガーデンでは、お客さまからの依頼をお受けして、主にシステム開発をします。システム開発というものは、システムをつくって終わりではありません。アップデートし続けるものです。
そもそも、なにをつくりたいのかわからないお客さまもいます。僕たちは、つくる前から相談に乗りますし、つくった後も相談に乗りますし、直し続けます。そのために月額定額でシステムの受託開発をして、顧問のような形でお付き合いしていくスタイルです。
システムを構成しているものはなにかというと、昔はハードウェアとソフトウェアと分けて考えていました。ただ、クラウドが登場したことで、ハードウェアはほぼ見えなくなってきました。現代において、システム=ソフトウェアと考えていいと思います。
――どのようなきっかけで、このビジネスモデルを思いついたのでしょうか?
倉貫:
多くのソフトウェア開発は、要件定義をして納品するビジネスモデルになっています。ですが、お客さまはソフトウェアそのものがほしいわけではなくて、ソフトウェアで業務を効率化したり、売上をあげたりしたいわけですよね。
要件定義をするためには未来のことを決めなければいけませんが、不確実なものが非常に多いので決めきれません。ざっくり決めたとしても、納品間際に不確実さが爆発します。
いわゆるウォーターフォール型で開発すると、最後の下流部分で不確実なものは残ったまま、最後にはプロジェクトが破綻してしまいます。もしくは、できあがったソフトウェアはいまいちだけど、お客さまは受け入れて使い続けなければなりません。
このビジネスモデルは誰も得しないですよね。どうすればソフトウェアのよさを生かして、かつお客さまに価値のあるものを提供できるかを考えました。
そこで「納品をなくして、ずっとお付き合いを続けていけばいいのではないか」と思い至り、はじめました。
エンジニアと経営者の経験から、両者の橋渡しを
――倉貫さんの新著『人が増えても速くならない ~変化を抱擁せよ~』が、2023年6月10日に出版されました。この本を書こうと思った理由を教えてください。
倉貫:
ソフトウェアについては「つくり続けるし、直し続けるし、使い続ける」という世界観に変えることが大事だと思っています。それもあって「納品のない受託開発」を自分たちではじめました。
「納品のない受託開発」をはじめたことで、自社のエンジニアの働き方やお客様との関係性はいいものができました。その経験から、次は事業会社さんの内製チームをつくるところにも適用できるのではないか? と仮説を立てました。
ちょうどそのころ、株式会社クラシコム(以下、クラシコム)の社外取締役としてのオファーをいただき、代表の青木さんから相談されました。僕自身の経験を生かせると思い、2018年から経営に携わっています。
クラシコムは、ECを主な事業としている会社です。ショッピングモールに出店するのではなくて、自分たちでECサイトを開発・拡張してサービスを提供しています。
ですので、自分たちでソフトウェア開発をしていかなければなりません。エンジニア組織とソフトウェアをうまく育てていくために、「ソフトウェアらしさ」を生かしたやり方を模索しながら取り組んできました。
約5年取り組んできて、クラシコムのエンジニア数は10倍くらいになり、会社としても上場できました。ふりかえってみたら、やってきたことがたくさんあったと思います。その経験を総括すると、経営者の方にソフトウェア開発の本質を知ってもらうことでした。
従来の製造業でおこなわれるようなマネジメントと、ソフトウェア開発のマネジメントは大きく違います。でもじつは、そのことに気づいていない非エンジニアの経営者の方や、マネジャーの方もいるのではないかと思いました。
経営者はよかれと思って開発チームに人を増やすけれど、開発チーム側は「人を増やしても速くならないのに」というギャップが生まれてしまいます。こうしたすれ違いが起きてしまうのはもったいないです。
そこで、これまでの経験を本にすることで、すれ違いが起きなくなればと思いました。本書は非エンジニアの方も理解しやすいように、たとえ話を入れて技術用語をほぼ使わずに書きました。サッと読めるように要約して、ページ数を抑えています。
エンジニアの方が読むと「そうだよね」と感じ、非エンジニアの方が読むと「そうだったの?」と感じるはずです。エンジニアの方が非エンジニアの上司の方に、この本を渡して読んでもらえれば、世の中が少しよくなる気がしています。
僕はエンジニアと経営者を両方やってきているので、両者の橋渡しというか、翻訳ができたと思っています。
なぜ、人を増やしても速くならないのか
――本書のタイトルにもあるように、人を増やしても速くならないのはなぜでしょうか?
倉貫:
プログラムを書くことは製造作業だと、非エンジニアの多くの方が勘違いしています。たとえ話として本の中にも書いているように、家を建てることをソフトウェア開発に置き換えてみましょう。
家を建てる場合、設計士さんが家の設計をして、実際に家を建てる仕事は大工さんがしますよね。大工さんの数が適正に増えれば家も速く建ちますが、設計士さんが増えても家は速く建ちません。むしろ、設計士さんの数が増えれば増えるほど、意見がぶつかって遅くなる可能性すらあります。
ではソフトウェア開発をする際、プログラムを書くエンジニアは、設計士さんと大工さんのどちらを担っているのでしょうか。多くの人は大工さんだと思っていますが、じつは設計士さんなんです。大工さんの仕事はコンピュータが担当しています。
プログラムを書くことは、コンピュータへの指示をしているわけです。非エンジニアの多くの方は、プログラミングが製造作業だと思っていますが、じつはその前の「考える」ところがエンジニアの仕事になります。
設計士さんと同じで、数がいくら増えても速くはなりません。これが、人をいくら増やしても速くならない理由です。
――本書には「工程を分離しても生産性は上がらない」と書かれています。なぜ、工程を分離しても生産性は上がらないのでしょうか?
倉貫:
日本は、製造業によって高度成長を遂げてきました。その成功体験をもとに、生産性を上げるために工場を参考にするケースがあります。
工場を参考にすると、要件定義だけする人や設計だけする人、プログラムを書くだけの人やテストするだけの人など、工程を分離しますよね。そうすれば、難しい工程は専門性のある経験豊富な人に任せて、簡単な工程は経験の浅い人でもできると思いがちです。「ソフトウェア工場」と呼ばれるような発想ですね。でも、これは間違っているんです。
ソフトウェアは、工場のようにラインでつくるものではありません。同じものを大量生産するものではなく、すべてが一品ものを作っているのです。なので、工場的な発想は辞めたほうがいいんです。
また、一度つくって終わりなら、工程を分離してもいいかもしれません。でも、後から修正が発生する際には、設計した人が直さないとしたら、あらためて誰かが中身を確認しなければいけません。そうすると効率がよくないですよね。
ですので、速くしたいなら一気通貫でやったほうがいいんです。究極的なことを言えば、アイデアを考えた人がプログラムを書いてつくるのが一番速いです。
クリエイティブな仕事は人を増やしても速くならない
――人を増やすと速くなる仕事と、人を増やしても速くならない仕事の違いは何だと思いますか?
倉貫:
クリエイティブな仕事かどうかだと思います。クリエイティブな仕事とは、「再現性が低い、もしくはない仕事」と僕のなかでは定義しています。
たとえば、いま取材してもらっていて、それをもとに記事を書いてもらいますよね。でも、僕は明日も同じ話はしないと思うんです。同じ話をしたとしても、書く人によって内容は異なります。これって再現性がないですよね。プログラミングも同じです。
――たしかに、再現性のない仕事は人を増やしても速くならないですね。むしろ遅くなることもあると思います。本書の副題が『変化を抱擁せよ』となっています。不確実性という変化に向き合うためには、どうすればいいでしょうか?
倉貫:
人間は、不確実なものを確実化したいと考えるんですよね。でも、不確実なものだからこそ価値が出せます。不確実なものを不確実なまま受け入れて、そのうえでどうすれば成果が出せるのか考えるという、パラダイムシフトをしなければなりません。変化を抱擁するパラダイムに変えていきましょう。それが、この副題に込めた想いです。
不確実さを完全になくしていこうという発想だと、しんどくなってしまいます。
本書は僕が社会人になって二十数年間やってきたなかで、気づいたことや自分なりに本質だと思った普遍的なことを書きました。こうした自分のオピニオンを本にするのは、結構勇気のいることです。迷いながら1年間かけて書きました。
共感してくれたら、うれしいですね。
(取材/文:川崎博則)