2023年6月14日から15日にかけて開催された「Developer eXperience Day 2023」(主催:日本CTO協会)。本カンファレンスでは、「Developer eXperience(開発者体験)」をテーマにさまざまな講演がおこなわれました。
今回の記事では、「VP of Engineeringの採用の裏側」として、調剤薬局向けサービス「Musubi」など薬局のDXを進める株式会社カケハシで行われたCTO-VPoE組織構築の経緯を紹介します。登壇者は、カケハシでCTOを務めている海老原さんとVPoEを担っている湯前さんです。
参加者
取締役CTO
海老原 智さん慶應義塾大学大学院政策メディア・研究科修了後、凸版印刷株式会社でVR上映システム/SDKの開発、3DCGコンテンツ制作会社でテクニカルディレクションに従事。インターネットサービスに転進し、グリー株式会社にてSNS/プラットフォーム系開発に携わった後、株式会社サイカの取締役CTOを経て創業直後の株式会社カケハシに参画。
VP of Engineering
湯前 慶大さん新卒で株式会社日立製作所のシステム開発研究所にて、社会インフラシステム向けのLinuxカーネルの仮想化技術の研究開発に従事。その後、株式会社アカツキに転職し、様々なモバイルゲームタイトルの開発・運用業務にEngineering Managerとして携わる。その傍ら、VP of Engineering、職能横断組織の本部長、プロジェクトマネジメント部の立ち上げなども従事してきた。2023年3月に株式会社カケハシに参画。
目次
急成長する事業と組織をアップデートするためにVPoEを採用
湯前さん(以下、湯前):2023年の3月からカケハシでVPoEを務めている湯前と申します。本日は、「VPoE採用の裏側」と題して、わたしがなぜVPoEに採用されたのか、その裏側をCTOの海老原さんに聞いていきます。
海老原さん(以下、海老原):カケハシは、2016年に創業した薬局向けの電子薬歴SaaSを提供している会社です。「日本の医療体験を、しなやかに。」というミッションと「明日の医療の基盤となる、エコシステムの実現。」をビジョンに掲げ、日常生活を送る人々や医療従事者の方々の非効率や困りごとの解決に挑戦しています。
調剤薬局向け電子薬歴システム「Musubi(ムスビ)」の開発から事業をスタートし、続けて薬局向けデータプラットフォーム「Musubi Insight」、患者フォローアップアプリ「Pocket Musubi」、医薬品在庫管理・発注システム「Musubi AI在庫管理」を開発してきました。
また、2021年には在庫薬品の二次流通に取り組む「Pharmarket」をグループ会社化し、業界全体の負の解消にも取り組んでいます。
冒頭にご紹介した「Musubi」シリーズの4つの事業は、それぞれのフェーズが異なるため、直面している課題も異なります。
たとえば、創業期から展開している「Musubi」は効率化が課題の時期で、2021年にリリースした「Musubi AI在庫管理」は事業をどのように成熟させていくのかという課題に直面している状況です。
このように、プロダクトが増え、プロダクトごとのプロジェクトも増えていくと、必然的にそれぞれの組織が向き合うべき課題も増えていきます。
大規模なデータを分析・活用するための基盤構築、機微情報を取り扱う情報セキュリティ、ユーザー体験を提供するためのデザイン組織組成などをこれまではすべてわたしのほうで管掌していましたが、必要とされる専門性がより多岐に渡ってきました。
また、創業期から成熟してきた既存事業と、新しいステージに向かう新規事業とでは文脈も課題も異なります。
この点についても、これまでは事業単位での開発をそれぞれをメンバーに委譲し、最終的な意思決定はわたしのほうで行うというスタイルでした。
今後、よりカケハシが垂直な成長を実現するためにはハイレベルな委譲を行うべきだと考えており、CEOの中川とも課題解決方法を話し合ってきました。
打ち手のひとつとして決断したのが、新規事業をまるごと見ていただくVPoEのポジションの設置です。そこで、採用活動を経て、湯前さんを採用しました。
現在のカケハシの組織は、既存事業の技術と組織をわたしのほうで管掌し、新規事業の開発を湯前さんが担っています。
CTO-VPoE体制をつくる上で気をつけていたこと
湯前:CTO-VPoE体制をどのようにつくっていったのかお聞きしたいです。社内で使用しているSlackやesaなどを見る限り、カケハシはフラットな組織であることを重要視していると思います。ところが、VPoEのポジションを設けることで階層構造化したり、組織のフラットさを欠くという懸念もあるのかなと。そのあたりにおいて、どのような点に注意をしていましたか。
海老原:まず、組織が階層化することに対する違和感はそう大きくありませんでした。会社の規模が拡大すれば、ある程度の階層化は仕方がないと捉えているからです。ただ、メンタリティとしての「フラットさ」には重きを置いています。
具体的にお話すると、組織の責任者のひとりであるVPoEを採用するにあたって、外部から人材を登用していきなり責任者に据える「パラシュート人事」はやらないように気をつけました。いきなり入社した方が責任者になると、もともとのメンバーも納得しないでしょうし、責任者の方も歓迎されていない状態では幸せに仕事を進めにくいですよね。
湯前さんも外部人材からの採用ですが、3か月の業務委託期間を設けました。語弊を恐れずにいえば「カケハシでどう仕事をするのか見させてもらった」というのが正しいでしょうか。組織として直面した問題や課題の解決方法、社員達と信頼関係を築けているかを確認した上で、入社いただきましたね。
湯前:ありがとうございます。ちなみに、どのようなポイントをVPoEの採用基準として設けていたのでしょうか。
これだけは絶対に外せないと考えていた点や、現実的な登用を考えて妥協した点などがあるのかなと思っており、教えていただきたいです。
海老原:まず、自分よりも専門スキルが高いことですね。組織を成長させていくには、後から入社した方に高いパフォーマンスを発揮していただく必要があるので、自分よりも優秀だと感じる方を採用すると決めていました。
その上で、今回の場合は、周囲とのコミュニケーションの取り方やハイレベルな意思決定の際の姿勢を重視していました。
VPoEを担う方には、将来的に100人近い開発組織を任せようと考えています。大きい組織を動かしていくためには、高い視座と多様な視点で経営的な判断をしていかなければなりませんので、具体的なスキルセットではなくそれだけの視野を持っているのかどうかを基準に採用を進めていました。
また、メンバーとのコミュニケーションにおいて、異なる意見も理解し、素直に「じゃあこうしましょう」と言える姿勢も重要視しています。カケハシには「無知の知」というバリューがあるので、それを体現できる人かどうか。総合的に見て、大きな組織をマネジメントする素質があるのかどうか見ていました。
湯前:なるほど、そのような観点で採用を考えていらしたんですね。では、たとえば、面談や採用の際に、わたしのどのような部分を見られていたのでしょうか。
海老原:物事を是々非々で捉えて解決できるかどうかですね。たとえば、湯前さんの経歴を拝見すると、エンジニアマネジメントやアジャイル開発に強みがありますが、アジャイル開発に対して過剰なこだわりがないかなと、気にしつつ対話をしていました。
そういう意味では「中庸」という視点に立って採用を進めていたともいえるのかもしれません。自身の強みやこだわりだけに偏ることなく、中庸な姿勢で向き合うことができる人であれば、組織拡大した際にも組織開発や課題解決において本質的な解を求めて意思決定できると考えています。
あとは、湯前さんがどのように「ピープルマネジメント」を実践しているのかも気にかけていました。
たとえば、「頑張ってメンバーと仲良くなります」というスタンスだと、なかなか再現性がなく、発展的ではない。
その点、湯前さんは組織開発をメソドロジー、サイエンスに捉えており、カケハシの技術マネジメントの一員としてフィットするだろうなと思っていました。
湯前:逆に採用する上で、あまり重視しなかった点はありますか。
海老原:テクノロジースタック上のフィットや、事業領域に関わる薬局や医療業界への知見はそもそも強く求めていませんでした。特に後者は、入社後にキャッチアップできるので、そこまで気にしてはいなかったですね。
VPoEの探し方と採用フロー、そして変わったこと
湯前:ここからはVPoEの採用フェーズの動きを聞いていけたらと思います。わたし自身は、VCからLinkedIn経由で声をかけていただいたのですが、他にはどのようなチャネルでVPoEの候補を探していたのでしょうか。
海老原:基本的には王道の採用方法を取っています。ヘッドハンディングに強みを持つ企業数社とプロジェクトを立ち上げて人材を探していました。その際、書面やテキストのみで通り一遍の情報共有を行うのではなく、ミーティングを実施して、弊社のビジョンや経営状況のすり合わせなどを入念に行いました。
また、前述の採用プロジェクトと並行しながら、CEOの中川と数百のロングリストを作成しました。そのリストから候補者について対話をすることで、採用したい人材像をより明確化しています。その後、リストの方々の人柄を汲み取りながらメッセージのチューニングを行い、候補者にコンタクトを取りました。
逆に、湯前さんにお聞きしたいことがあります。LinkedInをやっているとわたしたちのような企業からメッセージがたくさん送られてきますよね。その中で、カケハシが有象無象の一つにならなかった理由ってなんだったのでしょうか。
湯前:わたし自身、もともと転職活動を考えていた時期だったんですよね。ですので、企業からメッセージをもらったら、積極的に面談で話を聞いていました。その中で、カケハシに興味を持った理由としては、海老原さんと5〜6年前にお会いしていたこと、そのときから海老原さんの組織に対する考え方に共感していたこと、前職の同僚がカケハシで働いていることへの安心感などが大きかったです。
それでは、続いて次の質問です。カケハシの選考フロー設計について教えてください。今回、VPoEの選考を受けさせていただいて、他社の選考と比べた違いに驚いたんですよね。ずっとカジュアル面談のようなイメージの選考が続いており、面接のような感覚がまったくなくて……このような選考フローは、どのように生み出したものなのでしょうか。
海老原:採用における選考フローの設計は難しく、今も答えはでていないのですが、今回のVPoEの採用ではキャンディデイトエクスペリエンス(応募者体験)の設計を意識しました。
たとえば、最初に面談をするのは誰が適しているのか。事業全体の話ならCEOの中川、技術側の話ならCTOのわたし、場合によっては現場のメンバーにお願いすることもあります。その後、3on1を織り交ぜつつ、スピーディーに多くのメンバーと顔を合わせる機会を作れるようにと思っていました。
それと、候補者のレポートラインにあたるメンバーとの面談をどう設計するのかが難しかったですね。人間って一般的に、自分よりも高い視座を持っている方の採用が難しいと思っているんです。本来はフィットしている人材なのに、視座の違いによって見送ってしまう可能性があるので。ここは難しい問題だなと今も感じています。
とはいえ、もちろん「一緒に仕事をしたいと思える人かどうか」ということも重要なので、対面での面接を行いましたし、尋問のようにならないよう質問の仕方も工夫しました。その結果が、カジュアルな面接の連続だったのかもしれません。
湯前:ありがとうございます。それでは、最後の質問です。忖度せずに教えていただけたらと思うのですが、わたしが入社したことで解決したい課題に向かえているのかどうかを率直に教えていただけませんでしょうか。
海老原:ありがとうございます。今回の体制の変化によって、わたし自身の負担はすごく減ったと感じています。創業から7年間、技術の組織開発のプロセスをゼロから1人で担っていました。現在も最終的な責任を担う点は変わらないのですが、判断に至るまでのプロセスで湯前さんに意見を聞いたり、相談したりできるようになったので、精神的に楽になりました。
最初の事業の立ち上げでは、「目の前に迫ったこれをやるしかない」という状況になることって多いんですよね。目の前の課題や問題を解決しようと近視眼的になりがちですが、湯前さんに入っていただいたことで、経営的な目線での物事の見方が組織に生まれました。組織のバランスが良くなりましたよね。
また、新規事業がまったく異なる文化のものだと不安だなと思っていましたが、湯前さんがカケハシのカルチャーを理解した上で入社してくださったので、そういった懸念も現時点ではありません。忖度しているように聞こえてしまうかもしれませんが、本当に安心しています。
(取材/文:中 たんぺい)