OpenAI社は3月15日にGPT-4.0のAPIを公開した。以来、APIを活用したさまざまなサービスが提供されている。もはや群雄割拠ともいえる状況にあるなか、大手企業を中心にDX支援を手がけるアルサーガパートナーズ(以下、アルサーガ社)は4月6日、企業に向けたGPT開発ソリューションの提供を開始した。ソリューション提供の背景や特徴、企業やエンジニアのGPT活用の今後について、同社代表取締役CEO/CTOの小俣泰明さんに聞いた。
小俣 泰明(おまた たいめい)さん
日本ヒューレット・パッカードやNTTコミュニケーションズなどの大手ITベンダーで技術職を担当、システム運用やネットワーク構築などのノウハウを習得。その後2009年にクルーズ株式会社に参画、 同年6月に取締役に就任。翌年5月同社技術統括担当執行役員に就任。CTOとして大規模Webサービスの開発に携わる。2012年からITベンチャー企業を創業し、3年で180名規模の会社にする。2016年ITサービス戦略開発会社アルサーガパートナーズ株式会社を設立。
関連記事:
最先端のUX/UIを実装する多国籍チーム|アルサーガパートナーズ ヨハンナ・オーマン氏に聞く
目次
圧倒的な競合優位性を持つGPT開発ソリューション
――まずは今回のGPT開発ソリューションの背景についてお聞きします。ChatGPTの公開からソリューション提供の開始までには、どのような経緯があったのでしょうか?
ChatGPTおよびGPT4.0のAPI公開は、ガラケーやiモード、さらにはスマートフォンの出現と同等のインパクトであると捉えています。つまり、ビジネスが大きく動く変革のポイントが到来したということです。
当社では2023年1月時点で、GPTを活用したソリューション展開について議論し、私をPMとしてメンバーを構成。2月から開発プロジェクトがスタートしていました。同年4月、当社はGPTを活用した開発ソリューションの提供を開始。並行して自社での社内FAQ「Arsaga Insight Engine powered by GPT」を実装しています。
当社は優秀なエンジニアが揃い、これまで大企業向けのソリューション開発の豊富な経験を持つため、実はスタートから1週間ほどでサービスはほぼ完成していました。この時期のリリースとなったのは、精度などの調査を多方面から進めていたのと、 UXの側面から体験価値向上の取り組みを進めていたためです。
――脅威的な開発スピードですね。最近では企業のGPT関連ソリューションの利用において、機密情報の漏洩リスクや回答精度が議論になっています。そのような問題はどのように解決されているのでしょうか?
当社は大企業向けにソリューションを提供し、システム開発とコンサルティング機能を持つ企業です。そのため、大企業としてはセキュリティが非常に重要であり、日本国内でもChatGPTの利用を禁止している企業も多く出てきていることも把握しています。そういう状況の中で、当社ではこれまでの豊富な知見やノウハウから、社内独自のGPTシステムを構築します。これにより、企業に点在している情報を集約しながら、機密性のあるGPTソリューションの提供が可能になりました。
――現在、GPTのAPIを活用したサービスが多くリリースされています。アルサーガ社のソリューションにはどのような違いがあるのでしょうか?
実際、GPTを企業向けに展開するというだけであれば、APIを利用すればそれほど難しいことではなく、それ自体はさほど価値があるものではありません。しかし、GPTを企業が本質的に活用するためには、その会社に合わせた精度向上の施策が重要です。つまり、ただシステムを使うだけではなく、企業のデータを組み合わせたソリューションが必要になります。
GPTの精度を上げるために重要になるのは「プロンプトデザイン」と「ファインチューニング」の2つがポイントになります。
プロントデザインは「呪文」ともいわれるように、新しいアイデアが続々とインターネットに上がりつつも、仕様変更などの影響を受けやすく変化が激しいものなので、そこではあまり競合優位性が生まれません。肝になるのはファインチューニングの領域で、いかに早く情報を集約し、GPTに投げた質問に対して、精度の高い適切な回答が得られるかという部分です。
――ファインチューニングの面に競合優位性があるようですね。今回の開発ソリューションにはどのような強みがあるのでしょうか?
当社が提供する開発ソリューションでは、WordやExcel、PDFなどのデータはもちろん、SalesforceやMicrosoft Share Point、Slack、Googleドライブ、 Notionなど、企業が利用するあらゆるSaaSサービスを、すべて取り込めるシステムを構築しています。さらに、そういった情報をGPTが正しく読み込めるテキストデータに落とし込み、モデル化する作業についても、当社ではノウハウが蓄積されています。
企業が持つデータは膨大かつ点在しているものであり、形式もさまざまです。これをGPTが認識できるように加工するプロセスを手作業でおこなっていては、到底間に合いません。それも当社では完全自動化できる。そういった点でいえば、他のAPIを活用したサービスと比べて圧倒的な競合優位性を持っています。
――コンサルティングからシステム開発までをワンストップでおこなう、御社のDX支援の知見・ノウハウが活きているということですね。
当社の取引先の7割以上は大企業のお客様なので、大規模開発や導入支援の知見を豊富に有している点も強みです。とくに大企業の場合は、機密性の高い情報や個人情報については厳に管理する必要があります。雑なデータ連携は、社内での情報漏洩につながり、セキュリティだけでなくガバナンス的なリスクを高める結果になりかねません。
当社はコンサルフェーズから開発まで一貫したチームでプロジェクトを進め、まずは現場の状況を把握します。その上で、経理や営業といった各部門が持っている情報の集約と権限管理といったところまで整理し、機密性やセキュリティを担保した上でプロジェクトを進めます。
コーポレート部門が企業価値を創出する時代
――Arsaga Insight Engine powered by GPTについてもぜひ詳しくうかがいたいです。アルサーガ社ではどのような運用をおこなっているのでしょうか?
Arsaga Insight Engine powered by GPTでは、基本的に任意の社内メンバーと福利厚生の情報、そして社内運営をおこなうコーポレート部門の情報と、ターゲットを絞って運用しています。今後は売上情報や予測データなどの情報も入れて、適切な情報公開レベルを設定し、権限管理をおこなっていく予定です。
――並行して自社運用でノウハウを蓄積し、企業への開発ソリューションに役立てていくというイメージですね。
そうですね。まずは自社で運用をおこなうことで精度を高め、よりよいソリューションをクライアントに提供するという状況を作っています。
そういった観点でいえば、当社のコーポレート部門が、売上を高めるためのソリューション開発をおこなっている状況になっています。たとえば「こういった書き方の文章にすれば、福利厚生についてわかりやすい回答が得られる」といったことを、コーポレート部門が作成しているんです。従来コストセンターといわれているコーポレート部門が、利益をもたらす組織になりつつある。こういったことでも、GPTが新たな時代をつくりだしていると実感しますね。
――それは非常に興味深い話ですね。AI時代になり、企業にとっても新たな価値創出のあり方ができはじめている。
世間では「ChatGPTによって仕事が奪われる」といったネガティブ・キャンペーンのような言説が散見されますが、私はまったくそのようなことはないと考えています。むしろこれまで利益を生まないといわれていたコーポレート部門が、売上をつくってしまうような世の中になってきているのです。
一方で、GPTを使いこなした側は新たなビジネスをどんどん生み出していけるようになりますが、指をくわえて待っているだけであれば、当然仕事はなくなるでしょう。
仕事そのものはなくならないとはいえ、私の見方では、企業で働く従業員の半分ほどは仕事のやり方が変わっていくと予測しています。そういった点では、今後のビジネス・パーソンには変化に対応できる人材であることが求められると思います。
――人材についても変化が求められる時代、一方で企業としてもGPT活用にちゅうちょする企業が多いです。御社としては今後のサービス提供にどのような展望をお持ちでしょうか?
大手企業では、ChatGPTの利用を大々的に許可すると公表することは難しいでしょう。従業員数が数万人にもなる場合では、いくら利用の制約を設けたからといって、セキュリティを完全に担保できるわけではありませんから。なので、現状は「情報収集中」といって利用を保留している企業が多いのではないでしょうか。
しかし、当社のGPT開発ソリューションで展開した場合には、情報漏洩リスクがないうえに、各社に最適化された精度の高いGPTサービスが実装できます。これでしたら内外に対して公表しやすく、制約を設ける必要もない。当社であれば、セキュリティと利便性の両立可能なソリューションが提供可能であることを、イメージしやすく訴求していきます。
AI時代のエンジニアに求められる「行動力」
――AI時代を迎えるなかで、今後エンジニアが活躍していくためにはどのようなマインドセットが必要だとお考えですか?
ChatGPTの出現によって知見やスキルが並列化されていくという見方をする人もいますが、私はまったく逆であると考えています。むしろ、個々人の行動や努力の仕方によって格差は広がっていきます。
たとえば、今後GPTが進展することで法務や税務など、経営に関するノウハウをすべて完璧な精度で回答してくれるようになっても、おそらく経営者になる人は多くありません。それはGoogleが登場したときもそうでしたが、経営者目線でGoogle検索をおこなうことができれば、誰もが経営者になれるはずです。しかしそれを行動に移す人は多くなかった。
今後は「行動に移せるか否か」が格差を広げる要因になるでしょう。今後のエンジニア採用も、現状のスキルではなくて、実際に行動したか、そのスピードがどれだけ早いかが重要になります。今後、AIは行動に移せる人の仕事の質やスピードを確実に向上させる。だからこそ、行動力のある人は現状能力のある人を一瞬で凌駕するポテンシャルを持っているといえます。
ただし、ここで間違えやすいのは、「知識欲」を行動力と勘違いしてしまうこと。ただChatGPTで調べて理解したということでなく、すぐに調べて判断し、即時に次のアクションを起こしていくことが行動力です。
――AIを行動のエンジンにすべき、ということなのでしょうか?
そうですね。目的地に到達するための最短のルートや行動を教えてくれるカーナビのような存在が、ChatGPTのようなAIツールになります。これまでは地図を読み、自身で目的地やルートを探さなければならなかった。その時代に比べれば格段に利便性は向上しました。
しかし、それでも車のアクセルを踏むのは自分自身。エンジニアに限らず、それができるか、できないかでビジネス・パーソンとしての価値が左右される時代になっていると考えています。
――社内インタビューを拝見すると、多彩な経歴を持ったエンジニアが活躍されています。異業種からキャリアチェンジした方も見られますが、アルサーガ社は人材に関してどのようなお考えをお持ちでしょうか?
当社は「“人をつくる” だから “物をつくれる”」をビジョンに掲げています。今、日本国内ではITゼネコンと呼ばれる多重下請け構造が問題視されています。そのような構造では、プログラミング開発は末端の下請け企業が担い、仕様書に寸分違わぬようにコードを書かせるという環境です。そういったなかでは発想力のあるエンジニアは生まれない。それこそ、そういったルーチンワークはAIが得意とするところです。当社は従業員一人ひとりが人間としても魅力的で、発想力にあふれた人材が集まるからこそ、優れたソリューションを開発、提供できていると考えています。
――最後に、アルサーガ社が人材採用で重視する点をお聞かせください。
私は現在、直接採用に関与していませんが、採用の方針として「本人の意志を感じる行動か」、それがどういったものであるのかという点は重視しています。技術的なレベルは低くとも「自身で想像力を働かせて、行動に移した」という自分の意志が感じられるものをつくってくる人材は入社後、非常に成長する傾向にありますね。
関連記事:
最先端のUX/UIを実装する多国籍チーム|アルサーガパートナーズ ヨハンナ・オーマン氏に聞く
(取材/文/撮影:川島大雅)