「DX」という言葉がビジネスの世界でバズワードとなってからしばらく経ち、社内の構造改革に取り組む企業が増えています。一方で、DXをしたくともやり方がわからない、適した人材がいない、と悩む企業も多いのが現状です。
株式会社SIGNATEは企業のDXを担う人材の育成サービスや、AIに関するコンペティション事業を運営する企業です。同社のVPoEである丹羽 悠斗さんは、新卒で前身となる株式会社オプトホールディング(現、株式会社デジタルホールディングス)のAI研究開発部門に入り、株式会社オプトワークスとの事業統合で現在の形となった株式会社SIGNATEにおいて、2018年にプロジェクトマネジャーとしての役職に就きました。
2022年4月からはVPoEの職務を務めており、33歳のいま、管理するプロダクトも増え、人事・採用・予算周りもマネジメントしています。
学生時代に情報工学を専攻した丹羽さんがゼネラリスト的なキャリアアップを進めた、その経緯についてお話を伺いました。
目次
エンジニアとPMの業務の違い
ーーPMになるまでの経緯を教えてください
(以下、敬称略)
丹羽:
北陸先端科学技術大学院大学を卒業した2015年に新卒として株式会社オプトホールディングに入社しました。入社当時は、グループ企業のデータアセット(それぞれの企業が持つ独自のデータ資産)に関する調査・整備業務や、データを活用するためのコンサル業務など、さまざまな業務をおこなっていました。
当時運営していたAI・データサイエンスプラットフォーム(現:SIGNATE)に成長の兆しが見えた段階で、Webアプリケーションエンジニアに完全にシフトし、数年ほど開発業務を担当していました。
ーー前線のエンジニア業務からマネジメント業務に変わったタイミングは
丹羽:
今の会社に事業統合された2018年、新しいサービスを立ち上げるために7月からPMを任されたのが、最初のマネジメント経験でした。とはいえ、管理もしながらコーディングもするプレイングマネジャーでしたけれど。
その後、2019年に、現「SIGNATE Cloud」の原型となる法人向け教育事業のプロダクトを担当し、プレイングマネジャーでない専任のPMを経験しました。
プロダクトローンチ当初は、弊社で運営しているAI・データサイエンスプラットフォーム「SIGNATE」でコンペティション(以下、コンペ)を開催できる企業を増やしていく目的で作成されました。
コンペの仕組みは非常に画期的で、AIモデルの調達から人材の発掘・育成と多岐にわたって活用することができます。しかし、コンペ開催までにはさまざまな障害があり、弊社のプラットフォーム上でコンペの開催回数を増やしていくには、企業様のコンペへの理解を深めていく必要がありました。
プロダクトをグロースしていく過程で、市場のニーズなどが変化し、法人向けにはDX推進に必要なリテラシー教材が必要とされていることがわかってきて、サービス名も変更して、研修成果を可視化するDX人材育成サービス「SIGNATE Cloud」と今の姿になりました。
「SIGNATE Cloud」を担当している最中に、SIGNATE に登録しているデータサイエンティストの会員の方がスキルアップするための「SIGNATE Quest」も担当することになりました。
「SIGNATE Quest」は、登録いただいた会員の方々が、コンペへ参加するハードルが高く、そのハードルをなるべく下げるために始めたサービスになります。
「SIGNATE Cloud」との親和性も高いため、教育事業の位置付けで、自分がPMを担当することになりました。
業界の流れや、会社の状況などに応じて、自分の最大限できることをやっていたらマネジメント業務に変わっていた感じです。
ーー前線のエンジニアとPMと、業務における違いにはどのようなものがあると考えていますか?
丹羽:
エンジニア業務は、仕様や設計を考えてコーディングをする業務でしたが、PM業務はチームをまとめて成果を上げる業務だと考えています。
なので、エンジニアはアスリートや職人のように1つのことを突き詰めて、なるべく個の力を最大化する努力が必要な業務だと思います。
一方でPMは、チームの力を最大化する努力が必要な業務だと思います。
そういう意味では、PMは、プログラミングなどの技術力はそこまで高くなくても大丈夫だと考えています。自分もそれほど高くありませんから。
基本的にはPMにはコミュニケーション能力が大切で、エンジニアチームやビジネスチームからの要望を聞いてまとめつつ、エンジニアが使う専門用語をビジネスサイドの人にわかりやすく伝える力が必要ですね。
ーー業務の幅や深さについてはいかがですか
丹羽:
エンジニアは、早く機能リリースをして長く機能を利用してもらうために技術に関する深い専門性が必要だと思っています。
PMは、技術に関する専門性は薄れる分、浅くとも広い業務知識は必要になりました。ビジネスに対する理解や、社内外の業務フローなど、プロダクトに必要な意思決定をするために、エンジニア以外のメンバーともコミュニケーションの幅もエンジニア業務時に比べ広がった印象です。
心理的安全性を大切に
ーーコミュニケーションを上手に取るコツは何でしょうか
丹羽:
自分は、優しさやピリピリしないキャラクターで何とかなっているように思います。自覚しているのは、温和な空気をまとっていることです。社内の人に「怒らなさそう」と言われたり、取引先の人に「怒る感じがなくて部下がうらやましい」と言われたりしたことがあるので。
ーー心理的安全性を大切にしているのですね
丹羽:
心理的な安全性がないと、本当はよりよい機能にするためのアイデアだったり、事前に検知できた問題がキャッチアップできなくなったり、エンジニア自身の開発に対するモチベーションが下がってしまったりとよくないことが多く発生してしまうので、なるべくメンバーが情報発信しやすいような空気になるよう心がけています。
とくに、自分がメンバーの話をよく聞くようにすることと、経営やお客さまからの声をメンバーに届けることを大切にしています。四半期に一度おこなう1on1の面談では、メンバーの話をよく聞くようにしていますよ。
その他、デイリーや1~2週間に1度の開発会議では、プロダクトの利用状況やリリース状況などを数字やグラフでわかりやすく伝え、お客さまの声はエンジニアに包み隠さず伝えるようにしています。
エンジニアはお客さまから一番遠いところにいるので、意識しないと声がなかなか伝わりません。自分たちの制作物がどういう反応だったのか知りたい、という声も聞きますし、ものづくりのモチベーションにつながる大切な情報だと思います。
ーーPMの理想は、どのような存在でしょうか
丹羽:
自分がエンジニアとして働いていたときのCTOがとても人間的にできていた人だったんです。マネジャーというよりは技術寄りの人でしたが、プロジェクトが炎上したときにスッと入ってきて立て直してくれて、反省会で怒らず冷静に開いて次に活かす仕組みを一緒に考えてくれるような人でした。
悪かったところを怒るのではなく、よいところも示して、次にどう考えるかを促す部分は、自分もマネをしたいなと思いましたし、人間性の部分で多く学びました。
ーー炎上したプロジェクトはどのようなものでしたか
丹羽:
現在の会社になる際に、コンペのサイトをリニューアルするプロジェクトがありました。当初よりも開発期間が短くなって移植したい機能も移植できず、なんとか作業を終わらせたものの、オープンしてもエラー通知が止まりませんでした。就職してから唯一会社に寝泊まりしましたよ(笑)。
PMとVPoEの違い
ーー2022年にVPoEになりました。御社としてVPoEの役割は何でしょうか
丹羽:
プロダクトの品質管理、エンジニアリソースの管理、社内文化の形成の3つが役割だと考えています。
自社プロダクトの全体的な品質向上や、エンジニアのリソースが足りているかどうか、足りていなければどうするかと採用・人事面まで考えなければいけません。また、まだ手をつけられていませんが、エンジニアが弊社で成長していけるための社内文化の形成も役割の1つだと考えています。
ーーVPoEになって、PM時代とはどのようなことが変わりましたか
丹羽:
まずは業務における視野の広がりが必要になりました。PMでは自分が担当しているチーム・プロダクトにだけ目を配っていればよかったのですが、社内の全チーム・プロダクトに目を配るようになりました。
次に、PM時代は品質を上げるためにプロダクトの細部の機能に精通するよう心がけていましたが、VPoEになってからは、プロダクトに関しては広く浅く目を通すようになり、細かいところを確認しなくても品質が向上するような仕組みが何かないだろうかと考えるようになりました。
この他、担当するメンバーがどのようなことを考えて業務に取り組んでいるかを、意識するようになりました。PMの時に比べて人に注目することが多くなったように思います。
ーーエンジニアがパフォーマンスを上げられるように意識していることは何かありますか
丹羽:
「メンバー個々人のモチベーションを上げること」に集約されるのではないかと思います。そのためにしていることといえば、
・新しい技術に触れる機会をつくる
・ユーザーの利用実態を数値化したり、実際の利用者の声を届ける
・開発に集中できる環境を整えるために、できるだけ事務処理を減らす
・エンジニアがメインのプロダクト開発に集中できるよう、ビジネスチームでも触れるようなノーコードツールを導入する
・CI/CD(「Continuous Integration/Continuous Delivery」の頭文字。ソフトウェア開発時にビルドやデリバリーなどの各処理を自動化する開発手法)やGithub Copilot(LLMを利用したコーディングの効率性と速度を向上させるツール)などエンジニア業務が効率化・自動化されるようなツールを導入する
などが挙げられます。
エンジニアが力を発揮できる環境を整えていくのが、VPoEとしての自分の役割なんだなあと思っています。
(取材/文:奥野 大児)