未経験の領域のプロジェクトや組織の責任者になった場合、その領域が専門的であればあるほど困難が伴う。

株式会社HIKKYのCOOである喜田龍一さんは、デザイナーとして活躍した後、未経験ながらメタバースの開発組織を率いることになった。ディレクターとしての業務を進める中で知識不足やコミュニケーション不足などからくる失敗もあり、「6年経った今、振り返ってみると恥ずかしいことばかりです」と話す。

未経験で開発のディレクションに携わった喜田さんは、その経験からどのような知見を学んだのだろうか。

2024年に開催された「Developer eXperience Day 2024」(主催:日本CTO協会)に登壇し、0人から50人規模の開発体制をつくるまでの過程で学んだことを発表した。

株式会社HIKKY COO
喜田 龍一さん

京都大学理学部大学院卒。大学時代の専門は量子力学・統計力学。イラストレーター“黒銀”としてもさまざまなアニメ、ゲームタイトルのキャラクターのデザインを行う。2018年から株式会社HIKKYにジョイン。クリエイティブセンスとロジカルシンキングを両立し、COOとして事業、サービスを統括する。

「数年にわたり尾を引く」要件定義とレビューの重要性

メタバースに関する開発サービスの提供からイベント企画運営まで、幅広く事業を手がけている株式会社HIKKY。2018年の創業とともにスタートしたメタバースの事業は軌道に乗り、成長を続けている。イベント事業では世界最大級のメタバースイベントと呼ばれる「バーチャルマーケット」を主催している。

また、メタバースに関する開発事業では「Vket Cloud」という3Dコンテンツを動かすための開発サービスを提供。これは、マルチプレイに対応し、スマートフォンを含むブラウザ上で操作ができるという特徴を持つ。

HIKKYでCOOを務める喜田さんは、イベント主催のみを事業としていた創業期にジョインする。そのきっかけは、ささいな出会いからだった。

「もともとアニメやイベントのコンテンツ制作会社を経営していました。制作会社と同じオフィスにいつの間にかHIKKYが誕生して。時間に余裕がある時期だったので、バーチャルマーケットの手伝いをしていたんです。その手伝いをしているうちにバーチャルマーケットに関する仕事が忙しくなり、正式に取締役として入社しました」

喜田さんが開発の領域に関わり始めたのは突然の出来事だった。イベントに合わせたマネタイズを社内で検討した結果、ECサイトを構築することが決定。社内に開発体制はなかったが、喜田さんを責任者としてプロジェクトがスタートした。

「バーチャルマーケットでアバターなどを販売しようと思ったんですよね。ただ、当時の私はプログラミングの経験はほとんどなし。システム開発の工程をタスクごとに細分化し、期限と進捗率を表で管理する「WBS」の手法はエンジニアなら誰しもご存じだと思いますが、それすら知らない状態でした。フロントエンドやバックエンドという言葉も知らなかったです」

当時のHIKKYのメイン事業はメタバースイベントの主催。約10人の社員の中にディレクターやPMのポジションを担える人材はいなかった。そのため、ジュニアレベルのスキルを持っているバーチャルマーケットのディレクター、1人〜2人がエンジニアを兼ねていた。

技術的な知識がなく開発組織がなかったため、喜田さんは外注のフル活用を決断する。

ECサイトを外注するタイミングで、パートナー会社の社長からWBSという考え方を教えてもらい、見よう見まねで要件定義を完成させた。しかし、要件定義は練り込まれておらず、レビューは不十分。その結果、数年にわたる技術的な負債を抱えることになったという。

「この時期に築き上げたアーキテクチャが、弊社のビジネス展開とミスマッチを起こしているんですよね。改修を重ねていますが、まだ負債は解消されていません。身も蓋もない話なのですが、やはり開発は難しいと痛感しました。自分のスキルがないから外注に任せたとしても、身の丈以上の製品は完成しない。ディレクターとして技術の知見は持っておくべきと感じました」

神エンジニアは目的から最適な選択肢を選べる

ECサイトをオープンし、バーチャルマーケットを継続的に運営していたHIKKYは新たな壁にぶつかっていた。メタバースの世界に限定するとイベントは大盛況。しかし、それ以外の層に熱気は広がらなかった。

理由のひとつがメタバースを利用するまでのハードルの高さ。webページにアクセスするだけで使えるような手軽さはなく、いくつかの手続きが必要だった。

「VRChatというプラットフォームでイベントを主催していました。しかし、当時のUIが英語だったり、PCゲーム販売プラットフォームのSteamのインストールが必要だったりと、一見さんお断り状態だったんです。マーケティングなどの施策も思ったような効果は出ませんでした。HIKKYがさらに成長するためには、何か手を打つ必要があると感じていました」

このときにヒントになったのが、メタバースプラットフォームの「Mozilla Hubs」(※2024年5月にサービス終了)。2018年にリリースされた「Mozilla Hubs」では、オープンソースでVR空間を作成できる開発エンジンとバックエンドのサーバーの提供をしていた。

自社でもメタバースの基盤を提供するシステムを作りたいと考えた喜田さん。CTOとして入社したばかりの妹尾雄大さんに「既存のシステムを組み合わせて、Webでメタバースを作れるシステムを作れませんか」と相談した。すると、意外な回答をもらった。

「既存のシステムを組み合わせるより、独自のシステムで作った方が早く完成しますといわれたんです。当時の知識レベルでは妹尾さんの技術力の高さを理解できなかったので、半信半疑だったのですが、1か月経ったころにはプロトタイプが完成しました。「神エンジニアだ!」と感激しました」

妹尾さんはゲーム開発に長年関わり、PCゲーム用の自社製ゲームエンジンやコンパイラを開発した経験を持つ。ゲーム開発のプロフェッショナルだ。

驚くべきなのは開発したエンジンの軽快さ。他社製のエンジンを使用していたときに感じていたメタバース上の動作の重たさはなく、スマートフォンでもスムーズに動かせる仕様だった。

「ここで学んだのは、優れたエンジニアは目的を理解し、その目的のために幅広い手段から最適な方法を選択できるということです。一般的なエンジニアだったら、Unit Web GLというソフトウェアを使っていたと思います。ただ、そうしていたらスマートフォンでは動きません。その後、最適化するプロジェクトを始める必要があったと予測できます。しかし妹尾さんは、独自のゲームエンジンを開発。既存のコンパイラを使って、それをWeb向けに変換し、Web向けの領域においては、おそらく世界でも有数のパフォーマンスを誇る手段を選択したのです。

また、ディレクターとして学んだのは開発に対して面倒くさがられたとしても、技術的な知識を質問し続け、理解することの重要性です。ディレクターが知識を理解していないと、判断したときに大きな落とし穴が生まれる可能性があります。理解不足は解消していく必要があると思いました」

ディレクターは営業と開発のバランサーであるべき

妹尾さんが開発した独自エンジンを元に、現在の主力サービスであるVket Cloudの原型が完成した。マルチプレイなどの機能を増やした結果、徐々にVket Cloudを活用した開発案件などの受注にもつながる。メタバースに関する開発が仕事として成り立ち始めていた。

しかし、メタバース開発の早急な事業化は新たな課題を引き起こす。

「当時、エンジン開発のチームとコンテンツを開発するチームの担当領域が分離・整備されていなかったんです。事業をスケールするためにコンテンツを多く効率的に作らなければならないのですが、そのコンテンツを生み出すことがエンジン開発チームのリソースを圧迫する形になっていました。

もちろん、その状況が起こるとわかっていたので、妹尾さんはコンテンツ開発とエンジン開発を明確に分離するためにスクリプトエンジンを構想していました。ただ、開発事業が早く始まった影響でスクリプトエンジンをつくる工数が取れなくなり、実装までに予想以上の時間がかかりました」

結果論ではあるが、スクリプトエンジンの開発と受注案件との工数を管理し、バランスを取っていれば、スクリプトを速く実装できた可能性がある。大きな反省点だと喜田さんは振り返る。

「営業と開発、両方の組織のバランサーにならないといけませんでした。営業視点の話は開発サイドが聞いてもわかるんですよ。でも、開発視点の話は、技術的な背景や知識を持っていないと理解しにくい。そこを責任者として理解できるまで聞いた上で、営業に伝え、事業としてスケールしやすい判断をしていく必要がありました」

その後、事業サイドと開発サイドの衝突を経ながら、スクリプトエンジンはようやく完成。2022年にはコンテンツのスケールが可能な組織体制を構築した。

現在、開発体制は50名へと増加した。メタバース上の動作をスムーズにするために、必要なリアルタイム通信を強化するプロジェクトをスタート。プロジェクトの成功に向けて奮闘を続けているという。

開発経験なしの状態から製品開発のディレクションを行い、エンジニアの開発組織を作った喜田さんは、これまでの経験を以下の言葉で締めくくった。

「これまでのプロジェクトを振り返って、エンジニア組織におけるディレクターやPMのあり方がわかりました。まず、技術的な話への理解。これが欠けるとプロジェクトの適切な舵取りが難しくなります。それを防ぐためにも、もし理解の難しいことがあったら、エンジニアに徹底的に食い下がって質問することが重要です」

「また、技術への理解が不足すると、エンジニアの情報を鵜呑みにしてしまう可能性があります。情報の妥当性を判断できていない状態なので、その状態で事業やプロダクトの方向性を決めようとすると、失敗します。もし知らないことがあれば、嫌がられても開発に質問し、開発全般に対する知識を深め、営業とエンジニアの舵取りを行うことが重要だと思います」

編集後記:失敗の防止策をオープンにすることでの学び

開発の経験がない人が組織を率いた結果プロジェクトが迷走することはよくあります。その失敗の防止策は個々人によるため、あまりオープンになっていません。今回の講演では、喜田さんの失敗談と学びが盛り込まれ、エンジニアに限らず学びになることが多いと感じました。

(文:中たんぺい

― presented by paiza

Share

Tech Team Journalをもっと見る

今すぐ購読し、続きを読んで、すべてのアーカイブにアクセスしましょう。

続きを読む