ChatGPTや画像生成AIなど、AIツールの台頭によって危ぶまれるライターの存在意義。記事制作における過程がAIによって賄われるようになる、そんな将来の危機に向け、心身ともに“健やかに”書き続けるためにはどうしたらいいのか。
株式会社GIGのメディア事業部長であり、日本最大級のフリーランス・副業メディア「Workship MAGAZINE」の編集長であるじきるうこと内田一良氏と、当媒体「Tech Team Journal」編集長を務める柳下修平の対談が実現。メディア編集長の立場から、今後のメディア業界の行く末について語り合ってもらった。
関連記事:
「全社AI導入宣言」をした裏の意図|AI×企業ブランディングの最前線
目次
ライターへのフィードバックは丁寧にしすぎない
ーー内田さんは、もともとどういった経緯でメディア編集長になったんですか?
内田一良(以下、内田):
僕の場合は、もともと個人でメディアを運営していて「いつかオウンドメディアの編集長になる」ことを目標に現在の株式会社GIGに入社しました。当時のWorkship MAGAZINEの編集長は別の者がやっていたんですが、「オウンドメディアよりもクライアントワークをもっとやりたい」と言っていたので、じゃあ交代しましょうよ! と持ちかけ、入社3ヶ月で編集長になったんです。それから、今年(2023年)で5年目になります。柳下さんはどういうきっかけですか?
柳下修平(以下、柳下):
以前に編集長をやっていた映画メディアの場合は、いきなり「編集長をやってくれないか」と打診されたのが最初です。メディアのアクセスが落ちている中でしたが、成長させてほしいと。
ライター経験はあったものの、編集関係の経験はゼロの状態で編集長になったんです。SEOや個人ブログの運用で培った経験をそのまま転用して、最終的に約500万アクセスまで伸ばせました。
内田:
すごい! バケモノですね(笑)。
ーーせっかくのメディア編集長対談なので、まずはお二人の“編集長として心がけているポイント”について教えてください。
柳下:
それでいうと、以前、内田さんがツイートされていた「原稿の赤入れのとき、単に修正するだけでなく、『面白かったポイントをコメントで残す』ことも大事」という話、とても良いコミュニケーションだなと思いました。
原稿の赤入れのとき、単に修正するだけでなく、「面白かったポイントをコメントで残す」ことも大事だなと思っています。
修正だけだと「なんやコイツ俺の原稿を赤だらけにしやがって!」と関係が悪くなることも稀にあるので、ちゃんと褒めを残して承認することで文字通り二人三脚で制作できるなと。
— じきるう 編集者 (@kazzikill) May 24, 2023
内田: ありがとうございます! ライターさんへのフィードバックに関しては、ネガティブだけじゃなくポジティブなものもお返ししたい、と思っています。時間がないと、なかなか思うようにできないときもあるんですが……。
ただ赤入れするだけだと、ライターさんによっては「なんだよ!」と思われる方もいるかもしれません。なのでただ赤入れするだけではなく、「いいな」「面白いな」と感じた部分は軽くコメントを入れることを意識しています。
もう一点心がけているのは、フィードバックについては「丁寧にしすぎない」こと。僕自身もそうなんですが、たとえポジティブなコメントだとしても長文が返ってくると「うっ」て引いちゃいませんか? それを読むだけでも時間がかかってしまいますし、なるべくフィードバックは簡潔に、がモットーです。柳下さんはどんなことに気をつけていますか?
柳下:
厳しいことを言ってしまうようですが、ライターさんから納品いただく原稿で「文句なしの100点だ!」と思えるものは、そこまで多くないです。ただ誤解してほしくないのは、記事を100点にすることが正解だとは思ってなく、私の中での採点基準にすぎません。
納品後のフィードバックにおいて「この点をもう少しだけ、こういう風にしてあげると読みやすさが上がるので、次回から取り入れてみてください」などと伝えながら、少しずつメディア特性に合う記事に寄せてもらうようなイメージでコミュニケーションしています。
前メディアでも現在でも、月に1回のライターミーティング(全ライター、編集者集まってのオンラインミーティング&懇親会)をおこなっているのは、メディアとして求めている記事や全体的な考え方を共有したいから。編集者とライターが少しずつやりとりを重ねていって、よりよい記事作成に活かしてもらえればいいな、と思っています。
あえて細かいKPIは共有しない
ーーライターミーティング、とても良い取り組みですね。
内田:
柳下さんのお話を聞きながら、ライターさん一人ひとりとすり合わせをする姿勢が素晴らしいなと思いました。僕は、仮に意見の大きなすれ違いがあったら「うちのメディアで書いてもらうのは向いてないかも。ほかに合うメディアがあるんじゃないか」と思っちゃうので。
柳下:
たしかに、ライターの離脱率はすごく低いです。ありがたいことに、基本的な価値観が合う方とご一緒できているからかもしれませんが、長く付き合っていれば自然と合ってくる部分もあると思っていて。「うちのメディアでやっていけるだろう」と感じたライターさんとは、数年単位でお付き合いすることが多いので、今のメディアでもそうなっていけたら嬉しいです。
内田:
僕も、ライターさんを頻繁に入れ替えるよりは、同じ目標を共有した信頼できるライターさんたちと長く一緒にやっていきたいと思っています。お互いWin-Winでい続けるためにも、長くお付き合いできる人とメディアを成長させていきたいですよね。
メディアの成長といった観点でいうと、Tech Team JournalはどのようなKPI設定を敷いているんですか?
柳下:
「paizaのサービスを利用される方が増えたら」という目的・目標がありますが、ライターさんにその目的に沿う企画をお願いしてはいません。あくまで「よい記事、面白い記事をつくっていきましょう」といった姿勢です。
メディア全体のPVが伸びれば認知度は自然と上がりますし、その中で特定記事のアクセスが少なくても一人の方へ内容が刺さればサービス利用に繋がる。良質なコンテンツさえあれば自ずと結果はついてくると思っています。記事によって役割が異なるので闇雲に「PVが伸びるような企画を!」とは伝えてないですね。
どちらもSEO奇襲タイプ
内田:
Workship MAGAZINEは、フリーランス・副業向けマッチングサービス「Workship」の認知拡大および登録者獲得をおもな目的にしています。もともとWorkship MAGAZINEも、サービスのブランド作りがメインの目的で、ちゃんとしたKPIはなかったんですよね。Tech Team Journalさんと同じように、ライターさんには「面白い記事をつくっていきましょう!」と伝えながら運用をしていました。
ただ、今年で7年目に入ったことで、フェーズが変わってきたな、と感じるんです。
柳下:
利益的な問題ですか?
内田:
おっしゃるとおりです。事業的な問題になってしまいますが、あけすけに言ってしまうと「PVがあるならもっと稼げないか?」といった話も出てきます。
シンプルに、お金を稼ぐならアフィリエイトなどの広告を貼ったり、営業してPR案件を取ってきたり、といった方法があります。もちろんサービスのブランドを強化する記事や、Workshipのことを知ってもらう記事なども並行しつつも、メディアの目的は多角化してきていますね。
メディアが育っていくにつれ、社内外からのさまざまな要望が複数立ち上がってきて、どんどんカオスになっていく。ただ、そんなカオスな中でも一つひとつの軸がしっかりしていれば、成立していくとは思っています。
柳下:
記事の目的でいうと、Tech Team Journalでも大きく分けて「エンジニア向け」「マネジャー向け」「(広義の)IT層全般向け」などがあります。あとは私自身、世にあるSEO理論には懐疑的な人間なので、キーワードを定めずに“ライターさんに上げてもらう企画をどんどん受ける”ようにしています。
たとえば「武将に学ぶキャリア論」という連載があるんですが、「どうする家康」に登場する井伊直政について書かれた記事が高いインプレッションを取ったんですよ。それに引っ張られてメディア全体的なSEOパワーも上がりました。ライターさんからの企画が出てこなければ実現されなかったものですし、競合メディアさんがSEO理論から(キーワード分析から)この企画を立てられるかというとまず無理です。
あまり理論化しないところで「これいける!」となったら一気に奇襲をかけるタイプなので、どんどん変わったことをやってSEOの力を上げるのが軸のひとつです。そうすると、キーワードのボリュームは全体的に小さいけれど、少しずつエンジニア系キーワードでも順位が取れるようになりますね。実際少しずつ地殻変動が起きているのを既に感じています。
内田:
面白いですね! うちも似たところで言うと、フリーランスマーケターさんのインタビュー記事で検索から多くの流入を獲得できた例があります。タイトルや構成はSEOチックなんですが、中身はインタビュイーさんのリアルな体験談が色濃く反映されており、オリジナリティの高い記事になっています。
しっかり取材したうえで、独自のコンテンツを出していきたい。検索上位の内容を闇雲にまとめた記事ではなく、「みんなこういう情報を知りたがるよね」っていう、ニーズに基づいた面白い情報をしっかり出していきたいと思っています。そういう意味でいうと、僕もSEO奇襲タイプなのかもしれません。
よい意味で“ザワつく”記事をつくりたい
柳下:
先ほど「ライターさんへのフィードバックは丁寧にしすぎない」といった話があったかと思いますが、企画案のやりとりはどのように進めていますか?
内田:
編集部側からライターさんに企画提案することもありますし、ライターさん側から企画を出していただくこともあります。というか、こちらから何も言わずとも企画を提案してくれるライターさんって、すごく貴重ですよね。
たとえばWorkship MAGAZINEの人気連載のひとつに「フリーランスのための白熱法律教室」があります。この企画は、担当ライターである紀村真利(ぽな)さんが出してくださったものです。
もちろん、自分で考えた企画でガンガン書くのが合っているライターさんもいれば、与えられた企画に沿って書くのが向いているライターさんもいると思います。そのライターさんの特性に合わせたやりとりを心がけています。Tech Team Journalさんではどう進めているんですか?
柳下:
うちは、Slack内で企画提案チャンネルをつくって、編集者にもライターにも全員に見える表の場で企画のやりとりを進めています。そうすると、ほかのライターさんにとっても「自分はこの企画を出してみよう」といったモチベーションに繋がるんじゃないか、と思っていて。実際に、どんどん面白い企画が増えてきていますね。
内田:
よい意味で“界隈がザワつく記事”をつくりたいですよね。Workship MAGAZINEは立ち上げから7年近く経っていることもあって、少し保守的になってしまっている面もあって。もっと破天荒な記事を出していきたいんですが(笑)。
柳下:
ヤバい記事を書けるライターさん、来てほしいですよね。現在うちのメディアはライターさんの公募はしていないんですが、これまでにない視点で新しい企画を出す方なら、ウェルカムです。今ご活躍いただいてるライターさんの紹介で、今でも日々ライターが増えています。
活躍できないライターはいない
ーーWorkship MAGAZINEでは、ライターさんの採用基準はあるんですか?
内田:
「Workship MAGAZINEにはこういうライターさんが向いている」というペルソナ像はある程度言語化しています。
たとえばサービスに紐づいたメディアを立ち上げて「サービスの登録者数を増やす」のが目的だとしたら、しっかりコンバージョン設計などもできるセールスライターさんが合っていますよね。この場合「エッセイが得意です!」といったライターさんは合わないし、採用してもお互いが不幸になってしまう。
サービスやメディアの目的に合わせた採用基準を言語化し、選定に活かすようにしています。
柳下:
よくわかります。それぞれで合うライターさんは違いますよね。
内田:
どこのメディアでも活躍できないライターさんはいないと思っています。就活と同じで、採用に落ちまくったとしても、合う会社は必ずあるはず。マルチに書けるライターになりたいのか、特定のジャンルで活躍するライターになりたいのか。自分がどんなライターになりたいのか、それこそ“言語化”してみるのをおすすめしたいです。
柳下:
きっと、どこのメディアでも上手くやっていけないライターさんがいるとしたら、フィールドが違うだけなのかもしれないですよね。既存のメディアに寄稿するんじゃなく、個人でブログやメディアを立ち上げたほうが健やかに書けるのかもしれない。自分の理想とするメディアを立ち上げて育てていくほうが合っている可能性もありますから。
内田:
わかります。実は僕、最初はライターとしてやっていきたいと思っていたんですが、結果的にはメディア運用のほうが向いているな、と気づきました。要は編集長って各方面との調整が多い、中間管理職のような立ち位置ですけど、それが合っている場合もある。
複数のメディアでガンガン記事を書くのが合っているのか、個人でメディアを立ち上げ自由に書くのが合っているのか、そもそもライターではなくメディア運用(編集長/編集者)のほうが合っているのか。自分がどのフィールドで活躍できるのか見極めるのが、“健やかに”書き続ける秘訣なのかもしれないですね。
(文/取材:北村有、撮影:渡会春加)