広報の基本的な役割は「情報発信を通じて企業とステークホルダーの良好な関係を構築すること」ですが、“会社の顔”といわれる広報担当者の仕事は驚くほど多岐にわたります。

さまざまなビジネスのデジタル化が進んだことでステークホルダーとの接点が増え、企業の広報のニーズは高まりました。その一方で、「社内で広報を育てられない」「広報担当者になったけれど何をしたらいいのかわからない」といった悩みも少なくありません。

フリーランス広報チーム「ふたり広報」代表で、「株式会社FLOW」CEOを務める多葉田愛(たばた あい)さんは、「担当範囲が広すぎるのに身近に相談できる人がおらず、孤独と不安を抱えている広報担当者は多いんです」と語ります。

広報の可能性を企業側と働く人の両方に広げることを目指し、企業の広報活動に伴走する「ふたり広報」と、ライターキャリアの可能性を広げるスクール「Marble」の2つの事業にコミットする多葉田さんにお話を聞きました。

広報・企画・営業のスキルを身につけた会社員時代

――多葉田さんが広報という仕事に携わることになったきっかけは何だったのでしょうか。

多葉田:
私は大学時代は文学部で英米文学を専攻し、異文化コミュニケーションについて学んだり、海外留学をしたりしました。父が新聞記者だったため、メディアや情報発信にも自然と興味を持つようになり、漠然と広告代理店で働くのもよいかな、と思っていたんです。

大学3年生のときに友人の紹介で1dayインターンシップに参加し、国内外でまちづくりをプロデュースする「UDS株式会社」代表のお話を聞きました。そこで初めて「まちづくり」という領域があることを知り、「どうすれば公民館を若者に訪れてもらえる施設にできるか」をテーマにしたワークに取りくんで、視界が開けたような感覚を覚えました。

その後もUDSがプロデュースした施設に呼んでいただき、お話を聞くうちに「私は建築学部出身ではないから施設をつくることはできない。ホスピタリティを学んできたわけでもないから一人で運営ができるわけでもない。でも、この会社に入ったら自分がやってみたい企画やPRの領域も包括的な体験として提案できそうだ」と思ったんです。

学生時代にライターをしていた私にとって「書くこと」は身近でしたが、文章で届けるだけでなく、場づくりを通じてメッセージを発信できたら伝える手段が増えそうだと感じ、入社を決めました。

企画職を志望したものの、実際に配属されたのは広報でした。最初は「広報か……」という気持ちがなかったとはいえません。でも、仕事をするうちに広報がいろいろな企画にもつながっていること、経営の部分にも関わっていることを知って、楽しくなっていきました

2年目には旅行関係の新規事業立ち上げのポジションに就き、ジョイント・ベンチャーをつくるところから、コンセプトを決め旅行商品を設計するところまで任せていただきました。当初思い描いていた「企画」に近いことができるようになったわけです。

仕事はとてもやりがいがあって、がむしゃらに働いたのですが、自分の生活を顧みる余裕がなく、2年ほど経ったときに「もう一度自分の好きなことを見直そう」と思いました。お休みをいただいて2週間ヨーロッパを巡り、自分自身と向き合って「大好きな旅に、思い立ったときに行ける生活がしたい」と考え、退職を決めました。

その後はオーストラリアのメルボルンでワーキングホリデーをし、現地でのアルバイトと並行して、駆け出しフリーランスとして日本の会社の企画サポートや、ライター、広報などの仕事を請けて、リモートでも働きました。

――帰国後「株式会社TABIPPO」に入社されたのですね。そこではどんな仕事をされたのでしょうか。

多葉田:
2019年秋に帰国し、2020年1月に旅を広める会社「株式会社TABIPPO」に営業として入社しました。フリーランスを1年ほどやってみて、大切なのは営業力であると痛感したので、営業スキルを身につけることが自分の成長につながりそうだと感じたのです。

職種はセールスですが、新規営業開拓ではなく、海外観光局や国内の自治体、エアラインなど、ある程度決まった数の組織や会社と中長期的な関係を構築することが主な役割でした。セールス兼マーケターに近かったかもしれません。旅をテーマにしたさまざまなプロジェクトの営業から企画、制作までを手がけました。

――2社で6年ほど正社員として働いた経験を通して、身についたことを教えてください。

多葉田:
UDSでは、代表直下のようなポジションで経営者の近くで仕事ができ、新卒なのに役員合宿に連れていってもらえたり、全社会議の司会を任せてもらえたりしました。若手にもどんどんチャンスを与えてくれる環境だったので、物怖じしなくなりましたね。

わからないことでも周囲にアドバイスをもらって突き進む、仮説を立てて自分の意見を持ち最後まで投げ出さずにやりきる。そんな経験を重ねて、自分の能力値以上のことにトライするハングリー精神が身についたと思います。

私はもともとは失敗したくない気持ちがとても強く、「手の届く目標設定をしてうまいことやってしまう」タイプでした。でも、UDSでは自分のレベルよりもだいぶ高いステージを用意されて「やってこい」と背中を押されることが多く、そこで最大限がんばるというマインドセットを持てたことが今に繋がっていると感じています。

TABIPPOでは、具体的な営業のスキルを身につけることができました。徹底して「クライアント目線」の大切さを説かれたので、3年間続けていくうちに、そこの解像度がどんどん上がったと思っています。相手が必要としているものをしっかり考えてこちらから提案できるようになり、その後の個人の仕事も発注いただける機会が増えました。

営業って、ちょっと嫌なイメージがあったり敬遠されがちだったりするかもしれませんが、TABIPPOで「喜んでいただける営業もあるんだな」と思えたんです。売るだけではなく、クライアントさんと一緒によい施策をつくっていくマインドが定着しました。

ひとり広報の“孤軍奮闘”状態を解決する「ふたり広報」

――TABIPPO在籍中に、複業としてフリーランス広報チーム「ふたり広報」を立ち上げたそうですが、その経緯をお聞かせください。

多葉田:
日本では、社内に広報担当者がひとりしかいない会社が全体の1/4ほどあると言われています。ひとり広報の方は、情報もなければノウハウもありません。Twitterでは、ほかの広報さんとつながるためのハッシュタグ「#ひとり広報」をつけた投稿を多く見かけました。

広報がひとりという状態は心細いものです。そんな“孤軍奮闘”状態の広報担当者に伴走するかたちのサポートや、最初からチームを組んで広報活動をするやり方を提案したいと考え、フリーランス6名ほどのチームを組んで「ふたり広報」と名乗りました。

広報は、戦略、企画、ライティング、SNS運用、メディアリレーションなど、業務範囲が広く、求められることが非常に多いです。私の得意領域もあれば、私以外の人の得意領域もあるので、ひとりで全部を抱え込むよりもチームで請けるほうが広報価値が高まり、アウトプットも2倍、3倍と増えていくと考えました。

ひとりのリソースは限られますが、チームであれば継続的に請け負えますし、自分のチームを組むことで非常にやりがいを感じられます。そこをうまく伝播させていければいいな、と思ったんです。

――クライアント側から見て、「ふたり広報」に発注するメリットは何でしょうか。

多葉田:
「ふたり広報」が必ずしもベストなわけではなく、内容によっては社内広報のほうがクイックに対応できたり、専門のPR会社のほうが効果を出せたりする場合もあります。

ただ、「広報は自社でやらなければならない」「外注するならPR会社に頼むべき」という固定観念を取り払って、柔軟にいろいろな可能性を模索していけたらいいなと思うんです。自社かPR会社かの二者択一ではなく、「ふたり広報」というもうひとつの選択肢をつくることで、広報の可能性はもっと広がるのではないでしょうか。

比較的早く結果が出るセールスやマーケティングとは違い、広報はじわじわ効いてくることから、漢方薬にたとえられます。施策を打って、パッと効果が出るわけではありませんが、一度効けば長く持続するイメージです。

「ふたり広報」には多様なスキルを持つクリエイターがそろっているので、社内の取り組みを発信する採用広報のコンテンツづくりのような中長期的な施策を得意としています。ヒアリングには十分な時間をかけ、経営課題のとらえ方や広報戦略についても密に連携していきます。たとえば、プレスリリースの依頼があっても、経営課題を聞いて別のアプローチのほうが効果的だと思えば、そこから提案をすることも珍しくありません。

――あらためて、多葉田さんにとっての広報という仕事はどんなものでしょうか。

多葉田:
私は、経営課題の解決をサポートすることが広報の役割だと思っています。経営課題として採用に困っているなら、採用広報というアプローチで、コーポレートサイトをわかりやすくしたり、働いている人や仕事のやりがいをオウンドメディアを通じて発信したり、手法はたくさんありますが、目的に対して戦略と戦術を考える企画性が必要です。

正解はありませんが、その道筋を一緒に探っていけること、そして会社経営にダイレクトに貢献できるのが、広報という仕事の面白さだと思っています。

自分がハブとなって社内外の人とのコミュニケーションを円滑にする役回りでもあるので、応援者のような気持ちで、会社やサービス、そこで働く人たちを好きになり、好きの熱量を落とさないように伝えることを心掛けています。

――法人化された理由を教えてください。

多葉田:
「ふたり広報」をリリースしてから毎月クライアントさんが増え続け、10〜15社ほどから定期的に発注をいただけるようになり、より広報の仕事にコミットしたい思いが強くなったので、2023年1月末でTABIPPOの正社員を辞めました。20代最後の年を迎えて「もっと旅に出たい、時間と場所に縛られない働き方をしたい」と思ったのも理由です。

そして、2023年3月1日に「株式会社FLOW」を設立しました。これから先、私がやりたいことは必ずしも広報領域にとどまらないので、目の前の波に乗っていろいろな景色を見たいという気持ちを込めて、旅先で出あった”Go with the Flow.”という言葉から「FLOW」と名付けました。

初年度は「ふたり広報」の活動をさらに加速させつつ、別事業として、ライターキャリアの可能性を広げるオンラインスクール「Marble」にも注力しています。

企業側と働く人の両方に価値を提供していくために

――新事業であるオンラインスクール「Marble」はどんなものでしょうか。

多葉田:
「ふたり広報」が企業向けであるのに対して、「Marble」は個人に向けた事業です。さきほど「広報の固定観念をなくして柔軟にしたい」と話しましたが、そこには「未経験から広報になるのは難しい」という先入観も含まれています。自ら学んでキャリアアップしていけば、未経験から広報になることは決して無理ではありません

「Marble」は、インタビュー、編集、広報といった「書く」+αのスキルを身につけ、持続的なフリーランスライフを実現する少人数制のオンラインスクールです。書くだけでなく、自分の名前で仕事をするインタビューライターや、チームでメディアをけん引する編集者、スキルの掛け合わせでPR戦略を考える広報など、キャリアの可能性が広がります。

先日終了した1期は、23名の受講生のうち90%以上が大満足と回答してくれました。フリーランス広報として力を発揮できる人が増えれば、広報の可能性はますます広がっていくでしょう。卒業生のうち4人を「ふたり広報」のチームメンバーにスカウトできたのもうれしい出来事でした。2つの事業がFLOWの両輪となり、前に進んでいる実感があります。

――まさに、広報の可能性を企業側と働く人の両方に広げているのですね。最後に、多葉田さんがこれからチャレンジしたいことを教えてください。

多葉田:
個人向けの「Marble」とは別に、toBのビジネスとして、広報のライフキャリアに伴走し、企業の広報力を底上げするプラットフォーム「Marble Biz(仮称)」をつくりたいと考えています。目指すのは、「ふたり広報」「Marble」との掛け合わせにより、キャリア支援、スキルアップ、コミュニティが一体化した、広報の価値が最大化するサービスです。

ひとり広報は情報やノウハウがなく、相談できる人もいないのが悩み。企業側も、人材確保や育成、新しい広報・PR手法の導入をしたいのに、具体的な手段がなくて困っています。企業と個人を分断しない広報のプラットフォームをつくれば、両方の課題を解決できます

サブスク型で、「広報戦略」「企画」「ライティング」「インタビュー」「採用広報」「SNS運用」「プレスリリース」「メディアリレーション」などのアーカイブ動画を好きなだけ見られるほか、広報特化のコーチングを受けられるプランも用意。一人ひとりに足りないスキルを身につけてもらうだけでなく、広報仲間を増やす場づくりもして、企業側と働く人の両方に価値を提供したいです。

やりたいことは、これからもたくさん出てくるでしょう。「やってみたい!」という自分の気持ちに素直になり、目の前の波にうまく乗って、どんどん新しい景色を見ていきたいと思います。

(取材/文:ayan、写真:インタビュイー提供)

presented by paiza

Share

Tech Team Journalをもっと見る

今すぐ購読し、続きを読んで、すべてのアーカイブにアクセスしましょう。

続きを読む