デジタルトランスフォーメーションの未来を見据えた二人のリーダーによる特別対談が実現しました。今回のゲストは、『弁護士ドットコム』取締役の橘氏と『paiza株式会社』代表取締役社長/CEOの片山氏です。橘氏はクラウドサイン事業を牽引し、片山氏はITエンジニアのキャリア形成において重要な役割を果たしています。

対談のテーマ「DXと社会課題への新たなアプローチ」において、契約書のデジタル化からプログラミングの世界まで、思わぬ共通点が明らかになりました。この対談を通じて深く掘り下げられていくのは、時代の変化に対応し、その流れに乗るDXの本質。現代社会の変革の中心に立ち、新たな視点を提供する2人の言葉に注目です。

プログラミングと契約書を跨ぐ“DXの定義”とは

ーー一般的にデジタル技術を利用して既存事業を高度化する取り組みと、新しいビジネスモデルの創出という2つの側面から見たDXの定義があるかと存じます。お2人が考える「DX」とは具体的にどのようなものなのでしょうか。

橘:デジタルを活かして商慣習を変えることは、日本において特に重要なトランスフォーメーションだと思っています。シンガポールやアメリカでは、「デジタルスクラッチ」という概念があって、既存の長い歴史を持たない新しい企業が多い。デジタルを前提に新しくスタートできるので、経済成長や業務効率の向上がしやすいのです。

ただ日本には100年にわたる長いアナログの歴史があるので、その変革は非常に難しいですよ。だからこそデジタルトランスフォーメーションが必要になるのですけど、これはゼロイチよりも遥かに難しい課題だな、と。

片山:そうですね。すこし前までは、IT化というと業務のIT化が主流だったと思うのですけど、DXになるとビジネスモデル自体をIT化する話になるので難易度がかなり上がると思います。私はDXの本質は、ハードからソフトへの転換が大きいと思っています。おっしゃる通り、スクラッチから作る方が簡単なので、スタートアップには有利な状況なのではないでしょうか。

日本は高度経済成長期に加工貿易で成功し、ハードウェアに強い国として発展しました。その強烈な成功体験があるため、ハードからソフトへの移行が難しいのだと思います。とはいえ、世界的にはもうこの移行は進んでいます。まさに携帯電話がその最たる例です。携帯電話も最初はハードウェアでの差別化が重要でした。例えば折り畳みができるとか、カメラが付いたとか。ただスマホに切り替わり、ハードウェアでの差別化は徐々にできなくなり、次第に音楽ストア機能だったり、アプリストアだったりソフトウェアが中心になり、さらにはそれらを提供するためにiOSやAndroidというようにオープンソース化、プラットフォーム化していっています。これと同様の進化の流れは今後、多くの領域、産業で見られると思っています。

ーープログラミングと契約書は、事前の定義や構造化された処理が必要な点で共通していると思います。プラットフォームに移行する際の契約書で共通する部分はありますか?

橘:プログラミングのコードって、「If-Then」構文が基本ですよね。特定の条件下でどう分岐するか、どう作動するかが定義されていて。契約書も同様で、「これをしたら損害賠償が発生する」などの条件付きで「If-Then」構文が使われています。ただ、マシンは100%実行されますが、契約書は裁判官リーダブルであり、揺らぎがあるのです。契約書には解釈の余地がある分、まだソフトウェアからは遠いと思うのですよね。クラウドサインでは、契約書を紙から電子化し、プロセスを変革しました。とはいえ、契約書の内容自体はPDFのままで、ここに伸びしろがあると感じています。

片山:確かにそうですね。私も会社を立ち上げた時、多くの契約書を見る必要がありました。契約書を読むと、甲や乙、丙などの変数化や構造化がされています。分岐条件には確かに判例主義的な曖昧性もあるし、人間がただ構文を読んでいくだけでは抜け漏れがあることもあります。その抜け漏れをなくすためには、プログラミング的なアプローチが効果的じゃないかなと仮定したのです。判断する条件の部分は人が行いますが、その他の部分はプログラミング的にチェックできるものを作れるかもしれません。契約書を読んでいてそう思ったことがあります。それがさらに蓄積されていくと、解析や分析もできそうですよね。

橘:実は今年、契約書レビューを自動化することができるAIレビューツール「クラウドサイン レビュー」という製品を立ち上げました。これはAIを使用して契約書を審査するものです。

片山​​:実際にリリースしてみてどうですか?

橘:現在、クラウドサインとの直接の繋ぎ込みはまだ行っていなくて。AIは自然学習のフィードバックループが重要だと思うのですけど。レビュー自体は徐々に売れていて、ニーズは確かにありますが、クラウドサインとのシナジーをこれから構築する必要があるかと思っています。

ーープログラミング的な部分について伺いましたが、リーガルテックのプログラミング的ではない部分についてはどうでしょうか?

橘:むしろ、今はまだ似ていない部分の方が多い気がします。現在のリーガルテックにおける主な非プログラミング的な部分は、契約書がマシンリーダブルでないこと。将来的には、絶対にマシンリーダブルな契約書になるはずです。例えば、「If-Then」構文を使って特定の条件下で自動的に取引が完了するようなシステム。現在の契約書では、履行されない場合に裁判所で長い時間と費用がかかりますが、将来的にはAPIを叩くだけで自動的に取引が完了するようになるかもしれません。

例えば現在の契約書は「100万円を貸して110万円で返す」という内容で、履行されない場合は裁判所で長い時間と費用をかけて110万円を回収する必要があります。もう泣き寝入りするか、恐い人に取り立てを頼むような状況ですよね。でも「If-Then」構文を使用すると、裁判所に行かなくても、PayPayのコードやみずほ銀行のAPIを叩くだけで110万円が自動的に返されるようになる可能性があります。これが、マシンリーダブルな契約書への移行です。

今はまだ裁判官に申し立てを行って、国家権力を使って「If-Then」構文を実行するようなシステムですよね。スタンフォードでは、弁護士がCSSプログラミングを勉強する必要があるように、将来的には契約書を書いていく弁護士が生まれてくると思っています。

いつかは必ずくる未来に向けた、“法”へのチャレンジ

ーー2020年5月の規制改革推進会議で電子署名法と商業登記法が国の電子化を阻むもの、といったアプローチをされたと伺いました。その当時の課題感と訴えたかったこと、それから3年半経った今どうなっているかをお聞かせください。

橘:ソフトウェアを前提としない法律って、今なおものすごく残っているのですよね。例えば、ライドシェアやAirbnbのような新しいビジネスモデルに対して、現行の民法は規制中心です。イノベーションはソフトウェア側が常に先行し、それを是正することが現代の効率化の仕事です。クラウドサインに関しては、20年かけてソフトウェアの普及によりギャップが埋まり、2020年には法律上の規制が一切なくなりました。今後は政府の役割が終わり、民間がどのように普及させるかが課題です。

片山:おそらく、元々2001年に電子署名法が改正され、その後さまざまな事業が生まれてきたのだと思うのですが。そこから2020年の課題に至るまで、当時の時代背景も踏まえて、スタートアップを支援する弁護士の観点から、ロビイング含めどのようなアプローチを試みてきたのでしょうか。

橘:2001年に電子署名法が施行されたとき、クラウドは存在せず、ICカードを用いた本人確認手段が主流でしたが、これは普及しなかったのです。また、契約のためのカードを発行する方法はコストがかかるものでした。普及しなかったので、2015年に我々が事業を始めたときは、その法律に準拠しなかったのです。あえて法律に適合しないサービスを作り、我々が初めて法へのチャレンジをしました。少しずつ普及が進み、2020年にコロナが来たとき、国民からの要望の声も重なったのです。

ロビイングは、一社を有利にする政治的な行為ではなく、国民的要望に基づくものでなければなりません。エンジニアでいえば、今明らかにリスキリングの機会や技術者が足らないっていう課題があるので。政府与党にしっかり理解していただくと良いのかもしれませんね。リスキリングは相当な補助金が今出ていますし。今、半導体の方に投資していますけど、ソフトウェアエンジニアも、誰かが政治的なアクションをとった方がいいと個人的に思っています。

片山:電子署名法の変化について、コロナ禍による社会の変化も一つ大きなポイントになったかと存じます。後から振り返ると追い風的な要素もあったかと思うのですが、変わる前の段階では、事業的な資金が「どれくらい耐えられるか」という懸念もあったのではないでしょうか。

橘:そうですね。当然、電子署名法が変わっていない状況もあったと思っています。ただ、それでも事業を伸ばす方法はあるのです。いつか必ず来る未来に向けて動いていたというか。10年単位ではいつ来るかわからなくても、20年単位で見ると100%だと思っていました。その時にリスクを取れる資金的余裕やリソースを考えることも、事業家の重要な仕事ですよね。まさにpaizaさんでは、「エンジニアをこの国で増やさなければならない」っていうのは、100%見えている未来ではないでしょうか。

片山:そうですね。日本の人口が減っているので、このままでは国力や社会保障も弱くなると思っています。そのためにITによって一人当たりの生産性を上げる必要があると考えています。我々は最初、ITエンジニアのマッチングや流動化の領域から入りましたが、ITエンジニアの人数自体が増えなければ効果は薄いですよね。大事なのは現状いる人の生産性を上げるだけではなく、ITエンジニアやIT人材の絶対数をどう増やしていくか。そうなるとリスキリングの文脈もありますし、学校教育も重要です。学校教育に関しては無償で提供する方向で、長期投資になりますが、そのリスクを取っています。

橘:それは非常に重要ですね。それも(一歩進んだのは)コロナ禍がきっかけですか?

片山:はい。ただ元々、ギガスクール構想はあって。プログラム教育の必修化が見えていたので、その前からコンテンツを作ってきました。ただ、高校の先生方と話をすると、現場のIT化はなかなか進んでいないようです。学校ではMicrosoft Teamsを使っているようなのですが、Teamsでチャットを送っても、そもそも朝来たらパソコンを開く習慣が先生にはない! なのでチャットを送っても読まれないから、チャット後にチャットを送った先生の所にはしっていって「チャット読んでください!」と直接会って確認する必要がある状況だと聞きました。これでは、プログラミング教育はなかなか上手くいかないですよね。

プログラミング必修化については、国も官僚の方々がいろいろな海外事例を参考に考えて、コンピュータサイエンスに真剣に取り組むべきだという流れからでたものだったのですが……。実際に現場に落とし込む際には、プログラミングを教えるのは無理だという現場の猛烈な反発にあい、結果的には「教科書読んでね」で、すまそう、という状況の変化がありました。だからこそ今、こちらとしては民間でしかできないスピードで取り組んでいます。

ーーおっしゃる通り、DX推進における大きな課題は「DXを推進する人材不足」ともいえます。IT業界でDXに必要な人材が不足している問題を解決するには、どうすれば良いと思いますか?

片山:そうですね。私は1997年頃からインターネットに触れたのですが、仕事の自動化を通じて、生産性が大きく向上したことを実感しました。このような経験ができるかどうかが、経営に大きく影響すると思うのです。実際に体験しないと理解は難しい。だから、多くの人にプログラミングを体験してもらい、自動化が可能だと感じてもらうことが重要だと思っています。

私たちのビジネスでは、エンジニアを増やすことは大事ですが、現エンジニアやエンジニアを視野に入れている方々以外にも、プログラミングを扱う将来の経営者がいるかもしれません。プログラミングを学んだ企画担当者や営業担当者が、新しい事業を立ち上げると、イノベーションが起こると思っています。そう考えると、大切なのはまずは基本的な知識を身につけることですよね。

橘:プログラミングの義務教育はいつから始まったのでしたっけ?

片山:小学校では2020年、中学校では2021年、高校では2025年からです。大学入試では1科目として扱われています。

橘:ということは、プログラミングを学んだ生徒が社会人として卒業するのは、最短でも4〜5年後ですね。

片山:私もそれに期待していました。しかし、実際は教科書の配布だけで終わってしまい、プログラミング教育は教科書のごく一部にとどまっています。先生方にとっては大変で、「このバグはどうしたらいいですか」と聞かれても、プログラミングを学んでこなかった先生方にとっては負担になることもありますでしょうし……。

橘:補助金が降りそうな感じもしますけどね。

片山:私たちの方向性としては、先にデファクトスタンダードを作り、そのあとに国としてそれに乗っかってもらえばいいかなと思っています。やはり、国として動こうと思うと、いろいろな利害やしがらみがあるので、スピード感を持った動きは無理だと思います。現状、私たちは無償でプログラミング学習サービスを学校に配布しており、そこで登録した人たちを対象に、新卒の就職活動サービスを提供しています。マネタイズは新卒採用企業からの採用フィーで成り立たせており、今のところ、新卒サービス売り上げの約3割が、この無料提供の流れから生まれています。学校向けのサービスは長期的な目線で投資をして、最近になってようやく収益化ができるようになってきた、という状況です。

グローバルな市場で通用するデジタルサービスとは?

ーークラウドサインの成功により、日本のハンコ文化におけるDXも進んだと思っています。これは、DXの成功例の一つですが、これを踏まえ、今後の日本のDXを加速するために必要なものやこと(技術や規制の緩和など)は何だとお考えでしょうか?

橘:そうですね。DXは進んでいるようで、まだ十分ではないと思っています。日本で本当にデジタルで革新的なものを生み出した事例は少ないです。そのため、我々が何かをやる際には、AWSのようなアメリカが作った基盤の上でビジネスを展開しています。セールス活動でも、Salesforceなどの外国製品を使ってデジタル化を進めています。日常のオフィスワークも、iMacやMicrosoft Officeを使っていますが、日本が生み出したものでデジタル化を進めている例はほとんどありません。

デジタル化を生み出すことができる人材と、それを使うことができる人材は異なります。アメリカやグローバルで通用するデジタルソリューションやサービスを作ることは、日本ではほとんど行われていません。肌感ですが、インターネット産業の90%は外国企業が占めています。これは大きな課題ですが、たとえ日本で生産できたとしても、売り上げの大部分はアメリカに流れるという状況です。

ーーでは、新規事業を始める際に大切にしている哲学はありますでしょうか?

片山:私の場合、まずマーケットの構造的な課題を見つけ出し、それを埋める事業を作っていくことでしょうか。こちらのスキルや能力と、それを活かせる分野を考えた上で、どのマーケットにアプローチするかを考えます。ただ、物余りの時代なので、販売先が見つからないケースも多いです。マーケットの構造的な課題を見つけ、大企業が参入しにくい、空き市場をうまく見つけることを重視しています。

橘:社会が見て見ぬふりをしてきた大きな課題に取り組むこと、ですかね。現在、クラウドサインの次の事業として「Meeting Base」という会議のDXに取り組んでいます。例えばPayPayが誕生するまで現金決済が主流だったことも、解決されていなかった大きな課題でした。給与決定など、現在のシステムには多くの問題があると思います。そこに、大きな怒りを感じています。

ーー怒りが事業創造の根源にあるんですね。ちなみに、最近橘さんが注目している、「怒りを感じるポイント」は?

橘:会社という仕組み自体が、そもそもバージョンアップする必要もあると思います。株式制度では、株を持っていないと経済的利益を得られません。これは本来正しいのかが問題提起されて然るべきで、Web3.0がそのチャレンジをしています。雇用の仕組みも、指揮命令権に基づいて従わなければならないという点も、変えるべきだと問題意識を持っています。例えば、Slackなどのソフトウェアが民主化を進めているのは、そういった変化の始まりなのではないでしょうか。こうした革命的な製品は、この先もどんどん生まれると思います。従業員に評価されるCEOや、ソフトウェア開発など、小さな行動や革命によって会社を変えていけるはず。

ーーそれでは片山さんが、注目している社会課題や新規事業への構想なども教えてください。

片山:関わっている領域に近い話をすると、日本の雇用の流動性が低いという問題があります。労働者を守る意味はあるのですが、その結果、斜陽産業にいる人たちが移動しづらくなり、成長産業への流動が阻害されています。労働者側から見れば、雇用を守りたいという意向もあって。この状況でイノベーションを起こすことは、大きな課題だと思っています。

もう一つ、重要だと考えているのは、私たちは人間であり、生命体であるということです。どう進化していくかという視点が、最終的には最も価値があると思っています。例えば、人類の滅亡や地球の住みづらくなる問題に対して、火星への移住計画などが立ち上がっています。人間がどう生きるべきか、生命の価値に関わる問題に取り組んでいるという点で、宇宙領域は単純に面白いと感じていますね。

片山:せっかくなので最後に一つ、橘さんに私からお聞きしたく。最近、ジェネレーティブAIの話が注目されていて、イノベーションを起こす一方で権利関係が複雑だという話があります。しかし、日本の法律上問題がないという見解もあるようですね。弁護士として、この流れをどのように見ていますか。

橘:現実的なシナリオとしては、法律の捉え方は国によって異なるので、米国の成分法がどうであれ、企業家はそれを無視して進むと思います。「社会的実態に基づいて進み、技術に合わせて法律が変わっていく」と言いますか。現在のルールや成文法は、技術においてそれほど重要ではありません。海外での流れが、何年後かに日本で輸入されるでしょう。

片山:つまり、今は待つしかないということでしょうか。

橘:はい、現時点ではそうなると思っています。問題はルールではなく、ジェネレーティブAIの潮流は主にアメリカで起きており、Google、Facebook、OpenAIが戦っている状況です。日本でもアプリケーションレベルでビジネスを展開しようとしている企業はあると思うのですが、根本的なジェネレーティブAI自体を現状作れていない。もはやその点は、個人的に危惧している点でもあります。

片山:なるほど。リスクを取って行動して、それがスタンダードになって、法律が追いついていく……。しかし、日本ではそういったチャレンジが難しく、日本からグローバルな定義を出すのが難しい土壌があるように思えます。その点についてはどう思われますか?

橘:おそらく、仮に日本でジェネレーティブAIを作ってグローバルな市場で勝てていれば、経済産業省も応援していると思っています。それなりに、国家的支援もあるでしょう。問題はアントレプレナーや技術者が不足していることです。アメリカは移民を受け入れて成長しているように、日本人が生み出さなくても問題ないんですよ。逆に、例えばNotionは京都で作られていますし。そういった意味でも、日本にソフトウェアエンジニアを一人でも多く生み出すことを応援しています。

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(取材・文:すなくじら、撮影:渡会春加

presented by paiza

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