日本の代表的なDX施策として注目される電子契約の分野で、国内トップクラスのシェアを誇るのが弁護士ドットコムの「クラウドサイン」だ。伝統的な判子文化を打破し、電子契約を普及させようとする同社の取り組みは、DX推進において日本企業が学ぶべき点が多く含まれている。弁護士ドットコムは、電子契約を国民的インフラとして1億2千万人に届けることを目指している。
今回話を伺ったのは、弁護士ドットコム株式会社取締役の橘大地氏。もはや、今の電子契約の時代を「見通していた」という橘氏だが、その時代を追い越す先読みの視点には驚かされる。国内トップシェアを獲得した「クラウドサイン」の事業を経て、橘氏が目指す“次のステップ”について、語ってもらった。
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「クラウドサイン」から考えるAIと契約書のシナジー

「クラウドサイン」のリリースから8年。その間に同サービスは数々の進化を遂げ、従来の紙ベースの契約プロセスをデジタル化してきた。橘氏は「最初は締結部分に重点を置き、機能を絞って締結ソリューションとして進歩してきました。結局、(契約書を)紙で印刷して郵送する必要があったからです。その後、法改正もあり、ようやく市場に大きく受け入れられるようになってきました」とこれまでを振り返る。
現在の「クラウドサイン」は、過去の紙の契約書もクラウドで管理する機能や、AIを活用した契約書レビュー機能「クラウドサイン レビュー」を導入し、交渉時の機能も含め、トータルソリューションとして成長を遂げているという。
2001年4月の電子署名法と、2020年11月の押印廃止法が「クラウドサイン」の重要性を高め、デジタル化への移行を加速させた。橘氏は「AIで契約書をレビューすることが弁護士法に抵触するかどうかが議論になったんです。私も規制改革推進会議に参加しました。その結果、法務省から弁護士法72条に関するガイドラインが示され、レビュー市場に参入しました」と述べる。AIと契約書のシナジーについては、「AIを活用した契約書レビューには大きな可能性があります。効率化と正確性の向上が期待できるだけでなく、過去の情報を遡るのにも有効です」と橘氏は強調する。
さらにAIと契約書の活用法には、これからの進展を期待できる余白も残されているとのこと。
「契約書のレビューだけでなく、リスクがある契約書の特定や過去20年間の契約書を分析してアラートを出すこともできるはず。契約違反が発生しているにも関わらず気づかないケースに対しても、AIを使用すれば情報をピンポイントで提供することが可能です。契約書って結んだ瞬間に内容を忘れがちなので」
不当な契約から身を守るためにも、今後のAIとの相性は気になるところ。まさに「クラウドサイン」は、法的な契約プロセスのデジタル化を推進することで、ビジネス環境の変革を実現している。

日本の電子契約サービス市場は多様なプレイヤーが存在するが、その中で「クラウドサイン」は他の製品と一線を画す存在だ。後発ながらも国内シェアNo.1の地位を築いたこのサービスは、デジタル化の波に乗り、革新的なアプローチで市場を席巻している。
現在、250万社以上が導入している「クラウドサイン」だが、その成功の要因は「電子署名法に準拠しなかった初めてのサービス」という点にあるという。
橘氏は「2001年に市場に登場した際、多くの製品が参入していましたが、結局普及には至らなかったんですよね。電子署名法に準拠することはUXを阻害するため、存在を理解しながらある意味で法を前提とせずにサービスを立ち上げた点では、うちは“最後にして最初”だったんですよ」と語り、最後発でありながら業務起点では最初のサービスとして成功を収めたと述べる。さらに「2019年にテレビCMを放映し、大規模なプロモーション費用を投じたことも成功の一因です」との声も。当時、この分野でテレビCMを行っていた企業はなく、大胆なマーケティング戦略が功を奏したと言えるだろう。
実際に「クラウドサイン」を使用すると、その利便性に驚かされる。橘氏は「実は、お客様からのフィードバックで最も多かったのは機能や料金ではなく、“クラウドサインを流行らせてほしい”という声でした。このため、テレビCMを展開し、プロモーション戦略を実行しました。これは単なるビジネス戦略ではなく、顧客の声に応える形で行ったものでもあるんです」と話す。
これまでの「ハンコ文化の商慣習」に終止符を

せっかくなので、現在の日本の印鑑文化の評価についても意見を伺った。
「もう完全に(電子契約への)移行は間違いないと思います。最初の事業責任者として、大きな役割は果たしたと思っていて。2020年以降、市場は大きく開かれ、これからさらに発展していくと考えています。最初の一歩を踏み出したので、これからは市場を日本全体に広げていきたいですね。まだ1億人が使用するという目標までは道の途中です」
紙ベースの契約書の義務がほぼなくなったことについて、橘氏は「河野(太郎)大臣の功績により、1,000以上の法律が変わり、大きな変化がありました。不動産業界など、紙の契約書の作成が義務付けられていた業界も、法律上はほぼなくなっています」と語る。「自分も不動産テック協会の理事になり、積極的に取り組んできました。一部、不動産登記などはまだ残っていますが、これもいずれ変わると思います」。橘氏の発言からは、日本の契約文化がデジタル化に向けて大きく動いていることが感じられた。
日本のリーガルテック市場は近年多様化しており、多くの革新的な企業が登場している。この動きについて橘氏は「弁護士や医者が起業家として活躍すること自体がすごいことです。これは私が夢見ていた時代の到来です」と評価する。橘さん曰く、起業する人の数が10倍になれば、新しい可能性も10倍になると指摘し、大きな成功が可能であると見ているとのこと。ベンチャーキャピタルの資金量の増加と、リスクを取る資金が増えていることが、この領域の発展を後押ししている。
橘氏は、「とはいえ、『クラウドサイン』の認知度はまだ20%程度。国民的なサービスにするにはさらなるイノベーションが必要です」と述べ、さらなる成長を目指していることを明かした。彼が次に取り組んでいるのは、ミーティングマネジメントツール「MeetingBase(ミーティングベース)」だ。「『クラウドサイン』の事業責任者として、50年単位では普及する未来を見出したと思います。今は『MeetingBase』の新しい価値創造に専念しています」と語る橘氏。彼は、「契約書の郵送も面倒ですが、それよりも1日に4時間から5時間を占める会議が大きな課題です」と指摘する。
「2020年以降、会議ソフトウェアは米国で大きく普及し、ミーティングマネジメントソフトウェアの市場が急成長しています。しかし、Zoomのようなソフトウェアは移動のイノベーションに過ぎず、会議の本質的な無駄を減らすことはできません。会議の質の向上が重要で、この領域に参入することが大切だと思います」
橘氏のビジョンは、単に会議を効率化することにとどまらず、その質を根本から変えることにあるのだろう。
「MeetingBase」が可能にする“全員が発言しやすい”会議のカタチ

一方で、ミーティングマネジメントソフトウェアの市場は、まだまだ国内の認知度は低いそう。確かに周りを見渡しても、正直なところ競合製品の名前はパッと思いつかない。「2015年に『クラウドサイン』をリリースした当初、多くの人が『そんなに変わるわけない』と思っていました。現在の会議も同様に、変化に対する認識が低い。この認知を変えるためには、メディアや出版社との連携が重要です。少なくとも3年間は大きく騒ぎ続けるつもりです」と冗談まじりに、これからの会議の変革への決意を感じさせた。
橘氏は「1人では決められないことも、2人以上で討論することでより良い結果を導き出せます。学校のディベートやスポーツチームなど、2人以上が集まる場面において、我々のサービスが貢献できると考えています。特に教育現場での活用には大きな可能性があると感じています」と続ける。
「多くの人が会議の意味を見出せていない現状を変えたいです。新人や若者には発言権が確保されていない会議が多く、今この瞬間にも多くの人がその被害者となっています」という言葉には、「会議をもっと楽しく、新しく」という「MeetingBase」の標語に重なる精神が宿っていると感じられた。
特に注目すべきは、『MeetingBase』がもたらすコミュニケーションの変革だ。「音声で話している間に、『MeetingBase』上でコメントが50件つくこともあり、エンジニアや若手もコメントし、経営者の意思決定に対してスタンプを押すことができる。このように、『MeetingBase』を使うと、音声で『ちょっと待ってください!』質問があります』と言えない状況でも、意見を表明できるようになるんですよね」と橘氏は説明する。
また、橘氏は「MeetingBase」の効果についても具体的な成果を挙げて説明してくれた。本サービスには会議終了後のフィードバックとして実施される満足度調査があるという。
「わかりやすい例を挙げると、会議の数が半分に減り、その一方で意思決定数が2倍になったことが定量的に証明されています」「顔出しや音声での参加が不要になり、『MeetingBase』上でスタンプやコメントが可能になりました。これによって、全員が発言しやすい会議が成立するようになると思っています」
さらに、橘氏は「MeetingBase」の導入が、若手社員の意見形成やモチベーションの向上に貢献していると強調した。
「以前は8人が集まっても、実際に会話に参加するのは2人だけで、残りの6人はぼーっとしていることも多かったと思います。『MeetingBase』を使うことで、その状況が変わりつつあります」「ここまで来れたのは、『クラウドサイン』を支持してくれたお客様のおかげです。次は会議の波を起こすので、ぜひ、引き続きのご支援をお願いします」と橘氏は呼びかける。
新しい会議の形が導く“これから”に思わず胸が躍る。弁護士ドットコムの新事業「MeetingBase」はまたもや、時代の先駆けとなることだろう。「MeetingBase」があらゆる企業に取り入れられた未来は、どんな世界になるのだろうか。この新事業の行く末から、目が離せない。
エピローグ
橘氏のもとで成長を遂げた「クラウドサイン」は、日本の伝統に新たな息吹を吹き込んだ。彼の先見の明と、困難な課題に立ち向かう決意は、他のビジネスリーダーや起業家たちにも大きな刺激を与えていることだろう。
デジタル時代を牽引する中で、橘氏が心掛けてきたのは、革新的でありながらもユーザーフレンドリーなアプローチだ。「クラウドサイン」は、印章文化とのある種の因縁に終止符を打ち、ビジネスとテクノロジーの可能性を新たな次元へと引き上げた。橘氏のアプローチは、複雑な問題にも臆することなく、常にユーザーのニーズを最優先に考える重要性を浮き彫りにしている。
「MeetingBase」のトピック然り、私たちに必要なのは悪しき慣習を「変えることができる」という思考なのかもしれない。固定観念に囚われることなく、柔軟に思考する姿勢。それこそがビジネスの停滞を回避し、新しい道を切り開くために最も必要なスキルなのだろう。橘氏とクラウドサインの改革の物語は、常に進化し続けるビジネスの世界で、重要な教訓となるだろう。
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(取材・文:すなくじら、撮影:渡会春加)
