2022年10月。AIによる自動運転で北海道1,480kmのうち約95%を走破したというニュースが話題を呼びました。

このプロジェクトを成し遂げた企業は、完全自動運転EVの開発に挑むスタートアップのTuringです。

Turingは、AI将棋「Ponanza」を開発した山本一成氏、カーネギーメロン大学で自動運転の博士号を取得した青木俊介氏により、2021年8月に創業。「We Overtake Tesla(テスラを超えよう!)」をミッションに掲げ、国内約70年ぶりのカーメーカーとして世界の自動車産業に挑もうとしています。

Turingの自動運転は「人間が目で見たものを頭で判断して運転する」ように走行できるのが特徴です。車内と車外に設置されたカメラで周囲を認識し、データをAIで処理することで、現在はレベル2の自動運転を実現しています。


Turing株式会社公式サイトより

さらにTuringでは、実際の業務でもAIソフトを活用しています。2023年3月には、画像生成AI「Stable Diffusion」を活用してデザインした完全自動運転EVのコンセプトカーを公開しました。

AIをコア技術とするTuringは、なぜソフトウェアだけではなく、自動車の製造に挑戦するのでしょうか。そして、事業でどのようにAIを活用しているのでしょうか。Turingの共同創業者であり、CTOの青木俊介氏に話を伺いました。

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【青木俊介さん プロフィール】

1989年神奈川県生まれ。Turing株式会社CTO。2014年に東京大学大学院の修士課程を修了し、アメリカ・カーネギーメロン大学に留学。自動運転の分野で2020年に博士号を取得。日本へ帰国し、名古屋大学 未来社会創造機構で特任助教を務める(現在も併任)。 2021年に国立情報学研究所の助教に就任し、 同年8月にTuring株式会社を創業。

AI技術をコアに、日本から大きな事業を興す

ーーTuringのコア技術はAIですが、自動車製造にも挑戦されています。その理由を教えていただけませんでしょうか。

日本なら大きな産業をつくりたいという想いで、グローバルで300兆円規模の市場を持つ自動車産業にチャレンジしようと考えました。

自動車産業を見渡したときに、中国やアメリカなどの海外では自動車のスタートアップが登場しています。ただ、日本では現れていません。

資金調達や技術の壁はありますが、自動車産業が強い日本からもテスラを追い越すような会社が出てこなければいけない。完全自動運転が実現すると、ソフトウェアもハードもガラッと変化します。新しい市場で、われわれは世界に挑んでいこうとしています。

ーーTuringは、テスラをベンチマークにされています。事業領域について、お聞きしてもよろしいでしょうか。

テスラを追い越すような会社をつくりたいと思い、Turingを創業しました。そのため、テスラが取り組んでいることは全てやらないといけないと考えています。Turingでは、完全自動運転のシステムを作り、EV車の製造から販売、整備も手がけていきます。

ーーありがとうございます。創業から1年経った2022年の10月には、AIによる自動運転で北海道を走破したことが話題になりました。

これまで公道で長距離を走ったことがなかったんですよね。長距離の走行テストを実施するなら、大きくやってみたほうが面白そうと思い、北海道で自動運転の車両を走らせました。

テストコースではなく公道での走行のため、課題やトラブルも生まれます。チームのみんなが「トラブルに対応しないといけない」と思い、その問題に対応していくことが重要でした。10日間で1,480kmを走り抜けましたが、チームとしていい経験が積めました。

ーー北海道の走破から3ヶ月後の2023年の1月には、Lexus RXに自社の自動運転システムを搭載した「THE 1st TURING CAR」を1台販売しました。


Turing株式会社公式サイトより

製品をしっかりつくって市場に出すというのは、われわれにとっても大きな経験でした。自動車を早く販売しようと計画していたため、創業から1年半のタイミングで実現できたことに胸をなでおろしています。

想定ユーザーだけがいる状態はよくないと思っているんですよね。開発のみに集中すると、ユーザーのニーズとエンジニアのニーズが大きく離れる可能性がある。技術を製品に落とし込んで販売するからこそ得られるものが大きいと考えています。

ーー完全自動運転には、大規模モデルのAIが必要と聞きました。その理由について教えていただけませんでしょうか。

現在、自動車業界で実現している自動運転は、レーダー・GPS・マップを使用したシステムです。マップとセンサーを活用する家庭用のロボット掃除機をイメージしていただくとわかりやすいでしょうか。

現行の自動運転システムでは、道路状況の不確実性に対応するために、どんどんモジュールを増やしていくんですよね。ただ、モジュールを増やしたとしても、道路の不確実性はマネジメントしきれない。

レベル1 ドライバーが主体。システムがおこなうのは自動ブレーキなどの運転支援のみ。
レベル2 ドライバーが主体。
システムがハンドル操作、アクセル・ブレーキなどを支援。多くのカーメーカーが実用化に成功。Turingが販売した「THE 1st TURING CAR」の自動運転システムもレベル2。
レベル3 限定エリアでシステムが全ての運転をおこなう。ただし、緊急時はドライバーが対応。

2021年にホンダが世界で初めて実用化に成功。メルセデスも実現しているが、まだ開発できていないメーカーが多い。

レベル4 限定エリアでシステムが全て運転制御をおこなう
レベル5 システムが全てのエリアで運転制御をおこなう。完全自動運転

ルートを決めて、起こりうる事象を学習すれば、レベル5の自動運転を実現できるという意見もあります。しかし道路で起こる事象は、数えきれません。たとえば、運転をしていて、猫が道路を横切ったり、道路にダンボールがひとつあったりするだけで、パターンは増えてしまう。組み合わせが無数にありますよね。わたし自身、自動運転の研究をずっと行ってきましたが、現行システムの延長で自動運転レベル5の実現は難しいと感じています。

ーーAIを活用すればその課題は解決するのでしょうか。

大きな基盤モデルがあれば可能だと考えています。カメラで周囲の状況を認識し、AIが運転方法を判断。そして、AIの判断を自動車の操作に反映していくーー運転に対する判断をAIに任せるイメージですね。

AIのアウトプットの精度は急速に高まっています。たとえば、ChatGPTに「トラックの横からボールが転がって来ました。この後、起こりうる事象を教えてください」と入力すると、「子どもが飛び出してくる可能性がある」「トラックの裏から人が飛び出してくる」「反対車線から車が走ってくるので注意が必要」と具体的に起こりうる事故の可能性が出力されるんですよね。

このような急速なAI技術の発展を見ていると、今後10年以内には完全自動運転は実現可能だと思います。Turingでも、完全自動運転を実現できる基盤モデルを開発し、自動車に搭載していくことを計画しています。

コンセプトカーの設計に画像生成AIを活用

ーーここからはTuringでのAI活用方法についてお聞きしていきたいです。業務ではどのようにAIを活用しているのでしょうか。

Turingでは、業務のあらゆる面でAIを活用しています。たとえば、ブレインストーミングにおけるChatGPTの活用です。ChatGPTにプロンプトを入力し、10個ほどアイデアを出してもらうと、意外な視点のアイデアが1個は出てきます。

また、ソフトウェア開発でコードを書くときやテストをおこなうときにも使用しています。AIを活用していると、実質2倍の成果を出せるような体感があるので、これからは社員がAIを活用していく時代になるのではないでしょうか。

ーー画像生成AIの「Stable Diffusion」を活用して、コンセプトカーも発表されていました。

実は「Stable Diffusion」を初めて使ったときは、コンセプトカーを設計できると思っていませんでした。ただ、画像生成AIのStable Diffusionにプロンプトを入力して、画像を作ってみたら、想像以上の結果が出力されたんです。「本格的に設計に活用できそうだ」と考え、カーデザインの会社と協業してコンセプトカーのデザインを作り始めました。

ーーデザインの設計はどのように進めたのでしょうか。

まずデザインの方向性について、協業会社とすり合わせを行いました。次に、コンセプトと必要な機能の言語化を実施し、複数のキーワードを抽出。その抽出した要素をプロンプトに起こし、Stable Diffusionで大量に画像を生成しました。プロンプトの調整や画像生成を何度か行って、2次元のデザインイメージを作りました。

コンセプトカーのモデルをつくるためには、2〜3ヶ月かかるのですが、今回のコンセプトカーは1.5ヶ月で完成したんですよ。開発期間は、約半分ですね。ヨーロッパからの問い合わせもあり、反響は大きかったです。

ーーAIの進歩は革新的だと思います。Stable DiffusionやChatGPTは、どのような特徴に強みがあると思いますか

誰でも利用できる状態になっていて、AIを使用するエンジニア以外も使いやすい部分ですね。

Stable DiffusionやChatGPTのような大規模言語モデルが研究用途で開発されるのはイメージできますし、もしかしたらもっと高機能なAIも生まれるかもしれない。

ただ誰にでも使える状態で、使いやすい設計になっているのは、Stable DiffusionやChatGPTならではと思います。

2030年までに自動車をつくるために、奇跡を数回起こしていく

ーーこれからのマイルストーンを教えていただけませんでしょうか。

2023年5月に工場を稼働させ、2025年までに自動運転のEVを100台販売します。そして、2030年には10,000台を販売するという事業計画を立てています。

2023年の「J-Startup」にも選んでいただき、これから車づくりを加速させていくために、数百億円以上の資金を集めていかなければいけません。乗り越えなければいけない壁は大きいですが、日々会社として戦略を練っています。

ーー最後の質問です。世界で自動車を販売していくために、意識していることはありますか。

ゼロベースで自動車を生産していくには、まだまだ奇跡が必要です。工場で自動車の生産体制を構築したり、自動車製造に必要な資金を調達したりとハードルは非常に高い。

ただ、新しい自動車メーカーは出てこないだろうと言われていた中で、テスラは登場しました。自動車を作り始めて10年で、トヨタ自動車よりも時価評価額で上回っています。

われわれもテスラの辿って来た道をなぞりながら、最終的にはテスラを追い越すような会社を目指していきます。まずは、この数年でしっかり車両を開発していきたいですね。

(取材/文/撮影:中 たんぺい

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― presented by paiza

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