Googleにて約16年間、とくにGoogle検索領域では10年以上にわたりユーザーからの質問に回答しながら、全国各地での講演活動を積極的におこない、Google検索のEvangelist として活躍。2023年にGoogleを卒業し、株式会社Digital Evangelistを創業した。

「インターネットを通じて、すべての人々が豊かで幸福な生活を送ることができる社会の実現」というミッションを掲げ、インターネットをはじめとしたデジタル技術を誰でも使えるようにすること、そして子どもからシニア層まで誰もが安心して使えるインターネットを実現するための第一歩を踏み出したばかりの金谷武明氏に話を伺った。

金谷武明プロフィール
1995年 上智大学法学部法律学科卒業
2015年 慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科修了
2002年から2007年まで大手ゲーム会社に所属し、eCommerceの黎明期にECサイトの制作、運営に携わり、Webサイトやフィーチャーフォン、モバイルゲーム機や据え置き型のゲーム機など、さまざまなフォーマットに向けた制作の経験を積む。2007年からはグーグル株式会社(現在はグーグル合同会社)において、オンライン広告、検索、そしてAdSenseやAdMobなどのポリシー担当などオンラインビジネスの収益を支える主要プロダクトに幅広く従事。とくに検索領域では10年以上にわたりYouTubeにおけるGoogle検索への質問に回答したり、地方での講演を積極的におこなうなど検索の Evangelist として活動。

さらに、ブログホスティング各社との連携や、Trust&Safety分野の業界団体の運営を通して、日本のインターネットの不正対策や新しい不正行為対策の業界全体の標準を上げることに尽力。また、個人として地方自治体や大学などでの検索講座をおこなうなど情報リテラシー教育にも取り組む。

これまでのキャリア・経歴


自分のキャリアは少し特殊だと思っています。

大学入学後、間もなくバブル経済が弾け、就職氷河期が訪れました。僕も就職ができなくて留年したり、1社目の会社を3ヶ月で退職して無職になったりして、20代なかばにして自分のことを「働くことに向いていない」と考えるようになりました。そこで、仕事にやりがいを見出すのとは違う生き方をしたい、と考えていたんです。その結果、ひとまず大学時代に休止していた音楽活動を再開させました。実は今でも、それほど勤労意欲は高くないんですけどね(笑)。

当時、Windows95が普及し始め、インターネットが一般の人でも利用しやすい環境になりました。僕もMacの入門機であるPerformaを購入し、自分たちのバンドのWebサイトをつくって、自作の曲やライブの映像など当時のネット回線はとても遅かったので色々工夫しながらさまざまな情報を発信しはじめました。インターネットに国境はありませんから、もしかしたらミック・ジャガーが自分の曲を聴くかもしれないと思うと「なんてエキサイティングな時代がやってきたんだろう」とワクワクしていたのを今でも覚えています。

これは現在でも変わらないと思いますが、未経験者が仕事を探すには大きな壁が立ちはだかるものです。1社目の会社を3ヶ月で退職し、無職になったとき、どこも受けることができなくて困りました。まだ第2新卒なんて言葉もなかった時代。中途は経験者採用だったのです。たった3ヶ月で退職して無職になった僕には応募できる求人が全くありませんでした。

そこで、大卒ではなく高卒の求人まで視野に入れたのですが、書類選考で落とされてしまいました。そこで大学が法学部だったので、一般企業への就職は諦めて法律関係の仕事を探していたところ、ありがたいことにとある特許事務所にご縁をいただき、7年ほど特許や商標などの知的財産関係の仕事に従事することができました。

特許事務所で働きながらも、バンド活動は本格的に続けていました。ただ、30歳が近づくにつれて、さすがにプロとして生計を立てるのは難しいだろう、とようやく気づいたんです。そのころから映像関係(AfterEffectsとか)の仕事に興味を持ち始めました。しかしながら操作はできたものの30代で業界未経験者ですから、普通に考えたらクリエイターの仕事に転職できるはずはありません

そこで考えを変えてみることにしました。いきなりクリエイターの仕事を目指すのではなく、クリエイティブ部門のある会社の特許部門に転職し、異動で映像関係の仕事に就けないかという二段階方式です。

ありがたいことに大手ゲーム会社の法務部門に入社が決まり、法務の仕事に1年半ほど従事しました。クリエイティブな仕事は意識しつつも目の前の特許の仕事にも全力を注いでいたのですが、やはりフィットすることが出来ず、その時に見つけたWeb関係の社内公募に応募。映像関係ではなかったのですが、無事にWebの部署に行くことができました。そこが僕のWeb人生のはじまりだったのです。

その後、2007年にグーグル株式会社(現在は合同会社)に転職し、オンライン広告チームでのキャリアを経て、検索チームの仕事に従事することになりました。活動内容はお話できないことも多いのですが、検索のEvangelistとしてセミナーや講演をおこなったり、YouTubeを利用したGoogleポリシーオフィスアワーなどでは、Web制作者やSEO(検索エンジン最適化)などに関わる方などを対象にGoogle検索についての正しい知識や考え方、ポリシーなどを回答する仕事などをしていました。

実はここ5年くらいはチームの方針の転換などもあって検索の仕事から離れ他の仕事をしていたのですが、オフィスアワーはボランティア的に実施していました。なくすわけにはいかないな、と思いましたので。Googleにとって貴重な社外の方との接点でもありましたし、そんなみなさんからのフィードバックはとても有益でしたし、非常に良い時間を過ごすことが出来たな、と思います。でもそんないわゆる“0%ルール”的な仕事を認めてくれてた当時の上司や検索チームのみなさんの柔軟性に感謝です。

そして2023年5月31日をもってグーグル合同会社を退職し、2023年6月1日より自ら創業した株式会社Digital Evangelistでの業務を開始することになりました。

Digital Evangelistを設立した経緯・業務内容


Googleの退職を決意した時点では起業する予定はありませんでした。次のステップを明確に決めていたわけでもありません。今後どうしようと考えてみたところ、僕の今までのキャリアは「興味のあること」を中心に動いていることに気づきました。

音楽、ゲーム、Web関係、そしてインターネット。ゲーム会社での仕事も好きでしたし、もちろん今でもGoogleも大好きです。この製品を、このサービスを世の中に広めたいという熱量、この会社の雰囲気が好きだという感情、これらの要素は僕の中で重要度の高いものだったのです。

ただ、いざ見渡してみると自分の希望にマッチする会社が見つかりません。これは世の中の会社が悪いというより、テック産業が成熟しつつあり、2000年初頭のダイナミズムが失われてきたのだと感じました。

そんなある日、インターネットを良くしましょう、みたいに旗を振る人がいなくなっちゃいますね、ということを言ってくれた方がいました。ああ、なるほど、確かに僕は検索のスパム行為をやめましょう、というような活動もしてきました。他にまったくいらっしゃらないわけでもないですが、こういう活動はなくしてはいけないですし、もっとインターネット全体に向けて発信できるような活動をしていきたいな、と思うようになりました。そうなると、会社員の立場より独立したほうが良いなと考え、結果として、起業という選択をすることになりました。自分が得意なものや、やりたいことしかやりたくなかったものですから。

Digital Evangelistを通じて良くしていきたい世界・目標

一言で言うと、インターネットを少しでも良いものにしていきたいですよね。

たとえばオンラインサービスなどは、サービスを提供しているプラットフォーマーと呼ばれる企業が不正対策やユーザーが安全に、そして安心して使えるようになるように努力しています。ただ、どうしてもそれをすり抜けてしまうスパム行為は出てきてしまうのが実情です。

ですので、こうしたプラットフォーマーと協力したり、サイト制作者やマーケティング、SEOの方などを啓蒙したり、また、サイトを使うユーザー側を啓蒙したり、いろいろな角度でインターネットを良くすることに関わろうと思います。普通はそのどれかひとつの活動しかやらないですよね。僕は全部やりたいのです。全部関心がありますし、すべてやりたいので(笑)。

顧問の仕事について

Googleを退職すると発表した直後から、ありがたいことに数社から顧問やアドバイザーなどの依頼をいただきました。これまでの僕のキャリアを知っている人、会社が声をかけてくれたわけですが、今までやってきた活動が認められたのは本当に嬉しかったです。

現在、5社の顧問に従事しています。Digital Evangelistでインターネットに関するマクロな業務を、顧問でお手伝いする会社・団体ではそれぞれの業界に即したミクロな目線で、業界の発展に寄与していければと考えています。

一人で会社を立ち上げることは孤独というイメージがありましたが、起業と同時に多くのパートナーとチームとして一緒に働くことができるのはうれしい限りです。

会社員と自営業の違い・とまどい


振り返ってみると、会社員として20年以上働いていた人間が、急に自営業になりました。やはり生活に大きな変化があり、戸惑いつつも、実は結構楽しんでいます。とくに大きな違いを挙げるとしたら「自由度」です。

クライアントに迷惑をかけていなければ朝何時に起きてもいいし、ランチで何を食べてもいい。オフィスが西新宿にあるので、ふらっとブックファーストに行って、ヨドバシカメラに行って、そのまま自宅に帰っても誰も咎める人間はいないわけです。Googleは比較的自由な環境だとは思いますが、それでも大きな差です。

楽しいことばかり書きましたが、今日は1日Generative AIの研究をしよう、最新の海外のTrust&Safety関係の事例を研究しよう、など、時間の使い方が自由にできる、ということが言いたいことです。決して毎日遊んでいるわけではないのです(笑)。でもやりたいことばかりやっているので気持ちとしては遊んでいるのに近いものがありますけどね。

そして一人になって気づいたのは、自分は「チームプレイヤー」だったという点です。僕の原点でもある音楽活動もソロプレイヤーではなくバンドを選んでいます。バンドも職人気質でやるのではなく戦略的にプロジェクト的に進めていたことに気づきました。

当時は気づいていなかったのですが、一つのプロジェクトにみんなで取り組んで、成功させるためにどのようなコンセプトで戦略を立て、プロモーションにつなげていくことが好きだったんだな、とあらためて感じています。

もちろんポジティブな変化だけでなく、ネガティブな変化もあります。もしかしたら感じられている方も多いかもしれませんが、僕は事務作業が得意ではありません(笑)。

とくにお金周りのことをやるのが好きではなくて、何かそういう作業が頭に入ってこないんですよね。たとえば報酬を頂くのもこちらから請求書を送らないといけない、というのを先月はじめて知りました。契約してるんだから自動的に振り込んできてくれると思っていたら、どうやら世の中のルールとして請求書を送らないと入金してくれないようです(笑)。

年金や健康保険の切り替え、給与や就業規定など細かい作業に2か月ほどずっと取り組んでいて、その仕組みや具体的なアクションを理解したりするのに時間がかかり、本業をやる時間がまったく取れない、なんて日もありました。これはこれで新鮮な体験でしたけど、やっぱり本業に集中したいですね(笑)。

仕事とQuality of Lifeのバランス


会社員として20年あまり、そして休む間もなく起業と、2023年は激動の年になっています。だからこそ「仕事以外の何か」を大切にしていきたいと考えています。

現在の僕にとって、その「何か」は写真です。50歳を超えて、写真やカメラの魅力に取り憑かれてしまいました。

だからといって、今からプロのカメラマンになることが目標ではありません。最初のうちは日常のちょっとしたシーン、たとえば毎日の買い物時に写真を撮る、勤務先から家に帰る途中で出逢った景色を切り取って帰るといった、気軽な撮影スタイルでした。それがしだいに少し遠くまで撮影に行き、作品として飾れるような写真を撮るようになりました。

残念ながら ここ1年ほど仕事に追われ、大好きだった写真の活動ができていませんでした。人生の折り返し地点を過ぎて「気づいたら仕事ばかりで2023年が終わりました」というのは、ちょっと寂しいですよね。自営業ですから、そもそも有給休暇の発想もなくなってしまう、要は自分の意思で休まなないといけないわけです。

まだ新しい生活も始まったばかりで新鮮ですし、仕事も楽しいのでとくに休みを取る必要はないような気もするのですが、メリハリをつけてきちんと休みを取った方がQOL(Quality of Life)は上がると思っています。そこで有給休暇のように計画的に毎月一回、平日休みを取り、そしてただ休むだけではなくテーマを決めて撮影しようと決めました。名付けてMonthly Photo Challengeです。

初回、2023年7月のテーマは早朝に、朝もやに煙る河口湖畔からの富士山の撮影でした。せっかく河口湖まで足を伸ばすのですから、夜中の星空写真もあわせて狙うことにしました。出発時間は21時。ホテルに泊まるでもなく21時にひとりで自宅を出発するなんて、写真を撮りはじめる前には考えられなかった行動です。でもワクワクしながら運転している自分が存在しています。この非日常における高揚感が、写真を撮る醍醐味の一つです。

結局、朝の4時から7時までの時間、ひたすら夢中で写真を撮りまくりました。このワクワクを毎月感じられるよう、楽しみながら続けていきたいと思っています。

ITに関わる人に向けて一言

成功するためには「夢や目標を持て」という教えがあります。その教えを否定するつもりはないのですが、遠くを見すぎて足元が疎かになってしまったら意味がありません。目の前のことに注力することも大切です。

「ゴールから逆算する」という考えもあります。逆算は、ゴールがはっきり見えているときは使える思考だと思いますが、たとえば1995年の僕に「1998年に創立される Googleに入社する方法を考えろ」といっても不可能です。まともに就職も出来なかった僕がなぜGoogleに入社できたのか、振り返って考えてみると、目の前のことに好奇心を持って取り組んできたことが今につながっているわけです。

僕のキャリアの中で「スキルアップがんばりました!」という感覚は何一つありません。好きなことに全力で取り組んできただけなのです。だから僕のスキル構成はいびつです。自分で言うことでもないのですが、できないことがいっぱいあるんですよ、請求書を書くとか(笑)。それでいいと思っています。得意なことを上手く出来るなら。

時代は変わっていき、変化のタイミングには必ずチャンスが生まれます。そのチャンスを逃さないようにすることが大切です。でもどんなチャンスが、いつやって来るのかは誰にもわかりません。目の前のことに集中しつつも、アンテナを張り巡らせておくことが必要な時代なのです。

僕のITキャリアは遅咲きの部類に入ると思います。今の時代でも、30歳からITキャリアを積み上げていく人は少数でしょう。でも、はじめるのに遅いということはまったくありません。人それぞれ成長スピードは変わりますし、そもそも得意分野も違います。周りの同僚と見比べて自分を卑下する必要はありません。結果が出ないのは、単に自分がその仕事・職種と相性が悪いだけかもしれません。そうであれば、自分に向いてる職種を探せばいいと思います。

いつ自分にとっての“最高のタイミング”が来るかはわかりません。自分を信じ、好奇心に従い、目の前のことをコツコツがんばり続ける。でもチャンスは見逃さない、その意識で僕も日々過ごしています。

(取材/文:染谷 昌利、撮影:つるたま)

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