課題や実験に追われ、ロボット製作やプログラミングと格闘する毎日。ものづくりに青春を捧げる高専生たちは、普段どのような食生活を送っているのでしょうか。
「節約のために具なしパスタばかり食べている」「テスト前は勉強時間を優先したいから、カップ麺やレトルトカレーで乗り切る」
豊田高専の学生寮からは、こうしたリアルな声も聞こえてきます。
そんななか、学生たちの食環境を改善しようと立ち上がったプロジェクトがあります。それが、企画から編集、デザインまで、すべて学生の手によって作られている自炊ガイドブック『高専めし』です。
保健室の小さな取り組みから始まったこの冊子は、どのようにして学校全体、さらには地域をも巻き込む大きなムーブメントへと広がっていったのでしょうか。
発起人である保健室看護師の木之本先生と、編集部の学生メンバー6人のみなさんにお話を伺いました。

上段左から=木之本 奈美先生/環境都市工学科1年 木下 達志さん/建築学科1年 天野 琴葉さん/建築学科1年 後藤 美結さん
下段左から=情報工学科5年 佐藤 凜さん/情報科学専攻1年 宮村 遥香さん/情報工学科3年 井関 流唯さん
目次
始まりは、保健室に残されたA4用紙8枚の校長レシピ
『高専めし』は、どうやって生まれたのでしょうか。その歴史を紐解くと、始まりはコロナ禍における保健室の小さな取り組みでした。同校の養護教諭である木之本先生は、こう振り返ります。
「2021年当時、コロナ禍の影響で学生たちは学校に来られず、遠隔授業を余儀なくされていました。生活リズムが乱れがちな学生たちに、なんとかして健康に関する情報を届けたいと思い、『保健だより』を発行し始めたんです。その一角に作ったのが、料理好きで知られていた当時の校長先生のレシピを紹介する『校長めし』というコーナーでした」
この取り組みが予想以上の反響を呼んだのです。学生たちから「校長めしを見ました」という声が届くようになり、なかには「実際に作ってみました」と報告に来る下宿生も現れました。
やがて退職することとなった校長先生は、レシピ集をA4のレポート用紙8枚にまとめ、保健室に残していきました。ある日、保健室に来ていた学生がそれを見て言ったのです。
「これ、ちゃんとした本にすればいいじゃないですか。私、表紙を描きますよ」
高専生の「ものづくり精神」に火がついた瞬間でした。
「本にすればいい」という一言をきっかけに、有志の学生たちによる編集部が立ち上がり、「編集できますよ」「記事を書きたいです」と手を挙げる学生が加わりました。「写真素材がほしい」と呼びかければ、毎日自炊をしている料理好きの学生が、きれいに盛り付けた手料理の写真を提供してくれました。
こうして2022年1月、『高専めし』の記念すべき第1号が誕生したのです。

「養護教諭の立場から言うと、これは『健康教育教材』なんです」と木之本先生は語ります。
「高専生は課題が本当に多くて、生活が不規則になりがちです。特に寮生活をしている学生は、放っておくと食生活がパスタやレトルトばかりに偏ってしまいます。体調を崩しがちな学生に対し、『ここに載っている簡単な料理を作ってみたら?』と提案ができるようになったのも、『高専めし』を作ったメリットですね」
週末の自炊枠は7回。高専生の胃袋をめぐる理想と現実
豊田高専の学生寮では、平日の朝・昼・晩は食堂で食事が提供されます。しかし、金曜の夜から土日にかけての計7食分は、食堂が休み(食券の事前購入制はあるものの、大半の学生は利用していません)。つまり、週末は自炊か外食・購入が必要となるのです。
「平日は食事が出るからいいですけど、休日になると途端に面倒くささが勝ってしまうんですよね」と、情報工学科1年の木下さんは、寮生活のリアルな日常を明かします。
「朝は時間がないし面倒だから、買ってきたパンと牛乳だけで済ませることがほとんどです。テスト週間になると勉強時間を確保したいから、自炊はしなくなる。そういうときはカップ麺か、お米だけ炊いてレトルトカレーをかけるような生活に突入します」
勉強のプレッシャーで自炊する余裕がなくなる人がいる一方、そのストレスが奇妙なバグを生むこともあるそうです。
「逆に、テスト期間になると勉強から逃げるために、わざわざ料理を作り始める人もいるんですよ。料理している間は『勉強しなくていい正当な理由』になるから(笑)」
そんな個人の生活スタイルに左右される、寮内の食生活。一方で、共同キッチンという寮ならではの設備が大いに活躍することも。男子寮では、ともに暮らすメンバーたちが一緒に料理を作る光景が日常的に見られるそうです。
また、情報工学科3年の井関さんは、留学生との共同生活をサポートするチューターをするなかで、食を通じた国際交流も行っています。
「留学生と一緒に過ごしていると、彼らに栄養バランスの悪いものを食べさせたくないな、という気持ちが芽生えるんです。時にはタイ出身の留学生と一緒に、現地のタイ料理を共用のキッチンで作ったりもしています」
多忙とコスト、そして健康。高専生たちは常にこれらの間でバランスを取りながら、毎日の食生活を維持しているようです。
レシピはソースコード。「料理=アルゴリズム」という思考
『高専めし』をめくると、一般的なレシピ本とは明らかに違う雰囲気が漂っています。そこには、美しいスタジオ写真や珍しい材料の指定はありません。並んでいるのは、寮の共同キッチンで、近所のスーパーにある食材を使い、いかに効率よくおいしいものを作るかという徹底したハックです。

ロボコンにも携わっている井関さんは、「プログラミングと料理には、共通するアルゴリズムがある」と、理系学生らしい話をしてくれました。
「料理のレシピと、プログラミングのソースコードは、同じ構造をしているんです。どちらも指示通りにステップを実行していけば、基本的には100%同じ完成形に到達できる。バグ(手順や計量のミス)があると、プログラムはうまく動かない(おいしい料理ができない)という点も一致しています」
また、その先にも共通するおもしろさがあるそうです。
「基本のアルゴリズムを理解した上で、そこに自分のオリジナルのコードを書き足していく。それが料理では、アレンジを加えたりするオリジナリティになります。よりおいしいものへと最適化していくプロセスも同じですね」
この考え方が実際に具現化されたのが、井関さん自身が企画した「将棋をしながら作れる角煮」のレシピでした。
「寮で豚の角煮がどうしても食べたかったんです。でも、角煮って煮込むのに時間がかかるし、ずっと火の前に張り付いているのは効率が悪いですよね。そこで、手順を限界まで削ぎ落とし、市販のタレをうまく使いつつ、火にかけている間は将棋などの別のことができるレシピにしました」
一般的なレシピ本とは違い、『高専めし』には「限られたリソースの中で、いかに高いパフォーマンスを叩き出すか」という、システムエンジニアリングの思想が感じられます。だからこそ、普段料理をしない高専生たちが、この冊子をおもしろがり、料理に挑戦し始めるのです。
突撃取材を乗り越えて見つけた「一歩踏み出す勇気」
編集部に参加するようになったきっかけは、学生によりさまざま。建築学科1年の天野さんは、寮生ではなく通学生ですが『高専めし』に興味を持ったといいます。

「私は実家から通学していて、普段はほとんど料理をしていません。最初は、ピアサポート活動(学校環境づくりのための活動)がきっかけで興味を持ったのですが、読んでいるだけでもおもしろいし、学生だけで本格的な冊子を作っているのがすごいなと思いました」
同じく建築学科1年の後藤さんも、普段からあまり料理をするほうではないといいます。
「私も、ピアサポート活動がきっかけで知って、楽しそうだなと感じたのがきっかけです。実は料理が苦手なんですけど(笑)、だからこそ得意になりたいなと思って。『高専めし』に載っているレシピって、この程度なら作ってみようかなと思える手軽さなんですよね」
また、2026年『高専めし』の編集長を務める情報科学専攻科1年の宮村さんがこの活動に関わるようになったきっかけも、一見風変わりなものでした。
「私も通学生なので、普段は親に食事を作ってもらっています。だからこそ、自分の力で自由に食べたいものを作る寮生の自炊生活に、どこか憧れがあったんですよね。それで、『高専めし』の編集にも興味を持ちました」
しかし、編集長の仕事は、想像以上に過酷な作業の連続でした。
特に大変だったのが、レシピの再現性の担保です。『高専めし』に掲載されるレシピは、料理初心者である学生たちが書いたもの。「適量」や「適当に炒める」といった記述も多く、そのままでは使い物になりません。
「レシピを記事にするにあたっては、再現性を確かめる必要があります。だから、去年開催された『寮生選手権(寮生たちが自炊の腕を競うイベント)』に参加した8グループ分のレシピを、自宅で全部作ってみました。レシピに適量と書いてあっても、初心者はどれくらい入れたらいいのかわからない。だから、実際に自分が作って、分量をきちんと計り直し、レシピを修正していきました」
さらに宮村さんを悩ませたのが、通学生のリアルな食生活をのぞく「通生めし(お弁当取材)」の企画でした。

「通学生がお昼にどんなお弁当を食べているのかを取材するために、写真を全校生徒から集めなければなりませんでした。最終的には談話室(学生たちのたまり場)に突撃して、写真を撮らせてもらったんです」
最初は突撃取材なんてやりたくないと思っていた宮村さんでしたが、こうした活動を通じて得たものは多いそうです。
「料理のスキルはもちろん、学科を問わずに人間関係を広げることや、一歩踏み出して行動する力も得られました。『高専めし』での経験は、これからの就活にも役立つと思います」
孤独を感じていた編集長が学んだ「仲間を頼る大切さ」
もう一人、このプロジェクトを通じて大きな転換期を迎えた人がいます。2025年の編集長で、来春からの就職が決まっている、情報工学科5年の佐藤さんです。
勉強や進路のことで多忙を極める時期に編集長を務めていた佐藤さんは、ある時期、プレッシャーに押し潰されそうになっていました。
「やるべきことが山積みの中で、さらに『高専めし』の仕事もしなければならない。期待通りの記事が上がってこなかったり、計画通りに進まなかったりする中で、孤独を感じて一人で抱え込んでしまっていたんです」
しかし、周囲のメンバーに助けを求めた瞬間、世界が変わったといいます。
「私が『今、大変かも』と言ったら、編集部のメンバーたちがすぐに協力して手伝ってくれたんです。しんどいときは、周りに積極的にSOSを出すことも大切なんだと気づかされました」
編集部のメンバーは、学年も学科も異なり、学内ではほとんど接点がありません。でも、一つの冊子をゼロから作り上げるプロセスと、苦しいときは支え合う経験を通じて、彼らはかけがえのない仲間となっていったのです。

「自炊の大切さや楽しさを知れたこともよかったのですが、何よりも信頼できる仲間と出会えたこと、そして人を頼る大切さを学べたことが、『高専めし』で得た一番の収穫でした」
寮内イベントから地域をつなぐコミュニティへ
『高専めし』の活動は、紙面だけにとどまりません。その大きなハイライトの一つが、寮内で開催される調理バトルイベント「寮生選手権」です。
ルールは、1チーム5人前を予算2,000円以内で作り上げること。テーマに沿った料理を制限時間内に作り、審査員である『高専めし』編集部と教職員が、味、栄養バランス、彩り、オリジナリティ、手軽さといった観点から審査を行います。
2026年、この「高専めしプロジェクト」はさらに大きな進化を遂げようとしています。発起人となったのは、3年の井関さんです。
2025年の寮生選手権で、井関さんは自ら動き、学校の近くにある公共施設のキッチンスタジオを予約。施設の職員にも企画を説明し、協力を取り付けました。
「選手権の際は、自分たちが作った料理を、職員さんたちにも『よかったら食べてください』と提供したんです。そしたら、想像以上に喜んでくれて、うれしいリアクションをいただけました。自分たちの作ったもので地域の方々に喜んでもらえるという経験は新鮮で、これまでにない喜びがありました。そのときに、せっかくこんなに楽しいイベントなんだから、寮生だけでなく、自宅から通っている通学生も一緒にチームを組んで戦えるようにしたいと考えたんです」
今後は、地元の中学生たちに参加してもらい、さらにオープンな交流イベントとして、高専めしを広げていく計画が進んでいます。

インタビューの最後に、発起人である木之本先生はこう語りました。
「私がやりたかったのは、健康の押し売りではないんです。学生たちが『高専めし』の活動を通じ、思い通りにいかない編集作業や苦労を乗り越えて成長すること。そして、生きる力やかけがえのない仲間を得ていくこと。それこそが、私の思う『高専めし』の大きな価値だと思っています」
効率を求め、ものづくりを愛する未来の技術者たち。彼らが作った『高専めし』というシステムは、どんなに高度なAIやプログラミング言語でも代替できない温もりと、人と人との強固なつながりを生み出し続けています。
