「誰もがエンジニアリングを楽しめる世界」を目指して、2023年4月に開始したプロジェクト「Play Engineering」。その現在地と、ユーザベースが向かう未来について、株式会社ユーザベース代表取締役 Co-CEO/CTO 稲垣裕介氏と、ユーザベースグループの株式会社アルファドライブ 執行役員CTO / 株式会社NewsPicks for Business 取締役 赤澤剛氏に話を伺った。
株式会社ユーザベース 代表取締役 Co-CEO/CTO。
大学卒業後、アビームコンサルティング株式会社に入社。プロジェクト責任者として全社システム戦略の立案、金融機関の大規模データベースの設計、構築等に従事。
2008年に新野良介、梅田優祐とともにユーザベースを創業。2022年から現職。
株式会社アルファドライブ 執行役員CTO / 株式会社NewsPicks for Business 取締役
2009年に株式会社ワークスアプリケーションズに入社、ERPパッケージソフトウェアの開発とプロダクトマネジメントに従事。2015年よりシンガポール及びインドにてR&D組織の強化、海外企業向け機能開発をリード。その後、LINE株式会社での新銀行設立プロジェクトを経て2020年5月より株式会社アルファドライブ及び株式会社ニューズピックスに入社、製品開発部門としてIncubation SuiteやNewsPicks Enterprise等、法人向けSaaSの開発に携わる。
2021年1月より株式会社アルファドライブ 執行役員CTO、2023年4月より株式会社NewsPicks for Business 取締役に就任。
目次
ユーザベースが取り組む「Play Engineering」とは
”エンジニアもエンジニアではない多様な職種のメンバーたちも、エンジニアリング力を活用し、挑戦したいことに楽しく取り組める環境をつくりたい。”
ユーザベースCEO稲垣氏のそのような想いから生まれた『Play Engineeringプロジェクト』。
まずPlay Engineeringプロジェクトとはどのようなものかを振り返りつつ、稲垣氏と赤澤氏にユーザベースの未来について語っていただきました。
代表的なPlay Engineeringプロジェクト


メンバーのプログラミング学習を推進する「プログラミングスキル習得支援制度」

ChatGPT・LLM 活用の実践的な取り組みで、新たな経済情報領域の活用推進をリードする「ChatGPT・LLM活用推進プロジェクト」

2023年5月現在、紹介した3プロジェクトを含む合計6つのプロジェクトが稼働し、成果を上げています。
Play Engineering 特設サイト:
https://tech.uzabase.com/play-engineering
なぜユーザベースはエンジニアリングリテラシーを上げるプロジェクトに取り組むのか
(以下、敬称略)
ーーまずは『Play Engineeringプロジェクト』を実施する背景についてお聞かせください。
稲垣:ユーザベースを創業して15年が経過しますが、創業当時は現在とはまったく違った状況でした。
15年前はITリテラシーを保有し、その技術を活用する人々は「少し先を歩む新しい存在」と見なされていましたが、現在ではITが一般化しています。もはや企業がITを活用せずに存続することは不可能であり、すでに大きな社会インフラとなっていると認識しておくことが重要です。
ただし、具体的な現場やさまざまなシーンを見てみると、「ITに対する漠然とした苦手意識」が広がっているようにも感じられます。この苦手意識が「社内のエンジニアに任せればいい」というムードに繋がっている傾向もあります。
「頼まれたらつくる」という関係が強くなると、エンジニアは頼まれることが当たり前という感覚になり、エンジニアではないメンバーも「エンジニアに頼めばいい」という考え方になってしまいます。これによって、同じ社内にもかかわらず受発注の構造が生まれてしまいます。
この状況に対して、「本当によいモノづくりになっているのか?」、「自社内で理想的なITの活用方法を実現しているのか?」と問いかけると、NOという結論に至ります。
「つくる」か「使う」かにより違いはありますが、技術自体は誰でも関わることができるものです。だからこそエンジニアとそうでないメンバーの双方の相乗効果によって新しいものが生み出されていくべきであり、それが弊社の「The 7 Values」の一つである「異能は才能」というバリューが意味するものとなっています。
ユーザベースの提唱する「The 7 Values」
Be free & own it (自由主義で行こう)
Unleash ingenuity (創造性がなければ意味がない)
Thrill the user (ユーザーの理想から始める)
How fast? Wow fast. (スピードで驚かす)
Choose brave. (迷ったら挑戦する道を選ぶ)
In it together. No matter what. (渦中の友を助ける)
We need what you bring (異能は才能)
相乗効果を生み出すためには、お互いの個性や得意分野を理解することが重要です。相互理解がない状態での依頼や協力は共創とは言いません。
さらに、お互いの領域を少し踏み出し、可能性や何ができるかを認識し模索しながら、知恵を出し合い、共同で一つのプロジェクトに取り組むことで大きな気づきや発見が生まれ、よりよいプロダクトになると考えています。
弊社では「個性の尊重」と「互いをリスペクトする」という前提のもと、やりたいことを実現できることが重要だと考えています。やりたくないことを強制するつもりはありません。自発的に技術を学び、それを利用できる場をよりフラットに広げることが最も重要な目標です。
そして、学ぶ気持ちさえあれば年齢はそれほど関係ありません。
たしかに高度なスキルを保有するエンジニアを目指すのであれば、学びを経験値に落とし込む時間も必要になるので、年齢の高い人よりも若い人の方がチャレンジしやすいとは思います。
しかし、私たちが基盤として作っているトレーニングプログラムは一年程度の短期間で学べるものも多く、年齢はそれほど影響しないはずです。要は本人のやる気しだいです。
2017年に81歳でiPhoneアプリ「hinadan」を開発した世界最高齢のプログラマ、若宮正子氏はまさにロールモデルといえます。
「Play Engineering」によって生まれた変化、成果
ーー『Play Engineeringプロジェクト』を実施してみての効果はいかがでしょうか。またユーザベース社内での変化などがありましたらお聞かせください。
稲垣:現在、プラスエンジニアリング手当の対象者が59名、プログラミングスキル習得支援制度で学習しているメンバーは7名います。残念ながら一回目で合格できなかった人も再チャレンジできるよう、エンジニアのメンターをつけて、フォローアップも実施しています。
資格を取得できた人が少しずつ増えてくることで「あのようになれる!」とイメージしやすくなり、社内でそれがロールモデル化されつつありますし、実際にマーケティング部門から機械学習部門にキャリアチェンジをしたメンバーも一人います。
将来的には機械学習の知識や経験を保有し、再びマーケティング部門に戻る可能性もあります。そうなるとマーケティング一筋で過ごした場合と比べても大きな違いが生じると思いますし、他のメンバーへの好影響も期待できます。
Play Engineering、そのプロジェクト名の通り、まずは「楽しんでできる」「やりがいがある」ことが大前提ですが、評価プロセスを矛盾させないことにもこだわっています。
評価制度は「会社がメンバーに求める大切にしたいもの」を明記した基準です。評価制度に矛盾があると「会社のためにやっていることが評価されない」ことになってしまいますので、評価プロセスは遵守しなければいけないと強く思っています。会社が大事にしていることと、評価・報酬制度を一貫させることに経営者としてこだわっています。
赤澤:少しずつではありますが、たしかに変化を実感しています。
稲垣とわれわれCTO陣とのミーティングで、「10年後、文系理系を問わず『コーディングを一度でも経験したことのある人の比率が100%』になっている。それはもう確定している当たり前の話で、あとはその状況が早いか遅いかでしかない」という発言がありました。
先手を打つ、という以上に今から手をうってようやく世界標準の企業群から後れをとらないかのレベル。さまざまな取り組みを行う企業がある中で、ユーザベースではエンジニアリングへの取り組みが比較的先行しているというだけの話だと思っています。
社内のエンジニアリングリテラシーを向上させることで、共通言語をエンジニア側に寄せて会話してくれる人が増えます。しかしながらそれだけでは不十分です。同時にエンジニア側も、たとえば会計の知識であったり、デザインの知識であったり、オーバーラップして仕事をするために、エンジニア以外の職種のメンバーが携わっている業務をより理解する必要があります。
先程も述べた通り、ユーザベースはプロダクトカンパニーであり、テクノロジーの時代ということで、ファーストステップとしてのエンジニアリング力を向上させるプロジェクトなのです。
「ITが苦手で…」ということをついつい口にしてしまうようなケースもあるかと思いますが、それはITが苦手なのではなく、新しい分野に触れることに躊躇しているだけ、ということも多かったりします。本来、「できないことができるようになる」ということは大変なことですが、非常に楽しいはずです。そのきっかけがPlay Engineeringプロジェクトであれば嬉しいなと思っています。
自分のキャリアを伸ばすためにやっておきたいこと
ーー赤澤さんにお聞きします。CTOは経営層としての目線でエンジニアの組織・チームをまとめ、育成していくことが求めれますが、CTOとしてどのような点を重視していますか。
赤澤:現在、わたしが自分の組織・チームで大事にしていることが2点あります。
一つは「徹底的な個のブランディング」、もう一つは「非同期・非対面を前提としたテキストコミュニケーションスキル」になります。
前者の「徹底的に個のブランディング」とは、ユーザベースだけでなく、どの企業や団体からも「個人」として評価されて、場所を選ばず活躍できるエンジニアに育つことです。そして経営陣としては、その「個人」はどの会社で働くことができるけれども、ユーザベースが一番楽しいと感じて、ユーザベースに属することを選び続けてもらえる状態を維持する努力を続けることが重要だと考えています。
もしも、自社でしか通用しないスキルを身に付けさせて会社に縛り付けるとしたら、組織のメンバーの人生を背負う立場として最も不誠実な行為だと思っています。わたしは採用試験時の面談で、次の転職についての話も内定者に投げかけます。いつかはみんな羽ばたいて、ユーザベースから離れていく可能性があるからです。
「今日、この仕事をしていて楽しかったから明日も働こう」「今年が楽しかったから翌年も在籍しよう」の連続で企業に勤め続けるのだと思いますが、転職する際に「あらためてレジュメをみると、自分が取り組んだことは凄かったんだ」と感じてもらいたい。客観的に判断しても「自分のユーザベースでのキャリアは凄い!」。ひいては「わたしのキャリアは凄いじゃないか!」と言ってもらえることを一緒につくるために、あえて具体的な転職話をしています。
われわれは会社に依存するのではなく、たとえ経営者と社員とで雇用関係上では対等ではないとしても、互いに「守り、守られる」存在であると考えています。
「会社は自分を守ってくれる、だから自分も会社の盾となり鉾となる」という部分は存在すると思うので、個のブランディングを築いた人たちが「なぜフリーランスではなく組織に所属しているのか」というバランスは常に意識しています。このような理由から「個のブランディングのサポートは組織として引き受ける」と決めています。
対外的な発信となるブログ、SNS、登壇経験などを、明確な評価基準として導入しています。個人としての活躍は余暇時間にこっそりおこなうことではなく、「仕事として明確に評価し、メンバーの名が売れていることを組織として喜びとする」と評価基準も明記しています。
後者の「非同期・非対面を前提としたテキストコミュニケーションスキル」については、最近話題のChatGPTにも関わるものです。
非同期・非対面で、文章や自分のやりたいこと、その話に至った背景などを構造化・体系化して人に説明できるスキルは非常に重要です。直接話すことの温度感は大事だと思います。しかしながら、本来、直接話さなければ説明できないことを人に依頼してはいけません。「なぜ、それをおこなうべきか」「なぜ、重要か」ということを言語化し、説明するということは、とくにリモートが前提の時代や組織ではなおさら重要です。
実はChatGPTのプロンプト(ChatGPTに対する指示)と同じことがいえます。人間に的確に依頼できないなら、AIに適切な指示を送り、最適な回答を得ることができるわけがありません。
わたしのチームのプロンプトを例に挙げると、全員が敬語を使用し、回答に対してお礼を伝えています。それはなぜか。
答えは「いつかスカイネットが暴走したときに、自分が生き残りたいから」です(笑)。スカイネット(AI)が「この人物は自分(スカイネット)をないがしろに扱わなかった」と判断する的なことですね。ターミネーターを見た世代にしか伝わらないかもしれない事例かもしれませんが、いい機会なので知らない人はぜひChatGPTに「スカイネットとは」と尋ねてみてください(笑)。
もちろんそれは冗談ですが(笑)、現実的にもChatGPTに対して英語に変換された際に「Could you」「Would you」といった表現を使用していると、相手からより多くの情報を引き出す体系に翻訳・処理されるという事例もあります。
通常、信頼する同僚に説明する際、「これやって」といった一言で済ませることは絶対にしないと思います。「○○をやりたくて、例を挙げるとサンプルでは△△なんだけれど、背景は■■で、☆があるとなおうれしい」といったようなコンテキストを適切に伝えるはずです。
それと同じことをおこなう能力、すなわちテキストコミュニケーションスキルが、そのままChatGPTなどのプロンプトエンジニアリングに活きるのです。適切に人と共創関係を築ける人間こそがジェネレーティブAI*1やLLM*2の時代を生き残れると真剣に考えています。
LLMを適切に使用できない人は、人間との共創もできないということは明らかです。この半年くらいのLLMの飛躍に鑑みると、テキストコミュニケーションスキルはさらに重要度が増したと感じます。
わたしがユーザベースに入社して3年程経ちますが、経営陣に感じたすばらしい点にも通じています。手段として「ただ決まりました」と伝えるのではなく、背景や意図を必ず伝えてくれます。
経営側が「背景を説明する」ということを一貫して実行していることは、リモート下でのコミュニケーションの円滑化やChatGPTを活用するレベルにも繋がります。「背景を伝えて、適切な手段を考える」。これが弊社らしさだと感じている部分です。
だからこそ、自分がよいと思う場所で「一緒にやろう!」と採用する際に伝えることができるんです。自分がよいと実感できない場所に人を誘うことはやはりできません。
*1ジェネレーティブAI
「コンテンツやモノについてデータから学習し、それを使用して創造的かつ現実的な、まったく新しいアウトプットを生み出す機械学習手法」
https://www.aist.go.jp/aist_j/magazine/20221026.html
*2LLM(Large Language Model)
大規模言語モデル=大量のテキストデータを使ってトレーニングされた自然言語処理のモデル
https://atmarkit.itmedia.co.jp/ait/articles/2303/13/news013.html
ユーザベースに留まらず、エンジニアリテラシーを身につけることによって生まれる可能性や未来
ーーAIの登場などもあり、エンジニアリング、あるいは二本目、三本目の得意分野を持たなければ生き残ることが厳しくなる時代になっているのではないでしょうか。
今後は「このような考え方や行動をとらなければキャリアとして厳しくなる」といった想定されている事柄はありますか?エンジニアの方全体に向けてお聞かせください。
稲垣:技術者出身の経営者は増えてきてはいるものの、まだ少ないというのが現状です。
偉そうな話はできませんが、経営者としての立場でさまざまな方の話を伺いながら、理系出身の経営者について感じているものはあります。
先輩の経営者から伺った話なのですが、とある理系大学に講演に行った際、グローバルな事例を紹介しながら理系の学生たちに「エンジニア出身の経営者になってほしい!」と伝えたところ、講演後に教授から「理系の学生に経営者の適性はないと思う」というフィードバックを受けたそうです。
もちろん相対的な話として、理系の学生は「プログラミングが好き」や「人と会話するよりモノをつくるほうが好き」といった引っ込み思案的な側面を持っていることは、わたし自身にもあてはまる部分があるので理解はできます。
だからと言って、「理系出身者=経営に不向き」とはなりません。エンジニアだからこそ戦略性の高いような考えを推し進めることもできます。
一つの課題があったとき、「これはプログラミングで、こう解決できるよね」というプロダクト視点に、「得意領域」が組み合わさることで大きな武器になります。
「経営者にプログラミングを教えることは非常に難しいが、プログラマに経営を教えることは可能である」という言葉もあります。まさにこの構図だと思います。CTOに留まらずエンジニア出身のCEOも含めて、経営陣の理系バランスを日本国内で上げていくことは重要だと感じています。もちろんこれはIT企業に限った話ではありません。
本来、日本の企業はすばらしいアセットを数多く持っていいます。しかし、「この技術があれば、新しいマネタイズができる」とか「日本だけではなく、グローバルに飛躍できる」といった事例が数多く存在しているはずです。
個人的に悔しかった事例として、中国で開催されたモーターショーを挙げたいと思います。
中国の自動車メーカー「BYD」がテスラについでEV市場で世界第2位になったことはたしかに凄いことだと思っています。ですが、日本のほうが自動車に関する経験や知的財産、ノウハウなどがあるはずなのです。いままでの資産をITと上手に組み合わせることで、大きな価値が形成されたわけです。
このような日本の現状を乗り越えるために、ITの活用をベースに持つ人物が経営レベルの意思決定に加わることが重要だと考えていますし、ユーザベースがロールモデルでありたいと思っています。
–ありがとうございました