企業は生き物だと言われることがあります。成長し、「寿命」を伸ばすためには、自社のステージや経営環境の変化に対応していかなければなりません。
そして、現代の企業においてエンジニアリング組織は生き物にとっての「心臓」と言ってもいいでしょう。エンジニアリング組織が機能不全を起こすことは、企業にとって致命的な事態になりかねません。
このコーナーでは、数々のスタートアップ企業を支援してきたK.S.ロジャース株式会社の代表取締役CTO・民輪一博さんが、スタートアップのエンジニアリング組織が陥りがちな代表的な問題と「組織の処方箋」を解説します。
第1回は「組織を迷走させる『技術こだわりすぎCTO』」についてです。
目次
リソースを考慮せず技術にこだわるCTOでは失敗する
K.S.ロジャース株式会社の民輪です。皆さまよろしくお願いします。
今回は、スタートアップでありがちな「手段と目的を履き違えて失敗した開発組織」の事例をご紹介します。
スタートアップは、どうしても「予算が限られている」中で組織づくりをしていかなければなりません。資金調達のシリーズAで億単位の金額を調達できたとしても、多くの場合は採用などのために残しておく必要があるため、プロダクトに割ける予算はおのずと決まってしまいます。
その中で経営陣に求められるのは、自社の開発リソースでできる範囲で、できる限り質を担保していくバランス感覚です。これが欠ける組織だと、開発に支障をきたします。
よくある事例として、CTOが「モダンな技術を使いたい」という知的欲求心に駆られすぎると、リリースのタイミングに影響が出てしまうケースがあります。逆に代表が強すぎる組織も、リリースを急ぐあまりにプロダクトの仕様や中身が乱雑なまま開発を進めてしまい負の遺産だらけになりがちです。
スタートアップが開発周りで苦労するパターンは、多くの場合この2パターンのどちらかにあてはまります。このあたりのバランス感覚は難しく、本当にバランスのとれた判断ができているスタートアップはほとんどないと言ってもよいくらいです。
あとは開発手法の問題もあります。スタートアップでは、「アジャイルでやりたい」と言ってどんな開発でもアジャイルを適用しようとしがちです。アジャイルはたしかに柔軟に動ける手法ですが、事業やサービスの内容によってはウォーターフォールを取り入れたほうがよいケースも存在します。
たとえば、内部のデータフローが複雑で、ステータスが何段階もあり、そのステータスごとにデータが変わっていくようなワークフロー系サービスであれば、アジャイル一辺倒だとなかなかうまく進まないでしょう。
技術と事業のバランスをとっていくには
こうした問題で組織を止めてしまわないための対策として、ベストはやはりCTO、VPoE、VPoPの3人をそろえることだと思います。スタートアップだと、1人でこれらの役割をいくつか兼ねるケースが多いですが、そうするとやはりバランスが悪くなりやすいのです。
前述のようにCTOのこだわりが強すぎる場合、それを止めることができる人が必要です。経営や事業の意図を理解したうえで、開発の意図を開発チームに説明して、技術チームが独自に走らないようにしなければなりません。とはいえ、ビジネスも技術も理解できるほどレベルの高い人は、かなりの希少人材です。そんな人材を走り始めのスタートアップ企業で採用するのは相当難易度が高いのが現実です。
よってそれが難しい場合は、外部の著名なCTOクラスの方に顧問として入っていただき、アドバイスをもらうことも効果が高いと感じます。実際に、弊社のクライアントであるスタートアップ企業に成長企業のCTOをご紹介することもあります。同じ壁を乗り越えてきた経験がある人から、じかにアドバイスをもらうというのは言葉の刺さり方が違います。
これはエンジニアリングだけでなく、経営でも同じことが言えるでしょう。経営に関するアドバイザーのような形で、経験者から言われた意見は腹落ち感が違うはずです。
バランスを保つためにはVPoEが重要
エンジニアを採用する際も技術とビジネスのバランスが重要です。モダンな技術やアジャイル開発を売りにすればブランディングにつながりますし、人も集めやすくなります。
一方で、それだけでエンジニアを集めていくと、前述のようなバランスの悪い組織ができてしまいます。
やはりまずはビジネスを理解できるエンジニアの採用を目指して動いていくのがよいでしょう。正確には、VPoEの採用を優先するということですね。わたしは、企業にとってVPoEは大変重要なポジションだと考えているのですが、世間的には最近になってようやく注目され始めたところです。もちろんCTO、VPoE、VPoPはすべて重要なポジションですが、VPoEには今後もっとスポットライトが当たるのではないでしょうか。
VPoEにもっとも必要な要素は、ありきたりではありますが、コミュニケーション力です。弊社でもマネジャー登用を進めているのですが、まず見ているところは「コミュニケーション力があるかどうか」です。そして、「マネジャーとして自分が何をしなければいけないか」を理解できることです。
たとえば、マネジャー1人の下に5人がついたときに、各メンバーのパフォーマンスや得意・不得意をしっかり把握した上で、適切な人材配置をする必要があります。もちろんひとりで完璧な適材適所の配置をするのは難しいので、わたし自身社内で「この人はこういうタイプだから、こんな仕事を任せるのがよいのではないか」という話や壁打ちを一緒にやったりしています。
これをうまくこなすには、メンバーとの密なコミュニケーションをこなせる能力、そして自分がメンバーのことをよく知り適切に配置する役割であると理解する能力が欠かせません。
あとはもうひとつ、こちらも当然ではありますが、エンジニアのマネジメントで絶対に必要なのがスケジュール管理能力です。
リリースをビジネスサイドで決定したスケジュールで逆算すると、どうしても間に合わないケースも出てくるでしょう。それが一番最初にわかるポジションが、実はVPoEなのです。エンジニアチーム全体の生産力と残タスクを逆算すると「最低でもこれだけの日数が必要だ」ということがわかってしまった。この場合は、ビジネス側とも相談して「現実的なスケジュールはこうじゃないか、ここはいったん削ろうか」などと、全体を巻き込んでいける交渉力も必要です。
特にSIerでのマネジメント経験がある方は、このようなVPoEの素質がある方は多いのではないでしょうか。一方で、SIer出身者がぶつかる壁は、やはりアジャイル開発です。ウォーターフォールのスタイルに慣れていると思いますので、それを乗り越えて、柔軟性の高いアジャイルの思考回路に落とし込んでいく必要があるでしょう。