近年さまざまなところで耳にする、「多様性」というワード。

ひとことで「多様性」といえど、この言葉の持つ意味とその先に広がっている世界は、おそらく想像よりはるかに大きく、深い。

今回は、株式会社サイバーエージェントの「Tech DE&I プロジェクト」でTech DE&I Leadを務める、神谷優さんをインタビュー。

神谷さんは子ども向けプログラミング教材の開発を行う「キュレオ」にてプロジェクトマネージャーを務めながらも、サイバーエージェントの技術担当役員直下で「Tech DE&I プロジェクト」を発足しました。

プロジェクトが誕生したきっかけは、自身の原体験によるものだと語る神谷さん。

まだまだ底が見えない「多様性」に対しての取り組みと、考え方についてお伺いします。

「Tech DE&I プロジェクト」とは

──まず、「DE&I」とはなんでしょうか?

神谷:DE&Iというのは「ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン(多様性・公平性・包摂性)」の略で、企業におけるDE&Iとは「組織が個々の違いを尊重し、機会を公平に提供することで多様なメンバーが参加できる環境をつくること」と言えます。それがプロダクトにも反映され企業としても誰も取り残さずに成長し続けることを目指します。これがDE&Iの意味であり、今進めている「Tech DE&I プロジェクト」の最終目標です。Techが冒頭についているのは、このプロジェクトを、まずはサイバーエージェントの開発組織から始めて、技術者の世界の偏りから改善していくという意味が込められています。

──“多様なメンバー”といっても、さまざまなものがありますよね。

神谷:そうですね、国籍や障害、ライフステージだったりと、属性を細かく分けると数え切れないほどです。その中でもIT業界における1番大きなマイノリティが“女性”です。最終目標に向かってどこから取り組んで行こうか、となったときに、まずはジェンダーギャップの解消をロードマップの第一歩に定めました。

──なぜジェンダーギャップの改善から進めていくと、決断したのでしょうか。

神谷:IT業界において女性はもっとも数の多いマイノリティだと言われており、わたしもその当事者だからです。ただ、最初に言った通り、多様性の属性は性別だけではないので、あくまでジェンダーギャップの解消は、プロジェクトとして1歩目の目標になります。

「わたしにできることは、これなんじゃないか」

──「Tech DE&I プロジェクト」を発足したきっかけについて、教えてください。

神谷:実は、わたしは以前“多様性”や“ジェンダーギャップ”などの問題に関してまったく無関心でした。むしろ、ジェンダーギャップは言いわけだと思っていたくらいです。ただ、当時を振り返ると、自分が気づいていないだけでマイノリティゆえに感じていた課題は多々あったように思います。

──具体的に、どういったところにマイノリティを感じていたのでしょうか?

神谷:2008年にエンジニアとしてサイバーエージェントに入社したとき、周りには既にエンジニアとしての経験や知識が豊富なメンバーもおり、自分のスキル不足にコンプレックスを抱いており、とにかく早く技術力を上げなければと思っていました。勉強していくうちに力がついて仕事が認められるようになれば、そのコンプレックスも解消されるかと思ったのですが、認められるようになっても、ずっと自信のなさは続いていました。わたしは運が良かっただけ、周りの人が優秀だっただけ、という考え方になってしまっていました。これを「インポスター症候群」というのですが、当時のわたしは、成功体験を素直に受け取れなかったんです。

その後、わたしは3度の出産・育休を経験しました。復帰してからは、『AWA』という音楽ストリーミングサービスの開発チームに加入したのですが、かなり肝入りのプロジェクトだったこともあって、ベテランと新進気鋭な若手しかいないような、かなりレベルの高いメンバーで構成されていました。

久しぶりの職場復帰ということで技術的なブランクがあった上に、エンジニアとしてバックエンドからフロントエンドへと職種チェンジしたことで戦力になっていないと感じてしまったり、自己肯定感がどんどん下がっていったんです。また、未就学児を抱えていたので、自分だけ定時に上がって家のことをしなければならない。ワークライフバランスの重視は自分で決めたものの周囲に同じ環境の人がおらず、そういったことが少しずつ積み重なって、苦しくなっていったんです。

──その体験がきっかけで、ジェンダーギャップの問題を意識し始めたのでしょうか?

神谷:そのときに偶然Waffle(ワッフル)の講演会に参加したのですが、初めて“ジェンダーギャップ”という存在を深く知ったんです。ハッとしましたね。「わたしにできることって、これなんじゃないか」と感じたんです。

──そこから、どのようにして「Tech DE&I プロジェクト」の発足に至ったのでしょうか。

神谷:仕事をしながら、Waffleにプロボノというかたちで参加して、多様性やジェンダーギャップについての知識を学んでいきました。そして登壇や講演などの機会を重ねているうちに、弊社も社会的責任を果たすためにDE&Iに取り組んでいかなければいけないよね、ということになり、本格的にプロジェクトが始動したんです。

未来の女性エンジニアのために

──「Tech DE&I プロジェクト」の具体的な取り組みについて、教えてください。

神谷:大きく分けて、社外と社内で取り組みを進めています。社内に関していうと、まずは活動を理解してもらうことですよね。最初に約1,500人在籍しているエンジニアメンバーに対して勉強会を開き、なぜわれわれがこのような取り組みをしているのかを伝えました。またエンジニアのマネージャー層から順に無意識バイアスワークショップを開催しています。規模の大きい組織に対しては特に経営層との認識合わせが重要だと感じています。

また「Tech DE&I プロジェクト」とは別にはなりますが、当社独自の女性活躍促進制度macalonパッケージ」という制度を2014年から導入しています。この制度はエンジニア職に限った話ではないのですが、福利厚生の面から女性をサポートしています。

──エンジニアは女性が少ない印象があるのですが、その改善にもつながりそうな取り組みですね。

神谷:そうですね。現状の課題の1つに、そもそもエンジニアを志す女性が少ない、という問題があります。理由としては、周りにエンジニアを目指す人がいなかったり、女性エンジニアのロールモデルが少ないことが原因だと考えています。現在は、エンジニアに興味を持ってくれている学生に向けて、インターンシップの設計をしたり、活躍する女性エンジニアのインタビュー連載や取り組みに対する社内向けのFAQ記事を制作しています。

──社外に対しては、どのようにはたらきかけているのでしょうか?

神谷:4月9日には、「Women Tech Terrace 2023」を開催しました。業界で活躍する女性エンジニアの方にキャリアや技術について語ってもらったり、パネルディスカッションを行いDE&Iについて学ぶ場を設けました。「Tech DE&I プロジェクト」は、1社だけで進めていくプロジェクトではないとわたしは感じています。これからも、さらに多くの企業と手を組んで進めていく予定です。

「企業競争力」と「社会貢献」という2軸

──「さまざまな企業さまと手を組む」ということですが、企業にとって、「Tech DE&I プロジェクト」に取り組む意義はどこにあると考えますか?

神谷:2つあるのですが、1つは『企業競争力』です。今までIT業界で見過ごされてきた人々に参加してもらうことによって、ビジネスチャンスもまだまだあると考えています。

──なぜ、DE&I がビジネスチャンスにつながるのでしょうか?

神谷:たとえばあるプロダクトを開発しているとします。その開発メンバーが同じ年代や性別のグループで構成されたチームだと、その特定の視点でしかアイデアは生まれません。もしその開発チームに、異なる年代や性別、他部署の人材も含まれたら、アイデアの視点はその分増えていきます。結果、さまざまな視点からプロダクトを生むことができるんです。このように、製品やサービスが幅広いユーザーのニーズやバックグラウンドに対応し、すべての人が利用しやすく感じるように設計・開発されることを目指す概念は『プロダクトインクルージョン』と呼ばれています。組織だけでなく手掛けているプロダクトとしてもDE&Iに取り組むことによって、アクセスしうるユーザーを増やし、競争力へもつながると思います。

2つ目は『社会貢献』です。SDGsの目標としてもジェンダー平等は取り上げられていますが、日本のジェンダーギャップ指数は2023年時点で世界125位と、2006年の初回以来過去最低の記録となっています。われわれはジェンダーギャップ指数の指標に含まれる「専門・技術職の男女比」の側面からアプローチが可能ですので、国内ITメガベンチャーの立場からも、こういった社会的意義について考えていかなければなりません。そのために、IT産業におけるジェンダーギャップの解消と、技術者を取り巻く女性が置かれている状況を変えていきたいと思っています。

──なるほど。「Tech DE&I プロジェクト」が、今その先陣を切っているのですね。

神谷:まずは弊社の技術職から推進を始めていますが、このプロジェクトはサイバーエージェントが持っている柔軟な“変化対応力”と、もともと全社的に女性活躍推進施策が浸透しているカルチャーがあるので、スムーズに立ち上げられたのではと思います。

──プロジェクトを進めて、環境の変化を感じる瞬間はありましたか?

神谷:少しずつですが、変化は感じています。社内外問わずダイバーシティ推進やジェンダーギャップ解消に興味を持っていない認識だった人が話かけてくれることも増えました。よく聞いてみると、「実は娘が生まれて子どもの未来のためにも……」というきっかけで、興味を持ってもらったケースもあります。

──少しずつ周囲の環境も変わり始めているのですね。

神谷:そうですね。実は過去に、弊社が主催する技術カンファレンスで、登壇者が全員男性メンバーで構成されていたことがあったのですが、勉強会を行ったあとに、カンファレンスの主催メンバーの方が「女性から登壇したいという応募が集まらない」と相談しに来てくれたんです。まず、“相談に来てくれた”というのが大きなことなんじゃないかなと思います。技術の最前線を歩いている人の頭の片隅に、多様性という言葉が置かれているんだなということを実感しました。

カルチャーとして根付かせる

──「Tech DE&I プロジェクト」の今後の展望について、教えてください。

神谷:数値目標が置きづらいプロジェクトということもあって、どうなったら達成というものがあるわけではないんです。その中でも目標としてあげるなら、1つは、常に組織の中にあるカルチャーとして認識してもらうことです。すでにGoogleやMeta、メルカリなどの企業は数歩先を歩んでおり、評価指標や採用フローに仕組みとして組み込まれているなど、組織の中のカルチャーとしてDE&Iの考え方が根付いていると聞いています。

まずは、冒頭でお伝えした「Tech DE&I プロジェクト」の目標の1つとして、やりがいのあるエンジニアという職種を若い世代に伝え、入社してくる女性エンジニアの比率を上げていきたいと思っています。また、他業種からエンジニアへのキャリアチェンジを目指す女性も増えているのでサポートもしていきたいです。そして入社だけではなく、その後の育成・キャリア構築という足元の部分を固めていきたいですね。

本来エンジニアは、出産や育休、介護などライフワークバランスの変化に、柔軟に対応しやすい職業のはずなんです。ただ、IT業界は現状まだ偏りがあるのも事実で、昔のわたしのような経験をしている女性エンジニアも存在すると思います。ですから、同じ想いを持った人たちやアライ(Ally)と呼ばれる協力者とともに、最終目標に向けて歩んでいきたいです。多様なメンバーがアウェイ感なく、心地よく働き、結果的にプロダクトとしても価値を生み出せる社会の実現を目指して、地道に伝え続けていきたいと思います。

(取材/文:はるまきもえ

― presented by paiza

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