現在、Webサービスの開発ではアクセシビリティが重要視されている。「誰でも使いやすい」サービスの構築はUX/UIという観点だけでなく、情報の平等性を担保する役割を持つ。一方で、病気や事故などにより身体に障がいを持つ人々にとっては、情報やサービスそのものにアクセスする、利用するための手段も必要だ。「アシスティブテクノロジー」は、そのようなハードウェア・ソフトウェア両面のアプローチから、身体障がい者に必要な行動の支援や情報サービスへのアクセス、活用を支援するテクノロジーのことだ。

社会的にD&I(ダイバーシティ&インクルージョン)が普及しつつあるなか、アシスティブテクノロジーにはどのような可能性があるのか。テクノツール株式会社(以下、テクノツール)代表取締役の島田真太郎さんに聞いた。



島田 真太郎(しまだ しんたろう)さん:
大学卒業後、電子部品メーカーで3年間法人営業を担当。2012年にテクノツールへ入社、2013年に取締役就任。経営企画、営業を担当し、2021年から代表取締役を務める。2020年「第1回スタ★アトピッチJapan」アトツギベンチャー部門賞、野村ホールディングス賞、2022年「Industry Co-Creation(以下ICC)サミット KYOTO 2022」のピッチイベント「ソーシャルグッド・カタパルト – 社会課題の解決への挑戦 – 」で2位入賞、2023年「第3回アトツギ甲子園」優秀賞など、ピッチイベントへも積極的に参加。

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身体障がい者の意志を実現するテクノロジー


内閣府が取りまとめた「令和4年版 障害者白書」によると、日本の身体障がい者の概数は436万人とされている。先天的な疾患がある人もいれば、後天性の難病や不慮の事故により障がいを抱える人も多い。現在、さまざまなアプローチから身体障がい者の活動や社会参加を支援する取り組みがあり、IoTなどのテクノロジー活用のあり方にも注目が集まっている。

テクノツールは、身体障がい者の動作を補助するツールの開発・販売を手がける「アシスティブテクノロジー」を事業としている。1994年に設立し、現在まで一貫してアシスティブテクノロジーを事業領域とする同社で、2021年から創業者である父の後を継ぎ、2代目社長を務めているのが島田真太郎さんだ。島田さんに、アシスティブテクノロジーとは具体的にどういったものなのかを聞いた。

「アシスティブテクノロジーは単に福祉用具と呼ばれるものではなく、日本語でズバリこれ、と当てはめられるものではありません。わたしの考えとしては『誰かがやりたいと思ったことをできるに変えるために、テクノロジーを活用する』アプローチや考え方のことをアシスティブテクノロジーと捉えています。

たとえば、電動車いすや介護ベッドも広義のアシスティブテクノロジーに含まれますが、わたしたちが手掛けていることは大きくわけて3つ。1つはマウスやキーボード、タッチパッドなど、コンピュータの入出力デバイスです。身体的な理由で使えない方々に対して、その代わりになる手段を提供しています。2つ目が『アームサポート』というプロダクト。筋力低下や事故による麻痺などの理由で、腕を自由に動かせない人がいます。そういった方でもわずかな力で腕を動かし、食事やデスクワークなどをサポートする器具です。3つ目は視覚障がい者の方向けに、点字の文章翻訳ソフトウェアを提供しています。これは書籍や新聞などを点字に翻訳してくれるソフトです」

では、アシティブテクノロジーとアクセシビリティにはどのような違いがあるのか。

「端的にいえば、アクセシビリティは『誰もが使いやすい環境をつくる』というインフラ的な目線の考え方で、アシスティブテクノロジーは個々人の暮らしや行動のなかで『やりたいことをアシストしていく』ものです。たとえば、コンピュータの入出力デバイスは『自身でWebの情報にアクセスしたい』や『プログラミングをしてみたい』といった、ユーザーの想いをサポートしています。アシスティブテクノロジーの意義は、身体障がい者の前向きで能動的な意志を実現することだと考えています」

ユーザーとの交流から生まれた「Flex Controller」


アシスティブテクノロジーは身体障がい者の意志を実現するものというが、そのためにはユーザーである当事者のニーズの洗い出しが欠かせない。テクノツールではプロダクトの自社開発のほか、他企業との協業による共同開発、外国製のプロダクトの輸入販売も手掛けている。同社での開発を担うエンジニアもまた身体に障がいを持ち、アシスティブテクノロジーを活用することで働いているという。

「当社の開発体制は機械系エンジニアとソフトウェアの開発をおこなうプログラマが2人在籍しています。そのプログラマは両名とも脳性まひで、重度の身体障がいを持ちます。さらに、当社の広報も身体障がいを持っていて、それぞれテレワークで仕事をしている状況です。開発や広報を当事者が担うというのは、設立当初からこだわっています。プログラマの1人は90年代後半から当社で活躍してもらっていて、C#やC++、Javaを自在に操る優秀なエンジニアです。また、過去には視覚や聴覚に障がいを持つ人もいました。なるべく当事者を巻き込んで製品の開発をおこなっていきたいと考えているためです」

同時に重視するのが、社外にいる当事者とのコラボレーションだ。その代表例が、同社が開発監修を手掛けた任天堂公式のNintendo Switch/PC用のゲームコントローラー「Flex Controller」(開発・製造:株式会社ホリ【以下、ホリ】、販売:テクノツール)だ。同製品が生まれたきっかけは2017年の夏、宮崎県に住む筋ジストロフィーに罹患したユーザーへのヒアリングをおこなったことだった。

「その方はかなり体が動かせない状態まで症状が進行しています。しかし、とてもゲームが好きで、その情熱に驚きました。自分で海外の情報などを仕入れてどうすれば自分がゲームを遊べるか、どのゲームならできるかといったことを試行錯誤して、プレイ環境をつくっていたんです。本当にすごいなと思ったと同時に『こんなに苦労しないとゲームができないんだ』という思いもありました。

その方は身体的に不自由な人がゲームによって得られる、新しい体験がいかにすばらしいものかを、熱心に話してくれたんです。しかし、ゲームにはそういう魅力がある一方で、身体障がい者にとってはとてもアクセスしづらい現実がある。『このギャップをテクノツールなら埋められるのではないか』と思えたことが大きなきっかけになりました」

島田さんは事業化を模索した。当初は同じように外部デバイスなどを駆使して動作環境を整備しようと思ったが、作業には多くの手間がかかるうえ、非公式なものを使用するため、動作が安定しない問題があった。

「こうして検討を重ねていき、やはり公式で互換性のあるコントローラーをつくりたいと思いました。そこで、長年コンシューマーゲーム機のコントローラーのライセンス生産をおこなっている、ホリさんにコンタクトをとり、わたしたちの実現したいことを説明させていただきました。その際に『ぜひやりましょう』と二つ返事で開発を了承してくださり、本格的にプロジェクトが動き出しました」

即答の背景には、コンシューマー用ゲームコントローラーにおける課題があった。島田さんがホリを訪ねる以前から、身体障がい者から多くの問い合わせがあったという。しかし、そのニーズの多様さから、解決の糸口を模索している状態だった。そこにアシスティブテクノロジーの知見を持つ島田さんが現れたのだ。開発におけるアシスティブテクノロジーの知見提供と監修をテクノツールでおこない、コントローラー開発に豊富なノウハウを有するホリが開発と機能実装、操作方法などの調整を担った。

「ゲームは世界観や操作方法といったことは非常に重要ですが、そこでどうしても当事者が求めているアクセシビリティとバッティングすることがあります。わたしたちは当事者をはじめ、作業療法士の方にもヒアリングをおこないながら、ホリさんとともに慎重に落としどころを調整していきました」

こうして、Flex Controller は2020年の発売開始にこぎつけた。同製品はそれ自体でも操作可能であるが、コントローラーのハブとしての機能をあわせ持つ。ボタンやジョイスティックは外部の入力インターフェースに接続することでカスタマイズ性を持たせ、身体機能の状態に合わせて柔軟に対応できるようにした。また、拡張アプリを使用すれば視線入力にも対応する。

新たに就労支援事業を展開 社会参加を後押し


Flex Controllerはユーザーから好評で、現在は海外へと販路を広げた。しかし、島田さんはFlex Controllerの発売開始が「新たな壁に向き合う契機となった」と語る。

「Flex Controllerによって、身体障がい者のおよそ7割の方が遊べるようになったと思います。しかし、そこにはもう1つ障壁があるんです。それは、ゲームを遊べる環境をつくれる人が少ない、という状況です。これは他のアシスティブテクノロジーにも共通する課題が明るみに出たと考えています。

重度の身体障がい者の場合はモノだけ買っても使うことができず、誰かがその人に応じてモノを選んでセットアップし、何回も試行錯誤しなければならない。しかし、そういったことができる人がいなければ、お金をはらって人に頼むしかない。身体障がい者の多くは経済的に余裕はなく、補助金以外のプラスアルファのお金を捻出できない場合も多いため、結果としてあきらめてしまうことがほとんどなんです。

しかし、アシスティブテクノロジーを活用すれば、その先には就労も可能になり、自身でお金を稼ぐことができるかもしれない。エンドユーザーに届くまでのプロセスや、その先のことを考えられれば、身体障がい者の社会参加はより加速していくと考えています」

一方で、アシスティブテクノロジーの開発・製造をおこなうメーカーは、経営の舵取りが非常に難しいことも事実だ。実際、アシスティブテクノロジーに参入し、採算性の悪化により撤退する企業も多い。身体障がい者にとって、企業の撤退は選択肢、さらには可能性が減ることを意味する。だからこそ、テクノツールでは製品開発と販売の収益性を確保しながら、新たな事業を展開する予定だという。

本年度中に、就労支援事業をおこなう予定です。当社はアシスティブテクノロジーから身体障がい者の方々と関わってきましたが、テクノロジーによるエンパワーメントだけでは社会参加が難しい現実があります。そこをどう解決するかを考え、働ける場所や一般企業の就職につながる道を、わたしたちが用意する方法を思いつきました。それが実現できれば、今のアシスティブテクノロジーと大きなシナジーを発揮し、身体障がい者の社会参加を大きく後押しできるのではないかと考えています。

そのためにはもちろん、訓練プログラムや受け入れる企業側にも、健常者とは異なる配慮への理解が必要です。しかし、たとえば当社のプログラマのように、テレワークで働けるコミュニケーションやマインドセット、体調管理、さらには具体的な業務のスキルを身につけた人材を育成できれば、現在不足しているデジタル人材の不足にも対応できるかもしれない。そういった未来を実現するために、準備をしているところです」

当事者に会い、リアルな声に耳を傾けるべき


就労支援事業とともに新たなデバイスの開発も進めている島田さんだが、今後の事業展望については「自社の規模を拡大させる予定はない」と語る。その真意には、自社単独の成長ではなく、社会的なインパクトを重視する島田さんの想いがある。

「現状、アシスティブテクノロジーを市場で捉えると非常に難しく、経営環境も今後の動向で非常に変わりやすい。そのため、自社での規模拡大を図ろうとすると時間がかかり、社会的なインパクトも大きくならない。そのため、わたしとしてはさまざまなステークホルダーとの協業やコラボレーションを通して、当社の持つノウハウや知見をより広範に役立てていただきたいと考えているんです」

実際、Flex Controllerのように共同開発や協業によって生まれたプロダクトも多い。今後は企業の製品開発における知見の提供やコンサルティングなどでも協力していきたいと語る。

「これはまだ構想段階ですが、B to B向けの新規事業として、いろいろな企業がアシスティブテクノロジーやアクセシビリティを知り、製品開発に落とし込んでいけるような支援ができないかと思っています。

現在、D&Iの考え方は普及しつつありますが、当社の場合はより深く、具体的なお話ができます。共同開発や開発監修という既存の在り方だけではなく、コンサルティングやエンジニア向けの研修という方法も検討中です。そういった場合は、新しい視点や価値の見出し方、さらには新しいUXの考え方を提供できると考えています」

テクノツールが掲げるコンセプトは「本当の可能性に、アクセスする。」だ。急速に発展しつつあるテクノロジーをいかに活用するかは大きな議論を呼ぶなかで、アシスティブテクノロジーは身体障がい者の社会参加と就労という社会課題を解決しようとしている。最後に、企業としての社会課題の解決にはどのような視点が重要であるのか、島田さんに聞いた。

「まずは当事者の人に会うことだと思います。わたしたちがその媒介になりたいなとも思いますが、当事者とその現場にいる人たちに会い、リアルな声を聞くことが重要です。以前、ある企業の方々とお話しすることがありましたが、専門家の話は聞いても、実際に現場には行っていない。それでは本質的なニーズがつかめるはずはありません。なるべく多く、幅広いレンジの人の話を聞くことも重要です。それが少ないと、個別最適なプロダクトができてしまい、ビジネスとしての継続性が損なわれることになりますから。

そして、もし可能であればエンジニア自身がターゲットにするフィールドに出ていって、当事者に直接会うことがベストだと思います。自身でコミュニケーションをとり、腹落ちしたうえで活かせるテクノロジーやスキルを選んでいく。そうすると、開発したいプロダクトやサービスのビジョンがクリアになると思います」

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(取材/文/撮影:川島大雅

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