インターネットが普及し、さまざまなビジネスのデジタル化が進みましたが、日本のものづくりの現場の多くはデジタル化に取り残されています。

地方の家業製造業(印刷業)からソフトウェアでスタートアップにスピンアウトし、Webとデジタルプリントに特化したサービスを提供する株式会社OpenFactory。代表の堀江賢司さんは、「製造業の課題はエンジニアが解決できる」と語ります。

印刷業界をDXし、新しいビジネスモデルを創出している堀江さんにお話を聞きました。

家業製造業からスタートアップにスピンアウト

――堀江さんの家業は愛知県一宮市にある「堀江織物株式会社」とのことですが、どのような経緯でスタートアップを設立したのでしょうか。

堀江:
愛知県一宮市を含む木曽川流域は「尾州産地」と呼ばれ、昔から織物生産が盛んにおこなわれてきました。「堀江織物株式会社」は、その一宮市で戦前に撚糸(ねんし)業として創業された会社です。

現在はシルクスクリーン印刷とデジタルプリントによるデジタル染色の製造が主な事業で、のぼりや横断幕などの広告宣伝幕の印刷・縫製・加工・販売も一貫しておこなっています。現在の会長はわたしの父、社長は叔父で、堀江織物はわたしにとって家業です。

とはいえ、わたしはいきなり家業に入ったわけではありません。東京の大学で生産管理システムとロジスティックスを専攻し、卒業後は広告代理店に入社して、大量生産の資材の受発注や管理に10年ほど携わりました。

その後、2010年にリーマンショックの影響で業績が傾いた堀江織物を立て直すために入社しました。当時クラウドサービスが始まり、「電源カフェ」という言葉が流行って、ノートPCで仕事をする人が増えていたので、東京在住のままコワーキングスペースを拠点に家業に携わる形になったんです。

のぼり製造はすでに斜陽産業だったため、デジタル印刷が得意だったことを活かし、新事業としてアニメグッズのOEM(Original Equipment Manufacturingの略。自社オリジナルではなく他社ブランドの製品をつくること)を開始。Web集客を期待してブログを書くようになりました。

わたしはキーワードで集客ができることを実感できたのですが、昔ながらの製造業である会社はWebで仕事が来るイメージを持てず、インターネットやテクノロジーへの理解度も低かったのです。

堀江織物に限らず、日本のものづくりの現場の多くは、デジタル化に取り残されています。そのため、大量生産による初期コストや在庫廃棄リスク、FAXなどアナログな受発注方法による非効率な業務の発生、受注後の付帯業務や人的コストといった課題が山積みです。

わたしは当時ノマド的な働き方をしていて「下北沢オープンソースCafe」というコワーキングスペースに通っていました。そこにはRubyのエンジニアがたくさんいて、横で勉強会をしているのを聞くうちに、製造業の課題はエンジニアがいれば解決できると気づきました。

堀江織物も、ハードウェア(印刷機)のデジタル化はしていましたが、システムなどソフトウェアのデジタル化には消極的でした。多くの製造業は、お金を生む設備や機械には投資できても、形の見えないシステムへの投資はしたがりません。

わたしはソフトウェアの開発こそが製造業をDXしてさまざまな課題を解決していく鍵になると考えました。しかし、堀江織物として工場や機械設備の投資に加えシステム投資まで手が回らないと感じ、2013年に家業を離れてソフトウェアのスタートアップを創業しました。それが株式会社OpenFactoryです。

DX=効率化ではなく、新しいビジネスモデルの創出

――OpenFactoryがどんな会社なのか教えてください。また、堀江さんが考える製造業のDXとはどのようなものなのでしょうか?

堀江:
OpenFactoryは、「デジタルの力でひとりひとりによりそった印刷を広める」をミッションに、デジタルプリントによる小ロット生産のサプライチェーンをつくる会社です。

大量生産を前提とするアナログ印刷に対して、デジタルプリントは一点から製造できるのが強みです。しかし、一点ごとに付帯業務や人的コストが発生するようでは、その強みを活かしきれません。印刷工程だけではく、発注から販売までの全工程のDXが必要です。

わたしは製造業のDXには3つのステップがあると考えています。1つめのステップはつくり方のデジタル化(デジタイゼーション)です。印刷業でいえば、デジタル印刷機の導入がこれにあたります。手書きの指示書をエクセルで作成するのもデジタイゼーションで、要は全体の一部がデジタルになっている状態です。

2つめのステップが、自社プロセスのデジタル化(デジタライゼーション)です。印刷業でいえば、お客さんから注文をもらい、指示書を作成して、商品を印刷して、出荷するところまでの一連の流れがデジタル化できている状態を指します。

しかし、デジタイゼーションもデジタライザーションも、工場内の話に過ぎません。ここに外部、すなわちエンドユーザーとシームレスにつながるチャネルをつくるのが3つめのステップです。この状態になれば、エンドユーザーがほしいものを直接注文し、決済・製造・発送までのすべての流れがデジタルでおこなわれます。

DXは単なる効率化ではありません。アナログな工場が多い製造業で、この3つのステップを包括するDXが実現できれば、新しいビジネスモデルが創出できます。組織体制や企業文化も変革していくでしょう。わたしはそこに業界が生き残っていく道があると考えたのです。

――そうしたDXが、堀江織物の課題を解決するのみならず、多くの製造業が抱える課題を解決できると考えたのですね。では、OpenFactoryが提供しているサービスについて具体的に教えてください。

堀江:
まず、2013年に業務用のインクジェットプリンターを使って、個人法人問わず誰もがさまざまな印刷物を制作できるクリエイティブスペース「HappyPrinters」をオープンしました。コンセプトは「世界一ワクワクする印刷工場」です。

ショップという形式をとることで入りやすくし、PCを使わない人でも本格的な印刷体験ができます。その一方で、デザイナーやクリエイターといったものづくりのプロに対しても直接話し合いながら目の前で印刷をすることで、実験的で挑戦的なものづくりを可能としました。

その後もさまざまな取り組みをおこなってきましたが、現在もっとも注力しているのは、2020年9月から展開しているプリントオンデマンドサービス「Printio」です。インターネットとデジタルプリントを使い、ユーザーと工場のビジネスをオンデマンドでつないでいるので、1点からのプリントが可能になります。

オンデマンドによるものづくりは、注文が入ってから製造するので在庫を持つ必要がありません。サイトやアプリにPrintioの「ものづくり機能」を組み込めば、パーソナライズサービスの実現、無在庫でのオリジナルアイテム制作、Webと連動したオンデマンド発注のサポートができます。つまり、さまざまな事業者に新しいビジネスチャンスが生まれるのです。

なお、堀江織物はこのPrintioのパートナー企業の一つであり、堀江織物の売り上げの一部はPrintioを提供しているOpenFactoryから発生しています。

プロダクトアウトよりもマーケットイン

――オンデマンド生産による新しいものづくりを実現することが、製造業が生き残っていく道だということでしょうか。

堀江:
中小製造業がエンジニアの採用やシステム開発の依頼に躊躇するため、業界にソフトウェアが普及していません。それでは、いくら製造技術があっても、ITの強いところに簡単にマーケットシェアを奪われてしまいます。製造業に従事する人々は同じ地域で同業者がビジネスを始めたらライバル視しますが、わたしが怖いのは他業種がソフトウェアの力で乗り込んでくることです。

多くの製造業は「利益を生むのは設備や機械であって、システムではない」と考える傾向があります。しかし、その仕事がどこから来るかというと、わたしはWebやソフトウェアが重要だと思います。

エンベッドといわれる「つながるしくみ」をつくり、Web、API、ショップカート連携、CSV での発注といったいろいろな方法で日本全国の工場へのチャネルを設け、それぞれの工場が 1点ずつものづくりをやって、ユーザーのところに送る……。これができれば、ユーザーも工場もわたしたちもハッピーで、三方良しのビジネスができます。

製造業の商品開発や生産、販売には「プロダクトアウト」と「マーケットイン」の2つの考え方があります。プロダクトアウトは、高品質な素材や伝統技術がある場合に多く、「よい商品をつくれば売れる」という企業主体の考えがベースです。対して、マーケットインは、「ユーザーが求めているものをつくる」という顧客ファーストな考え方をします。

どちらがいい・悪いではないのですが、これから生き残っていけるのは、すごく高品質なものか、すごくデジタルなもののどちらかで、中途半端なものはごっそりなくなるでしょう。そう考えたとき、堀江織物はすごく高品質なものづくりをしている工場ではないので、プロダクトアウトよりも、デジタルに注力してマーケットインすべきだと思ったのです。

ソフトウェアとデジタル製造によるオンデマンド生産なら、マーケットイン、すなわちユーザーが求めているものをつくることができます。

――最後に、堀江さんが目指しているものを教えてください。

堀江:
わたしはネガティブ思考なので、「よい商品をつくりさえすれば必ず売れる」とは思えません。すごくよい商品であっても、10年先、20年先も需要があるかはわかりませんよね。不確実な外的要因に会社の、ひいては業界の未来をゆだねることは怖いと感じます。

スタートアップを創業し、資金調達をして経営をすることのほうが不安だと思う人もいるかもしれませんが、ソフトウェア開発は社会的な需要と違ってコントロールできるものです。

わたしは印刷業の家に生まれ、業界で働く人たちをたくさん見てきました。だからこそ、IT業者がソフトウェアの力でマーケットシェアを奪い、昔ながらの工場がすべて多重下請けになる未来はイヤなんです。そうならないためには、印刷業界が自ら変容して「あの業界には入っていっても勝てないよね」と思われるところまで持っていくこと。

わたしは製造業の抱える課題を理解しており、その課題をエンジニアが解決できることも知っています。両者の橋渡しができる立場のわたしの役割は、ソフトウェアの力で日本中の工場のDXをし、サステナブルなビジネスの生態系をつくっていくことだと思うのです。

OpenFactory

(取材/文/撮影:ayan

presented by paiza

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