CIOとして、アパレルから製薬へ、B2CからB2Bへ。大きな転身だが「エンドユーザーのためにITを活用するのは同じ」と法華津(ほけつ)誠さんは語る。
ビタミン剤「チョコラBB」や乗り物の酔い止め薬「トラベルミン」で知られるエーザイ。実は個人向けの医薬品よりも医療用医薬品を主力とする製薬会社であり、世界中に研究拠点や生産拠点、販売拠点を持つグローバル企業だ。2023年にはアルツハイマー病治療剤も日本で承認され、高齢化が進む日本に新しいソリューションの提供を開始した。
2023年10月に同社の執行役CIOに就任した法華津誠さんは、日本オラクルを始めさまざまな外資系企業や大企業を渡り歩き、経営もITも熟知している。どのような経験を積み重ねて現在のキャリアに至ったのか、その歴史と決断を伺った。
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法華津誠さん プロフィール
少年期を北米で過ごし、東京工業大学を卒業した後にスタンフォード大学で修士課程を修了。日本オラクルを皮切りに、日米の外資系企業で技術責任者やコンサルタントを歴任する。2013年にファーストリテイリングに入社し、CIO・CSOを務めブランドとIT部門の成長に貢献。2023年、エーザイ株式会社に入社し、同年10月に執行役CIOに就任。
目次
国内外を問わず積み重ねたキャリア
北米で幼少期を過ごした法華津さんは英語が堪能で、日米の企業を渡り歩いてきた。自身のキャリアについて運のよさを主張するが、それは確固たる自分の理想と、したくないことは選択しない意思の固さがあった上での結果だった。キャリアをどう積み重ねたか、法華津さんはよどみなく語る。

――新卒で日本オラクルに入社し、その後さまざまな企業を経験されエーザイにいたっています。その経歴やキャリアアップの中で感じられたことを教えてください。
法華津:まず自分のキャリアを顧みると、本当に運がよく、恵まれていたと思います。ただ、運も実力のうちとは言いますが、自分が頑張ってきたからだなとも思います(笑)。
キャリアを5〜6回変えていますが、場当たり的に仕事を見つけているんです。しかし、不思議とほとんど失敗しませんでした。また、家族からも何も言われませんでしたが、そこには本当に感謝しています。
新卒で、当時始まったばかりの日本オラクルに入社

東京工業大学を卒業してからスタンフォード大学(米・カリフォルニア州)へ留学し、修士課程を修了しています。子どものころは北米で過ごしていたこともあって、英語は得意でしたが、他はまったく勉強していませんでした。教授の推薦状がよかったんじゃないかな、と思っています(笑)。
スタンフォードでは周りが天才・秀才ばかりで、あの人たちには全然敵わないな、と思っていました。とりわけ、物事を考える力の弱さを痛感して、とくに発想する力が弱かったですね。こういった点は日本の教育の弱さでもあるんじゃないでしょうか。
スタンフォード大を卒業する半年ほど前、ボストンでの日本人向けのキャリアフォーラムに招待され、そこで日本オラクルの人と出会いました。
その場の会話で、では日本に戻ったときに面接しましょうか、という話になり採用されたんです。そのタイミングでは他の企業への就職活動はしておらず、「おもしろそうだな」という自分の感覚を信じて就職しました。当時はまだ日本オラクルとして始まったばかりで、205番目の社員でした。
そこで、半年ほど日本でデータベース本体ではなくツールの管理業務をした後に米国に戻ることになり、そこで当時販売していたプロダクトの開発や日本語化を担当していました。
ただ、10年後に登場するネットワークコンピュータのような製品でしたので時代を先取りしすぎていたのか、これがまったく売れませんでした。そのため設立者のラリー・エリソンによる鶴の一声でその事業がなくなり、そのときにバサッと仕事を失う経験もしました。
仕事が宙ぶらりんになってどうしようかな、と思ったときにスタンフォード大の日本人の先輩に声をかけられて。それをきっかけに、インターネットを使った日本で洋書を販売するビジネスを始めるようになったんです。
「マーケットを破壊すべく」前例のないビジネスにチャレンジ

当時はWebブラウザーのNetscapeが出始めたばかりで、一般向けのインターネット環境が整い始めたころです。
そのタイミングで、ネットを使って洋書をお客様から受注し、米国、欧州の出版社や書籍卸業者から仕入れを行い、日本の書店や大学の生協に卸す事業を始めました。当時は大規模な書店が店頭で洋書を販売しており、平気で定価の2〜3倍で売られていたんですよね。これでは日本人にとってあまりにも不利益だろうということで、マーケットを破壊すべく始めた事業です。
米国、欧州をはじめ世界中の出版社に注文して仕入れて、それをまとめて日本へ送る、そんなオンラインとオフラインを融合させたビジネスをしていました。オンラインとオフラインの融合(O2O)、もしかしたら世界で初めての事例だったんじゃないでしょうか(笑)。
ただ、価格破壊には自らの利益も小さくなるデメリットがあり、売り上げも爆発的に伸びたわけではなく、給与も少額しかもらっていなかったので自分の貯金が底をついてしまいました。このころは経営者としての資質もまったくなかったですね。そのタイミングで子どもも生まれて、とても残念でしたがビジネスを後輩に譲り、退職をして新しい職場を探すことにしました。
最高の上司の下で働いた6年間
そのタイミングで、今はOracleに買収されているCRM専門のSiebel Systemsという企業に入ることができました。Siebel社では技術コンサルタントとなり、お客さまの技術的な課題を解決していく役割を担っていました。
そのときの上司がとても優秀で、人の能力を見分ける力に長けていて、基本的には仕事のやり方、進め方は任せてくれるんですが、本当にピンチのときは助けてくれる、最高の上司でした。この人の下で、米国では4年、日本に帰国してから2年働けたことは私にとってはかけがえのない経験でした。
欧米やアジアにお客様がいて、現地に飛んで課題を解決したり、米国ではツールの教育をしていたり、その後の自分の仕事の基本となる人格が形成され、自信がついたんだと思います。
Siebel社での結末は、経営者との方針のずれが生じて退職の決断に至ることになりました。本当に残念でした。
初めての「転職失敗」

辞めたいという思いが焦りに代わり、自分がやりたいこと・仕事が合っているかどうかなどの見極めが雑だったのにも関わらず転職してしまったのですが、代償はとても大きかったですね。
細かいことは語れませんが、このとき、初めて失業保険をもらう経験をしました。
ゼロからアジア全体のビジネスを立ち上げる
そんなある日、Siebel社で一緒に働いていた仲間から「面白い製品がある」と声をかけてもらったんです。それが、今はIBMで扱われている「Netezza」というエンタープライズ向けのデータウェアハウス・アプライアンス製品でした。
Netezza Corporation (Netezza社)では、日本をはじめとしたアジアへの展開を始めるタイミングで、技術責任者をさせてもらいました。0から商売を立ち上げる経験を得られたほか、技術や製品、米国のコワーカーや日本のパートナーにも恵まれました。
やがて、誘ってくれた仲間が米国に帰り、僕が社長をしているときにIBMに吸収合併されました。社長を引き継いだこと、吸収合併を完了させたことも大きな経験となりました。
ファーストリテイリングで過ごした10年

吸収合併が完了した段階で、次の企業を探しました。そこで出会ったのが、ユニクロで有名なファーストリテイリング(FR)です。僕は洋服を自分で買うことすらないほどファッションに無頓着だったのですが、ある人材紹介会社の人から「FRに行く機会に、法華津さんの履歴書を持っていってもいいですか?」と打診され、「どうぞ」と伝えて。
そんなきっかけで入社しました。事業会社の経験は洋書の輸入販売についで2度目ではあったのですが、前回はとても小さな会社でした。FRは当時、すでに事業規模が8,000億円くらいある大企業でしたが、IT部門は50人にも満たない状態でした。多くのことがパートナーによってコントロールされている世界だったんです。
そのころ、会社ではITを中心に「情報製造小売業の実現に向け、全社・全員で進める全社改革」の「有明プロジェクト」が立ち上がりました。
結果的に、国内のIT人員が500人弱、グローバルでは200〜300人ほどになり、かなり大所帯に膨れ上がりました。優秀なスタッフにも恵まれて成果を出せて、IT的にも、マネージメント的にも多くを学べました。大規模な企業に経営者視点で携われたのも大きな経験です。
ITの人間はIT視点で物事を考えてしまいますが、ITはあくまでお客さまのために存在することを忘れてはいけません。そういう大切さを痛感できたのも、このときです。
常に新しいことに取り組みたい、という気持ちがあり、そのうちに今働くエーザイに移ることになりました。ただ、前に痛い経験をしているので「嫌になったから辞める」という行動は絶対にしないぞ、と心に決めていました。
自分なりに成果を出し、切りのいいところまで進めたところで、エーザイに移りました。ITの面で伸びしろがあり、自分が役に立てそうな場所を探して出会った会社です。エーザイは2023年9月にアルツハイマー病治療剤の製造販売承認を取得していますが、当時は承認前で、不安要素もたくさんありました。
けれど、不安要素も僕の人生そのもの、タイミングを計って取るべきリスクをとってを繰り返している人生なので、思い切って挑戦しようと思って入社した、という状況です。
日本企業と外資系企業の大きな違いは「リスクのとり方」

――国内外、さまざまな企業で経験を積まれてきた立場から、日本企業と外資系の企業にはどのような違いがあると思いますか。
法華津:みなさん、日系企業と外資系企業には大きな差があると思われているんじゃないでしょうか。でも、私の感覚では、突き詰めて考えると大きな違いはないと思っています。たしかに、文化ややり方には違いがあります。
けれど、企業体として利益を出さなければいけない、エンドユーザーにメリットを出さないと長く事業を続けられない、といった基本は変わらないはずです。
また、長く世の中の役に立つ、サステナブルな会社でなければならない、ということも変わりません。
そんな中でもっとも大きな違いがあるとすれば、リスクのとり方にあるんじゃないかと思います。
欧米だけでなく、アジアも含めた海外の会社は、リスクをしっかり考えた上でとり、挑戦していく精神があると思います。失敗を省みずに挑戦していく決断力があるのではないでしょうか。
日本ではそうしたリスクをとることが難しいケースが多いですが、今の若い人々にはそのような枠を越えてどんどん挑戦していってほしいと思います。そうすることで、よりよい変化を生み出せるでしょう。
修羅場をくぐったときの達成感は何物にも代えがたい

企業を渡り歩いた経験の豊富さは、達成感の豊富さにもつながるのではないか。法華津さんのキャリアの中でもっとも達成感を得たことがらは何だったのか。
――キャリアの中でもっとも達成感を抱けたことは何でしょうか。
法華津:一番を選ぶのはとても難しいです。業務によって種類が違います。その中で一例を挙げると、Siebel社にいたときにサンフランシスコの空港近くの大通りで、とあるツールの講演をしたことです。
本来の担当者が講演の3日前に体調を崩してしまい、急遽、そのピンチヒッターになりました。500名の観衆の前で、ツールの宣伝をするという仕事でした。しどろもどろではありましたが、乗り切れたその緊張感と達成感は、何物にも代えがたいものがあり、今でもその感覚は残っているように思います。
そういう修羅場をくぐってきているからこそ今の私があるとも思っていて、Siebel社で働いていたときにも何度ももうだめだと思うようなピンチはありましたが、何とか生きて帰ってこられています。
日本ネティーザのときは、製品が本当によかったので、とても楽しかったです。製品を素直によいと思えて、それをマーケティングして売っていくと、自然に売れていくんです。
製品力やソリューションがよいと自然と売れますし、デリバリーも楽だな、という体験ができました。
FRでは、経営者の端くれとしての視点を得られました。働いていた10年の間にさまざまな改革を担当させてもらって……。といっても私自身がやったことはほとんどなく、部下が頑張って実現してくれたり、周りで働いている人たちと一緒に頑張って達成したりしたものがたくさんあります。
実体験から語る、転職を成功させるカギ
「運がよかった」
そのようにここまでのキャリアを総括する法華津さんだが、感覚的な何かをアクセル、あるいはブレーキとして決断してきたのではないか。そう思い、転職が成功しそうな予感について尋ねてみた。

――ご自身のキャリア選択について「運がいい」と語られましたが、転職が成功しそうだという直感的なものはあったのではないでしょうか。
法華津:面接の際に、面接官としっかり向き合って話せているかどうか、はカギになると思います。
働く場を選ぶに当たって大きな失敗をしたときには「こんなはずではなかった」と思うものです。それが起こらないようにするためには、面接を受ける側が何をできるかを考えた方がよいと思います。
私の場合は、不安があればとにかく質問をしますし、もう一度こちらから説明させてくれ、と自分から伝えるようにしていました。
そういう人って少ないと思うんですけれど、もっと自発的にやった方がいいと思います。面接する方も言ってもらった方がやりやすいでしょう。つまり、インタラクション(互いの反応)を増やす動きをした方がよいです。
また、自分がそこで働いているイメージを持てるかどうかをしっかり考えられるようになれば、失敗しにくくなります。私も一度失敗していますが、一度で済んでいるのはとてもラッキーだと今は感じています。
その一度は、在籍していた場がイヤで辞めたのですが、イヤになって辞めるときには冷静な第三者視点で見られる自分がいません。正しい判断をしづらくなっていますので、より慎重になった方がよいと思います。
――転職後に注意するポイントはありますか。
入社した直後に意見を言うのはやりにくいですし、直感的な部分も間違っている可能性があるので、ある程度慎重に確かめる作業を自分でした方がいいと思います。
その上で、本当に違うと感じたときには、しっかり意見を言うべきだと思います。
技術者と事業経営の両輪を経て得た教訓
事業の立ち上げも技術責任者も経験している法華津さんは、ITをどう捉えているのか。
エーザイは事業会社であり、最先端のITよりも、現実に世の中で便利に使われるITを事業に合わせて使う会社だと法華津さんは語る。長年の経験を経て得たIT観は
「ITはあくまで企業の業務を効率化や利便性を向上させ、最終的にはお客様(エーザイでは当事者様、関係者様)のために存在する、何のためにやっているのかを忘れてはいけない」
というものだった。そしてエーザイの若きエンジニアにも、この信念を持ち続けてもらいたいと考えている。
エーザイは世界にグループ企業を擁するグローバル企業だ。ここでのITは世界に通ずる。法華津さんの目は世界という舞台に向いている。
