1881年(明治14年)に創業された、日本最初の通信機器メーカーである沖電気工業株式会社(以下、OKI)。明治の近代化から令和のデジタル社会まで、日本の通信インフラの歴史をその手で築いてきた老舗企業です。

そんなOKIに変革の風を起こしているのが、社内AIコミュニティ「OAICO(オアイコ)」です。トップダウンによる号令ではなく、現場の有志が中心となって運営する「草の根型」の活動でありながら、今や会社全体にAI活用の熱気が広がり、現場の仕事を変え始めています。伝統企業がいかにしてボトムアップでAIを根付かせたのか、その背景を紐解いていきます。

OAICOOKI AI Community

白石 哲也さん (右):沖電気工業株式会社 技術本部 技術企画部データマネジメント室 生成AI活用推進チーム所属。2018年に新卒入社。社内の生成AI活用基盤の開発・運用や社内 PoC(実用化に向けた検証)活動を担当。OAICOの運営・推進を実施。 

野本 直弥さん (中央):沖電気工業株式会社 技術本部 技術企画部 データマネジメント室 データ活用推進チーム所属2022年に新卒入社。データを活用したビジネスの推進や社内外 からのデータ分析依頼に対応。 

河野 晃光さん (左):沖電気工業株式会社 技術本部 技術企画部データマネジメント室 生成AI活用推進チーム所属。2008年に新卒入社。社内の生成AI活用基盤の開発・運用や社内PoC(実用化に向けた検証)活動を担当。OAICO内のコンテスト運営を担当。

 

2018年から続く社内イベントが「OAICO」に進化

OKIでは、「人権の尊重」「説明と透明性」「対話と協調」「安全およびデータの取扱い」「人材育成」という5つの指針からなる『OKIグループAI原則』を掲げています。この原則を道しるべとして、全社一丸となってAI推進に取り組んできました。

もともとOKIでは2018年から、AI担当者を対象とした成果発表会『OKI AI Conference』を毎年開催してきました。そこからさらに一歩踏み出し、AIやデータの活用を全社に広めるべく、2023年にコミュニティ型へと刷新したのが現在の『OAICO(オアイコ)』です。現在、OAICOでは主に4つの活動に力を入れています。

  1. OAICO Academy:全社員のリテラシーを底上げする「教育」
  2. OAICO Seminar:外部の知見を取り入れ、視座を高める「公開講座」
  3. OAICO Workshop:現場の困りごとをAIで解決する「実践・コンテスト」
  4. OAICO Platform:業務でAIを日常使いするための「環境提供」

社内セミナーながら、毎回200名規模の社員が参加する『OAICO Seminar』。全国の社員が参加しやすいオンライン形式を採用しつつ、若手が主体となって内容を決めるという、ユニークな運営スタイルが特徴です。

この試みは、参加者への知見共有はもちろん、企画・運営を経験する若手社員自身の成長にもつながっています。

3,000人を超える社内コミュニティを形成

3,000人規模まで成長した社内コミュニティでは、単なる交流にとどまらず、伝統ある企業ならではの課題である「熟練技術者の知見継承」に生成AIを活用しています。 

ベテラン社員の過去の講演や発言内容をデータ化し、それをAIに「参照用資料」として読み込ませるRAG(検索拡張生成)の技術を応用。その結果、若手がいつでも「あのベテランならこう答えるだろう」という擬似的な相談を受けられる環境を整えました。 

さらにユニークなのは、社長の思考パターンを取り入れた「AI社長」の存在です。「AI社長」とのロールプレイは、若手社員が経営層の視点から自分の企画を客観的に見直すための強力なツールとなっています。AIに指摘された箇所をブラッシュアップすることで、質の高い企画、提案作りを支えています。

OAICOは、トップダウンではなく、あくまで現場の熱意から生まれたボトムアップのコミュニティです。140年以上の歴史を刻んできた老舗企業において、こうした「草の根」の活動を軌道に乗せるのは容易ではないはずです。困難はなかったのでしょうか。事務局メンバーの白石哲也さんは、立ち上げ初期をこう振り返ります。

OAICOの運営・推進を実施する白石さん

「コミュニティ立ち上げにおいて最大の障壁となったのは、銀行や防衛といった『失敗が許されない極めて重要なインフラ(ミッションクリティカルな領域)』を扱う企業ゆえの、厳しいセキュリティへの懸念でした」

結果として、単にAIの利便性を訴えるのではなく、セキュリティという高い壁に対し、リスクを正しく制御するための安全対策を地道に徹底。今や社内生成AIサービスの利用者は全従業員の半数以上の8,000人を超えるまでになりました。

「生成AIがないと、もう仕事ができません」社員からの声

OAICO事務局が実施するアンケートには、「生成AIがないと、もう仕事ができません」という声も届いています。仕様作成からプログラミング支援まで、今やAIは多種多様な業務の欠かせないツールとなりつつあります。

現場の困りごとを、現場の人間がAIで解決する。そんなボトムアップの理想を形にしたのが、事務局メンバーの野本直弥さんが開発した自動化ツールです。「会議室探しが大変」という誰もが一度は経験する課題に、生成AIはどう応えたのでしょうか。

データ利活用を推進する野本さん

「これまでは、各階の会議室を1つひとつOutlook上で確認していました。その代わりに生成AIにコードを書かせて自動化を試みたのです。そのアイデアをTeamsのコミュニティチャネルに投稿したところ、『業務時間が短縮できました』という喜びの声だけでなく、『改善版をつくりました』という投稿まで出てきて、好循環が生まれました」

取材班が訪れた蕨システムセンター内には、30もの会議室が点在します。多くの社員が「何とかならないか」と待ち望んでいた悩みへの解決策が、コミュニティ内で誕生したのです。

AI活用コンテストをOKI社内で開催

OAICOが年に一度開催する「AI活用コンテスト」は、コミュニティ最大の催しです。コンテストで栄冠を手にしたのは、プログラミング経験ゼロの営業職の社員でした。一体、どのようなアイデアが人々の心を動かしたのか。運営を担う河野晃光さんに、その舞台裏を聞きました。

OAICO内のコンテスト運営を担当する河野さん

「コンテストは、社内の技術展に合わせて開催し、各地の事業所もオンラインでつなぎました。順位は社員の投票で決まります。見事1位に輝いたのは、『Excelの手作業』をAIで解決した事例でした。毎日コツコツ行っていた集計をAIが一瞬で終わらせる、その劇的なアイデアが具体的な削減時間とともに示されました。自分たちが1位を選ぶ投票制度が、コンテストの全社的な盛り上がりを生み出しています」

ユニークなのは、応募時にプロンプトの登録を義務付けていることです。「すごい事例を見て終わり」にするのではなく、その裏側にあるノウハウを全社員の共有財産にしています。誰でも同じプロンプトを使って成果を出せる仕組みが、AI活用のハードルを劇的に下げています。

AI活用の勢いは、具体的な数字にも裏付けられています。利用者へのアンケートでは、1人あたり月10時間の業務削減効果が出ているとの回答結果に。全利用者の8,000人で換算すれば、その効果は月に8万時間。一つひとつの小さな工夫が積み重なり、OKIグループ全体に驚くべき効率化をもたらしています。

「現在はグループ会社の皆さんと共にワーキンググループを立ち上げ、現場の課題に生成AIで挑んでいます。試行錯誤の連続ですが、その一歩一歩に大きなやりがいを感じています。現場の皆さんと知恵を絞り、新しい可能性を見つけるプロセスそのものが楽しいんです」と河野さんは語ります。

継続的な情報発信で、役立つ場面をイメージできるように

OAICOがさらなる高みを目指すうえで、白石さんが掲げるキーワードは「リテラシーの底上げ」です。

「活用の幅を広げる一方で、全社員のAIリテラシーを高めていくことが不可欠です。技術の進化に振り回されるのではなく、社員一人ひとりが主体的にAIを制御できる状態を目指す。それが、OKIAI活用をより健全で力強いものにすると確信しています」

その上で「AI活用のイメージを広げるために、情報発信を止めないことが重要」と野本さんは力強く語ります。「各分野のスペシャリストを招いたセミナーを通じて、活用シーンを具体的に見せ続ける。これが社員のやる気を引き出す一番の近道です」

その言葉通り、セミナー動画はすべてアーカイブされ、社員が自由にアクセスできる場所に集約されています。リアルタイムの熱量を届けつつ、各自のペースで学べる場も用意する。この多層的なアプローチが、OKIのノウハウの継承を支える秘訣です。

生成AIは、OKIが生み出す製品の価値をどう変えていくのか。白石さんは、技術と製品の未来の姿をこう描きます。

「開発プロセスを効率化するだけでなく、製品そのものにAIが組み込まれ、一つひとつの価値が進化していくはずです。ハードウェアとソフトウェアの両輪を持つ当社だからこそ、その融合の可能性は無限にあります。そんなワクワクする未来に向けて挑戦を続けることで、OKIはもっと面白くなると確信しています」

今後の展望について、河野さんはAIが自律的にタスクをこなす「AIエージェント」時代の到来を確信しています。「最近ではお客様からAI活用を求められるケースも増えています。現場の課題を一番よく知る人たちと共に、ボトムアップで新しい価値を創り出していきたい」と、河野さんは意気込みます。

AIを「道具」から「組織の一員」へ

伝統という看板を背負いながらOKIに変革をもたらしたのは、トップダウンの号令ではなく、現場一人ひとりの熱意でした。事務局のメンバーが見据える未来は、AIを単なる「道具」ではなく、共に働く「組織の一員」として迎える姿です。

そのために、白石さんは「挑戦をたたえる文化」を盤石にすることを誓い、野本さんは「人間が責任を持つプロセス」の定着を急ぎます。さらに河野さんは、AIを適切に統治(ガバナンス)することで、人間とAIが対等に助け合えるチーム作りを目指しています。 

守るべきガバナンスを土台に据えつつ、現場目線でAIを使い倒す。OAICOという「草の根」から芽吹いた活動は、やがてOKIの製品やサービスを通じて大きな花を咲かせるでしょう。「人間とAIの共生」という未来へ向けて、彼らの挑戦はこれからも加速し続けます。


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