テクノロジーの進化で、クリエイターを取り巻く仕事の流れは大きく変わってきています。「絵を描く」といえば、筆やペンを使って紙の上に描くものという「常識」は、すでに過去のものになりつつある昨今。

絵具や筆から生まれる「アナログならではの味わい」には捨てがたいものがあります。とはいえ、仕事の上でテクノロジーをまったく使用しないことは難しくなってきました。AIの登場でテクノロジーに脅威を感じる場面も出てきています。

デジタルやテクノロジーを自分のクリエイティブにどのように取り入れていくべきか?は今後、クリエイターが避けては通れない問題です。

もともとアナログで描くイラストレーターでありながら、デジタルイラストをNFTで販売している登内(とのうち)けんじさんに、デジタルやAIとうまく付き合うには「どのように考えるべきか?」を伺いました。


登内けんじさんプロフィール

アーティスト・イラストレーター・デザイナー
長野県出身・東京都在住
愛知工業大学 建築学科卒業
東京コミュニケーションアート専門学校 イラストレーションコース卒業
人物画、とくにアスリートや武士をモチーフにした作品を多数制作
雑誌・書籍などにてイラストレーションを提供
NFTコレクション
告知用Twitter

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Rule1:無理に「アナログの再現」を目指さない

もともと僕はアナログなイラストレーターで、キャンバス(画布)にアクリルで描いて、撮影してデジタル化して納品しています。サイズの大きなものは、原画をそのまま納品することもあります。

使用しているデジタルツールは、iPadアプリのProcreate(プロクリエイト)と、Adobe Fresco(アドビフレスコ)の油彩ツールです。最初はもちろん、自分のアナログイラストの再現を目指していましたが、現状では難しいですね。

デジタルではアナログと完全に、まったく同じには描けません。人の手で描くような「完全にランダムな動き」を、現在のデジタルで再現するのはまだ難しいかな? と感じます。デジタルには「クセ」があります。

ただ、描いて試していくうちに、「このデジタルツールではこういった絵が描けるんだ」とわかると楽しくなりました。今では、「デジタルも、画材の一つ」といった感覚でいます。デジタルツールは「違う画材を試す」感覚で描くほうが、無理に「アナログの再現」を目指すより、よい方向に向かうと感じます。

Rule2:デジタルを使いこなすことで、自分の強みを増やす

1でお話ししたように、デジタルも画材の一種だと考えるようになりました。NFTがきっかけで、デジタルでそれまでとはまったく異なるタッチで描くようになり、表現の幅が広がりました。デジタルツールをマスターした結果「強みが増えた」ととらえています。

「イラストの見せ方」という意味でも、非常にバリエーションは広がっています。昔は原画や印刷したものを直接見せる以外に方法がなかったのに比べれば、現代は本当に便利です。

一枚絵のイラストをそのまま見せる以外の見せ方もありますね。

「タイムラプス」という機能を使えば、実際にイラストを描いている動画が記録できます。実際に使ってみると、操作も簡単で、動画はYouTubeに手軽にアップ可能です。

イラストのデジタルツールの多くは、使いこなせるまでに多少時間が必要です。でも、デジタルを使いこなせれば、「画材」としても「営業ツール」としても、可能性が広がると考えています。

▲作品制作過程のタイムラプス

Rule3:技術革新はおもしろがって、うまく乗っかる

AIに関しては、主観でしかありませんが、味方でもあり脅威でもあると感じます。仕事が奪われる可能性はあるかもしれませんが、技術革新とは常にそういうものだと思うんですよね。たとえば、ネット書店や電子書籍が増えて、街の本屋さんが減っています。そういった一連の流れの一つでしかありません。

ずっと現状維持というわけではなく、変化は遅かれ早かれ来るものです。停滞するよりはいいし、技術は基本的には人を助けるもので、いい方向に行くものだと信じています。

あらがうより、使ってウマいことをする方が得策なのではないかと。イラストレーターがAIを上手に使う方法は絶対にあるはずです。僕自身は、現状はテキストのAIをアイデア出しのために使ったことがあり、予想もしなかった答えがもらえました。使いこなせば、うまく利用できそうですし、クリエイティブの可能性は広がりそうです。

実際に食われるかも、となったら逃げるかもしれませんが、今は進化してどうなっていくのかを見たい気持ち、好奇心の方が勝っています。技術は進んだ方がいいですし、AIを利用することで、さらにいい作品が生まれるかもしれません。そういった期待感の方が大きいです。

このような話もあります。AIをすでに取り入れたある企業の社員のうち、

  1. 「AIとの競争を選んだグループ」
  2. 「AIにできない仕事を選んだグループ」
  3. 「AIとの共存を選び利用したグループ」

の中で、数年後には、1の「AIとの競争を選んだグループ」の人たちはいなくなっていたそうです。しかし2は実質的にAIに仕事を奪われているので、勝ち残ったのは3の「AIとの共存を選び利用したグループ」のみということになります。

この事例からも、AIは「おもしろがってうまく乗っかる」のが正解なのかな、と思います。

装画を担当した作品「龍虎の生贄 驍将・畠山義就」(アルファベータブックス)
著者:濱田浩一郎 装丁:Malpu Design 宮崎萌美

Rule4:自分の作品はAIに勝てるか?を冷静に判断する

僕自身がAIをそこまで脅威だと感じていないのは、今のところ僕の絵は僕にしか描けないと思っているから、ともいえます。人の手で作り出すモノはまだ、AIには真似できないところがあります。たとえば、AIはアナログイラストを完全には描けません。AIの描いた絵は人の手の形がおかしかったりもしますよね。

もし、AIに食われるスタイルがあるとしたら、「写真そっくりに」「ただ人物をリアルに描く」ような「個性のないイラスト」ではないかと感じます。「明確な個性」があれば、今の段階では大丈夫です。

僕はそう感じていますが、また違った考えを持つ人もいるかもしれません。冷静に自分の絵は大丈夫か? を見極めて、食われそうだと感じたら、食われないようなスタイルを見つけ出すしかないでしょう。

将来的には、どのようなスタイルの人も考えていかなくてはいけない問題かもしれませんが、現状ではまだ自分の絵でAIに「勝てる方法はある」と考えています。

ニューヨークで開催の「Shochu Cocktail Week 2022」イベントキービジュアル
https://shochu.guide/events

Rule5:不安解消のためには「調べて知る」「リスクを減らす」

NFTについてもお話ししましたが、「不安のほとんどは、調べることで解消できる」と考えています。AIも特性を調べ、AIには何ができて何ができないか、理解した上で対策を練ることが重要です。自分が使いこなすためにも、「知る」ことは必須だといえます。

常にリスクヘッジをおこなうことでも、いたずらに怖がる必要はなくなると思います。

たとえば、僕はアナログのイラストレーターですが、デジタルツールも勉強して、仕事の幅を広げました。イラストだけでなく、デザインも請け負っています。社会が不安におちいっているときこそ、自分のやれることを淡々とやることが大事だと感じます。仕事の障害になるのは、AIに限った話ではありませんよね。

コロナ禍ではイラストの仕事は激減しました。もしイラスト一本だったら、コロナ禍で生き延びられたかどうかわかりません。デザインスキルを身につけていたおかげで助かりました。複数の強みを持つことは、生き残る上でも重要だとコロナの中で実感しました。

Rule6:AIか人かを「選ぶのはクライアント」だと割り切る

僕は現状、そこまでAIを恐れてはいません。AIが出すモノは「~風」ではあるけれど、本人が描いたものではありませんし、まったく同じものはできません。あるお題を与えられて、本人が実際に描いたものとAIが描いたものは同じにはならないでしょう。

でも、それは僕の一方的な考えです。判断するのはあくまでも「クライアント」なんですよね。

AIの登場以前も、人気イラストレーター風のイラストをほかの若手イラストレーターに描かせるようなことは、わりとよくあることでした。最近もそういった事例が問題になりました。

現在はAIを無償で使用できていますが、今後さらに精度の上がったものが登場しても、無償で使えるとは限りません。費用対効果として、AIが人より優れているかの判断は媒体によって異なるのではないでしょうか。

「同じであるかどうかの判断」も含めて、「どちらを使うか」を選ぶのはクライアントです。選ばれるために最大限の努力はしますが、そこはある程度、割り切る必要もあると感じます。

装画を担当した作品「日本史の有名人たち「その後」どうなった?」(三笠書房)
監修:山本博文 編著:造事務所 装丁:三笠書房装幀室

Rule7:相対的にアナログの価値は高まる

コロナ禍になる前は、年に100本以上、都内のギャラリーで開かれるイラストレーションの展示に足を運んでいました。

アナログからデジタルに移行する人は増えています。イラストは仕事をする中で修正がつきものなので、作業のしやすさからデジタルを選ぶ流れですね。

僕自身も、アナログだけで描いていたころは、危機感のようなものを持っていました。しかし、実際にデジタルで描くようになってからは、反対に今後アナログの価値は相対的に上がりそうだと考えるようになりました

デジタルの精度はたしかに上がっていて、パッと見た目では、アナログと見分けのつかないような作品もあります。それでもやはり、アナログイラストからは、受け取るモノの量が全然違うと感じます。

イラストやアートって、実際に見て触れて、デジタル画面では伝わらない迫力や空気感が価値になると思うんです。イラストレーターの中にはアナログに戻っている人もいます。テクノロジーが発達する中での「原点回帰」や「価値の見直し」は、今後出てくるのでは? と感じます。

アナログもデジタルも「ひとつの表現方法」でしかない

7つの考え方を見ていくと、「アナログかデジタルか」「AIとどう向き合うか」について、そこまでかまえる必要はないと感じます。調べて学ぶことは重要ですが、無駄に恐れることはありません。相手をよく知り、自分にとって都合のいいところだけをうまく受け入れていくのが、テクノロジーとの付き合い方のコツだといえるのではないでしょうか。

「デジタルもAIも画材や技法のひとつ」ととらえることは、一つの真理です。登内さんは「AIには(今のところ)意思はない。どう使うかは人しだい」とも。まさに「どのように使うか」が今後、問われていくのだと思います。

(文/取材:陽菜ひよ子

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