2023年、目まぐるしい速度でAI関連技術、サービスが登場している。それらの活用は生産性を高めることが期待される一方で、機密情報の漏洩などのリスクが懸念され、企業における活用には議論を呼んでいる。そのようななか、今回は日本最大級のサーバホスティングサービスやクラウドサービスを提供するさくらインターネット株式会社(以下、さくらインターネット)とpaizaのエンジニアが対談。企業のAI活用、エンジニアのあり方について議論した(2023年4月11日時点)。
(画像左から)
さくらインターネット
・クラウド事業本部 副本部長 大久保 修一さん
・クラウド事業本部 SRE室 室長 長野 雅広さん
paiza
・テックリード 高村宏幸
・VPoE 渡嘉敷唯誠
(以下、敬称略)
――ChatGPTやGitHub Copilotをはじめ、AI関連サービスが目まぐるしいスピードでリリースされています。さくらインターネットとしての活用にはどのような方針を持っているのでしょうか?
長野:ちょうど今朝、AI活用について議論をおこないました。当社のフェーズとしては「個人で使うっていう部分、業務の外で使う部分に関しては、どんどん活用してほしい」というマネジメントからのメッセージを出していくところです。そのための費用面などは補助をおこなうことを打ち出していきます。業務利用については、まだいくつか問題点があって、たどり着いていない状況ですね。
大久保:とくに当社のクラウドサービスは、ISMAP(政府情報システムのためのセキュリティ評価制度)の登録を受けていたり、ISMS(情報セキュリティマネジメントシステム)やプライバシーマークなどの取り組みも継続しています。情報の取り扱いについては、情報の再学習への利用や、または情報漏洩を含め、非常にセンシティブでなければなりません。 新しい技術を積極的に取り入れて、業務効率化を目指していきたいところではありますが、社内のガイドラインの整備なども含めて、慎重に進めている状況ですね。
渡嘉敷:当社では4月からGitHub Copilotのビジネス導入を決めました。当社の場合は人数が少ないので、予算感もクリアできるかなと思っています。やはりAI時代では、エンジニアとAIとの協業は避けられなくなるでしょう。なので、なるべく早めに触れてほしいといった意味で、当社では踏み込むことにしました。
高村:それに加え、個々人ではすでに使っているところもあったので、企業としてのルールを決めて活用したほうがいいと考えました。そこで仕様や運用に関しての、ポリシーや方針を定めていったという流れですね。
――やはり企業での活用については、情報漏洩や再学習についてが課題かと思います。ただ、今後はエンジニアのAI活用はマストになっていくと思いますが、今後どのように活用していくべきかという点についてはどのようにお考えでしょうか?
渡嘉敷:そうですね、AIが今後どこまでコードを書いてくれるようになるのかが1つの鍵になると考えています。ただ、書き出されたものに対しての良し悪しの判断は、どうしても人間が必要なフェーズであるとは思うので、急に技術がいらなくなるという話ではまったくない、というのが個人的な意見です。
長野:現状、会社で使用を禁止されているという声も聞きますが、個人としては使っていったほうがいいと思うんですよね。それで、なにをすればいいのか。たとえば、あくまで公開はせず、自身の学習や検証という用途に限りますが、AIにコードの写経をやらせてみるのも1つの手だと思います。公開されている特定のソースコードを、AIを使ってどれだけ早くできるのか、別の書き方があるのか検証してみる活用法もあると思います。
大久保:やはり新しい道具が出てきたのだろうと思っていますが、ライセンス面や品質面、セキュリティ面では、現時点では企業としての使いこなし方や運用に迷っているところが多いのでは、と考えています。
一方で、今後はやはりAI活用が当たり前になっていくだろうとも感じています。プログラミング言語やフレームワークが新しく登場して、エンジニアが徐々に使いこなしていくことと同じような流れがやってくるでしょう。まさにプロンプトエンジニアリングという言葉が生まれていますが、AIを使いこなしていく能力が必要になってくるだろうと感じています。
ただ、一人のエンジニアの意見としては、やはりコードを書くのが結構楽しい面もあります。なので、自動生成ができるようになったとしても、コードは入力したいな……みたいな思いは、個人的にあるんですけど(笑)。御社ではどうですかね。
高村:そうですね、これはどちらかというと趣味の話になってしまいますが、よくコードを書くときにGitHub Copilotを使っていて、そこでAIに「いやいや、そこは違うだろ!」とツッコミを入れながらやっているんです。自分で半分書いた場合でも、出てくるサジェストが違うときもあります。
ただ「あー、それそれ!」と思うことも、今のところ半分ぐらいの確率であるので、私としてはそれが楽しいです。効率化という面ではメリットを感じていて、1日かかっていたようなものが2、3時間で終わることが多くなったので、その分今までできなかったデザインなどにチャレンジしてみる余白が生まれました。個人的にはとてもうれしい体験だったと思います。
ただ、完全にコードを入力しなくなったら悲しいですね。せっかく、これだけキーボード揃えたのに、 飾るだけになってしまうのが寂しいなと(笑)。
――実際にAI関連サービスなどを使ってみて、今後のAI技術の発展はエンジニアにとってどのような影響を与えるとお考えですか?
長野:「Perl」を開発したラリー・ウォールが提唱した「プログラマの三大美徳」(怠惰・短気・傲慢)というものがありますが、AIはそれにかなうものなのかなと思います。繰り返しやることは、AIに任せる。そういうものを満たすのではないでしょうか。最近では「AIに仕事を奪われるのでは」と不安視する声がありますが、そういったものではまったくないです。
大久保:AIの文脈で「仕事が奪われるのでは」という話は、昔から定番のネタとなっています。人類の歴史において、車ができたことで、人が走らなくて良くなった。その結果、人間の生活はより便利で豊かなものになった。新しい道具が出てきて、それを上手く使いこなすことで、より豊かな生活に結びつくのだろうと捉えています。
ただ、1点危惧しているのが、考えることをやめるようになった人間は、なんか違う方向に行ってしまうのではないかという気はしています。たとえばChatGPTのようなチャットAIも含めてですが、正しい使い方をしているうちは大丈夫でしょうが、「考え抜く力」が損なわれないような使い方をすべきでしょう。
渡嘉敷:人類の歴史という点で考えると、AIの影響を受ける仕事がある一方で、新たに創造される仕事もあるでしょう。車の出現の話でいうと、飛脚はいなくなりましたが、郵便配達員という新しい仕事はできましたよね。ただし、エンジニアという仕事は抽象度を上げて思考しなければならない世界なので、まだまだ残っていくのではないでしょうか。
高村:そのような観点でいえば、「物を遠くに運びたい」という課題解決のために「走る」という旧来の手段に捉われてしまうなど、手段が目的そのものになっているとしたら、そこはビジネスとしては奪われていくのではないかと思っています。私もずっと趣味でコードを書き続けるのだろうとは思います。しかし、「走る」のように「コードを書く」という手段を中心に捉えてしまうと、奪われた気になるケースも出てくるのでは、と思いますね。
一方で、「今まで解決できなかったものを解決できるのではないか」または「こういうものが生み出せるのではないか」という観点では、AIが後押ししてくれると感じます。今まで見えなかった未来が見えてきているという、ワクワク感も同時に持っていますね。
――現在では最新の技術や情報のキャッチアップがより重要になってきています。みなさんはどのように情報収集をしているのでしょうか?
渡嘉敷:私は組織運営のポジションなので、Twitterに張り付いてつまみ食いしているぐらいですかね。
長野:この10年くらいで、Twitterに情報が集まってくるようになったので、私もTwitterで情報を拾っています。ただ、そこから見つけたものをどれだけ原典まで追いかけるかは、必要な意識だと思います。Twitterは情報が集まるスピードが早い一方で、その量は限られているので。
高村:原典を調べることは、たしかにとても大事ですね。最近では、海外の出典情報でも「Deep L」などで翻訳することで、読みやすくなっていますから。そういった面ではなるべく情報に触れて「これはフェイクそう」と察知する感覚も身につけておいたほうがいいと思っています。私の話でいえば、ほぼTwitter廃人のような状態なので、情報収集をしつつ、おもしろ系や動物の画像、動画を見て癒されていますが……(笑)。
大久保:自分も近いかもしれないです(笑)。自分は猫が好きで、猫アカウントとテック系の情報をミックスしていて。癒されつつ、ChatGPTってこんなことができるんだ、と学んでいますね。
(取材/文:川島大雅、撮影:ナカムラヨシノーブ)