「AIをブームで終わらせたくない」
そう話すのは、株式会社クロスコンパス(以下、クロスコンパス)代表取締役社長の鈴木 克信さん。クロスコンパスは、最先端のAI技術から製造業やロボット産業向けのデジタルソリューション設計までを提供している企業です。
2023年9月、独自AIと大規模言語モデルを駆使し、ECビジネス向けのソリューションを提供するGigalogy株式会社(以下、ギガロジ)との業務提携を締結しています。
業務提携と同時に、デジタル人材(AI研究者、AIエンジニア)の育成を目的とした「Pivotal AI Institute」の設立が発表されました。
クロスコンパス代表の鈴木 克信さんとギガロジ代表のウッディン エムディー モスレさんに、Pivotal AI Instituteの取り組みについてうかがいました。
目次
AI関連の事業をおこなう2社
――はじめに、それぞれの事業内容について教えてください。

モスレさん(以下、モスレ):ギガロジでは、独自のAIと大規模言語モデルを使用し、ECビジネス向けにパーソナラゼーションできるプラットフォームを提供しています。自社データを使用して、アプリケーションを簡単に構築できるWebプラットフォームの提供もしています。
現在は日本のみに提供していますが、海外展開も検討中です。2023年の1月にシリコンバレーでピッチをしましたし、10月の下旬にはニューヨークでもピッチする予定です。ニューヨークでは、ピッチだけではなくて営業パートナーも探しにいきます。
鈴木さん(以下、鈴木):クロスコンパスでは、製造業に向けたAIソリューションを提供しています。主な事業は3つです。1つめは、スクラッチでAIを開発し、お客さまの課題を解決していくカスタム事業。
2つめは、製造業の課題を解決するAI生成ツールを提供する汎用AI事業です。生産現場でお客さま自らがAIを作れる「MANUFACIA(マニュファシア)」というツールの開発と提供をしています。
3つめは、自社で保有する研究所やこれまでのノウハウを活かし、AI人材を育てる育成事業です。
AIをブームで終わらせたくない
――AI関連の事業をおこなっているおふたりにうかがいたいです。いまの「AIブーム」について、どのように感じていますか?
モスレ:こうなるだろうなと思っていましたし、期待もしていました。機械学習や深層学習の考えはずっと前からあったのですが、論文レベルでした。なぜ実現があまりできていなかったのかというと、パソコンのプロセッサーのパワーが足りなかったからです。それが、この10年ほどで改善して、深層学習のファーストブームが来ました。そして今回、生成AIによるブームが来ました。
少し変な話に感じるかもしれませんが、わたしは将来、AIが感情を持つと信じています。これだけだと誤解されそうなので補足すると、AIの持つ感情は、人間の持つ感情とは異なります。AIが持つ「AIだけの感情」です。
いまの進んでいる方向から考えると、AIは将来感情を持って、さらにおもしろいことになるかもしれません。それが実現するまで、わたしたちが生きているかはわかりませんが。

鈴木:AIの考え方についてはモスレ社長と同じです。現在、AIをみんなが使えているかというとそうではないので、みんなが使えるようにしていきたいと考えています。「AIブーム」とおっしゃいましたが、ブームで終わらせたくないんです。しっかりとみんなが使えるようにして、1つの産業として残るようにしていきたいと考えています。
――AIについて、熱く語っていただきありがとうございます。2023年9月に両社の業務提携が発表されています。業務提携を決めた理由を教えてください。
モスレ:約1年前に、はじめて鈴木社長と会ったときに、お互いの価値観が似ていると感じました。将来、世界がどのような方向に行くのか、自分たちのリソースをどこに使うべきなのかという考えが近かったんです。お互いの強みを合わせれば、さらに大きな価値をつくれるのではないかという話をしました。ヒアリングを重ねて、シナジーを見つけました。
鈴木:モスレ社長がお話ししたように、方向性や考え方がほぼ同じです。シナジーの面でいうと、インフラの話があります。わたしたちはオンプレミスでサービスを運用しており、ギガロジ社はクラウドでサービスを運用しています。この部分でもシナジーが生まれると考えました。さらに、AI人材の育成が重要という点でも考えが一致しています。
リアルな課題を解決できるデジタル人材を育てていく
――人材育成の一環として「Pivotal AI Institute」を設立されていますね。どのような取り組みなのでしょうか?
モスレ:Pivotal AI Instituteでは、「AIを実装してリアルな課題を解決できるデジタル人材(AI研究者、AIエンジニア)を育てること」をミッションに掲げています。
世界全体で、エンジニアの数がそもそも足りていません。AIの発展によってエンジニアがいらなくなると発信している方もいるようです。ただ、エンジニアがいらなくなるというよりも、エンジニアの役割をどこにフォーカスするのかが変わるのではないでしょうか。今後は、どのようにAIを活用し、課題解決できるかにフォーカスしていくことになると思います。
こうしたリアルな課題を解決できる人材が足りていないので、わたしたちが育成して貢献していきたいです。
鈴木:モスレ社長はバングラディッシュの有名大学にコネクションを持っていますし、当社では「クロスラボ」という研究所を保有しています。研究所の所長を務めるオラフは、国際人工生命学会の会長でもあり、世界中の大学とコネクションを持っています。こうしたネットワークを活用して、優秀な方々に参加いただく想定です。
モスレ:日本に住んで英話を勉強していても、英語を話せない方はたくさんいますよね。でも、1年間英語圏の国に住んで帰ってきたら、話せるようになったという人を何人も知っています。それと同じで、リアルな課題を解決できるようになるには、リアルなプロジェクトを体験することが一番の近道です。
Pivotal AI Instituteでは、インターンシップとしてリアルプロジェクトに参加してもらい、一緒にプロジェクトを進めていきます。プロジェクトには、経験のある社会人も当然参加していますので、学生からしてみると学べる大きなチャンスです。
――人材育成をしたあと、その人材はどこかの企業で働くのでしょうか。
モスレ:そこから先は本人が決めることなので、企業で働いてもいいですし、自分で会社を立ち上げてもいいと思います。
鈴木:必要であれば、わたしたちから企業に対して推薦することもできます。あくまで目的は、人材育成です。
Pivotal AI Instituteを立ち上げる前に、当社の研究所でアメリカ・カリフォルニアの大学生8名をインターンシップとして受け入れました。そこでわたしたちのプロジェクトに参加してくれた学生が、非常に早くいい成果を出してくれたんです。学生たちも、機会を得られたことに満足してくれました。
こうした機会を創出することも、わたしたち経営者の役割だと思っています。
多国籍企業のマネージメント方法
――両社ともに多国籍なメンバーが働いています。マネージメントはどのようにされているのでしょうか?
モスレ:セルフマネージメントが重要だと思います。これができない人は、成長するのは難しいです。採用する際にも、この部分をチェックしています。具体的な方法がわかっていなくても、セルフマネージメントする気持ちがあれば、入社後に教えています。
自分の課題がどこにあるのかを理解して、それを解決するためにどのようなアクションを取る必要があるのかを考えられるか。これが大きなポイントです。
鈴木:当社でも約8割が外国籍の社員です。基本的には、全員が日本に来て働いています。それぞれにメンターがついて、日本の企業に合った開発の仕方や考え方を教えています。
チャレンジできる環境をいかに与えられるかは、マネージメントで気にしているポイントです。
当社では、ヨーロッパを中心にアジアやアメリカ、南米からも人材採用をしています。最初は英語でコミュニケーションを取るのですが、社内に日本語を教える先生がいるので、最終的には日本語でコミュニケーションを取るようになります。日本での生活の仕方や仕事で使う日本語も教えるので、3か月くらいで慣れていますね。
目標は3年で1000人の育成
――今後、会社として取り組んでいきたいことをそれぞれ教えてください。
モスレ:ギガロジとしては、自社のプロダクトを早く海外展開していきたいです。もちろん日本のお客さまもサポートしつつ、海外のお客さまもサポートしたいです。社内の取り組みでいうと、「お客さまと同僚を同じレベルで扱いましょう」と伝えています。お客さまに対しては優しくて、同僚に対しては厳しいという環境はよくありません。この意識を持てれば強いチームができるのではないかと思っています。
組織が小さければ話をするだけで解決できますが、組織が大きくなってくると価値観の共通化や定義化が重要になります。当社も少しずつ大きくなっているので、来年に向けてしっかり決めていきたいです。
鈴木:ようやく製造業向けの環境が整ってきて、使っていただけるお客さまも非常に増えています。ただ、わたしたちが接触できていないお客さまはまだまだたくさんいます。そうしたお客さまのためにも、さらに使いやすい環境を提供することが大事です。
今回のギガロジ社との業務提携によって、クラウドベースでのサービスを提供できるように進めていきます。
アジアへの進出も考えています。わたしたちが培ってきたものを、クラウドをベースに提供していくことで、できるだけ多くの方々へAIサービスを提供していきたいです。
――共同設立したPivotal AI Instituteについての展望も教えてください。
モスレ:Pivotal AI Instituteのプロジェクトをとても楽しみにしています。世界には優秀な学生が多くいます。でも、機会がなくて自分の能力を世の中に出せていない状態です。優秀な学生にしっかりと機会を提供したいと考えています。
鈴木:今後、3年で1000人のデジタル人材(AI研究者、AIエンジニア)を育てようという目標を掲げています。ただ、これを超えるスピード感で進めていきたいですね。
AIを使う人やAIを研究したり評価したりする人はいるのですが、AIを実装する人はほとんどいません。これは大きな課題です。AIを実装する人を育てる必要があります。
今後、Pivotal AI Instituteで「AIを実装する人」を育てていければと考えています。
(取材/文/撮影:川崎博則)