2023年6月14日から15日にかけて、日本CTO協会が主催するカンファレンス「Developer eXperience Day 2023(DxD)」が開催されました。さまざまなテーマのセッションがおこなわれたなかで、本記事では「デジタル市場の現状と課題」をテーマにしたセッションの内容をお届けします。
セッションにはデジタル庁でデジタル統括官を務める、村上 敬亮さんが登壇。その模様をお届けします。
村上 敬亮 さん
デジタル庁 デジタル統括官 国民向けサービスグループ長。1967年、東京都出身。1990年、通商産業省入省。 IT政策に長らく携わった後、クールジャパン戦略の立ち上げ、COP15,16等の温暖化国際交渉、再エネの固定価格買取制度創設等に従事。2014年より内閣官房・内閣府で、地方創生業務や国家戦略特区業務に従事し、2020年7月より中小企業庁経営支援部長。2021年9月より現職。
目次
日本のデジタル戦略を考えるうえで欠かせないキーピース
わたしはマイナンバーカード普及の責任者をしております。普及にご協力いただいたことへのお礼とともに、ご心配をおかけしていることについて、最初にお詫び申し上げます。
ただ、後戻りは考えていません。デジタル化してみたらアナログ時代のデータ品質に大きな問題がある、と明らかになったと思っています。だからアナログに戻るというのは、答えになりません。もちろん、ご心配やご迷惑をおかけしている人たちのことを放っておいていいというわけではありません。
マイナンバーカードが提供している、オンラインでも本人確認ができるインフラを、ほぼすべての国民のみなさんにお持ちいただく。これは、これからの日本のデジタル戦略を考えるうえで欠かせないキーピースとなります。
ぜひご理解いただき、トラブルにも対応しながらしっかりと進めていきたいと思っています。
データスペースエコノミーの未来
「データスペースエコノミー」という表現を聞いたことのある方もいれば、聞いたことのない方もいると思います。
本日のキーワードは3つです。
- 人口減少
- 共助
- データスペース
この3つが、これからのデジタル化を考えるうえで欠かせないキーワードになると思っています。
人口減少の局面では撤退戦の難しさがある
1つめのキーワードは「人口減少」です。
江戸時代の人口は、約1,200万人からスタートしています。享保の改革によって田んぼの開墾が進み、おおいに生産性が上がり、人口は3,000万人まで増えます。しかし、江戸時代の後半になると人口は伸びませんでした。
その後、明治維新が終わり、殖産興業になって生産性が上がると、第二次世界大戦までに人口は約4,000万人増えて約7,000万人になります。そして、戦後の高度経済成長で約5,000万人増えて1億2,000万人台になり、2008年にピークを迎えました。
現在の出生率と死亡率を前提に見通すと、高度経済成長で増えた約5,000万人が減っていくと予測されています。こうした人口減少の局面では、シェア争いのなかでの過剰設備の廃棄など、最後までみんなが我慢してしまう撤退戦の難しさがあります。
人口や販売数が増えていくマーケットを前提に投資競争していた昭和の経済構造ですが、これからは人口や消費が明らかに減り始めます。やり方を間違えてしまうと、みんなが撤退戦のジリ貧を味わうことになりかねません。
需要が供給に合わせる経済から、供給が需要に合わせる経済へ
人口減少の時代になにが起きるか。需要が供給に合わせる経済から、供給が需要に合わせる経済へと変わります。
たとえば、乗客がバス停でバスを待つのは、需要側が供給側に合わせるケースです。でも、供給側が需要側に合わせるようになると、迎えの車が乗客の都合に合わせるようになります。
人口や市場が増えているなら、供給を増やして積極的に調整できます。ところが、人口や市場が減る局面では供給を減らすしかなく、需要に合わせようがありません。
ではどうすればいいのかというと、オンデマンドにするしかありません。交通を例に挙げると、どこで誰が動きたいのかというデータをリアルタイムにつかんで、そこに効率よく空いている車やドライバーを回していきます。需要側の都合に効率よく供給をあてていかないと、サービスの生産性や利益率が維持できません。
そこで必要となるのが、デジタルやデータ連携基盤です。
共助のビジネスモデルの必要性
人口減少期には市場も減少するので、各事業者がバラバラにデジタル投資をしても全員が投資を回収できないおそれがあります。
人口増加期には市場も増えるので、先行投資しても回収できるかもしれません。そのため勝負をかけるところが出てくるんです。でも、人口減少期には需要側のデータをみんなで取りに行き、みんなでフェアにデータを抑えるしかありません。
共助のレイヤーをうまくつくらないと、自助と共助の共倒れが起きてしまうんです。
このまま自助と共助の共倒れを放置しておくと、巷のとある新著のように「デジタル敗戦」と表現されるようになります。
共助の枠組みが上手に立ち上げられると、共助と自助の好循環が起きます。
共助であるべき非競争領域のビジネスが合意できないと、それを前提とした競争領域の商売も立ち上がりません。そうなると共助と自助が共倒れし、デジタル敗戦となってしまいます。
人口減少を前提にすると、まさに行政が考えるデジタル化のこれからの未来には、共助のレイヤーを意識したビジネスモデルが欠かせません。
データスペース上で物の流れが最適化
供給側の意思(荷主)が物の流れを管理するのが昭和、需要側の動向(データ)が商流を管理するのが令和です。
自動車を例に考えてみましょうか。毎年、販売店は固唾を呑んで「◯◯社さんは何台生産して、何台うちの販売店に割り振ってくれるんだろう」と考えます。こう考えるのは、人口が増えているからです。
伸びる需要に対して、生産キャパシティや在庫が追いつくかという流れですので、供給側がイニシアチブを取ります。供給側が生産量を決めて、物流や販売などを人の判断をもとに、物が消費者に提供されていました。その際のデータは、事後的に収集されて人の判断を補足する材料に使われていました。これが昭和の経済です。
令和の経済はどうなるかというと、放っておいても構造的に在庫が決まります。
たとえば、ニューヨークの百貨店でセーターが欠品したとします。在庫情報がすべてデータで管理されていますから、欠品した瞬間に中国の製造工場に増産指示が飛んでいるんです。
これを物流業界用語では、VMI(Vendor Managed Inventory)と呼びます。需要者側のリアルタイムデータをもとに、最適な生産量や流通量が自動で算出されて物が移動していきます。
日本国内でVMIを活用しているのが、コンビニです。レジの端末で商品を売っている間に、データがリアルタイムに管理されます。店主が出荷指示を最後に確認し、承認すると商品が自動的に増産する流れになります。
VMIを活用している世界最大のサービスは、Amazonです。商流と物流の両方を完璧に管理しています。
人の判断を待たずにデータが先に動く世界
人の判断を待たずにデータが動いている空間を「データスペース」といい、人の判断を待たずにデータが先に動く世界を「データスペースエコノミー」といいます。
昭和では、人が物の流れを管理していましたが、令和ではデータが商流を管理するようになりました。
この商流のなかに入っていかないと、物を売れなくなります。
なじみのお客さん相手にしか商売していない会社には、ジリ貧の未来しか待っていません。どこか特定の会社やシステムに依存していたら、需要に応えきれなくなってしまいます。
普段取引している会社とは別の、まったく違うシステムを使っている会社から注文が入ったら、デジタルで受発注する必要があります。そうしないと産業構造の組み換えについていけません。まさにAmazonは、そのためのプラットフォームを用意しています。
データスペースが世界を動かす
人口減少によって需要と供給のイニシアチブが逆転して、供給が需要に合わせる経済になります。そのときに、共助のレイヤーをうまくつくらないと自助と共倒れをおこしてしまいます。それと同時に、世界では人の判断が介在しないデータのやりとりがおこなわれるのです。
データスペースが世界を動かし、そのデータスペースの持っているロジックが古くないかどうかを人が検証していきます。
欧州はコネクタ型のデータスペースを提案しています。日本もこれを追いかけて、もしくは日本独自の戦略を持って、データスペースがそれぞれの分野の世界を動かしていく仕組みへのシフトを目指しているところです。
本日は、こうしたことを「人口減少」「共助」「データスペース」という3つのキーワードでご紹介しました。ありがとうございました。
(取材/文:川崎博則)