スタートアップを起業したいけど、なにから始めたらいいかわからない、つくりたいプロダクトはあるけど、起業して成功できる自信がない。そのような悩みを感じながら情報収集をしているエンジニアの方は多いかと思います。

本記事では、「Developer eXperience Day 2024」(主催:日本CTO協会)にて「いつかスタートアップを起業したいエンジニアへ」をテーマにおこなわれたセッションの内容をお届けします。

このセッションでは株式会社Authleteの川崎 貴彦さんが、起業前に備えるべきことや注意点、失敗事例や成功事例などについて、ご自身の起業経験をもとにお話ししてくださいました。

川崎 貴彦さん

ソフトウェアエンジニアとして、ネットワークやデータベース、Java仮想マシン、モバイルアプリ、分散システム等の開発に携わった後、OAuth 2.0 / OpenID Connectの実装を部品化・SaaS化する独自のアーキテクチャを考案し、2015年にAuthlete社を創業。現在はグローバルな標準仕様の策定活動に参画し、実装に落とし込む作業をしている。

初めての資金調達

まずは資金調達です。会社設立は、できるだけ遅らせたほうがよいでしょう。スタートアップは一般的に、事業案を考える・資金調達・製品開発・顧客獲得・売り上げを得るという順番で始めるものだと考えられています。

ただ、私は「資金調達してから製品開発に着手する」のは罠だと思います。事業が軌道に乗る前に、資金が枯渇する恐れがあるからです。売り上げがなくても、人件費などで資金はどんどん減っていきます。製品開発が遅れたら、完成前に資金がなくなるかもしれません。開発できても、顧客を獲得する前になくなってしまうかもしれません。こうして、黒字化前に資金が尽きる問題が起きるのです。

資金調達のタイミングを遅らせることができれば、こうした創業期の財務問題を抱えずに済みます。資金調達前に製品ができていて、顧客もある程度いる状態で資金調達すれば、すぐに立ち直れるでしょう。

ダブルワークは大変だが資金繰り悪化よりはまし

資金調達をうしろ倒しにするには、資金調達前に製品開発や顧客獲得をしなければなりません。結果として、ダブルワークをすることになります。昼間は生きるための生活費を稼いで、夜や週末に起業のための製品開発をするのです。

体力的には大変ですが、楽をして資金調達してから製品開発をしようとすると、いずれ資金繰りの問題で精神的に消耗します。それと比べたら、ダブルワークのほうがよいでしょう。

また事業案しかない状態で資金調達をしようとすると、企業評価額が低くなりがちです。たとえば事業案だけだと1億円だけど、製品ができていて顧客もいるとなると、最初から10億円の企業価値がつくかもしれません。1億円の企業価値のときに、株式を10%出して資金調達しても1,000万円ですが、企業評価額が10億円のときなら1億円が手に入ります。

人件費に対する認識を改めよう

スタートアップを起業する際に重要なのが、人件費に対する考え方です。初任給が22万5,000円だとすると、ボーナスなしでも年間270万です。法定福利費も入れると最低300万程度、5人いたら1,500万円がかかります。若い人や学生にとって1,000万円は大金ですが、これくらいはすぐになくなってしまいます。

サラリーマンやアルバイトをしていると、自分が働いた時間のお金がもらえるのは当然だと考えがちです。でも起業家の場合はいくら働いても、お金に変える仕組みがなければ給料は払えません。だから時間を使えばお金になると思っていると、痛い目に遭います。

資金調達の方法

資金調達にはいろいろな方法があります。お金があれば自己資金で会社を始められるでしょう。自己資金がない場合は、銀行から「何年後に利子をつけて返す」という約束でお金を借りたりします。

株式交換による資金調達もあります。投資家に「私の企業は10億円なので、10%を渡すから1億円をください」といった交渉をして、お金をもらうのです。

金融機関からの借り入れは、場合によっては個人資産を担保にとられます。失敗すると会社もだめになるし、個人資産もとられてしまうかもしれません。

一方で株式交換による資金調達は、失敗も折り込み済みで投資してくれます。仮に失敗しても、個人資産は基本的に没収されません。

誰から資金調達するか

投資家以外からも資金調達は可能です。親族・友人・知人からお金を集めるという方法もあります。

起業家本人・家族・友人のことを3Fといいます。プロの投資家よりも、3Fからの調達のほうが楽です。

投資家に投資してもらうには、いかに自分の製品や会社がすばらしいか、将来性があるかを説明して、納得してもらって初めてお金がもらえます。でも友人や家族は、応援してあげたい気持ちだけでお金を出してくれます。

だからお金は集めやすいけど、失敗したときは悲惨です。彼らはプロの投資家ではないから、人間関係が崩れてしまいます。実際にそういった事例も多いので、友人などからの資金調達はやめておいたほうがよいでしょう。

投資家の種類

中には若い起業家をだまして、わずかな投資金と引き換えに、スタートアップの株式を手に入れようとする悪徳投資家もいるので注意してください。

若い起業家の中には、「あなたの企業価値は1,000万円で、900万円投資するから株式の90%をください」と言われて「事業案しか書いていないのに1,000万円になった!」と喜んでしまう人もいます。でも50%以上をとられたら、もう自分の会社ではありません。完全に詐欺案件なので気をつけてください。

最近は若い起業家向けに資金調達の教育をしてくれるVCもいるので、そういったセミナーにも参加してみてください。

アーリーステージの投資家

まず、アーリーステージで投資をしてくれる投資家がいます。製品もできていないし顧客もいないけど、その段階で将来性を見込んで投資してくれる人たちです。

判断材料が乏しい段階なので、投資家は起業家目線を持って「事業内容がトレンドに合っているか」「創業チームがよいチームか」などを基準に投資してくれます。

ただいろいろな投資家がいて、必ずしも全員がエキスパートというわけではなく、素人同然の投資家もいます。そういう人たちに事業案を理解してもらえなかったり、低い評価をつけられたりすることもあると思いますが、自信を喪失しないでください。

レイターステージの投資家

次に、レイターステージの投資家がいます。会社がある程度成長した段階で、投資をしてくれる投資家です。

すでに製品があって顧客もいて、ある程度の売り上げが立っている会社に対して投資すべきかどうかは、極端な話、財務諸表などを見たらわかります。だからアーリーステージの投資家のように目利き力がなくても、ある程度の投資は可能です。

ただレイターステージの投資家も玉石混交で、現場を知らずに的外れなアドバイスをする人もいます。真に受けすぎずに、自分の会社に合う・合わないを考えて取捨選択しましょう。

スタートアップの成長を助ける投資家

アメリカでは以前から、採用を手伝ったり顧客とマッチングするための場所を提供したり、ほかの投資家と出会う場をつくってくれたりする投資家がいます。

また投資家がお金を出すと同時に、創業チームの教育をしてくれるアクセラレーションプログラムというものもあります。最近は日本でもそういったものが出てきているので、上手に利用してください。

今後は資金面以外の支援をしてくれない、勝ち馬に乗りたいだけの投資家は淘汰されていくと思います。

持続可能なビジネスモデルを公安できない人の特徴

製品を開発するよりも、ビジネスモデルを考案するほうが難易度は高いです。エンジニアの場合、Webアプリケーションなどの製品はすぐにつくれます。ただ、つくることはできてもそれでお金儲けができるかどうかは別の話です。

『葬送のフリーレン』に、卵を割ったときに殻が入らなくなる魔法が出てきます。たしかに価値はあるけど、その価値が小さすぎます。ビジネスも提供できる価値があまりにも小さすぎると、事業にはなりません。もしアイデアを思いついたら、自分が買う立場ならどうするか、これにいくら払うか、想定顧客はいくら払うのかを考えてみてください。

ビジネスモデルを考えるのが苦手な人は、売り上げが少しでも上がるとビジネスになると思い込みがちです。原価を上回る額で購入してくれる顧客がいても、経費が賄えないと事業としては成り立ちません。

よく「最初の売り上げには価値がある」と言われますが、そうは思いません。安売りさえすれば売れるからです。

またミクロ経済学を学んでいない、もしくは学んだけど忘れてしまっていませんか。

たとえばコーヒーを売る場合、ベンダー同士は差別化を図って競争します。ただ、なにか飲みたいだけの消費者は「コーヒーがなかったら紅茶でもいいや」と考えます。ほとんどが置き換え可能な製品なので、消費行動はベストじゃなくてもグッドイナフであればよいのです。

このような常識を学べるので、ミクロ経済学を復習しておくとよいでしょう。

ソフトウェアライブラリの事業化は難しい

ソフトウェアライブラリの事業化が難しいのはなぜか。

まず見込み顧客は、無償のオープンソース実装を代替品として使い始めるかもしれません。

また販売価格が高いと、顧客が自分でつくってしまうかもしれません。

あとは継続的な大量販売が難しい。そのライブラリが部品として独立性が高く、高品質で不具合が少ないすばらしい製品であればあるほど、1回買ったら終わりとなってしまいます。

オープンソース化は銀の弾丸ではない

オープンソース化はかえって悪手となることもあります。

たとえば自社製品をオープンソース化すると、ソフトウェア自体の対価を得られなくなります。

その結果、ビジネスモデルが限定されてしまうのです。導入サポートやトレーニング、不具合修正、機能追加をしても、これらは単発案件です。またサーバー運用も参入が容易だから、誰でも簡単に真似できてしまいます。

会社を続けていくには毎月安定したお金が必要ですが、オープンソース化するとそれが得られなくなります。

一般消費者向け事業か法人向け事業か

BtoCとBtoBには、それぞれよい点と悪い点があります。

コンシューマーはユーザー層が厚いので、バズれば一気に広まります。そうなると売り上げも上がって、一瞬で成長できるかもしれません。ただ流行り廃りに左右されて、人気がなくなったり忘れられたりもします。

法人向けの場合、成長速度は比較的ゆるやかになります。よい点は、顧客単価が高く設定できて、事業も安定しやすいことです。大変なのは、法人相手なので予期せぬ緊急対応が発生することです。

だから一般的には急成長ならBtoC、安定したいならBtoBがよいかと思います。

ただ、両方のいいとこどりができるパターンもあります。法人向けの事業だけど、一気に広がって成長できるケースです。たとえば、スマートHRなどは大成功の事例です。あのような事業案を思いつくことができたら、一気に成長できるでしょう。

一般論としてお金を稼ぎたい人は、お金儲けに必要なものにお金を払います。たとえば株取引で儲けたい人は、取引の手数料を証券会社に払います。法人も、お金儲けに必要な経費は払います。だから儲けようとしている人を対象にしたビジネスモデルは、設計しやすくて狙い目です。

一方で一般消費者相手のビジネスは難しい傾向です。ユーザーにお金を請求すると、途端に使われなくなってしまうこともよくあります。

この場合はだいたい広告モデルを組み込んで、広告料をとるビジネスモデルになります。ただこれは、ユーザーを集めて大きなサービスにしなければ成り立ちません。だから最初から広告ありきのビジネス設計は、得策ではないと思います。

先人から学ぶ:『イノベーションのジレンマ』

『イノベーションのジレンマ』は、経営学を勉強しに行くと必ず読まされる名著です。優良大企業が、破壊的技術の登場で新興企業に負ける理由が書かれていて、新規事業のヒントもたくさん詰まっています。

たとえば、大企業は顕在化していない顧客ニーズには投資しないし、小さなマーケットには参入しません。1,000億円の売り上げがある会社が10%成長しようと思ったら、100億円の売り上げが必要です。でも1,000万円の売り上げしかないスタートアップが10%成長するには、100万円を増やすだけです。そこでスタートアップが喜んで参入するような市場に、大企業は入ってきません。スタートアップがそういった小さい市場で頑張った結果、気づいたら大企業が負けていたということが起きます。

だから資本力のないスタートアップは、顕在化していない需要があって、大企業が参入するほどまだ大きくない、成長予測が難しい市場を狙うのがよいでしょう。

先人から学ぶ:『ビジョナリーカンパニー飛躍の法則』

『ビジョナリーカンパニー飛躍の法則』は、よい企業から偉大な企業への成長に関する本です。

大事なのは、針鼠の概念と3つの円です。情熱を持って取り組めるもの・自社が世界一になれるもの・経済的原動力になるものという、3つの円が重なった部分に集中して取り組むとよいでしょう。

注意点は、なんの競争優位性もないのに、後発でレッドオーシャンに飛び込んではならないということです。たとえばPayPayの後発でなんとかPayが一気に増えましたが、よくみると競争優位性のないサービスがほとんどです。

先人から学ぶ:『起業家はどこで選択を誤るのか』

『起業家はどこで選択を誤るのか』は、スタートアップ企業における既知のさまざまな失敗パターンが書かれた、非常に学びの多い本です。これを読んでおくだけで、スタートアップを始めるときのさまざまな失敗が避けられます。

もしあなたが学生で、同級生の友人と会社をつくるとしましょう。それぞれCEO、CTO、CFOという肩書きで、株式も3分の1ずつ持ちました。この場合、事業案を聞く前から「この会社は失敗するだろうな」と思われてしまいます。なにが悪いのかわからない人は、この本を読んだほうがよいでしょう。

エンジニアとして起業に備えよう

再利用可能なソフトウェアを書けるかどうかが、プログラマの人生を大きく左右します。アプリケーションや単品のシステム開発をするプログラミング能力と、ライブラリやフレームワークなどの再利用可能なソフトウェアをつくる能力は、まったくの別物です。だからアプリケーションを書けても、フレームワークをゼロから書ける人はあまりいません。

たとえばフリーランスとして、ある会社のWebサイトの開発を手伝っているとします。そこで、オンライン決済システムをWebサイトに組み込む開発案件を数百万円で受託しました。その売り上げが得られるだけでも、ある程度は幸せかもしれません。ただ少し頭をひねって、そのオンライン決済の仕組みを誰でも使えるようにSaaS化して、ビジネスにしたらどうだろうと考えてみましょう。これを実際にやったのがストライプ社です。同社は便利なサービスを世の中に提供し、起業家は巨万の富を得ました。

だから発想を転換して、再利用可能ソフトを書けるかどうかが非常に重要なのです。この能力は、勝手に身につくものではありません。データ構造とアルゴリズムデザインパターンを学び、よい設計・よい実装のコードを読むことで、再利用可能なソフトウェアを書くスキルを身につけ、将来の起業に備えていただきたいと思います。

取材後記

川崎さんご自身の起業経験や、周りで起きた事例などを踏まえたさまざまな知見が満載のセッションでした。

エンジニアの中にはいずれ起業したいと考えている人も多いかと思いますが、起業をするに当たって「絶対に失敗しない方法」は存在しません。

ただ失敗ができる限り小さく済むように、川崎さんのような先人から学び、得られたヒントをもとに対策を講じておくのが重要なのだと思います。

(取材/文:谷口智香

― presented by paiza

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