DXの取り組み方は組織によってさまざまで、正解がありません。特定領域の事業を行っている企業であれば、DXの対象も自然に限られた領域になりますが、商社のように多種多様な事業を行う企業では、どこから着手するかの判断すら難しい場合もあります。幅広く複雑なDXはスピード感も出しにくいでしょう。

グループ従業員数で50,000人以上を抱える大手総合商社・丸紅では、自らアプリケーションやサービスを構築できるDX推進部門「デジタル・イノベーション部」(以下、DI部)を擁しています。商社内で外注せずに業務改革を進められる部門の効果について、部長の大倉耕之介さんに伺いました。

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大倉 耕之介
丸紅株式会社 デジタル・イノベーション部長

部門ごとにオーダーメイドの支援をするDI部

規模も取り扱う業態数も大きい総合商社だからこそのDX部門の特徴があるはずです。部門立ち上げ時から在籍する大倉部長だからこそ見えているものは何でしょうか。

Q: DI部の役割とはどのようなものですか?

「我々の部門のミッションは『人材開発と文化醸成』、『事業創出と案件支援』を通じて丸紅グループの変革・DXを推進することです。丸紅の組織は大きく、総務や経理、経営企画など自社グループの運営を支えるコーポレートスタッフグループと、事業を行う営業グループに分かれています。DI部はコーポレートスタッフグループに属しています。

文化醸成の側面では、ビジネスプランコンテストの運営などを通じて、失敗を恐れずに挑戦する文化の定着を目指しています。また、事業創出側面では、営業グループの新規取組に対して多種多様なコンサルティングを行ったり、人材交流の形でDI部の専門人財を営業グループやグループ会社に派遣するなどして積極的に支援しています。

人材交流の場合、だいたい2年ほどのスパンとし、こちらから派遣する場合は、我々のノウハウを提供しつつ派遣先の組織内で当該スキルを使えるようにしてもらえるようにしますし、人員を受け入れる場合は、さまざまなDX案件に携わってもらうことでスキルとノウハウを持ち帰ってもらいます。

また、グループ会社などに派遣する際には、経営と技術がわかるCTOのような立場で赴いてもらうこともあります。このように、部門ごとに異なる課題やニーズに合わせたオーダーメイドの支援を行っています」

Q: 総合商社のDXと一言で言っても、対象領域が広すぎてどこに向かって何をイノベーション・トランスフォーメーションするのか、イメージが難しいです。

「まさにそれが、総合商社のDX部門の難しさです。単一業態ですらやるべきことを決めるのがなかなか難しいと思いますが、業態がたくさんありますからね。

それぞれの業態の背景を理解しながらDXを進める必要があり、単にデジタル技術を導入すれば良いというわけではなく、業務を理解しながら最適解を模索することが求められます。

一方で、全社的なヘルプデスクのサポートにLLMを導入するような話であれば、これは業態に関係なく活用できるので、プロジェクトを進めやすくなります」

Q: LLMも導入されたのですね。

「はい。『丸紅Chatbot』と呼ぶもので、新卒2年目のDI部の若手がプログラミングして、2023年6月に全社向けにリリースしました。現在では、丸紅グループ企業にも展開されており、登録者数は約9,000人です。

生成機能部分は、最新の複数モデル、現時点で言えばClaude3.5、GPT-4o、Gemini 1.5 Proなどから領域ごとの得意・不得意に合わせて選択できるようにしました。PDFファイルの内容を要約したり、議事録をまとめたり、社内の規定を参照したりできるようにするなど、さまざまな機能を提供しています。

丸紅は歴史が長い企業なので、社内規程が非常に多く存在します。それらの規程をすべて集めて調べられるようにし、検索した際にどの規程が該当するかを表示できるようにして、使い勝手を良くしています。

プログラミング自体も多少時間がかかりましたが、規程をはじめとするグループ内の資料を集めることや、閲覧できる権限を把握して設定することが最も大変でした(笑)。こうした集約は前例のないことでしたから」

Q: LLMは利益にならないと揶揄されることもありますが、御社でのLLMの効果はいかがでしょうか。

「どのように使われているか、どのくらいの時間を削減できたか、といったアンケートを2024年の1月に取りました。

さまざまな使い方をされていることが判明し、たとえば、情報収集では40~45%の時間削減ができたとの回答がありました。また、商社なので翻訳の機会が多く、その効果は大きいです。丸紅本体で集計した結果、1年で9万時間に相当する削減ができました。

今では当時と比べて利用者が4~5倍になっているので、効果も4~5倍ほどに増えているのではないかと思います。利用者を増やすために、社内で説明会や講習会を何十回も開催しました。その甲斐もあって、特定の部門に偏ることなく、まんべんなく利用者が増加しています」

Q: 社内にエンジニアリング部門があるのは商社として珍しいのでは。その重要性を教えてください。

「たしかに、商社としては珍しいと思います。ここでは、有名な情報系の研究室出身などといった専門技術を持つ人材が活躍しており、コンサルティングやプロジェクト支援など、幅広い業務をこなしています。

必要に応じて、特定分野に特化した外部の専門家等からの知見も取り入れながら、社内で技術力を高めています。とくに、フロントエンドやセキュリティ分野においては、今後さらなる強化が必要だと感じています」

デジタル人財が「ビジネスに直接関われる」丸紅の魅力

ICT企業ではない商社内のDX部門でありながら、サービスを構築できる人財を擁している丸紅DI部。デジタル人財をどのように採用・育成しているのでしょうか。

Q: DI部の人財はどのような構成ですか?

「大きく分けると、以下のような領域にて高度に活躍できる人材で構成しています。

  • データサイエンスをコアスキルとして問題解決を行えるタイプ
  • コンピュータサイエンスやフルスタックエンジニアの専門領域を持つタイプ
  • プロジェクトマネージメントを専門にしたタイプ
  • 事業開発やマーケティングを専門としたタイプ

最低限、1つの分野で専門的なスキルを持ちつつ、他の分野にも幅広く対応できる人財を育成しています。

採用には多大な時間をかけてきましたが、お陰様で、優秀で自発的な人財が集まってくれましたので、勝手に自分で学んでいますよ。それでも分からないことがあれば、各分野に詳しい人は周囲にいますから、すぐに聞けますし、必要な研修は自分で探して受講できる制度も提供しています。

それに加えて、日々の業務を通じて現場で学んでもらっています。大規模なIT企業と競合することもありますが、当社の魅力は幅広いビジネスに直接関われることです。入社してすぐにプロマネを任されるので、技術力の提供だけでなく、実際の現場で技術をどう活用すれば良いかを肌感をもって学べます」

Q: 採用や育成はどのように考えていますか?

「まず、何か1つ得意とする人を採用しています。さきほど挙げたデータサイエンスやコンピュータサイエンスのコアスキルを持っている人などですね。これだけで貴重なスキルセットとなり、重宝されます。

採用後は、ビジネスをしっかり理解し、ビジネスを良くするスキルを持つ人財に育成していく方針です。たとえばデータサイエンスであれば、単に数字を分析する知識的な能力と、部門や領域ごとにどのような数字が必要かを理解して適用することは別です。

中途採用の場合は両方理解できる人を採用しますし、新卒の場合はビジネスがわからないのは当然なので、ビジネスを理解できる素養や能力があることを確認しています。

世の中の事業領域は限りなく、その中で新しいアイディアに取り組んでいくためには、領域全体や自社のおかれた状況を俯瞰して眺め、適切な技術や適用法を見定め、実行していくといった力が必要です。そうした能力がある人が、将来的に技術を理解するCxOとして活躍できるような経験を積んでもらいたいですね。

さらに、出資を検討する際に必要なデューデリジェンス(買収や出資先の企業の実態を適切に調査すること。DD)の際、デジタル技術観点でアドバイスできる存在となるべく、そのような育成も行っています。スタートアップと技術的な会話ができることは、開発組織を持たない企業や組織にはハードルが高いですからね」

Q: 社内での人財育成について、どのように取り組んでいますか?

「丸紅グループ内で、それぞれの職責や業務内容に沿った研修を行うのはもちろん、現場での学びを重視しています。事業領域が非常に広いため、ITの知識を現場に適用する能力を磨くことが重要です。

丸紅ではデジタルスキルを活用・定着させるために『デジタル人財制度』を制定しています。入門・初級・中級・上級と認定ランクを設け、初級までは知識レベルによる認定、中級・上級は実際にプロジェクトを完遂することにより得意領域を持つことで認定されます。

こうした情報は人事情報として登録し、社内のデジタル人財を可視化できるようにしています。とくに、中級・上級の方は、他組織のDX戦略推進もできる実力を持っているので、部署を横断して手伝ってもらう、といったことを可能にしています」

技術を大きな仕組みに組み込んでいく、DI部のこれから

総合商社のDXを支える部門は、まったく新しい事業に対して、それまで培ってきた知見をフルに活かして創造していく役割も求められます。

Q: DI部としてこれからどうありたい・なりたいといった展望はありますか?

「結局のところ、商社のビジネスはプラットフォームビジネスなんです。いろいろなステークホルダーを束ねて一つの大きなものを作り上げるようなものです。

スタートアップは先端的で尖った技術を開発し、それを使えるものに育てることができますが、その技術を世の中の仕組みに組み込んでいく過程で苦労することがあるでしょう。

その技術を大きな仕組みに組み込んでいけるのが、多様なビジネスを展開している商社だと思います。この部分は今後さらに力を入れていきたいと思っています」

Q: 常に新しい挑戦をしていくにあたり、失敗はつきものだと考えます。失敗の評価はどのようにされていますか?

失敗したからといってNGということはありません。して良かった失敗もあります。

どうなるかわからないときに、まず試してみる。それでダメだったとしても、そこから学びがあれば良い失敗です。逆に、これまでに事例があり、同じような状況なのに学びもなく失敗したり、クリティカルな失敗で多くの人に大きな被害が生じた場合は、ダメな失敗です。

ただし、失敗を許容するかどうかも組織の文化によります。DI部では失敗を共有するのは当たり前ですが、失敗を公にしたくない組織や企業もあります。他者の失敗を理解できずに、自分たちならできると思って失敗を繰り返すケースもあるので、組織文化を変える活動を行うことにより失敗の影響を小さくすることも重要です。

成功事例は唯一無二ですが、失敗事例は再現性があり、注意点を共有できるため、DI部としては失敗は拡散していきたいと思っています。全体的には、10年前に比べて社内でも失敗の共有がしやすくなったと思います」

Q: 変化や進化、前例のないものに取り組んでいける組織にするために考えていることを教えてください。

「当部の特性上、すでにそのような取り組みは数多く行っていますが、更なる進化を目指すという意味では、いかにビジネスの本質を見抜き、ステークホルダーの理解を得て実行に移していくか、ということを高度な次元で調和させながら行っていくことが必要となります。

従って、自分で考えられる機会をより多くするとともに、過去に囚われず新たな挑戦を進められる環境をさらに整え、実体験から学ぶということの繰り返しを高速で行えるようにしていきたいと考えています」

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(取材/文:奥野大児、撮影:つるたま

―<presented by paiza>

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